課外授業Ⅴ
「何でって、仕事で近くまで来ていたんだよ。あっ! 今日もサボってるって思ったでしょ?」
「……」
「最近はマジメにちゃんと仕事してるのに……」
突然現れた飄々とした女性騎士。彼女は戦力だけならば四騎士団の団長たちをも凌ぐと噂されている。誰もがその功績に尊敬と憧れを抱くのだが、彼女自身はいたって普通の女の子であることをシエルたちは知っていた。
実はイルヴィアと会うのはこれが2回目である。
ダンジョンでの事件のあとイルヴィアは学校を訪れていた。先に戻っていたシエルたちに会うためだった。
自分の目で無事を確認したかったことと、どうやって脱出したのかを聞きたくなったからだ。
大きな怪我もなく元気そうな姿を確認し一先ず安心したが、全身土埃や泥で汚れて子供が外遊びから帰ってきた時のようだった。
「君たち大変だったね。無事でよかったよ。あーあ……君は綺麗な金髪が泥だらけじゃないか。……はは、まるで学食で売っているエクレアみたいだね」
「わたしエクレア大好きです!」
目を輝かせ応えるシエルを見てイルヴィアは大笑いする。
「何かキミ、いいね。……うん、やっぱりすごくいい」
そういうと近くにいた騎士に学食からありったけのエクレアを買ってくるよう指示を出す。
「疲れた時に甘いものは良いらしいから存分に食べて良いよ」
食べながら色々話を聞きたかったがフラムが現場から戻って来たことを伝えきいたイルヴィアは面倒ごとを押し付けられることを察してその場を離れた。
「あの……この前はエクレアごちそう様でした」
シエルがお礼をいうとセレナとグーテスも続いて礼を言う。
ソルフィリアも聴取の際に彼女に会っている。他の騎士と比べて優しく穏やかな雰囲気に好感を持っていたが掴みどころがない性格に少々困惑もしていた。
聞かれたことの大半が怪物と戦った感想とシエルのことばかりだったから、ということも大いに関係している。
彼女についてルゥ以外は概ね悪い印象は持っていない。
「ええっと……キミは初めましてだよね」
「……」
テコは何も言わずにイルヴィアを見つめている。
「ねぇ、これどうしたら良いと思う?」
何もないところを見つめて誰かに話しかけるように独り言を呟くイルヴィアに一同は既視感を覚える。と同時にテコの剣呑な態度にも違和感を覚えていた。
「馬車の用意ができましたよー」
貸し馬車屋の男に遠くから声をかけられ全員がそちらの方を向く。
「馬車……君たちが借りたの?」
妙な雰囲気を変えたかったセレナはイルヴィアの問いに答える。
「あ、あたし達今から少し遠出しようと思っていて……えっと……」
しかし目的地を聞いていないために具体的なことに触れられずしどろもどろになる。するとシエルが助け舟を出そうと口を開きかけたが一足早くテコが声を発する。
「魔宵の森に行く。どうせ着いて来るんだろ?」
突然告げられた行先は多種多様な魔獣が生息する危険地域「魔宵の森」。普通の動物と違い魔石による核を持ち、肉や草だけではなく魔力をも喰らう獰猛な生物を魔獣と呼ぶ。ダンジョンの魔物とは違い、他の動物と同じく繁殖し生物として生きていて、時に知能の高い種が生まれてくることがある。
魔宵の森は他の地域と比べてマナ濃度が濃く、広域の平面ダンジョンのようになっている。中央部から南西方向にかけてマナが濃く、凶暴な魔獣が生息していた。弱い魔獣は時折エサを求めて近くの村や街を襲いにくる。冒険者はこれらの魔獣を狩ることも仕事ではあるが、かなりの危険が伴っていた。
「ねぇシエル……あたしたち魔獣を狩りに行くの……?」
「うん、そうだよ」
軽く応えるシエルに唖然とするが冒険者登録と馬車を借りることがつながり課外授業の内容が魔獣狩りであることが判明した。
内容に驚きはしたがもっと驚いたのがイルヴィアを誘っていることだった。
「いやいや、副団長さんも忙しいでしょ……。仕事で来てるって言ってたし」
「テコ……どうしちゃったの? 今日はいろいろ変だよ」
流石のシエルも驚いている。突拍子のなさはシエルも大概ではあるが、それを上回る破天荒さがテコにはあった。
「ついて行っても良いの?」
「は? ギルドからつけて来ておいて何言ってんだ? 黙ってても森まで着いて来てたんだろ?」
誰も気がついていなかった。
何のために監視されていたのか?
もしかするとソルフィリアのテロ関与の疑いは晴れていないのか?
自分たちは何者かに狙われているのか?
