ダンジョン研修Ⅴ
「奇跡と言っても山を動かすとか海を割るような壮大なものを想像していないか? 【言語理解】なんて特大の奇跡だぞ」
言葉を発し、聞いて理解する。当たり前のようにしてきたことがすごい奇跡だと言われてもすぐには納得いかないだろう。
誰にでも得られるものではないモノが、誰もが持っているものでもある。それが特別なものだと言われても有り難みは感じられないのが普通だ。
「生きるために必要なスキルはいつの間にか身についていることもあるけど、それ以外を求めるとなると、結局は努力の成果として身についている……ということでいいの?」
「概ねその通りだけど環境に適応するため——の方が近いかな。サバイバルを生き抜くため、仕事の質を上げるため、より高みを目指すため……とか」
三人とも座学はトップクラスだからか飲み込みが早く、認識の違いに戸惑いがありつつも正しく理解しようとしている。
「すべての生物は必要最低限のスキルを獲得できている。天の声が聞こえる、聞こえないに関係なくだ。だからそれ以外を求めるなら修練は当然必要になる。生きるために必要がないから時間がかかるのは当たり前なんだよ。命がかかってないからな」
求める力が得られずとも死ぬことはない。
裏を返せば命がけでないと得られないものがあるという事でもある。
職人はその技術を習得できなければ仕事にならない。一人前に稼いで生きるために必要であるから得られるものがある。当然、その技術に対する適性があってこそではあるが。
「なるほど……」
「だから無理して獲得しに行く必要ないんだよ。勿論あるに越したことはないけど」
二人とも押し黙って考え込んでしまう。そして同時にあることに気がつく。
「もしかしてだけれど……シエルの凄さは……」
「スキルに依るものではない?」
「正解!」
嬉しそうに笑いながら思わず頭を撫でそうになったが、幸い手が届く距離には居なかったのでうまく誤魔化した。
「じゃあ次に、魔法やスキルはどうやって使う?」
「体内の魔力を使う」
間髪入れずにセレナが答える。特別講義に集中しはじめて多少の落ち着きを取り戻しつつあるが、震えが止まった手はシエルを離さなかった。
「半分正解。ちなみに魔法もスキルに分類される。もう半分の正解は四大元素の祖に連なる精霊たちからと、その“場”にあるマナを利用する、だ」
学校の授業と違いノートを取ることもできないから一字一句を記憶するために集中している。今まさに彼らは成長の上り坂を懸命に登ろうとしていた。
ヒトの成長は見ていて楽しいものだが、時として指導者はそれに酔いがちではある。同じように自分が好きなモノや自慢は口数が増えて、聞き手の事は気に留めずに話し続けてしまう。
「マナは世界の始まりに満ちた霊的素粒子の一つで、色が着くことで属性へと変化し世界を構成する様々なものを生み出す。色々な事象に作用して、生命にも寄与しやすい。で、同じく霊的素粒子のエーテルは霊的物質や概念に作用するのに、無機物にも作用する性質があってだな……」
講義に熱が入って来たのか、テコの言葉もこの世界に住むヒトが知り得ない言葉まで使い始めた。
シエルがそれを察してかみ砕いた説明をするためにテコに待ったをかける。
「ええっとね……、普段マナは無属性なんだけれど精霊の力で属性が付いているの。その属性のおかげで火や風を起こしたり、地面の形をかえたり凍らせたりできるわけ。生命に寄与っていうのは傷を治したり毒を作ったりできるの」
テコの方を向いて自分の説明であっているかを確認しつつ息を入れる。
頷くテコに笑顔で返し更に説明を続ける。
「エーテルっていうのは聞いたことないかもしれないけど、マナに似ているけど少し違った性質をもった力? って思ってもらって良いと思う。……試験の時にわたしが折れた剣を修復したのはエーテルを使ったからだよ」
グーテスもセレナも折られたシエルの剣がいつの間にか元通りになっていて目の錯覚かと思っていた。試験の時はシエルが試験官の≪炎剣≫フラムに勝ったことで忘れてしまっていた。
「エーテルは物質を作り出すのに丁度いいのと、霊的物質や概念にも作用するからわたしは天の声であるテコの実体を作り出したの」
「それが今目の前にいる俺の具現化したカラダってこと」
——え? どういうこと?
