ダンジョン研修Ⅵ
四人が膝を突き合わせているこの空間はドーム状になっている。
今は話をするためにほぼ中央に寄り合っているが、広さは学生寮の部屋二つ分ぐらいはありそうだった。
辺りはごつごつした大小の岩が積み重なっているが所々で隙間が出来ている。
よく見ると内側に光る膜のようなものが張ってある。目を凝らせば見えるというよりも意識を集中すれば見える。それは魔力による結界のようなものであったからだ。
「物理障壁の魔法っていうのはマナだけじゃなくエーテルも関係しているんだぜ。みんな知らず知らずのうちにエーテルの力も使っているってわけだ」
三人は瓦礫と共に巨大なゴーレムの残骸と一緒に落下していた。底の状態を把握する余裕もなかったのでドーム型の障壁を張って安全を確保しながら降り立った。上からは後から後からと岩盤や土砂が降ってきて今に至る。
「さて、ここから出る前に……。改めて質問だ。お前、マナによる強化を使いこなしている自覚は本当にないのか?」
三人の視線はグーテス一人に注がれる。以前にも同じ質問をされたが全く身に覚えがなく困惑するばかりであった。
「お前の通常時のフィジカルは並以下なんだけど、戦闘時においてはかなり上昇している。ダンジョンまでの山道でははあはあ言ってたくせに、さっきのロックゴーレムとの戦闘では息切れせずにやり切っている」
シエルもセレナも気に留めていなかったが、言われてみれば普段と戦闘時では体力の差を感じる。
「グーテス……お前、騎士には向いてないよ」
「ちょっと! いきなり何をいいだすの⁉ 無意識でも戦闘時に力を使えているなら、それは凄い事じゃない⁉ さっきだって全然遅れはとっていなかったはずよ!」
突然の勧告に驚いたのはセレナの方だった。言われた当の本人より先に声を上げてしまう。
「わかっています! それは……自分でも、わかっているんです」
少し悔しさを滲ませながらも、真っすぐにテコの目を見て語り始める。
「本当は学科試験の結果だけもらって家業を継いだ兄さんの手伝いをするはずだったんです。でも小さかったころからの夢で……、実技試験でも何もできなかったのが悔しくて……」
グーテスは何かを思い出す度に視線を外すが、テコは真っすぐにグーテスの方を向き続け話に耳を傾けている。
セレナとシエルも今は黙ってグーテスの話に耳を澄ませた。
「でも、兄さんが……、お前の人生なんだから好きにやってみろって……。騎士学校は一年で基準に達しなければ退学になる。それならまずは1年間死ぬ気で夢を追いかけて来いって! ……学費も兄さんが出してくれて……。ダメだったら黙って家業を……兄さんを支えるって約束で送り出してくれました!」
眼を瞑って大きく深呼吸をし、グーテスは改めてテコに向き合う。
「無理かもしれないけれど! 送り出してくれた兄さんのために……、僕自身のためにも諦めることはできません! どうか、騎士になるための力を僕に!」
そいうとグーテスはテコの前で頭を下げる。座ったままの姿勢だったため、そのまま土下座のようになってしまった。
「ただ夢のためにそこまで必死になるのは良いけどさ……、何か早とちりしてないか? 商人の息子なら相手の話は最後までちゃんと聞けよぉ」
テコの言葉に全員の視線が集まる。
「騎士に向いてないとは言ったが、辞めろなんて誰が言ったんだよ?」
組んだ足に頬杖をしながらテコがニヤニヤと笑っている。
「そういう熱いのは嫌いじゃないけどな」
グーテスは何が何だかわからずじっとテコを見つめるしかなかった。
性別不詳ながらやや女性的な雰囲気を持つテコの容姿は気づけば見惚れてしまう。例えるならば満点の星空の様でもあった。
その思考停止は一瞬だったのか数分だったのかは分からないが、グーテスは自力で我に返り言葉を発することができた。
「あ、えっと……、向いていないけど諦める必要がないとは?」
「お前の身体能力強化はスキルではなくマナによる直接強化なんだ。ここから出たら教えるっていうのが、正にそれ。無意識でも出来ているなら大したものなんだよ」
