フラッシュバックⅤ
振舞われた食事は思ったよりも豪華だった。
何よりも子供が作ったとは思えないような絶妙な味付けに舌を巻く。
正直、住んでいる環境や提供した魔獣の肉に期待はしていなかったが存外悪くはない。何より驚いたのは出された料理に新鮮な野菜が入っていることだった。
どこで手に入れているのか興味本位で聞いてみると畑を作り、そこで育てているのだという。
「建物の裏に畑を作り、ビシーとエファに世話係を任せています。ふたりとも頑張ってくれたから今年は沢山収穫できました。種類はまだ少ないですし、大きさもまだまだですけど……味は結構良いと思います」
ふたりを見ながら嬉しそうに話すアーラはお姉さんというよりも母親のように思える。
初めはふたりとも褒められ得意げにハイタッチをして喜んでいた。
しかしセレナが褒めちぎるからふたりは段々と照れてしまい大人しくなり、最後は恥ずかしさでアーラの膝の上でゴロゴロ言い出す始末だった。
食事が終わり魔獣の素材で作った品をグーテスの前に並べる。
首飾りや腕輪、小物入れなどの革製品もある。
子供が作ったとは思えないほどに良くできているように見えるが、店先に並ぶことを考えれば特筆すべきところが無いようにも見える。
素人でもそれぐらいの評価なのだ。半人前とはいえ商人の家で育ち様々な商品を見てきたグーテスの眼にはどのように映るのか。
「流石よね。こういう道具の知識はたくさん持っているの? それともスキルか何か?」
「いやいや、スキル何て……何も持っていないですから。……何も持っていないから…………」
グーテス・ウェッターは王国の東エウロス地方と南のノトス地方との領境にある街で生まれた。
実家は行商から始まり、現在では南から作物を、東の国からも商品を仕入れて街の商店に卸す商社を営んでいる。
グーテスの家族は父と兄、姉の4人で母は幼少の頃に一家で東の国で仕入れを行って帰る途中、野盗に襲われ亡くなった。
実家の商店は中規模程度ではあるが様々な商品を取り扱っており、食料や日用品だけではなく、見たこともない珍しい道具や武具も取り揃えている。どこから仕入れてきているのかは企業秘密だとして謎に包まれている。
現在は父が主に仕入れを担当し兄のトルネオが店を取り仕切っている。
兄トルネオは父以上の商才をもっており、父を仕入れに専念させたのも彼だ。
そんな兄に尊敬と憧れを持ち、いつか自分もと兄の手伝いをしながら勉強に励んでいた。
だが彼にはもう一つの夢があった。
幼い頃に助けてもらった騎士への憧れと大切な人を守りたい気持ちから騎士になること。
二つの夢に葛藤がなかったわけではないが、騎士への夢は現実的ではない事を知っていた。だからこそ商人としての道へと努力してきた。
しかしグーテスには父や兄が持つ商人スキルが発現しなかった。
それでもと勉強は続けてきたが、もう一つの夢への気持ちも膨らむ。
――中途半端で終わってしまうなら……いっそ……
兄もグーテスと一緒に店を続けていく夢があったが、グーテスの想いを聞いて挑戦を後押しするひとりとなった。
「入学できても一年で駄目だったなら帰ってくる他ない。それなら行ってこい」
そういって送り出し、合格が決まった際にはちゃっかりと条件を付け加えられる。
「西には経済的に発展した街がいくつかある。最低、週1回は情報を手紙で寄こせ。いいな?」
商人としての眼を衰えさせない為という優しさを感じたし、遥か遠方の街の経済情報を得ようとする商人魂を尊敬できたから今も手紙を出し続けている。
トルネオは弟が努力を惜しまない事を知っていたからこそどちらも選べるように保険を掛けた。
グーテスがそのことを知るのはもっと先になるが、今も休みの日は商店を見て回り“目利き”としての力を養い続けている。
皆が見守るなか一つひとつを手に取って入念に鑑定している。
一生懸命作成した商品のできは満足いくものなのだろう。子供たちはどの様な評価をもらえるのか期待の眼差しで見つめている。
シドは商品価値が低い事は売れ行きでわかっていた。
街の商店主が好意で委託販売をしてくれていて、売れれば手数料を差し引いた金額が儲けとして手元に入る。だが、これ迄に売り上げを手にした回数は少なく、何度か商品を回収している。
期待しすぎると落胆も大きい。弟妹たちを傷つけたくはなかった。
「オリハさんにも未だ売り物のレベルではないっていわれているだろ? もう少し上手くつくれるように…………」
話しながらグーテスの方に目をやると、グーテスが品物を手にしたままシドの方を目も口も大きく開けて驚いている。
隣でグーテスの鑑定を興味津々で見ていたセレナがキツイ言葉を浴びせる。
「何? バカみたいに大口開けて? どうしたの?」
それでも動じる事なくシドに訊ねる。
「オリハって……放浪の鍛治師……オリハ・ソレアード?」
表情があまり変わらないシドも流石に驚いたのか少しだけ目が開いたように感じる。
「オリハさんをご存知なのですか?」
「あ……まあ、界隈では有名人だし……、知っていることは……知っている、よ」
グーテスのよくわからない返事よりもオリハという人物が気になるセレナが誰なのかとシドに聞く。
「オリハさんは俺たちにアクセサリーとかの作り方を教えてくれた方です。普段は武具を作る職人だそうですけど、色々冷めたから旅をしていると」
