課外授業Ⅳ
シエルたち5人がギルド内に入ると広々とした空間の左右にいくつかのテーブルが置いてあり、そこでは何人かの冒険者らしき屈強そうな男女がまばらに座っていた。
何かの飲み物を飲んでいたり食事をしていたり。新聞を読む者やテーブルに突っ伏して寝ている者もいる。
通路を進むと正面奥に大きな戦士像が立っている。像の左右にはカウンターが設けられていて、カウンターの上にはそれぞれ冒険者ギルド、商業ギルドの看板が掲げられている。商業ギルドと書かれたカウンターの左奥には厨房らしきものが見え、そこから飲み物などが入り口付近のテーブルに運ばれていく。
通りの商店ほどではなくとも施設内は十分に賑わっていた。
「すっご……初めて来たけど、これがギルド?」
「まるで飲食店の様ですね」
シエルとテコが先頭を歩き、その後を追うようについていく。ソルフィリアは少し怖いのか、シエルに手が届く位置をキープしている。男二人は周りを警戒しつつ少し遅れてついていった。
「ようこそ、冒険者ギルドへ」
カウンターに着くとギルドの制服を纏った女性が笑顔で話しかけてきた。
「こんにちは」
「あら、シエルちゃん! 久しぶりね。依頼を受けに来てくれたの?」
シエルが挨拶すると声を弾ませ更に顔をほころばせる。
「お姉さん、今日は友達を連れてきたので登録をお願いしたいです」
「シエルちゃんが友達を⁉ ……成長したのね、お姉さん嬉しい……」
感極まって泣き出した受付嬢をシエルが慌てて宥めるが、他の四人はあっけにとられ見守るしかなかった。
すぐに落ち着きを取り戻した受付嬢は登録の準備を始める。
「シエル……あんた、ここで何してたの?」
「わたしは結構前に冒険者登録すましているの。その時からお世話になっているのがさっきのお姉さんだよ。すっごい親切な人だから安心して」
割って入るようにグーテスの声が後ろから聞こえる。
「あの、よろしいですか? ここは冒険者ギルドだけではないように見えますが……」
余程気になるのか、グーテスはそちらの方に体が向いてしまっていた。
「えっとね、反対側が商業ギルドになっていて、魔物の素材や珍しいものを手に入れたときに売り買いしやすくしているの。あと街でお店を開きたいときとかの申請や物件の情報ももらえたりするらしいよ」
「なるほど……飲食スペースは冒険者の打ち上げや商人の打ち合わせに使われているのでしょうね。ギルドの運営を手数料だけで賄うのは大変でしょうし……」
「お前、急にどうした?」
「え? うわっ⁉」
息がかかるほどのテコの急接近に驚き強制的に発言を止められた。そこに受付嬢がちょうど準備を終えて戻ってきた。
「朝から酔っ払いなんて見たくはないでしょうけど……冒険者はいつ命を落とすかもわからないから、せめて何もない時ぐらいは酔わせてあげたいのよ」
さっきとは別人のように暗い表情に冒険者たちは命がけの仕事なのだということに察しがつき、セレナたちは息を呑む。
「支払った依頼料は戻ってきてウチは助かるし、マジで最高よ!」
ころころと変わる表情の意味が分からず唖然とする。ルゥは思わず“はぁ?”と声が漏れてしまっていた。
「ああ、でも君たちはあんな大人になっちゃ駄目だからね」
そう言いながら四人に手続きに必要な書類を見せて記入を促した。記入が終わると一通りの説明が行われる。
怪我や死亡についてギルドは責任を負えず自己責任である事。手数料は依頼や本人のランクに応じて分配されるなど細かい事が多い。
説明が終わると四人の前にカードが提示される。
「これがギルドカードです。このカードがあればギルド管轄の施設への立ち入りが可能です。そしてこれは身分照会にも使用されます」
テーブルに置かれたカードを裏返し真ん中を指さす。
「これは一種の魔道具です。では皆さんの血を一滴ここにつけてもらっていいですか?」