驚きは隠せないが素直に喜ぶべきなのかもわからずにいた。
「グーテス……すごいんだ」
「鍛えれば並みの騎士以上にはなると思うけど、何かもったいないんだよなぁ。マナの蓄積量がめちゃくちゃ多い。周囲のマナを操れるようになれば大規模な魔法も扱えるようになれるだろう。……だからお前さぁ——魔法士科に転籍しろ」
「魔法士科⁉」
グーテスとセレナだけではなくシエルも声を揃える。
「シエルが前衛で自由に動くから、後衛で魔法の援護をするだろ? そしたらセレナが中盤で剣と魔法の両方を使えるからバランスも良くなるぞ」
「…………なるほど……」
「魔法士も騎士団に入れば立派な騎士だろ? 中央は宮廷魔法師団として別組織らしいけど扱いは同等なんだし」
セレナはグーテスの横顔をじっと見つめたまま、恐るおそる尋ねてみる。
「魔法士って……あんたはそれでも良いの?」
急に声を掛けられたようにグーテスはびくりと体を震わせ、ゆっくりセレナと目を合わせる。
「何というか…………驚きますよね……?」
突然のことに動揺を隠せていないが、何かしらの希望を見出したような、そんな表情を見せていた。
「……」
ついさっきとは別人のような顔を見せられ、セレナは見つめ続けることしか出来なかった。
「グーテス、確か土属性が得意だったよな?」
「あ、はい! いや、でも適正だけで魔法は使えませんけど……」
「手を挙げてドームの天井から放射状にマナを薄く広げるイメージをしてみろ。自分が噴水になった感じでも良いぞ」
言われるがままに立ち上がり両手を上げイメージするが何も起こらない。
マナが何かを凡そは理解できたが、扱いに見当がつかず自分が何をしているのか、何をすれば良いのかよくわからずにいた。
「サポートするから俺が作ったこの障壁と同じもの作ってみてくれ」
「ええっ⁉ そんな急にいわれましても……」
一体どれほどの土砂を支えているかもわからない。下手をすれば命に関わる。自分だけならまだしも全員の命を守っている物理障壁を作る事など容易くはない。先にプレッシャーで潰れそうだ。
「亀って見たことあるか? あいつの甲羅だとか……ああ、そうだ!水瓶を被る感じをイメージするんだ」
必死で言われたモノをイメージするがピンとこない。
「亀って……あの東方の珍獣ですよね? 文献でしか……」
昔見せてもらったことがある東の大陸の図鑑。その中に珍しい、といってもこの大陸にはいない動物が描かれた本のことを思い出す。
——そういえば、亀は愚鈍を意味するけど実直さと勤勉さの象徴で縁起の良い生き物って書いてあったな。……なんか僕みたいだって兄さんに言われたっけなぁ……
朧気ながら図鑑に描かれた姿を思い出そうとする。
特徴的な甲羅の模様と魔法陣が重なり、グーテスが掲げる両手から淡い光が半球状に広がり拡大していく。
「そうだ、そのまま維持してろよ」
いつの間にかテコが側に立っていて片手を掴まれていた。
不思議と自分の内側に流れる冷たく乾いた何かを自由に動かせる気がする。
血の流れとは違う。風のように軽くはない。火の揺らめきも、水の澱みもない。
気が付けばテコが作った障壁よりも大きな芦灰色の障壁が瓦礫や土砂を押しのけて膨らんでいた。
「ちょ、ちょっ! デカすぎんだろ⁉ もう少し力を抑えてだな……」
テコのコントロールを借りながらだったがグーテス自身でマナを調整して障壁の大きさを合わせていく。
少し縮んだ障壁に合わせて一時押し上げられた土砂がバラバラと流れ込んでくる。
頭上には大量の土砂が覆いかぶさっているようだが、障壁を支えるグーテスには何の重さも感じずにいた。
「すごい……、今この土や瓦礫を僕が支えているなんて」
「俺が作った壁は解除するからそのまま支えていろよ。次はお前たちの出番だな」
そう言うとセレナとシエルの側に立ち、両手を差し出す。
差し出された手をシエルは右手でテコと繋ぐと余った片方の手をセレナと繋いだ。
——あ、あたしもふたりと手を繋げばいいの?