シドのアイコンタクトを受けてアーラが後を継ぐように説明する。
「教会の前で倒れていたんです。お腹が空いて死にそうだったので食事をお出ししたらお礼にと、これらの作り方を教えてくださいました」
経緯はわかったが、オリハなる人物が何者かがみえてこない。
シエルも知らないようで益々気になるが、グーテスだけは知っている。
この状況が面白くないのか、詳細を教えろと言わんばかりにセレナがにじり寄ってくる。
「近い! ごめんなさい‼︎」
「謝らなくていいから話しなさい!」
ふたりのやり取りに子供たちがくすくすと笑い始める。
「わかりました! 話しますから!」
そういうと居住いを正し、大きく深呼吸をする。
「オリハさんはドワーフ族の末裔で伝説の鍛治師とも言われる方でして、彼女が作った武具は伝説級と云われるほどです」
「女性なんだ……」
「はい。気難しい人でして扱う実力がなければいくら大金を積まれても提供しなかったそうです。そして自分が作った武具に見合う人物がいない事を憂い、自分が作る武具に見合う人を求めて旅に出たそうです。それでも思うような人物に出会うことはなく鍛治師としての火が消えてしまい、そのままダラダラと各地を放浪するようになったと……言っていたそうです」
話を一度区切ると院長のマリアは驚嘆の声を上げる。
「まあ……彼女はそれほどまでに高名な方でしたか。とても穏やかで、子供だからと低く見ることもなく大人と同じように接してくれていました」
「そうですね。僕も同じ印象です。……印象でした」
何かを思い出したのか苦笑いしながら言葉を繋ぐ。
「普段は蝋燭の火のようにゆらゆらと不思議な魅力を持った人なんですが、ひとたび武具の話が始まると大火事のような激しさで……。大昔に王宮に召し抱えられる話が上がった際も当時の騎士団員を全員倒して『弱い』と言い捨てて話を蹴ったとか。……兄さんと大喧嘩した時は殺されるんじゃないかとヒヤヒヤしました」
物騒な話ではあるが、ギルドでも話題に上がったグーテスの兄も中々の曲者であるという認識であったため可笑しくも思える。
「まあ兎に角、オリハさんがこの辺りに来ていたとしても変ではありませんが、餓死しかけていたことには驚いています」
人が死にかけた事を笑い話にすることは不謹慎ではあるが、破天荒な人物ほど面白いエピソードのように聞こえてしまう。子供たちもなんとなくオリハが普通とは違うことが分かるからグーテスの話に笑ってしまう。
「弟子入りも断り続けていたのに、この子達には教えていたんだなぁ」
子供たちが作った品を手に取って眺めながら呟いた言葉は子供たちにも聞こえ、誇らしさから喜び合っていた。
シドも安心して目を細める。
だがグーテスの次の言葉で皆の笑顔は消えてしまう。
「でもこれは商品としては売れませんね」
「あんたねぇ、みんなが一生懸命作った物に何でケチつけるようなこと言うの⁉︎」
セレナの大声に驚いたのか、グーテスの言葉に傷ついたのかわからないが、ミィが泣きそうな表情に変わる。側にいるソルフィリアが咄嗟にミィを抱き寄せる。
「あ、いや、違います。すみません言葉足らずで。これは魔道具の一種……魔道具になる一歩手前なんです」
慌てて弁明をしようとするが周りの視線が痛く、すぐに言葉が出ない。
助け舟はないと思っていたところにシドの声が聞こえる。
「やっぱり……そうか」
「……シド?」
アーラが不思議そうにシドを見つめ、視線に気がついたシドが弟妹たちの方へ向き直る。
「形自体もまだまだだけれど、何か足りない気がしていて」
シドの言葉でオリハに教わった時のことを思い出す。
『いいかお前ら。まずは同じ仕上がりになるように沢山練習しろ。そうすれば売れる品物にはなる。そのあとはもっと売れる品物にする方法を教えてやろう』
「腕輪に首飾り、髪飾り……ただのアクセサリーかと思っていたけれど、なんというか……複雑な工程を踏んでいて……こいつらにはもっと簡単な方法があるのじゃないかって……」
作り方に違和感があり、その訳が少し見えたらしい。シドの気づきはグーテスにとっては渡りに船だった。
「すごいよ、シド君! オリハさんの商品を取り扱ったことがないと分からない事も多いのに。……それにしてもオリハさんは何でこんな事を? またここに来るつもりではあるのだろうけど……」
その後、効力の付与さえできれば魔道具としては結構な値段で売れるだろう事を説明すると再び子供たちの眼は輝きだす。グーテスが知るオリハの破天荒エピソードも子供たちを再び笑顔にしてくれた。
「おまえ、よくこれ見ただけで魔道具になるってわかったな」
テコも腕輪をひとつ手に取って眺めてみるが少し変わったデザインの腕輪にしか思えない。
「装飾のつなぎ方など製法や素材選びに秘密が多いらしくて」
散々きつい言葉を投げつけていたセレナも感心している。
「グーテス、やるじゃない! 見直したわ!」
騎士学校へ入学してから努力が実を結ぶことが多くあって嬉しかった。
自分を手助けし評価してくれる人たちとの出会いに感謝する。
新しく出会ったこの子たちに今度は自分が何かをしてあげる番なのだと強く思う。
子供たちが普通に暮らしていくための方法については少し考えがあった。だが最善であるかは分からず一度相談してみる事にした。




