フラッシュバックⅧ
教会では指示された場所でそれぞれが息を殺して身を硬くしていた。
子供たちはマリアの寝室に移り部屋の隅で小さくなっている。ドアの両端にはシドとソージが護身用に置いている角材を手にして構えていた。
「ビシー、エファ……物音が近づいてきたら合図を」
「うん、わかった……」
シドが独り言のように小さな声で指示をするがビシーの方を向いていれば十分に伝わる大きさであった。それはエファにも聞こえていて頷くことで了解を伝えた。
幸いミィは眠ってしまい大人しくアーラに抱きかかえられている。
アーラは不安な気持ちを表に出さないよう努めてはいたがミィを抱く腕には自然と力が入ってしまい、ミィが時折苦しそうに唸りながらもぞもぞと動くので慌てて腕の力を緩める。
「大丈夫だよアー姉。シエっちとテコちんがいるんだから」
アーラの手に触れ、小声で姉を励ますディーレの手もまた震えていた。
――そうだ、あたしがしっかりしなくちゃ……
「うん、そうだね。いつだってふたりが助けてくれる。……みんながいれば大丈夫だから」
ディーレの手を握り返して、顔が引き攣らないよう力を抜いて微笑んで見せた。
先ほどまでいた広間とマリアの寝室は地下にあるため窓がない。立て籠りやすくはあるが逃げることができない。地上へと繋ぐ階段は二ヶ所あり片方から逃げることはできそうだが、両方から攻められれば逃げ場はない。
そこでセレナとソルフィリアは一方の階段を塞ぎ、もう片方の階段で待機することにした。
「人か魔物かもわからない奴を相手にするだなんて……実践経験、爆上がりじゃない?」
愚痴ぽい口調とは裏腹に少し楽しそうではあるが顔はやや引き攣っていた。
「グーテスさんの障壁があれば易々とは入って来られないでしょうから、私たちは万が一に備えるだけです。ただ……シエルさんたちが心配です……」
「あのコは大丈夫よ。多分、この国で一番強いから」
「イルヴィア先輩よりもですか?」
セレナのシエルに対する評価に驚き大きな声が出そうになったがなんとか堪える。
「先輩もとんでも無くすごいと思うけれど……シエルの事は間近で見てきたし。何より……あたしがその隣に並び立ちたいと思えるのがシエルだから」
ソルフィリも抱く気持ちは違えど同じように考えるため強く頷く。
「それよりもフィリアのグーテス評価が高いのが意外だわ」
「ダンジョンでの出来事もそうですが、魔宵の森で共に後衛にいて彼の凄さに驚きました。巨大なホーンボアの突進を受け止めるだけではなく、繊細な魔力操作。何よりも彼は周りの状況をよく見て判断ができる。実は彼の指示で動く場面が多くありましたから」
「よく見てるなぁとは思っていたけれど、そうだったんだ。フィリアってグーテスやルゥ先輩とはあまり話さないから」
「そうですね。……正直、男性とお話しするのはあまり得意ではありません。修道院では女性ばかりでしたから」
「そっか、グーテスも先輩も優しいから話しやすいけど……。まぁ、無理に話す必要もないから」
「おふたりとも察してくださっているようです」
「ふたりとも女の子と話しなれてないだけかもしれないのだけど」
そう言って笑いを噛み殺すように片手で口を塞いでいた。
セレナの天の声、グラウリだけはじっと階段の下から階上の暗闇をじっと見つめ続けていた。
シエルたちが様子を見に行ってどれほど時間が経ったかはわからない。
外では本格的に雨が降り始めて1階に出れば雨音がはっきりと聞こえてくるほどだった。
緊張状態のまま沈黙を続け、獣人でなくとも雨音が聞き分けられると思えるほど重い静寂が建物全体を包んでいた。
そんな中で部屋の扉が開く音が聞こえる。
その音はセレナとソルフィリアに同時に届き、ふたりは同じように振り返る。
