フラッシュバックⅠ
遅めの朝食を終えて一行はギルドへと赴き、作業所へ直行。作業所はまだ数人の解体職人が作業をしていた。
「おはようございます」
シエルが挨拶すると視線が一斉に集まる。
「悪りぃ嬢ちゃん。まだ全部はおわってねぇんだ」
厳つい男達が申し訳なさそうな顔で項垂れる姿は少し滑稽でもあるが、職人のプライドが傷ついたのだろう。普段から威勢が良い分、意気消沈した姿を見るとこちらまで気が沈むような気になりみんなが困ったような表情になりかけていた。
「すごーい! いつもの倍はあったのにここまで終わったんだ! ホーンボアにトーチディアとか固い大型もいっぱいあったのに……」
シエルの言葉に職人たちの顔がみるみる晴れていく。
「こいつらの肉と素材は先にいるだろうと思ってよぉ」
「おお……流石!」
「へへっ、だろぅ?」
すっかりご機嫌の職人たちはラストスパートと言わんばかりの勢いで作業を始めた。
一部始終をみていたセレナは呆れ顔だ。
「いや……ちょろすぎでしょ?」
「アイツらみんなシエルのファンだし。小さい頃から知っていて、娘みたいに思っている奴もいるからな」
ルゥは森での話を思い出す。シエルが子供の頃から魔獣狩りをしていたということが少し気になっていた。
「小さい頃って……いくつ頃からこんな事やってたんだよ?」
腕組みして思い出そうとするが無理だったらしくシエルに助け舟を求める。
「初めはいくつの時だっけ?」
「ええ……ちゃんと覚えててよぉ……、9歳の時だよぉ」
ルゥだけでなく全員が絶句する。シエルの実力を知るが故に嘘とも思えない。だが常識的には信じられないのも確かった。
「最初は小型の魔獣だけでも大変だったけどな」
懐かしそうにテコは語るが、何であれ魔獣をわずか9歳で討伐している事実には誰もが驚くだろう。
「あの時のシエルちゃん……嬉しそうでかわいかったなぁ……」
職人たちも麻痺しているのか懐かしそうに頬を緩めながらも手は動き続けている。
「おっさんたち、電撃あびせられて洗脳されてんのか?」
「してない、してないっ‼︎」
そんなやり取りをしているとギルドの受付側の扉からひとりの女性が入ってきた。
「今日はとっても賑やかね。元気してた?」
「あ、ネーネお姉さん!」
彼女は商業ギルドの職員。シエルがギルドに出入りし始めた頃からの素材買取担当で今はシエル専属の担当である。
当初は彼女もまだ駆け出しでミスも多く、あまりにも仕事が出来なさ過ぎて解雇寸前であった。
その頃は魔獣の発生が多く冒険者と素材を買い付けに来る商人たちでギルド内はごった返しており、雑用でも人手が欲しいということで先延ばしにされていた。
そこにシエルが現れ子供の世話でもしていろと強引に押し付けられていた。
だが次第にシエルが希少種や大型種を持ち込むようになると状況は変わり始める。
シエルが食用の肉と簡単に加工できる素材は持ち帰り、それ以外は換金して欲しいと言いだした。
この時のネーネには素材の希少性やどの魔獣が食用となりうるのかなどの知識は微塵もなかった。
10歳にも満たない子供に教えられ言われるがままに仕訳し他の職員に確認すると完璧だと初めて褒められた。
褒められて恥ずかしかった。そして、とてつもなく悔しかった。
――わたしは何のためにここにいるのだろう……
そこら猛勉強を始め、時にはシエルに教えを乞いながらも魔獣とその素材についての知識を蓄え、いつしか各都市での相場まで把握するようになっていた。
商業都市ムンダインは騎士学校誘致で経済発展を遂げたが、いち早く軌道に乗ったのは商業ギルドの貢献が大きく、その裏ではネーネの活躍があった。
「いつも通りでいいのかい?」
「うん、お願いします」
「オーケー! そういうと思って準備しておいたよ」
「流石、ネーネお姉さん!」
準備をしてくるとネーネは奥へ引っ込む。解体作業をしていた職人たちも作業の終わりを大声で報告しあっている。素材の一部はギルド内へ、それ以外は袋や布に包まれてシエルたちの荷馬車へと積まれていく。
「ねぇ……これ、持ち帰ってどうするの?」
積まれていく袋を見ながらセレナがシエルに問いかける。
「あ、ごめん! ついいつもの感じでお願いしちゃった……。みんなの分もあるよね……? どうしようテコ?」
「俺もいつもの感じでやっちまったからなぁ……。取り敢えず売却分は均等に分ける、でいいだろ?」
「別に授業料だと思えば分け前はいらねぇけどよ。……飯や宿代も出してもらってるし……」
「はい、むしろ帰ったらお返しするつもりです」
「フィリアは無駄に律儀すぎるわね。……あたしが疎いだけかもしれないのだけれど」
「疎いじゃなくて、厚かましいだろ?」
「はぁ⁉︎」
「それにソルフィリアなら愛称はソフィーだろ? 色々ずれてんな」
ルゥのバカにしたニヤケ顔とソルフィリアの苦笑いに怒りと恥ずかしさで顔がみるみる赤くなる。
「何よぉ! “ウチ”はそういう感じなの!」
やり取りを見ていたシエルがセレナとソルフィリアの間に入り両方の腕を組んで引っ付く。
「わたしは“フィリア”って呼ぶのも気に入っているよ。……何気に」
ソルフィリアはどう思っているのかと聞くように顔を覗き込む。