促されるまま自分の名前が書かれたカードの裏に血をつける。カードは薄く輝くと紋様を描き出した。
「これが個人認証の紋様です。カードに刻まれた魔法陣が血液に含まれる個別の情報を読み取って映し出すのです。もし皆さんに万が一……があったとしても、これで身元を特定することができます。後はこの紋様を写し取らせてもらいますのでもうしばらくお待ちくださいね」
カードを回収してまた奥に引っ込んでしまった。
「すごーい……あんな技術があるなんて初めて知ったわ」
「たまたま大昔に魔法士がみつけたらしいけど使い道がなくて忘れ去られていたそうだ。で、再び発見されたときにギルドカードに使えるんじゃないかって利用されだした……らしい。しらんけど」
テコの曖昧な解説に適当な相槌を打ちながらもセレナの頭の中には次々と疑問が浮かび上がる。
「何で学校や騎士団では使われてないのかしら?」
素朴な疑問にルゥが口をはさんだ。
「学校は知らんが、……戦場で遺体が戻ってくる可能性は……ほとんどねぇよ」
発言の中身よりもルゥが答えたことに驚きがあったが、皆触れずにいた。
「多分そうだな。学校は血を使うことに貴族がうるさかったんじゃね?」
真偽よりもありそうなことで全員が深く頷いた。
そうこうしていると受付嬢が戻ってきてそれぞれにカードを渡す。
「皆さんはブロンズⅣからです。依頼の件数や達成度、難易度に応じてランクが上がります。ランクが上がれば報酬も増えますが、あまり無理をなさらないようにお願いします。受けられる依頼の難易度に制限はありませんが、当方で無理だと判断した場合はお断りする場合もありますのでご了承ください。手続きは以上になりますが、本日は何か依頼を受けられますか?」
「今日は依頼受けずに行くぞ」
「お姉さん、また来ますね」
「いつでも来てね、シエルちゃん」
「ブロンズかぁ……。ねぇ、シエルはランクいくつなの?」
「ゴールドだよ」
「ゴールド⁉」
全員が声をそろえる。が、四人ともシエルならそれくらいは普通かと思い直す。
「3年くらい前からやってるから」
「そうだったんだぁ」
四人がカウンターから少し離れた場所で話をしているところに一人の男が近づいてきた。
男は大柄で腕は丸太のように太い。あちらこちらから見える傷は死線を潜り抜けて来たであろう凄みを感じさせる。手には酒を持ち赤ら顔で如何にも酔っているようだったが、意外に足取りはしっかりとしている。
「おい、おまえら!」
響き渡る大きな声でギルド内が一瞬で静まり返った。
「いつまでくっちゃべってんだ⁉ 邪魔なんだよ! お前らみたいな学生風情が居ていい場所じゃねーんだ!」
グーテスとソルフィリアは驚き後退っていたが、勝気なセレナとルゥは男を睨みつけながら一歩にじり寄る。
「駄目だって!」
シエルの声に反応して二人は我に返り大きく息を吐く。
「なんだぁ? 怖気づいたか?」
「ギルド内で揉め事は止めてくださいといつも言っているでしょう!」
カウンターから出てきた受付嬢の声が背後から聞こえてくる。
あからさまな挑発的態度にルゥは再び戦闘態勢に入るがセレナが制止する。
「先輩……ここには騒ぎを起こしに来たわけじゃないでしょ?」
セレナの言葉に再び怒りを抑え、ここを出ようと皆に促した。男の横を通り過ぎると背後から肩に手を置かれ振り払うと男が言った。
「ガキが遊ぶなら広場にでも行きやがれ。このワンチャンに棒でも投げて拾ってこさせろよ?」
そう言って一人で大笑いを始めた男に堪忍袋の緒が切れる音がした。
「てめぇ、もう一回……」
ルゥが振り返り男の胸ぐらを掴もうとしたが、猛烈な勢いで目の前を横切っていく。男が吹き飛んだ先を見るとギルドの入口扉をぶち破り、そのまま外に放り出されて気を失っていた。
「うるせぇんだよ。絡んでくんな」
ルゥがもう一度振り返ると目の前にはテコが立っていた。
