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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第1章 騎士学校編 再会Ⅱ
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課外授業Ⅰ

 午後の授業が終わり、狼獣人の生徒が指定した西館の修練室にシエルは入る。

 修練室はかなりの広さで様々な武術の訓練やトレーニングができるようになっている。部屋の隅には弓術の的や演習用の槍、剣が並んでいた。壁際には観戦用の椅子が備え付けられている。

 まだ誰も来ておらず、窓際に設置された椅子に腰を下ろしてカバンからクッキーが入った袋を取り出す。

 袋を開けると甘く香ばしい匂いが「こちらへおいでよ」と誘惑してくる。

 元々セレナたちが来てから一緒に食べるつもりでいた。誰か一人でも来てから取り出せば良いものを何時でも食べられる状態にしている時点でシエルの敗北は決定している。そもそも勝つ気もなかったのであろう。袋から一枚取り出し口に放り込もうとした瞬間にドアが開いた。

「あ、また間食してる。太るわよ」

「太んないもん! ちゃんと運動してるもん!」

 笑いながら入ってきたセレナとソルフィリアがシエルを挟むように座る。クッキーの袋を二人の前に差し出し薦めるとそれぞれが手をのばした。

 三人でクッキーを堪能しているとグーテスがやって来てシエルたちのもとへ駆け寄る。

「遅かったわね」

「すみません! 書類の提出に行っていたので」

「書類? なんか提出物ってあったかしら?」

 シエルとソルフィリアに確認を求めるが二人とも顔を横に振る。

「いえ、転科届です。ぼく、来月からは魔法士科に転属します」

 驚きのあまり全員の動きが止まり目が点になる。それぞれが一斉に話を始めようとしてまたもや動きが止まったが顔を見合わせて今度は笑いが起きる。

「いや、向いているとは言ったけど、決めるの早すぎないか?」

 グーテスの隣に突然現れたテコの姿を確認してソルフィリアが再び驚く。小さな悲鳴が出そうになるのを何とかこらえることは出来たが、思わずシエルの腕に抱き着いてしまっていた。

「一日でも早い方が良いと思って。本来は下期からだそうですが、ダンジョン脱出時の障壁を見せたら何とかしてもらえました」

「……何気に色々とすごいわよね、あなた」

 セレナは少し呆れたようにグーテスに言い放つが表情はすぐれない。テコの出現に内心は驚いていて咄嗟に体が竦みシエルの手を握っていた。

 ため息を吐いて居住まいを正し、何事もなかったかのように振舞おうとしたがシエルが繋いだ手を放してくれなかった。少し気恥ずかしかったが少し勇気が持てたような気がした。

「あたし、ダンジョンの底で本当に死ぬかと思って怖かった。そこに、この人が現れてあたしたちの知らない事を色々教えてくれてたけど、期待と不安がごちゃごちゃになって……なんて言ったらいいかわからないけれど……、とにかく怖かった!」

 突然のカミングアウトに皆が驚いた。

 セレナは普段から堂々としていて貴族としての品の良さもある。そのお陰か少々物言いにキツさがあっても嫌味がない。

 しかし遅れて入学してきたこともあってクラスメイトからの受けは良くない。

 彼女の評判は居丈高、高飛車など気の強さを切り取られることが多い。

 シエルたちもセレナのことは気丈夫な芯の強い女の子だと思っている。


 だからと言って死に直面し恐怖しないわけがない。

 当たり前の感覚をちゃんと持ち合わせていることと自分たちの感覚がバグっていたことに驚いた


「フィリアにはマナやエーテルのことを少し説明はしたけど、後でもう一度詳しく教えてあげて。それでグーテスも休んでいる間にマナの操作を練習していたんでしょ?」

「ええ。魔法士科であれば尚更必要な力ですから。諦める前にやれるだけやってみないと、ですから」

 セレナはグーテスが話し終わると俯いてしまう。

「あたしはグーテスみたいに何が何でも叶えたい夢……とかじゃないんだよね」

 セレナの長い髪が顔を覆い表情を隠してしまう。

「ただ政略結婚から逃げたくて……誰かに決められる人生が嫌で。単に騎士になれば、貴族じゃなくなれば政治や家柄とかからも離れて自由になれる……のかなって」

「それは私も同じようなものです」

 ソルフィリアが優しく声を掛ける。

「留学は祖国に勧められました。学費を出していただけるので両親の負担が減ると思ってのことです。ですから大した志もなく将来に希望も持っていません。ですが皆さんと出会えたことは嬉しく思っていますし、それに……」

