ダンジョン研修Ⅳ
「あたしたちの天の声とつながるっていうのはどういう……こと?」
二人にとっては自分たちが置かれている状況が不明のまま、異次元の話を次々に聞かされ、ついには謎の人体実験の被験者にさせられそうになり思考が停止しかけていた。
「まあまあ……今からスキル創るから水でも飲んで待っててくれよ」
そういうとテコは目を閉じて何かを考えるかのように黙ってしまった。
その間にシエルは腰に携えていた小さなバッグから携帯食料と水を取り出していた。それを見てセレナとグーテスも自分のバッグを探りはじめた。
「こんなの絶対にいらないだろうってみんな言っていたのに、わたしたちは必要になっちゃったね」
非常用に持たされていた焼き菓子のような食料を美味しそうにかじりながらシエルが間を持たそうとしていた。
「あんたって、こんな味気ないものまで美味しそうに食べられるのね?」
「めっちゃ美味しいとは思わないけど、全然食べられるよ」
「これ一個で一日分の栄養がとれるのは凄いですよね」
「おかげで今日は帰ってもご飯抜きだわ。……太っちゃう」
小声でつぶやいたが今いる空間は広くはなくお互いの距離が近い。洞窟特有の反響はないが程よい静寂がかえって誰の耳にも届いてしまう。
「ちょっとぐらい大丈夫だよ」
「あんたはスタイル良いから!」
「セレナだって良いじゃん!」
同年代との関りが薄く、いまだに馴染めずにいたがセレナとは普通におしゃべりできていることがシエルには途轍もなく楽しく、嬉しくもあった。
半面、不思議な気分でもあり、他の生徒にも同じように出来ればと思う。
普段できない事を今できているのは何故かを思いめぐらせる。
——ああ、そうか。さっきの事故の事や知らない事がいっぱいで不安そうなふたりに何かしてあげたかったからだ
ふたりはまだ触れないが事故に遭い、何故このようなことになっているのか知りたいことは山程あるだろう。
そして肝心の“自分たちは助かるのだろうか?”ということについて。
救助は来るのだろうか?
このまま数日過ごしたあと力尽きてしまうのだろうか?
落下中に気を失うほどであったのにどうして助かったのか?
今いるここはダンジョン内のどのあたりなのか?
疑問は尽きないが最悪の状況である事を考える恐怖が思考することを丸ごと封じ込める。
そこに謎の人物が現れ“天の声”などと意味不明な説明を投げかけるものだからそちらに思考を向ける他なかった。向けていたかった。
「テコがね、二人を助けてくれたんだよ」
携帯食料を食べきり、すっかり乾いた口の中を水で潤して少し落ち着いていた。
——いったいどうやって?
疑問が浮かんでもそれを口に出すためにはまだ脳に糖分はいきわたっていなかった。
「わたしだけじゃふたりは助けられそうにはなかったけどテコが出てきてくれて守ってくれたの。今ここは一緒に落ちてきた土砂の中で、それもテコが物理障壁でスペースを作ってくれているから大丈夫。ここからの脱出方法もいくつかあるけど、ふたりが目を覚ましてから相談して決めようって」
自身を“天の声”と称する謎の人物が自分たちを助け安全を確保し、更にここから抜け出す方法までもあるという。
この言葉が騎士学校の教員であれば信用できたかわからない。シエルの言葉だからこそ信じられたかもしれないと二人は後々に思う。
「そうだったの……」
「ありがとうございます、シエルさん、テコさん!」
「また“さん”付けになってるー」
「ええ⁉ ……すみません……」
不安と疑問が少し解消されリラックスした雰囲気になってきた。
「よし、出来た!」
これから何をされるのかは正直不安だったが、少し興味も湧いてきていた。
自分たちにもあるという“天の声”について知ることに。
セレナもグーテスも理由は違っても、強くなりたいという気持ちに変わりはなかった。シエルほどの規格外でなくても良い。騎士になるための力を得る切っ掛けになればと願っている。
「ふたり同時に始めるぞ。そのまま動かずにいてくれ」
テコはそれぞれの額に手のひらを当て、新たに創造したスキル【天声接続】を発動させた。
セレナとグーテスは額に手を当てられたまま、痛くもなく、痺れるわけでもない、触れられている感覚さえなく何も感じずにいた。ただ声を発する事は駄目な気がして黙ったままでいたので、健康診断で医者に診察されているような気分だった。
僅か一分ほどでテコの手は二人から離れ、元居たシエルの隣に腰を下ろした。
その表情は困惑そのものだった。
シエルを含め三人とも黙ってテコが話すのを待っていたが、我慢できずに口を開いたのはシエルだった。
「ねえ、どうだったの?」