開いた扉は子供たちが隠れている部屋からであり、そこからクロリスが慌てた表情で姿を現した。
「おふたりが……シエルさんが帰ってこられました!」
報告を聞いたセレナが階段を駆け上がり大声でグーテスに呼びかける。
声を聞いたグーテスは警戒しながらも展開していた障壁を礼拝堂の扉部分だけ解除し扉をゆっくりと開ける。
そこにはテコに担がれ、雨でズブ濡れになったシエルが立つ。
ゆっくりと教会内に入るがシエルの表情はまだ見えず無言のままだ。
セレナとソルフィリアも駆けつけ姿だけを見て胸を撫で下ろすが、やはり様子がいつもと違うことに気がつくと焦りと不安に襲われる。
ふたりが灯りの近くまで来るとシエルの表情は憔悴しており、衣服や手足には血がまとわりついていた。その姿を見たセレナは思わず叫ぶ。
「どこか怪我しているの⁉︎」
「いや、怪我はしていない。大丈夫だ」
テコの言葉に少し安心した。では、この血痕は何かと疑念が湧く。
後になってそんな疑問は持たない方が良かったと後悔する。
「クロリス、生きている奴は捕縛している。イルヴィアに伝えてくれ、場所はここから少し離れた小さな林で――――」
テコの言葉で相手にしていたのは魔獣の類ではなく人であったことがわかる。
セレナとソルフィリアは思わず息を飲んだ。だが、そこからの行動は素早くほぼ同時であった。
セレナはシエルをテコの反対側から肩を貸して歩き出し、声を張り上げた。
「フィリアは急いでお風呂の用意を!」
「はい!」
返事よりも早く向かっていた。
「テコ、このコの替えの服は用意できる?」
「……服? ああ、エーテルで作る」
テコはふたりの行動の意味がわからず戸惑っていた。それでも今は、傷ついたシエルの事は彼女たちに任せた方が良いのだと考える。
「悪い……シエルを頼む!」
セレナが連れて行くシエルの背中を見守る。
――シエル……あの時の犯人の顔も覚えていたんだな。偶然とはいえ……望まない復讐になっちまったな…………
返り血を洗い流したシエルはすぐに眠りにつく。子供たちも心配そうに見守っていたが突然強いられた緊張に疲れマリアの部屋で身を寄せ合ったまま眠ってしまった。
ルゥは念の為だとグーテスと交代で見張りをすることにした。マリアの部屋の前ではシドがドア付近に腰を下ろして見張りをしている。
「シド……あなたも休まないと」
「ありがとうアーラ。俺のことは気にしなくても良いから君も休んでいてくれ。明日もあいつらの面倒を見なくっちゃならないんだから」
「うん、わかったわ。……でもやっぱり心配だから……シドも眠ってね」
「ああ」
アーラはずっと話しかけてきて眠らなそうであると感じ、部屋の中へ入るよう促し強制的にドアを閉めてしまった。
野盗や他の難民が物資を漁りに入り込んでくることはあり、何もないことに諦めて帰るのをじっと耐えるか、二人ぐらいならソージと一緒に撃退してきた。
その度にシドはこうして皆を一箇所に集めて部屋の前で守っていた。
ルゥに今日は自分達がいるから気にせず休めと言われたが眠れる気がしない。
――今日はいてくれる。でも明日からはまた俺が守ってやらなくちゃいけないから……。最低だけど……やっと回避した最悪だから…………
一夜明けると雨は止み。少し離れたところで騎士団らしき人影が建物の周りを守るように立っていた。
シエルも目を覚ますと普段と変わらない様子で朝の挨拶をする。
「昨日はありがとう! おかげで風邪を引くことはなさそう」
無理をして笑っているようにも見えず、セレナとソルフィリアはひとまず安心する。
交代で見張りをしていたルゥとグーテスは眠そうに目を擦りながらも何もなかったから大丈夫だと子供たちを安心させようとしていた。
子供たちもいつも通りに朝食を作り、畑の様子を見に行って手入れをし、再び溢れてくる大量のお湯に感動して喜びの声をあげていた。
