フラッシュバックⅩ
「どうしたのこんな所で?」
「あ、いや……実は…………」
グーテスの兄トルネオと待ち合わせていたが予定を変更され、これからどうしようかと相談している最中だと説明した。
トルネオに難民街の子供たちの事を相談したら急に引っ越すと言い出して動き回っている事は敢えて伏せた。
だが彼女はトルネオの名前を聞いた途端に顔色が変わり、凡そは理解したという表情で大きな溜息をついた。
「まったく、あの人は……何を考えているのかねえ?」
普段は冒険者や商人で賑わうギルド前の大通りも今日は人通りが少ない。何処かの冒険者パーティーが魔獣を借り尽くし、素材を大量に持ち込んだため値が下がったためだという。それでもギルドは人の出入りがひっきりなしで、出入口の前での立ち話は彼らの邪魔をした。
「取り敢えず中で話そうか」
ギルド内へ招き入れられると窓際のテーブルを案内され飲み物を取ってくるから座って待っていてくれと言われる。断る理由もないからと素直に席に着く。
腰を下ろした三人は否が応でも目に入る大柄の男の姿が気になってしまう。
「あいつ、どうしたんだ?」
テコがいつぞや投げ飛ばした男が仰向けに横たわって天井を見つめている。
「また前みたいに誰かに絡んでこらしめられたのかな?」
シエルは心配そうにしていたが今日は介抱も回復もしてあげられるようなものは持ち合わせておらず周りをきょろきょろしていた。
「間違って冒険者ギルドに来た商人にいつもの様に絡んでいったら豪快に投げ飛ばされて泣きべそかいてんのよ」
「泣いてねーよ!」
首だけ持ち上げて大声で否定していたが涙目だった。
グーテスは男と目を合わさない様にして小さくなっていた。
「おい、急にどうした?」
「ごめんなさい……それも多分兄さんかと……。商人で人を投げ飛ばせる人なんてそうはいませんから」
青い顔をして少し怯えながら話すグーテスを見ていると益々兄トルネオの事が分からなくなり想像の輪郭がぼやけてくる。
「昔、家族が襲われて母を亡くしてから兄さんは身体も鍛えていまして。武技を身につけて、実は並の冒険者よりも強くて……」
グーテスは何年か前の事を思い出す。
それは一家で経営する商店に冒険者パーティーが訪れた時のことだった。
東の冒険者は荒くれ者が多く、冒険者なのか野盗の類なのか見分けがつかないと云われるほどであった。
実際に東の地域は治安があまり良くない所が多く、度々テロ行為や暴動が起きる。
王国や騎士団は裏で東国のイーリア教会が手引きしていると疑っていたが証拠もないうえに、住民の多くがイーリア教徒であるため下手に刺激すると返って暴徒を増やす事になる。教義は秩序を重んじているのだが、一部の信徒に行き過ぎた行為が多く問題視されている。
ウェッター商会を訪れたあるパーティーは全員がイーリア教の信徒であった。
「俺たちがこの街の秩序を守ってやっているんだ。だから俺たちには半額にしろって言ってんだ! 何もタダにしろとはいってねえ。ちゃんと払ってやるっていってんだ。おいっ、聞いてんのか⁉︎」
対峙しているのはトルネオだった。グーテスは怖くて奥の方に隠れてしまっているが、それでも兄の事が心配で影からのぞいている。
冒険者が店内に入らないよう軒先で腕組みをして仁王立ちしているトルネオは大きな溜息を吐く。
「やれやれ……お前らの様な馬鹿に売る品物などない。さっさっと帰れ。お前らの様な馬鹿が居るとまともな信者が可哀想に見えてくる。いや、最早まともな宗教ですらないか」
「ごちゃごちゃとうるせぇ! こうなりゃ力ずつで商品もらって行くぞ!」
数人が一斉にトルネオに飛びかかって襲う。中には剣を抜いて明確な殺意を持って切り掛かる者もいた。
「兄さん!」
隠れて見ていたグーテスも思わず身体を出して叫んだ。