困惑気味にふたりに目を合わせるが何も答えてはくれない。
グーテスにしたようにきっと自分にも何かあるのだと信じて手を伸ばそうとするが、怖さがあって踏み切れずにいる。
ふたりの顔が見られず、堪らなくなりグーテスの方に目を向ける。
決して余裕があるようには見えず、懸命に得た力を制御しようと足掻いているように見えた。
——そうだ。あたしにはあたしの理由があるんだ……
意を決するように短く息を吐く。シエルの方を見ると笑顔で大丈夫と声を掛けてくれる。テコの方を向き軽く頷いて差し出された手を取った。
「上昇する熱をイメージするんだ! 今の気持ちを大声で叫ぶみたいにこの空間に響かせろ!」
本当に叫びたい気持ちだった。
突然の崩落でどこまで落ちたのかわからずに、助かるのかさえ不安だった。
得体のしれない人物を目の前にして、今まで知らなかったものに触れて常識が覆されるような恐怖があった。
決して見下していたわけではなかったが、現時点で実力は自分よりも下だったはずのグーテスがあっという間に見えない場所に行ってしまったような焦りがあった。
——こんな自分は嫌だ……。あたしもふたりと肩を並べていたい。何にも束縛されない、本当のあたしでいるためにも!
「シエル! 風を障壁の外へ流すぞ」
熱を纏った風はグーテスが支える障壁の周りの土砂や瓦礫を粉砕しながらぐるぐると回り始め、ついには障壁ごと回転しはじめる。
グーテスはドーム状ではなく球状に障壁を張っていたらしく足元の土ごと包んでいた。いわば球の下半分は土になるので足場が崩れることはなかった。
「足元は固定しているけど体勢を崩さないよう踏ん張れよ!」
そういわれて全員が同時に重心を落として構える。
「シエル飛ばせ! 全体のコントロールは任せろ!」
「わかった!」
少しずつ上昇していくのが分かる。
ゆっくりと、ゆっくりと。
だが徐々に上っていくように感じたのは最初だけだった。
速度が倍、倍と上昇し、積りに積もった土砂をかき分けて弾丸のように上昇していった。
「やっほーい!」
楽しそうな声を上げていたのはテコひとりで、セレナとグーテスは同じことを思っていたと後に話をしていた。
——し、死ぬ……
芦灰色の弾丸はあっという間に元居た第1層に辿り着き、ちょうど力を使い果たしたグーテスの障壁が消えると同時に3人は地面へと投げ出された。
セレナはシエルが手を繋いでいたこともあって上手く着地に成功したが、グーテスだけはそのまま地面に落下した。それでも実態を消したテコが風でクッションを作り地面とのキスは避けられた。
突然穴から飛び出してきた3人に救助に集まった学校関係者たちは驚きを隠せないでいる。
「“チームはぐれもの”、ただいま戻りましたー」
何事もなかったかのように報告するシエルに教員たちも反応できずに固まってしまっていた。
シエルと繋いでいた手を離したセレナが改めて声を出す。
「すみません、ご心配をおかけいたしまし……た? い、一応全員怪我も無く無事です……」
異様な雰囲気に包まれ流石のセレナも段々と声が小さくなっていく。
そんな空気が一転して安堵に包まれたのは、ひとりの少女がシエルに駆け寄り抱き着いたからだろう。
「良かった……」
そう言って声を出して泣き始めたソルフィリアにシエルも声を掛ける。
「心配かけてごめんね。……ただいま」




