課外授業Ⅵ
「さて、ここら辺でいいかな」
馬車を森に入って少し進んだところに立つ大木の側に停める。高さは周りの木と同じぐらい——と言っても十数メートルはある——なのに、異様に幹が太く一周するのに駆け足で1分程かかった。
この辺りまでは魔獣も街を襲いに行かない限りは近づくことはない。地表に張り出した巨大な根も遮蔽となり隠れるのにも最適だ。独特の見た目から森の出入り口が近い事を示すランドマークとして、そして無事に戻ってこられたことへの祝福と感謝の樹として冒険者の間では崇められている。
「今日は誰も入ってきていないな。じゃあこの奥に進もう」
テコの先導で一行は道のない木と木の間をすり抜けていく。
この森の獣道は幅が広く馬車で進むこともできる。獣道と言っても通常とは違い、森自体が道を作っている。その道は入るたびに代わることから“魔宵の森”ではなく“迷いの森”と認識している冒険者が多い。本来はすべての生物を統べていた古の魔王に因んで呼ばれていた名称が、いつしか特性を表す名で呼ばれることが多くなっていた。
人を迷わす道とは関係ない場所を悠々と突き進むテコの後を追う事はセレナたちには一寸したトレーニングの様だった。
いつ倒れたのかわからない朽ちた巨木を乗り越え、目線の高さほどの丘を登ったり隕石でも落ちたのかと思うような大きな窪地を駆け下りたりが続いた。
やがて木々の間を抜けると円形に広がる場所へとたどり着いた。
「はあはあ……ここ?」
セレナは息切れしつつも何とかついてきたが、グーテスの姿が見えない。かなり遅れて到着し、その場でへたり込んでしまった。
「マナ使えよ。……つーか、グーテスは基礎体力もだな……」
テコは予想以上に体力のないグーテスを見て少し困ったような顔を見せる。
——こいつはセンスがあるのか、無いのか……。やっぱ、サポートが必要か?
「よし! 今日は実践的なマナの扱いについて教えようと思っていたんだけど、少し予定を変える」
知らされていない予定に変更も何もないと思いつつも全員がテコに注目し言葉を待った。
「今からエーテルの扱い方を知ってもらい、天の声を具現化してもらう」
全員が一様に驚き、口を開けたままテコを見つめる。
「え? ちょっと待って⁉ あ、あたしたちも天の声を、その……ここに呼び出せるようになるの?」
「お前たち次第じゃないか? 一緒に行動した方が経験も増えるだろうし意思の疎通もしやすくなるかもだろ? 言っておくけど俺みたいにヒト型で言葉を話せる確率は低いぞ」
「な、なんだ……。ほっとしたような……惜しいような……」
「何考えてたんだ、お前……?」
ルゥに白い目で見られて顔を赤くしながらも反論する。
「か、かわいい女の子とか男の子だったら嬉しいけど困るに決まってるじゃない! せ、先輩だって美人だったらいいのにとか思ってたんでしょう⁉」
「いや、思わねぇよ……寧ろ話せないって聞いて納得したぐらいだ」
「はぁはぁ……どういう、事……ですか?」
かなり落ち着いてきてはいるがまだ息が上がっているグーテスがルゥに尋ねる。
「昨日、あの後……寮に戻ったら唐突にマナってやつのことが理解できた。以前聞いた事がある天の声と同じだった。前はまさに言葉のように聞こえていたが、改めて思うとあれは言葉じゃない。意識……というか、知識というか……何せ言語ではない何かが頭の中で聞こえた……そんな風だった」
「私も同じでした。言葉ではなく直接考えが伝わるような感覚……とでもいうのでしょうか?」
ソルフィリアもルゥと同じような感覚があったらしい。
——よしよし……こいつらの天の声も積極的に仕事を始めたようだな
テコは咳払いで四人の話を遮り、教師のように話し始める。
「エーテルとマナは同じ魔力素子だが似ている様で違う。今からどういうものかを感じ取ってもらう。違いさえわかればマナよりも扱いは楽なはずだ」
そういうとテコは一人ずつ順番に手を繋ぎエーテルを流していく。ルゥ、グーテス、ソルフィリアは受け取ったその冷たいような、重いような、固いような、マナとは違う不思議な感覚を忘れないように、溢さないように集中していた。
最後にセレナの前にテコが立つ。しかしセレナは中々手を差し出そうとはしなかった。
「何やってんだよ? 早くしろよ」
「う、うん……」
強い口調で言ったわけでもなかったのだが、セレナは少し怯えているようにも見えた。
——まだちょっと怖がられてるのか……?