 シエルとグーテスを交互に見て、俯いたままのセレナの方へもう一度眼を向ける。

「ここでなら……皆さんとなら、私の為すべき事が見つかる……そう思えるのです」

「そうですよ! 僕だってただの憧れで、その……誰かのためとかではないですから」

 シエルもふたりに相槌を打って同意している。

「そっか……」

 そう呟くとセレナは顔を上げる。

「まぁ……そういうもの……かもね」

 表情は晴れやかで全く落ち込んでいるようにも、無理に明るい表情で心配させまいとしているようにも見えなかった。

「ふたりとも優しいわね」

 シエルに同意を向けると笑顔で「みんな優しくて素敵なひと」と答える。

「昨日シエルに偶然会って話したから平気だよ。心配させちゃったけど、どうなりたいのか考えていることは本当だから、ごめんね。色々不安なのも本当だけど……」

 もう一度シエルの澄んだ空色の瞳を真っすぐに見つめて

「シエルと肩を並べていたいって気持ちは試験の時から変わってないから! ……バケモノみたいな強さは聞いてなかったのだけれど」

 そう言って笑った。


 グーテスとソルフィリアが胸をなでおろし穏やかな空気が流れ始めたところで勢いよくドアが開かれた。そこに立っていたのは獣人族の生徒だった。

 昼間に見せていた怒りの表情ではなかったが、険しい表情である事に違いはなかった。

 元々狼系の獣人族の彼は目つきが鋭く、顔が狼そのもので見た目の威圧感で忌避されることが多い。

 特に彼の場合は喧嘩早く狂犬と陰口をささやかれるが、シエルたちはそれをまだ知らないでいた。

「あいつはどこにいる?」

 ルゥ・アインザム。灰銀の狼系獣人族で騎士学校2年次生で騎士科首席。要するに騎士学校生徒の中で最強を意味する。

「まさか怖気づいて帰ったのか?」

「いやここにいるよ」

 テコはいつの間にか姿を消し、再び現れたのはルゥの背後だった。

「そこにいたのか?」

——こいつ、いつの間に近づいた? 気配が全くしなかったぞ⁉

 ルゥは剣術においても首席だけのことはあり腕が立つ。獣人族特有の動物並の感覚器をもって生まれ、匂いや音に敏感であった。

 そんな彼の背後をとるのは非常に難しく、余程の達人かスキル持ちでもない限りは不可能だった。

「勝負だ、長髪野郎」

 そう言うと据え置かれた木剣を取りに向かう。

 スペースの真ん中あたりにテコが立ち待ち構える。そこに木剣を2本持ったルゥが近づくと1本をテコに放り投げる。

 片手で受け取り素早い素振りを2回行うと肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべる。

「こいつでいいのか?」

「ああ」

 ルゥも構えることなく立っているだけだった。

「どう決着つけるんだ?」

「1本勝負だ。武器の喪失、有効打を決める。十分だろ?」

「良いぜ。じゃあ掛かってきなよ」

 手招きで挑発するがルゥは剣を構えもせずに首を振る。

「馬鹿を言うなよ。俺を誰だと思っている? 先手は取らせてやるよ」

 相手を侮るというよりも首席としてのプライドがそうさせているのだろう。

 背後をとられたことで強者である予感はしているが、それさえも受け止めて倒

 さなければならなかった。

——じゃなきゃ本物の首席にはなれねぇ。あいつよりも強く……何よりもあの

 騎士団へ入るためなら尚更なんだからよ!

「来い!」

 気合を込めた言葉と共に剣を構える。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 言い終わると同時に木剣がフロアで跳ねる音が響いた。ルゥの両手には何も持たれておらず、ただテコがいた場所を驚愕の表情で見つめ続けていた。

——消えた? いや、そんな訳…………は、早すぎる……だろ?

 ルゥの左側には始めと同じく剣を肩に担いだままの姿勢でいるテコがいた。

「ねぇ、誰かあれ……見えた?」

 セレナの問いかけにグーテスが「そんなわけ」と苦笑いで答え、ソルフィリアも首をぶんぶんと横に振り続けていた。

「今のはわたしも見えなかったなぁ」

 シエルの言葉に三人は同時にシエルの方を振り向き驚く。セレナもグーテスも心のどこかではシエルとテコは同じぐらいの強さで、知識や経験に差があるぐらいに思い込んでいた。

「テコは一度も本気出してくれたことないからなぁ」

 “バケモノ”が“バケモノ”と呼んでいる事には容易に察しがつく。底知れない恐怖の正体にも納得がいくが、気持ちと理解が追いつかなかった。


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