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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第1章 騎士学校編 再会
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ダンジョン研修Ⅶ

 時間を少し遡り、崩落事故発生の報告にイードの取り巻き二人が向かった後、ソルフィリアは突如現れた直径十数メートルの大穴を覗き込んでいた。

 大穴の底は暗く数メートル先も見通せず、どれくらいの深さがあるのか見当もつかない。

 崩れた岩盤が底につく音は聞こえない。まるで深淵にでも繋がったかのような深い暗闇に名も知らぬ同級生が呑まれていくのを目撃してしまった。

 別に友達でもなければ知り合いでもない。普通に考えれば助かる見込みがない状況にショックを受けたとしても、気に止む必要はない。

 これは事故であり自分のせいではないし、誰かのせいでもない。

 自己の防衛本能に従うならば思考を止めるだけでも少しは心を守れるだろう。

 だが彼女はそれが出来ないし、それをしようとも思わない。

 どのような結果になろうとも顛末を見届ける責任と義務があると考える。

 普段ならそこまでだったが、今はもう一つの責務を自分に課している。

——まだ助けてもらったお礼を言えていない

 礼を言うために近づこうとした刹那に事故は起きた。数歩早く進んでいたら自分も巻き込まれていたかもしれなかった。だが、そんなことは気にも留めず、今は何も出来ずにいる無力さを只々恨むばかりだった。


「やっとついたなぁ」

 声の方へ振り向くとひと組のパーティが近づいてきていた。ソルフィリアは慌てて彼らの元へ駆け寄る。

「待ってください! 先ほどここで大規模な崩落事故が発生しました。危険ですのでスタート地点へ戻ってください!」

「事故……? さっきの地震か?」

「私のパーティメンバーが救助連絡に向かっていますが別ルートですれ違ったのでしょう。セーフゾーンの先生にも報告に行ってもらっています。あなたたちも来た道を戻って、出会ったパーティに戻るよう伝えてもらえませんか?」

 できる限り冷静に、状況を端的に伝えたつもりだったが懐疑的な表情のまま動こうとはしてくれない。

「確かに大穴は見えるけど……」

 穴の中は暗く何も見えないが、この第一層の分岐ルートの交点でもある広い空間は人為的に灯りが設置されていて意外と明るく隅々まで見通せる。だからほぼ中央に出来た大穴は入り口付近からも十分に視認出来た。

「君…………あのイード・エターマのパーティの人だろ? あいつがまた何か企んでいるんじゃないのか?」

 信じてもらえないのは彼女自身の説明云々ではなく、パーティリーダーの悪評の所為だった。

 入学から二週間ほどであるにも関わらず、上級生とのトラブルを始め身分を笠にきた言動で度々問題になり、彼をよく思わない生徒も多く居る。遅れて入ったソルフィリアでさえ目に余る言動に辟易し苦言を呈していたが聞き入れる事は終ぞ無かった。