「もう! テコぉ……ダメだっていったじゃん……」
シエルが涙目でテコの袖を引っ張っていた。
その場で見ていた誰もが唖然とし何が起きたのかわからずにいたが、ルゥたち四人だけは気が付いた。
——テコが投げ飛ばした……
——テコさんだぁ……
——あいつ、やりやがった……
男の後ろからズボンのベルト付近を無造作につかみ、そのまま猛スピードで入り口まで投げ飛ばしていた。男は泡を吹いて倒れていたが命に別状はない。
館内がざわつき始めた頃にカウンターの奥から白髪のベテラン冒険者風の男性が出てきた。
「何事だ⁉」
「ああ、ギルマス! 実はまた例の……、でシエルちゃんが……」
「あいつか。全く……やり方を知らんのか?」
ギルマスのラング・ジャッジハンドは頭を掻きながらシエルたちの元へ進む。
「あの、ギルマス! 本当にごめんなさい! これ修理代おいていきますから」
シエルはそういうと金貨を数枚受付嬢に渡して走って逃げた。外に出ると失伸している男にも“ごめんなさい”と深々と頭を下げて走っていった。
セレナたちもシエルを追いかけるため走りだす。その背中を見送ってラングは再び頭を掻く。
「何であの男はいつもいつも……」
「何でも新人に冒険者の心得を教えるためだそうです」
シエルから受け取った金貨をラングに手渡しながら受付嬢も呆れた表情で倒れている男に目をやる。
「いちいち挑発して面倒ごとにする必要がないのがわからんのか?」
「何事にも動じない冷静さを説くためだそうです」
二人は渡された金貨を眺めて深いため息を吐く。
「……」
ラングは男の治療を指示し修理費は「あいつから取れ」と言って金貨を受付嬢に返してカウンター奥に消えた。
「やっぱアイツ、バカなんじゃねーの?」
街はずれまで全力で走ってきたセレナたちは息を切らせながらしゃがみ込んでいた。目の前には街の外に出るために設けられた関所が見えている。
テコとシエルの言い合いは続く。
「だからぁ、あの人は新人さんに色々教えるためにやってるってお姉さんが言ってたでしょう⁉」
「教えるなら他にやり方があるだろう? 意味ねーし、効率悪いんだよ!」
——いや、あんたが言うのか?
男性陣二人は同じことを思う。
「そういう事言ったら、めっだよ!」
——何それ、めっちゃかわいい……
女性陣二人は同じことを思う。
「なるほど……、前にも同じようなことがあって、今回も全部シエルの責任になっているってわけね」
シエルは憤りの視線を送っているが、テコはとぼけたふりをして笑っていた。
「余計な時間くっちまったからな、さっさと馬車借りに行くぞ」
「馬車で行くの?」
「一応、表向きな」
テコの笑顔に何か企みがある事が分かるようになったことに、四人は何とも言えない気分になる。
「でも先輩バカにされてムカついたからちょっとスカッとしたわ。ねぇ先輩?」
セレナに顔を覗き込まれ慌てて顔を背ける。
「確かにテコさんの行為は行き過ぎかもしれませんが、あの方の言葉も許されるものではありません」
「色々怖かったですが……あれはダメです」
それぞれが抱いた憤りの表情にルゥは再び顔を背ける。
——何でお前らがキレてんだよ……
シエルとセレナは顔を見合わせニヤニヤしていると馬の鳴き声が聞こえてくる。
目の前には貸し馬車が数台、客を乗せて走りだそうとしていた。
行商人は自分の馬車を持っているが、街から街を行き来する間に魔物や盗賊に襲われ馬車を失うことも少なくない。一時的な往来だけなど用途は様々だが需要は多く、こうした関所付近では貸し馬車屋が存在していた。
「やあ久しぶりだね、エクレアちゃん」
待ち伏せていたかのように不自然に女性が声を掛けてくる。
「あ、騎士団のお姉さん!」
「てめぇが何でここにいる?……イルヴィア!」
突然、声を掛けてきた人物はゼピュロス騎士団副団長〈風神〉の二つ名を持つイルヴィア・ヴィエントだった。