偶に見せる怯えた表情が気にかかっていた。ダンジョンの底に落ちたときは死の恐怖からである事が本人の口から明らかになり、ソルフィリアのような未知に対する恐怖はないと思っていた。
こういう時テコもどう対処すればいいのかわからず、シエルに助け舟を求めようとしたが既にセレナの横に立っていた。
「セレナ、大丈夫だよ。多分みんなも苦戦していると思うから。セレナはマナの感覚が鋭そうだから時間かかるかもしれないけど……すぐに同じように出来るようになるよ」
背中に手を添えて優しい声色でゆっくりとセレナに語り掛ける。セレナは小さな声でシエルに応える。
「あたしは……みんなのように、聞こえてなくて……」
三人との違いに驚き、不安に駆られたようだった。
——あたしは、みんなと一緒には……シエルの横に立つ資格が……
「気にすることはないさ」
目の前でテコがセレナとシエルにだけ聞こえる大きさの声で語り掛ける。
「どう聞こえたかじゃない。意思疎通が出来ているかが必要なんだ。ちゃんと向き合える関係になることの方がよっぽど大事なんだ。……俺たちみたいにな!」
そう言うと屈託のない笑顔で手を差し伸べた。
「俺ほどじゃないけど、おまえの相棒もいいやつだよ!」
「‼︎……当り前じゃない!」
くすっと笑ってセレナは小さく頷き両手をテコに差し出した。
「何だこれは? 同じようにも感じるが……全然別物にも感じる」
「体内よりも外から感じるのは気のせいでしょうか?」
ルゥの戸惑いとグーテスの問いにまとめて答える。
「物質の生成や概念の生成にも関わっているから基本的には“外”だな。体内で感じるのは身体や魂を繋げている霊体を構成している僅かな部分でしかなくて、基本的にマナみたいに体内蓄積はされないんだよ」
そういうとテコはおもむろに一本の剣を作り出す。
「世界にはマナもエーテルも満ちている。イメージでなんでも作り出すことだってできるようになる。さあ、天の声も自分たちのイメージで呼び出してみろ!」
その声に四人は目を閉じてイメージを始める。手に残ったエーテルに向かいイメージを注ぎ込み、内に存在する声に向かい呼び掛け続ける。
「アタシにはそれやってくれないのかな?」
集中している四人を他所にイルヴィアが話しかけてきた。
「いや、お前はできるだろ? さっさと出てこいよ」
「そう言われても……できないものはできないよ。エーテルの存在は知っているけど、扱い方なんて知らないし」
何の冗談を言っているのだとイライラを募らせた表情のテコにも平然とした態度で言ってのける。
流石に嘘や冗談で言っているとは思えず、テコは黙ったままついて来るよう合図し少し離れた場所に移動する。シエルもついていこうとしたがテコに四人を見守るように言われ渋々その場にとどまった。
「何? 秘密の話?」
「そうだよ。色々聞きたいことがある。お前にも、お前の天の声にも」
イルヴィアは相変わらず興味津々といった表情でテコを見つめ続ける。
「先にお前の天の声と話がしたいから接続させてもらって良いか?」
「以外に律儀だよね」
「拒否されたらできないからな」
「そういう事ならどうぞ。いつでもいいよ」
「お前の意志だけじゃねぇよ。何かと支障をきたすかもしれないからちゃんと承諾はとってくれ。」
「心配はいらないよ。あたしも、“彼女”も知っているからさ」
こうなることが分かっていたかのようにあっさり承諾され、テコも少し拍子抜けするがある種の確信も得ることになった。
「【天声接続】」
指から延びる光の糸がイルヴィアにつながりテコは彼女の天の声と対話するべく意識を伝わせた。
『お久しぶりですね。また、あなた様にお会いできるなんて』
『ああ、こっちの時間で15年ぶりだよ。色々聞かせてもらおうか……クロリス』