 遅れを取り戻すための自習や手続きなどに時間を取られてあまりパーティの活動にも参加できてはいなかったとはいえ、ここまで酷いとは思っても見なかった。

 だが今はそんなことは言ってはおられず、救助の要請と二次被害の防止ができる事だと信じてやるしかなかった。

「お願いです、信じてください。もし何かあれば私が責任を取ります!」

 彼女の言を聞いてどうするか相談を始め、彼らは仕方がないという表情で来た道を戻り始める。

「後からくるパーティにもこのことを伝えて一緒に戻ってください! お願いします」

 彼らは振り返りわかったという意思表示のように手を上げて再び歩き始めた。

 去り際の一瞬ではあったが笑顔が見えた。

 事故の所為で楽に実習を終えられるから——そんなふうに邪推してしまう自分が嫌になる。

——事故に逢い、消息不明の同級生もいるのに

 半信半疑なのだから仕方がないとも思えたが、それでも心に靄がかかる。

 事故が起きる瞬間を見たものと見ていないものでは深刻さが違う。

 実習の中断を余儀なくされ、それが自分以外の誰かの責任であるならば、それが嘘かどうか判らなくても受け入れてしまう。

——この国の騎士は私の望むものではないのかもしれない

 気持ちが沈みかけていた時、後方から声をかけられた。

「おーい、先生を連れてきたぞ!」

「うおぉ…、これはまたデカい穴が……。更に崩れる恐れがあるからあまり近づくなよ。今そちらへ行く」

 イードの取り巻きの一人である男子生徒がセーフゾーンから教員を連れて戻ってきた。

「状況は聞いたが他に落ちた生徒はいないか?」

「はい、三人だけです。今こちらにきたパーティには引き返してもらいましたが、別ルートからくるパーティがいるかもしれません」

「わかった。二人は入口で生徒が入らないよう見ていてくれ。私は土魔法で穴の周りを固めていく」

「わかりました」


 数分後にはフラムを始めとした教員が数名到着した。

「フラム先生!」

「君らに怪我はなさそうだな。ソルフィリア・ナフリーゲン、もう一度当時の状況を説明してくれるか?」

「はい!」

 呼吸を整えてからイードが置いた魔道具の事、そこから現れた怪物の事、討伐後に起きた崩落について思い出せる限り細かに説明した。

 説明を聞き終えると穴の周りを調査していた教員といくつかの言葉を交わし、入口付近にいる教員に大声で指示を飛ばす。

「イルヴィアを呼べ! お前のお気に入りが事故にあったといえば飛んでくるだろう! 急げ!」

 流石に誰もが驚いた。他国からの留学生であるソルフィリアでさえその名は知っている。王国最高戦力の一人で<風神ゼフィール>の異名をもつ騎士を呼びつけるのだから。

「慎重に捜査しなければならないが、あの“はぐれもの”たちなら可能性はある。イルヴィアなら助けられるかもしれん」

 心のどこかでは諦めていたかもしれない。いや、普通の感覚ならば絶望的状況に希望を見出すのは簡単ではないだろう。

 でも“彼女”であればと教員たちは一縷の望みをかけて救助の準備を進める。

——わたくしも、希望を捨ててはいけない!

 そう思えば自分にできることはないかとフラムに詰め寄っていた。残念ながら何の役にも立てそうにはなく、寧ろ被災者なのだから戻るように促される。

「彼女たちの安否を確認するまではここを離れるわけにはいきません」

 そう言って頑なに動こうとせず、フラムも諦めて邪魔にならなければと許可した。


 事故発生から2時間ほどが過ぎ、崩落が広がらないように周りの補強が終わり、穴の深さについて調査が始まった。

 最下層を突き抜けて更に深くまで続いていることがわかり、各階の捜索と新たに出来た最深部への調査をどうするかが話し合われていた。

 その矢先に穴からわずかに熱風が噴き上げてきていることに数人が気づく。

「この辺りは活火山でもないのに? 何かを引き当てたのか?」

 徐々に熱風は強さを増して行き、ガリガリと岩が削れる音が近づいてくるのがわかった。

 地震と言うよりも定期的な振動が地面を揺らし始め、穴の周りで調査していた教員たちは慌てて退避と叫びながら離れていく。

——まさか?

 正体不明の熱風と不快な振動が続く中でソルフィリアはなぜか期待を抱く。

 轟音と振動が止み熱風が最も強くなった時、突如として大穴から三人が飛び出してきた。

 一人は地面に投げ出されてしまったが、残り二人は片方をエスコートするように綺麗に着地してみせた。

 何が起きたのか分からず、皆あっけに取られる。

「“チームはぐれもの”、ただいま戻りましたー」

 シエルから離れたセレナも続ける。

「すみません、ご心配をおかけいたしまし……た? い、一応全員怪我も無く無事です……」

——帰って来てくれた!

 ソルフィリアはそう思うと無意識に駆け出しシエルに抱きついていた。 

 ——良かった……無事で……本当に良かった

 まるで唯一無二の親友であるかの様に心の底から安堵し大泣きしてしまった。

 名前も知らないのに。


 実習前に起こりそうだった揉め事に割って入った。ダンジョン内に現れた怪物から助けてもらい、一緒に戦った。

 たったそれだけのつながりなのに。

 この国の身分制度には嫌悪を感じるし、遅れて入学し留学生という違う枠であることも人との距離を感じた。二年間は勉学に励み、援助してくれた祖国に少しでも恩返しをする。その為なら友人が居ようと居まいと関系ない。人と関わること自体があまり得意ではないし、この国の人間に興味はないから構わないとすら思っていた。

 それなのに涙が止まらなかった。自分でもなぜかは後になっても分からない。

 大変な目にあってきたのだろう。そこから自力で戻ってきたことに感服するでもなく、ただただ生きていてくれたことが嬉しかった。

 一連の出来事に気がついておきながら対処できなかった。何か一つでも回避できていればこんなことにはならなかったかもしれない。

 誰が聞いても不可抗力であり、崩落に関してだけは事故であり責任などないはずだ。仮に因果関係があったとしてもそれを防ぐことは不可能に近い。

 真面目であるが故に無意識に色々なものを背負いがち。環境に由来してあまり人に心を開かない。少しでも関われば自分の責任を感じる性格だった。


 万が一のことがあればそれは……

 無意識に自分を責めていたかもしれない。


「心配かけてごめんね……ただいま」

 ぎゅっと抱き返され耳に届いたその声の温かさに、本当に救ってもらったのは自分なのだと気がついた。


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