「わ、私は…………。はい……、私も生まれ変わった感じがして……新鮮で気に入っています」
少し顔を赤らめながら嬉しそうにしていた。
「ほーら、本人が良いって言ってるんだから間違いじゃないでしょ!」
「……うるせぇな……一般的な話をしてんだろうが……」
荷運びしていた男が積まれていく荷物をじっと見つめていたグーテスに声を掛ける。
「にいちゃん、この積荷がそんなに珍しいか?」
「あ、いえ……防腐の魔法付与された魔道具……しかも1ヶ月は保てるぐらいの高級品ですよね? こんなものがいくつもあるのが珍しくて」
「君、この魔道具のことわかるんだ?」
振り返ると買取った分のお金と書類を持ったネーネがいた。
「これはシエルのためにわざわざ東の街の商人から購入したの。東の商人は宗教関連のアイテムを一緒に売りつけてくるから正直ウザいんだけどね。東大陸の珍しい魔道具はあっちからしか買えないし……」
「はは、わかります。僕の実家が東で商人をしているのですが、宗教関連品は一切取り扱わないから大変で……」
「そうなんだ。……ちなみになんて店なの?」
「ウェッター商会っていいます」
「ウェッター商会っ⁉︎」
「ご存知ですか? あまり大きくはないのですが……」
「いや、私がこれを買ったのがウェッター商会なんだ……」
「え、そうなんですか? すごい偶然……、あれ? どうかされました?」
ネーネは何かを思い出したようで苦い顔をしている。それを見て察したのかグーテスは頭を下げる。
「ああ……すみません。多分、トルネオ兄さんがまた無茶を……」
「あ、いや……君が謝る必要はなくてだねぇ、むしろ感謝しているぐらい……なんだけど……ねぇ」
「……?」
吸い寄せられるようにシエルたちもネーネの側によってきていた。
「いや、別に聞き耳立てていたわけじゃないのだけれど……」
「嘘つけ」
「ルゥ先輩は黙っていてっ‼︎」
ネーネは別に良いよと笑いグーテスも頷き同意する。
「シエルに相談されてこれを買うことを決めたけど中々見つからなくて。見つけても数がないとかでさ。あちこち探し回ってようやく出会ったのがウェッター商会だったんだ」
すっかり積み終わった荷を眺めながら、遠い記憶に焦点を合わせている。
「まとまった数を確保してギルドに送ってくれることになってね。期日までに納品できなかったり数が揃わなかったりすれば半額でいいと言ってて、すごい自信だなぁって。取り敢えずあるだけ買うからってお願いしたんだ」
「この袋にそんな思い出が……。グーテスとも奇妙な縁ね」
いい話じゃないかと、苦い顔をしたことの理由はセレナの言葉で皆忘れる。
「そんな苦労して用意してくれてたんだ……ネーネお姉さん、ありがとう!」
シエルは涙ぐみながらネーネに抱きつく。
「それは構わないんだ、シエルのためだもの。……ただ……ね」
ネーネは完全に目の輝きを失っている。
「数も2割ぐらい多く納品してくれてバカ高い送料も払わされて……ね……。ギルドの経費で買ったから、その後予算オーバーだってめっちゃ怒られて……」
「「ごめんなさい!」」
シエルとグーテスが揃って90度に身体を折りまげる。
「えっ? あっ! いや、いいんだよ! 私もいい勉強になった……だろ……って言われたから……」
「兄さんが本当に申し訳ありません!」
今にも土下座しそうなグーテスを見てネーネは笑い出す。
「はははっ! 本当に良いんだよ、気にしてないし君が謝ることじゃないからさ」
両手で持っていたトレイを荷物の上に置きグーテスの肩をバンバンと叩く。
「あの人は新米の私に教えてくれたんだ。お金に関わることは慎重に、確実に。契約書なんかも隅々まで見ずに確認しろってね。……それにね……」
涙目のグーテスをまっすぐに見る。
「お金の損得だけが商売じゃないって教えてくれたんだ。送料はぼったくられたけど、良質の商品を増えた数で割れば……結局すごく割安で売ってくれたことになるの。それに気がついてから何度か取引させてもらっているわ……本店の方で、だけどね」
「兄さんは詐欺まがいに吹っかけてみたり、そうかと思えば赤字スレスレの値段で売ったりと相手によって売り方が変わるので東では評判はあまり良くなくて」
「あんな厳しい環境ででも商売を続けられているのはすごいと思うよ。東大陸のコネクションも強そうだし。色々勉強させてもらっているわ。今度は君をダシに値引き交渉してみようかしら」
グーテスの兄と商業ギルド職員の奇妙な縁の話に聞き入ってしまったが、時間はゆったり流れているようだった。
忘れないうちにと買取金額を確認し受け取りのサインをする。事務手続きが終わりネーネはギルドへ戻ろうとするが、ルゥ以外がもう少し話を聞きたそうにしていてどうするか躊躇っていた。
「なぁ? 話終わったんなら行くけど良いか?」
突然のテコの言葉にすっかり興が覚めてしまう。
「あんたのそういうところは本当に凡人以下ね……。シエルもこの人の事ちゃんと教育したほうがいいわよ」
「ふぇっ⁉︎ わたしがテコを教育……ふへへへ……」
「?」
にまにまと変な笑みのシエルと首を傾げているテコを順に見てセレナは大きなため息をついた。




