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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第1章 騎士学校編 再会Ⅱ
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フラッシュバックⅥ

「あ! 雨、本降りになってきた」

 ビシーとエファが耳をピンと立てて顔を見合わせ立ち上がる。

「畑にシートかけてないや!」

「ビシー、早く早く!」

 あっという間に部屋を飛び出して行ったふたりの後をアーラが追い廊下で声をかける。

「暗いから気をつけてね」

 シエル達が到着した時も小雨が降っていたがすぐに止んだ。

 今は少しずつ雨足が強まり本格的に降り始めたようだ。

 部屋に戻ったアーラにソルフィリアが不思議そうに尋ねる。

「この部屋、窓がないのにあの子たちには雨音が聞こえるのですか?」

「ああ、あの子達すごく耳が良いんです。雨音というよりも屋根を叩く音や雨漏りの音が聞こえてるみたいですけど。あと雨の匂いも分かるみたいです」

 獣人族の身体能力は他種族よりも部分的に特化した者が多く、目や鼻、跳躍力など様々である。代を重ねるごとに弱体化してしまった一族もいるが、概ねはその力を維持している。

 当然、狼獣人のルゥも何かしらの特化能力があるのだろうと自然と視線が集まる。

「何だよ……?」

「いや、先輩はどういう特技があるのかなぁって」

「隠し芸みたいにいうんじゃねぇよ」

「で、何が得意?」

 今度はルゥの横に座り、グーテスの時と同じようにジリジリと詰め寄っていく。

 それを見ていたテコは人との距離の詰め方はこれが普通なのだろうかと思いつつも、セレナやイルヴィアたちが特殊なのか判断しかねていた。

 口に出したつもりは無くともクロリスはテコの表情を察して耳打ちする。

「貴方様の周りの方々、あまり参考になりませんよ」

「…………そうか」

 そんなやり取りの間に飛び出して行ったふたりが戻ってきたが全身ずぶ濡れでふわふわだった毛並みはぴったりと貼りつき少し小さくなったように見える。

「ふたりとも風邪を引く前に着替えて」

「「はーい……」」

 揃った返事は身体の冷え具合まで同じようだった。

 気候的に暖かくはなったとはいえ朝夜はまだ少し肌寒い。この集落は冷たい雨が降ることで有名であり、雹が降ることも珍しくない。

 セレナは見るからに寒そうにしているふたりが着替えるだけでは心配になった。

「ねぇお風呂で温まった方がいいんじゃないの?」

 何気ない一言であったがマリアが少し困ったような表情をし、シドやアーラたち年長者も表情が冴えなかった。

「お風呂……ありませんよね?」

 ソルフィリアは自国の修道院で育ちである。孤児院とは状況は随分と違っているが、似たような光景は幾つも見て知っていた。

「給湯のための魔道具は高価です。多くの孤児院では設備がなく冷水で身体を拭いたり、火の魔法が使える人が一人でもいれば少しのお湯は使えますが常にとはいきません」

「え、でも料理はできるのだから火はおこせるんじゃないの……?」

 マリアは静かに首を横に振る。

「シエルさんが持ってきてくれる魔石を使って火をおこしています。水も泉や川から汲んできますが決して澄んでいるとはいえず、手製の濾過器を使っています」

 国内の街なら魔道具で水も火も供給される。小さな村でも水は井戸が使えるが火は原始的な方法を使う。

 火を起こすことは子供たちもできるが、肝心の薪となる木々がなかった。少し離れたところに林はあるが、王国内に勝手に住み着いている身分で王国の所有物に手をかけることは憚られた。

 放棄された街に所有権なんてあるのかとセレナは憤るが、それでも騎士団が融通してくれているだけでもマシだとマリアは云う。

 それでも子供たちを不憫に思う気持ちは表情から見てとれる。

 これらの事柄を含めてシエルはなんとかしたいと思い、信頼できる友を連れてきた。そして彼ら彼女らの力を、知恵を借りてこの子供たちを助けたかった。


 一時的な支援はできる。騎士団も少しだが援助してくれている。

 8人が廃墟となった教会に住みはじめて3年ほどになるが、子供たちも大きくなり限界が近づいている。

 同じように難民となった大人達は諦めて自国に戻るか野盗の類で食い繋いでいる。危険を冒してでも別の国へ向けて旅立つ者もいるだろう。

 だが子供だけでは生まれた国へ行っても働き口もなく、遠くの国へ行く体力もなく、たどり着いたとしてもまともな仕事に就ける保証はなかった。

 今更どこへ行こうとも今の生活と同じぐらいであればマシな方。それ以下か、最悪の場合となる方が確率は高いだろう。

 身動きできずに不安の足音が大きくなるばかりだが、彼らは諦めずに希望を持ち続けている。

 