「もう終わりか? 弱い冒険者だったな。二度とこの街で売り買い出来ると思うな」
「やり過ぎないでって……遅かった……」
あっという間に冒険者たちを薙ぎ倒し、或いは数メートル先へ投げ飛ばしてしまっていた。
倒された冒険者たちは何が起きたか理解する間もなく、完膚なきまでの敗北だけが理解できた。
「ひ、退け……退けっ!」
この様に力でも実家の商会を守り通してきた。
唯一力比べで負けたのは鍛治士のオリハだけだった。
「異国の体術が記された本を参考に自己流で強くなって。……正直、僕よりも騎士に向いているのではと何度も思いました」
話に聞くだけなのだから実像が掴めないのも無理はない。だが、彼の兄は聞けば聞くほどにどういう人物かが分からなくなってくる。
「兎に角、滅茶苦茶なヤツってのだけはわかった」
流石のテコも困惑している。
「なんか会うの楽しみになってきたね。お兄さんとグーテスは似てるの?」
「どう……ですかねぇ?」
この場でトルネオとグーテス、ふたりを知るのはネーネだけである。自然と彼女に意見を求めるよう視線が集まる。
「うーん、あの人は自信満々で君は……ちょっと自信なさげ……だよね? 雰囲気が違いすぎるから似てない気もする。けど、ふたりが並んだら……きっと兄弟だなって思うよ」
笑顔を向けられたグーテスは兄のように自信を持てと言われている様に感じる。何か懐かしい感じもして、不意に元気だった頃の姉の顔を思い出した。
「兄弟かぁ。お兄さんがいるってどんな感じなんだろう?」
「お兄さんならココにいるだろ?」
得意そうにテコが親指で自分を指す。
「いや〜、テコはちがうかな?」
「なんでだよ⁉︎」
テーブルが笑いに包まれるとネーネがカップのお茶を一気に飲み干す。
「よし、元気でた! あの人の所為でしばらく休みは無さそうだけど、みんなの為だから頑張るよ、お姉さん!」
グーテスがまた謝罪のために立ち上がり、今度は土下座でもしそうな勢いであった。それを制止するかのようにネーネがグーテスの両肩をがっちりと掴む。
「君のお兄さんはやり方は滅茶苦茶だけど、やっている事は何も間違っちゃいない。あの人の弟なんだ。誇っていいんだよ」
文句を言いながらも兄を肯定してくれた彼女は今日も兄を肯定している。そう思ったが今は自分を肯定してくれているような気がした。
やはり姉に似ていると思うと自然に“うん”と頷いていた。
それから1ヶ月ほど経ち、ギルドの近くに工房付きの商店がオープンした。様々な店が並ぶ商業区においてはあまり目立たない立地ではある。しかし不思議なことにどの通りからもこの商店に辿り着ける。
「なんでギルドも気が付かないような場所を見つけるのよ……」
本当に休みなしで動き続け、この短期間でオープンに漕ぎ着けた。
「予想よりも1日早かった。流石だな」
「うるさい! 褒めてももう何も出ないわよ」
「何も出ないなら俺が出してやろう」
そういうとワインボトルをネーネに手渡す。
「え、くれるの? ……これ、南のすごく高いワインじゃ……⁉︎」
「それは持って帰っていい。今晩は身内で祝いをするからお前も来い」
「良いの? お邪魔して」
「来いと言っている。良いに決まっているだろう?」
ネーネはボトルを抱きしめ喜びを溢れさせていた。
「あの…………、本当に……良いんですか?」
シドが恐る恐るふたりの前に立つ。警戒しているというよりも信じられないという表情だった。
「奴隷以下のお前は主人である俺のいう事をきけないのか? さっさと荷物の整理をしろ。明日から仕事がはじまるんだからな。ネーネ、お前も今から来い」
ネーネの手を引き強引に店内に入る。
そこには嬉しそうな声と共に住居となる上階へ荷物を運ぶ子供たちの姿があった。