テコの身体をゆすってねだるように問いかけるが、それでもテコは腕組みをしたまま考え込んでいた。
もうっ、と一言。身体をゆするのをやめたがふくれっ面でテコの二の腕をつかんで離さない。
セレナも同じ場所に座っているのは腰が痛いと適当な理由をつけてシエルとテコの近くまで寄って座り直し、グーテスも続いた。
「あたしたちの天の声は本当に仕事していなかったの?」
「正直に答えてください。出来れば対処法も……」
「そうね。……知ってしまった以上はできる事まで知りたいわ」
「……」
セレナとグーテスの声を聴いてもテコはそのままの状態を維持し続けていたが程なく目を開き、星空のような瞳がふたりを捕えた。
「ふう、……アップデート完了っと。それじゃあ取り扱い説明を始めるからよく聞いてくれよ」
突然のことにあっけにとられ三人がテコを見つめたまま動かなかったが、三人同時にはっと気が付き思い思いの言葉を口にした。
「わるかったよ。じゃあ普通の“天の声”についてから説明するよ」
また授業を受けるかのように姿勢を正すセレナの隣にちょこんとシエルも並んで座る。
何となく教師になった気分でテコが授業をはじめた。
「えーっと……まず天の声っていうのは全ての動植物の魂に憑いているもう一つの魂で、スキル獲得のアシストや習得できる・できたのアナウンスが主な仕事……そこまでは良いよな?」
「全てということは馬や草木にも天の声はいるってことでいいのかしら?」
「馬が生まれてすぐに立ち上がるのは本能だと言われているが、あれはスキル【逃走】に起因しているんだ」
「確かに外敵から逃げるためとは言われていますが……それがスキル起因だなんて」
「スキルを使えるのが人間だけとは限らないっていう一例なんだけど、人間同士でもスキルの使用有無の判別は難しいからな。わからなくて当然だ」
「あたしたちも知らずに持っているスキルがあるのかしら?」
隣に座ったシエルはセレナに引っ付いて腕を組み、手まで握っていた。
「はいそこ、イチャイチャしない! で質問の答えは“人による”だ」
「……何も持たずに生まれる場合もあると?」
グーテスは咄嗟に質問をするが、まじまじと見つめられて何故か少し照れてしまい顔が赤くなっていくのが分かる。
横目で二人がこちらを見ていることに気づき、正座をするふりをして少し距離を置いた。
「中にはいるだろう。でも気づかずに一生を終える場合もあるかもな」
「それを……天の声は教えてはくれないのですか? それとも……ぼくたちが聞き逃している……とか?」
いつになく前のめりになっているグーテスに女子二人は目を丸くする。
普段は強気なセレナでさえこの状況には不安を隠せないでいるが、グーテスは二の次とばかりに“天の声”“スキル”について知りたがっているようにみえた。
テコはグーテスの焦りにも似た、縋るような眼の理由は分かっている。
「わかった。じゃあ一般的な天の声について教える」
シエルもテコが普通の天の声だと思って生きてきたから興味はある。
何よりも人類が触れられなかった情報の一端に触れようとしているのだから、神秘に対する好奇心が強いシエルの目が輝くのは当然だった。
「繰り返しになるけど、天の声は生まれたときから常に一緒にいる。……12歳になった時の洗礼式? あれって意味ないんだ。何歳だろうと聞こえるときは聞こえるし、一生聞こえない事もある」
テコは立ち上がり話を続ける。
「だけど天の声は常にお前たちの側で見守っていてくれている。だけど声が聞こえないのは天の声が設定したスキルを獲得するための経験や修練が足りていないからなんだよ」
「努力不足……ってことですか?」
「平たく言えばそうだけど相性もあるからな。そもそもお前らスキルって何かわかっているか? マナを使って身体や精神、環境などに作用する奇跡の総称のことだ。種族特有のものを除く固有スキルに限れば、ほとんどの奴がその恩恵には与れない。獲得できたとしても奇跡とも呼べない代物ばかりなんだよ。スキルなしでも超えられるものもあるからな」
特大の奇跡を目の前にして、自分が憧れていた奇跡が随分と安っぽいもののように思えてグーテスは気分が沈んだ。
途方もない努力の末に得るは小さな奇跡でしかないと。
セレナも努力で得たものが役に立たず、暗いダンジョンの奥底で助けられるのを待っている現状に無力さを感じていた。
「いったろ? 一般的な天の声についてだ」
にやりと悪魔のような笑顔を向けられ、ふたりの背中に寒いものが走る。
同時に、弱っている時に囁かれる悪魔の言葉ほど甘美なものはない。
本能が期待してしまっている。
既に逃れられずにいた。