 重い雰囲気に誰もが言葉を発せずに長い沈黙が続く。

 静けさの中をひとり、ソルフィリアはすっと立ち上がり宙を見つめる。

「……フィリア?」

 何かを思い立ちシエルの目の前に駆け寄り、自らの両の手を組んで跪く。

 それはまるで神に祈るかのように。

「シエルさん……私に、火と水の魔石を譲ってくれませんか?」

 突然の申し出に驚くがすぐに冷静になり返答する。

「ごめんね……これはこの子たちの大切な……」

「わかっています! ……すみません……考えがあるのです」

 何かを思いついた事は分かる。だが貴重な生活資源である魔石を譲ることはシエルの一存では決めかねた。

 それでも祈るように見つめてくる。そんなソルフィリアを直視できずにテコに目で助けを求める。

――可愛すぎて困るよぉ…………でもこれがないと……どうしよう、テコ……

 テコはマリアの方を見ると彼女もこちらを見ていた。そして笑顔で頷く。

 シドの方を見ると彼もまた無言で頷いてくれた。

「シエル、任せてみても良いんじゃないか? フィリアが悪いようにはしないさ」

「お願いします、シエルさん!」

 更に前のめりに迫り力強く懇願する。

 シエルはテコの言葉も彼女の事も信頼している。だがこの不自由な環境での暮らす子供たちの事がどうしても気にかかる。

 躊躇っているとミィが側に近づいてきてソルフィリアの顔を覗き込む。

「おねえちゃん、火が出るきらきらの石ほしいの?」

「うん、素敵なことを思いついたの。ミィさんも気に入ってくれますよ」

「ほんと!? しえるおねぇちゃん! ミィちゃん、このおねえちゃんのステキみたい!」

 きゃっきゃと嬉しそうにソルフィリアに抱き着くミィを見て思い出す。

――みんなの力を借りるために来てもらったんだった……

 他の小さな素材と一緒にカバンに入れておいた魔石が入った袋を取り出すとソルフィリアに手渡す。

「お願いするね、フィリア」

「シエルさん……」

 魔石が入った袋を受け取ると膝をついたまま深く頭を下げる。

「わわわ……頭をあげて! ……大丈夫、わたしがまた取りに行くから」

 魔石の入った袋を両手で握りしめていたフィリアの手を優しく包み込んだ。


「で、何をする気だ?」

 テコの質問は皆が聞きたかったことだとフィリアに視線が集まる。

「院長先生、ここに禊の泉はございますか?」

「ええ、ここはアイリスの教会ですから。礼拝堂の裏側、中庭に面したところです」

 ソルフィリアは青と赤の魔石を袋から取り出し立ち上がる。

「あの、テコさん。……私がイメージしているものを作るために力をお貸し願えませんか?」



 何か恐ろしいものを見るように自分を恐れていたソルフィリアが何の躊躇いもなく助けを求めてきた。

 初めて会ったときは驚かせてしまった。

 突然現れて話掛けるなど金輪際するなとシエルに怒られた。必要以上に怯える姿を見るたびにシエルのいうとおりだと思い、嫌われたのだと諦めていた。

 自分が嫌われる事には何とも思わない。シエルまで嫌われないか心配していたがそんなことは無かった。自分は直接会話せずとも適度な距離でいれば良いぐらいに思っていた。

 彼女に中に眠る何かは気になっていたが。


「いや……マジか……」

 結果的にテコの手助けはあまり必要なかった。

「わーい、あたたかいお水がいっぱいー!!」

 ミィは溢れるお湯を小さな手ですくいバシャバシャと宙を舞わせている。

 禊のために使われていた大理石でできた泉は女神像が持つ瓶から並々と湯が沸き出てあっという間に空の泉を満たしていった。

 はしゃぐミィと満足げなソルフィリア以外は驚きのあまり呆然としている。

「これは……何? 火も水も無いって話じゃなかったの?」

 セレナの言葉を切っ掛けに一斉に驚きの言葉を口にする。

 シエルもさすがに驚いた様子でテコに何があったのかを尋ねると、頭を抱えたままテコが笑いだす。

「すげーよ! 魔石を使って半永久的に湯が出る魔道具……いや、これは最早アーティファクトだ! 温度と水量調整まで出来て持ち出せるからどこに行っても風呂には困らないぞ!!」

 今度は腹を抱えて大笑いしている。

 エーテルで不可思議な立方体を作り出し中心に水と火の魔石を組み合わせた様な青と赤のマーブル模様の核が浮いている。

 シエルは無尽蔵に湯を出し続ける事の意味が分かりソルフィリアに抱き着く。

「ありがとう、フィリア‼ すごい! すごいよ!!」


 自国の修道院では衛生面で不自由なところも多く、病気が蔓延することも少なくなかった。冬の寒い時期に暖を取ることもままならない辛さはよく知っている。

 自分にできる事は多くはない。それでもシエルが何とかしたいという気持ちは痛いほどに解った。

 できる事から始めようと考えたときに声が聞こえた。


『私が力を貸すよ、フィリア。魔石を――――』


 ソルフィリアの周りを泳ぐように飛び回る何かが見え隠れしたが彼女以外には誰も見えていない。

「ありがとう、ポープ」

『構わないさAzure Sun《紺碧の太陽》。君はいずれ――』

 形を成し、その声がはっきりと届く。

「これからもよろしくお願いします」


 あたりは暖かな水に包まれ明るい声が響いていたが、外は冷たい雨が降り続いていた。


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