朝食が終わるころにイルヴィアが尋ねてきたが、難民との接触は避けたいというのでシエルとテコ、クロリスだけが教会から少し離れた場所に赴く。
「あいつらを捕まえてくれてありがとう。奴は今朝騎士団に移送された。取り調べ後に王都に移送されてもう一度聴取。後は刑を待つのみだな」
「知っているのか? あいつは……」
「15年前の宰相官邸襲撃犯の一人。ギルドから派遣され警護団の隊長を任されていた逃亡犯、でしょ?」
当然ではあるのだが、指名手配犯である男のことはきちんと把握していた。
「ゾンビになっていた奴らもバラバラにされていたけど回収して処刑された人物かの特定は指示するから。……シエル、君は……いや、なんでもない」
クロリスから帰って来た時の状況を聞いていたのだろう。彼女なりに気にかけてくれたのだろうが、いつもと同じような表情にイルヴィアの方が戸惑っているようだった。
「あいつは死刑になるのか?」
テコの問いに驚きつつも率直に答える。隠したり誤魔化したりしても無駄であることは当然として、受け入れるのであれば答えるべきであると。
「一応、目的やどうやって情報を得たのかなど謎のままが多いらしいからね。調査に時間はかかると思う。でもその後はすぐに死刑だね」
「そうか、わかった」
しばらく沈黙が続いたがイルヴィアは思い切ってシエルに尋ねる。
「シエルは……何であいつだけ殺さなかったの?」
クロリスはいくら何でもデリカシーがないと怒っていたが、それを止めたのは他でもないシエルだった。
「恨んでいないっていたら嘘になりますけど。……お母さん……最後、わたしを守って笑っていたんです。まるで無事で良かったっていうように」
テコはこの時、シエルを守ることに精一杯で周りの状況まで把握していなかったのでこの事実を知らない。
「テコも犯人を捕まえるだけで攻撃はしなかったから、わたしも誰かを傷つけるのではなく守る方でいたいと思っています。……でもそうもいかないこともあるからずっと覚悟はしていて……。ゾンビにされた人たちはもう罪を償ったはずだけどゾンビになっても悪いことをしていて反省していないみたいだったから。あの男の人はまだ罪を償っていないから……本当は憎いけど……罪を償ってもらわないとって、思ったから……」
普段以上に上手く言葉を繋げずにしどろもどろではあったが、テコもイルヴィアもクロリスも彼女の葛藤に揺れた気持ちが伝わるようだった。
しばらく教会の周辺は騎士団が見回りを強化して見守るとイルヴィアは約束してくれた。一応テロリストが潜んでいる恐れがあるためとの名目であるため、ボランティア人員ではなく正規の団員が周辺を見回ることで治安維持が続いた。
一行も子供たちにまた会いに来ることを約束して教会がある難民地区を離れた。
改めて見るとそこは廃墟になったかつては“街”であった場所であることがわかる。認識することで景色さえも見え方が変わるのだと知る。
自分達が知らなかった世界がまだ多くあることもわかった。
最後まで誰も口を開かなかったが馬車を返却し解散となる時にテコが口を開いた。
「今回の課外授業は思ったよりもハードなものになってしまったけど……この経験全てがお前たちの糧になってレベルアップさせる。天の声も同じだ。お前たちの成長と同じぐらい……もしかするとお前たち以上に成長する可能性だってある。どうなるか……どうなりたいかはお前たち次第だからな!」
真面目な顔で話していたテコが笑顔になると横にいたシエルもいつものように笑顔でいた。そんなふたりを見て何故かいつも通りに感じてしまい力が抜けた。思わず頬が緩む。
寮の近くまで転移し三人を送り届けて本当に解散すると、時計台から夕刻を告げる鐘が一つなり響いた。