セレナもグーテスも声にならない驚きが表情に出ている。
この手の話を詳しくするには時間がいくつあっても足りない事は分かっている。
理解が追いつかずともずっとこの場に留まるわけにもいかないので話を強引に進めていく。
「取り敢えずマナとエーテル、このふたつを上手く使うことが強さの秘密なんだ。ここから出たら扱い方をみっちり叩き込んでやるから覚悟しておけよ!」
この人物の笑顔はどこか魅かれるものがあるのだが、それとは別に自分たちもシエルが教えられたように指導をしてもらえる。それぞれの理由で力を求めていた二人にとっては願ってもない事だった。
元々は天の声はという問いから世間一般の常識とはかけ離れた事実を聞かされ続け頭がパンクしそうだったが、ようやくハッキリとした実像をつかめた気がした。
セレナもグーテスも希望が湧いてくるのを実感し、薄明りの中でも顔色が少し良くなってきたように思えた。
「さっさとここから出て教えを受けたいわ」
いつの間にかセレナの手を放していたシエルも頷き賛同する。
テコは片手を挙げて今にも立ち上がりそうだったセレナを制止する。
「まあ待て。そんなに慌てるなよ。脱出には少し考えがあるし、続きを聞けよ」
脱出の算段はついている様ならここから出てからでも良いのではと思ったが、大人しく指示に従うことにする。
セレナは疲労も影響していたが、元々聞き分けの良い娘なのだ。
貴族令嬢でやや物言いも強く、キツイ性格に思われがちだが人の話に耳を傾け相手の意図を汲んで立ち回れる。将来、上司にしても部下にしても優秀な人材になるであろうことは騎士学校入学時の評価にも記載されている。
——もうちょっとクセ強くても良いけどな
グーテスもセレナと同様早く指導を受けたいと思っていたが、脱出には慎重さが必要とも感じていたからテコの指示があるまでは体力を温存しておくつもりでその場から動かなかった。
テコは相変わらずマイペースで話を進める。
「で、さっきお前たちの天の声にアクセスして色々弄らせてもらった」
一瞬頭の中をぐちゃぐちゃにされたような嫌悪感が走るが、段々わざと驚かせているのではと思い始める。それならば下手にリアクションしない方が良いと妙な反抗心が沸き上がり隠れた戦いが始まった。
当然シエルはあずかり知らない事なので蚊帳の外だ。
——ほほう、驚きの連続で耐性がついてきたか? びっくりさせるのはここからなんだぞ。ここから出る前に驚嘆の声を挙げさせてやるからな!
表情には全く出さずに話を続ける。
「お前たちふたりの天の声がレベルアップして力を発揮できるように俺の【最適化】を施してある。いずれ俺とシエルのように会話できるようになるかもしれないが、それはお前たち次第……というか資質次第みたいなところがあるから期待はするなよ。それでもお前たちの良き相棒にはなってくれるだろうよ」
さすがにこれは嬉しさが勝り思わず笑顔がこぼれる。
「さらにスキルはあったに越したことはないとも言ったよな? 特別にお前たちにも俺が開発した最新のシステムを施してある。その名もパークだ!」
「パー……ク……?」
さすがに初めて聞く言葉にさすがに困惑の色は隠せない。
何故かシエルまで何のことかわからないという顔をしていて、流石にテコの目から光が消えそうになった。
「えーっと……パークってのはだな、より効率よくスキルの習得が出来るように組まれた、いわば自動スキル習得システムだ。スキルの中には上位互換のスキルも存在しているけど、別物扱いになっているんだ」
「それは上位魔法のようなものでしょうか?」
「そうそう! 普通、魔法って一個一個覚えていかなきゃならないんだろ?」
「そうね。魔導書の術式を覚えて、イメージを強めるための詠唱を行うのが新しい魔法を覚えるための訓練ね」
「そんな面倒なコトする必要ないんだよ。術式は純度が上がるから覚えた方が良いけど、基本は属性マナの扱いとイメージだからな。セレナは炎魔法が得意なら使い続けて練度を上げろ。それだけで中級以上の魔法は扱えるようになる」
「うそ、本当に⁉ ……それがパークによるものなの?」
飲み込みが早くて助かるという風に頷き、更に説明を続ける。
「剣術だけを修練していて槍を持ったら全く扱えない……そんなわけあると思うか?」
今度はグーテスの方を向いて問いかける。
「……習熟度の違いでは扱えないと言えるかもしれませんが、……例えば全く武器を使えない人と比べれば十分に使えている……ということになりますか?」
自信なさげに応えるグーテスにテコは笑顔で頷く。
「じゃあ、毎日木を切っている人が剣を持って戦えるか? 完全なノーではないよな? そりゃ駆け引きだとか色々あるけど一撃の鋭さは段違いかもしれない」
グーテスは少し納得がいかないという表情をしていたがテコは構わずグーテスの方を見たまま続ける。
「何が言いたいかというと、生きていて経験することはすべて無駄じゃない。全くの無関係に見えても必ずどこかで繋がるんだ。生まれてこの瞬間までに見聞きし感じたこと全部が経験値になる。何をどう活かすかはお前たち次第だ。俺は天の声に経験を力に変える方法を教え、パークで選択の幅を広げられるようにした」
今この瞬間の出来事も力に変えられるのか? と思う。
実感は全くわかない。
ただ座って未知の力について聞いているだけなのだから。
「きっとね、ここから無事に出たときに感じるよ」
シエルの優しい声にはいつも癒される。
「このパーティで良かったって」
——ああ、そういう事か……
試験で偶然出会い、入学後に再開。パーティを組んで左程時間は立ってはいないが、以前から知っていたかのように仲良くなれた。
身分や住む場所も違っていたのに騎士を目指すというただ一点で繋がった。
この未来もきっと自らの選択で変わるのだろう。
ただ普通とは大きく道が違ってしまった。それはこの星空のような瞳の不思議な人物に自由を与えられたことだった。