様々なご疑問がそれぞれの頭を駆け巡るが、答えはいとも容易く提示される。
「ごめんね! 実は入学試験の時からシエル、君のことが気になっていたんだ。騎士団でもあたしの事、まともに相手してくれる人がいなくてね……。仲良くなったら相手してくれるかなって。……まあ、護衛の任務があることも本当なんだけどね」
「護衛……?」
「例の事件でイードはシエル、君を狙うためだと供述した。仕返しのため……と。本人が言っている以上そうなのだろうけれど、それだけの理由であんなものを使うのもどうかと。上手く利用されていて裏で糸を引いている奴がいるのかもとなってね。じゃあ狙われているかもしれないならアタシが護衛するってことになって。外出届が出たって聞いたから今日は付きっきりでいようと思ってさ」
「半分ぐらい適当だろ? 通学の時には誰もついてないのは何故だ? どうせシエルなら大丈夫だろうって言っているくせに」
嘘ではないが、それも正しいとイルヴィアは笑って応え、護衛対象になっているのはセレナたちも同じだと付け加える。
そのあたりは心底興味がないといった表情で話を遮る。
「まあいいや。まとめて面倒見てやるよ」
そう言ってテコは馬車の方へと進み、シエルたちもあとに続いた。
それぞれが馬車の荷台に乗り込み、馬の手綱はシエルが握っていた。
「シエル、出来るの?」
「ううん、初めて乗った」
「……いや、何でここに座った? 大丈夫なの?」
荷台から御者台に身を乗り出したセレナとの会話が聞こえ、グーテスたちは不安の色が隠せずにいる。
「本当に大丈夫かよ? 森まではかなりの距離があるぞ。こんな馬車じゃ何日かかるか分からねぇ」
ルゥは森までの距離を把握していたらしく、1日ではいける距離ではないことに呆れている。時間を無駄にするのならば帰ると言わんばかりだった。
皆の心配をよそにシエルはゆっくりと馬車を走らせ街の外へと出た。しばらく進むと何もない平原が続いており、草木が生い茂る長閑な風景が続いていた。
「よし、そろそろ良いかな。シエル、止めてくれ」
「うん」
手綱を引いて馬車を停止させる。
「グーテス!」
ゆったりした雰囲気に眠気に襲われそうだったが、突然名を呼ばれていつもより大きな声で返事をして自分でびっくりしていた。
「前にやったみたいに馬車全体をマナで覆ってくれ。今回は一定範囲じゃなく、出来るだけ馬車全体の輪郭に膜を張るような感じで頼む」
咄嗟には理解できなかったが、馬車をコーティングする感じだと解釈して試してみた。しかしなかなか上手くいかずに苦戦する。
「シルエットをイメージすればいい。ピッタリでなくてもいいからな」
テコの助言でも上手くいかず難航したが、試行回数を重ねるごとに精度があがり、ようやくOKが出た。
——何だよ、これ? 魔力の操作? こんなに長い時間……何度も操作して魔力が途切れないのか? こんなヒョロガリのどこにこれだけの魔力が……?
セレナ以外は驚きの表情でグーテスを見つめていた。
ぱっと見で冴えない彼は良くて普通の評価。場合によっては侮られることが多く、その潜在能力に気が付いている者は少ない。
余談だが、彼が騎士学校に合格したのはある魔法士科の教員の推薦だった。彼は偶然にもグーテスの魔力排出量の多さに気がつき、こっそり魔力量のテストを行なっていた(これにより実技で力を発揮できなかったわけだが)。結果は普通よりも多い程度であったが、直感的に潜在魔力量の多さを感じていた。ゆくゆくは魔法士科への転属を薦めるつもりではあったが先日グーテス自ら申し出たことに喜び、早急の転科を叶えたのは彼のお陰だった。
「うし! じゃあ転移するぞ。そこから動くなよ」
全員が何の事か意味が分からなかったが、言われるままにその場で身動きしないように気を張る。
次の瞬間には目の前が光に包まれ思わず目を閉じる。再び目を開くと妖しい雰囲気が漂う森林がすぐ近くに迫っていた。
「意外に上手くいってよかったな」
「はぁ⁉︎ 失敗する可能性があったの?」
セレナが大声で怒鳴る。
「初めてだったし、万が一何かあってもグーテスの魔法膜で何とかなるだろうって」
悪びれる様子もなく笑顔のテコに全員が頭を抱えため息が漏れる。流石のシエルも呆れ顔でいるところを見ると恐怖が後から襲ってくる。
「魔法で転移って……出来るものなんだ」
イルヴィアの呟きにテコはしたり顔で応える。
「多分、俺にしかできないだろうな。俺もまだ行ったことある場所にしか行けないけどな」
「大昔の魔法で今じゃ使える人はいないって聞いたけど……キミ、本当にすごいね」
「もうこの人は違う世界から来たとしか思えなくなってきたわ」
驚かされ続けてきたセレナたちも流石に異次元の力の前には驚きを通り越して呆れるしかない。
「さて、森の中に入って狩りをするにはギルドの許可が必要だから行くぞ」
再び馬を走らせ森の入り口に進む。森の前には小さな砦のような建物が立ち門番のような人物が立っていた。
魔獣が街に行かないように見張りの冒険者が数十人付近を警戒していた。
門番にギルドカードを見せて自由探索だと告げると許可証を渡されてあっさりと通してくれた。
イルヴィアは騎士であることが明白で護衛だと告げるだけで許可される。
テコは姿を隠していた。
一行は薄暗く妖しい雰囲気が色をつけて霧のように漂って見える森の奥へと進んでいく。
耳がつんとしそうなほどの静寂で自分の鼓動が聞こえそうだった。
魔獣の気配はしないが緊張で誰も口を開けずにいた。




