ダンジョン実習Ⅲ
ソルフィリアは落ちていった三人を見ることしかできず、しばらく呆然としていたが直ぐに我に返りイード達に指示を飛ばす。
「すぐに戻ってこの事を先生に知らせてください! 途中で出会ったパーティには一緒に戻るように! あと誰か一人はセーフポイントへ行って!」
突然の巨大な魔物の出現に地震、崩落に巻き込まれた同級生を見て冷静に対処しようとするソルフィリアが特別なのだ。三人は相変わらず身を寄せ合い縮こまったままだった。
——協力を仰ぐの無理か……
諦めて別の方法を模索しかけた時、イードの取り巻きの男子生徒が呼びかけに反応してくれた。
「お、俺がセーフポイントへ行く! おまえはイード様を連れて出口へ急げ!」
「わ、わかったわ!」
女子生徒の方も立ち上がり腰を抜かしたイードに肩を貸して出口へと向かっていく。
「き、君はここに残るのか?」
セーフポイントへと向かう前にソルフィリアのもとへ駆け寄り穴の底を除き見ながら声を掛けた。
突如出現した大穴は暗く底が見えずぞっとした。それだけに飲み込まれた三人の生存は絶望的に感じられた。
「私はここに残って彼女たちが会えずにここに来てしまったパーティに事故の事を伝えます。私の力では何も出来ませんので早く先生方を」
「わかった。すぐに連れてくる」
そう言って男子生徒は大穴を迂回しセーフポイントへと走った。
見送ると再び暗い穴の底に目を凝らした。やはり暗闇は深く続いており、すぐ下の階層どころではない、あるいは最下層まで落ちていったのではと悪い想像をしてしまう。
恐怖で震えが止まらなかったが、今できる事を考えることで自分を奮い立たせようとした。
——あのヒトだけなら無事な可能性も……。いえ、諦めては駄目! 三人とも無事でいて……
「う、うーん……。あれ? ここは?」
「あ、セレナ! 気が付いた!」
セレナは身体を起こしあたりを見渡す。大小の岩石に囲まれた小さなドームの中にいるようだった。
「ううっん……、いてて……」
側で寝ていたグーテスも目を覚まし起き上がろうとしていた。
「ここは一体……? えっと、確かあたしたち…………そうだわ! 突然地面が無くなって落ちて……。みんな無事⁉」
シエルが魔法で明かりを灯してくれている。光は360度岩壁に囲まれた場所のほぼ中央にあり、眩しくはないがはっきりと周囲を照らしている。
おかげで皆が近くに集まっていることもすぐに分かり、セレナは自分を含めて“四人”の生存を確認できた。
「良かったぁ……みんな無事ね……。ていうかあなた誰⁉」
「よっ! 初めましてだな」
シエルの傍らには性別不詳の人物が立っていた。
夜空のように暗く、それでいて星空のように瞬く美しさの髪と瞳は薄暗さの中にあって何故か輝いて見えた。
どことなくシエルに似ている様で似ていない、端正な顔立ちで優しそうな笑顔を向けられたが、どことなく冷酷な表情にも見える。
はっきりとその存在を認識したあとも二人は何の感情も湧かなかったが、見惚れたように、一切の言動を封じられたように動けなくなってしまった。
目を逸らせない状態でシエルに助けを求めることも出来ずにいたが、心が助けを求めようとせずに思考だけが働こうとして結局何もできずにいた。
「テコはね、テコっていうんだよ」
シエルが前触れもなく謎の人物の名を明かしたことで呪縛から解かれたように身体と意識が軽くなった。
「その名前で紹介されるのは何だかなぁ……」
「でもテコはテコだし」
「えっと……シエル? この方はいったい……? いつからここに?」
セレナは当然の疑問を呈するも、この質問が真っ当なのかさえよく分からないでいた。
「テコはわたしの“天の声”だよ。具現化させている人って居ないみたいだから内緒にしてたんだ。黙っててごめんね」
申し訳なさそうではあるが何故照れているのかが二人は理解できずにいる。更に、“天の声”を“具現化する”という聞きなれない言葉に戸惑いが追い打ちをかける。
「待って! 天の声って何? それを具現……化? この状況も含めて全然意味が分からないのだけれど⁉」
さすがのセレナもカオスすぎる状況にパニックになっていた。
グーテスは黙って状況や言葉の意味などを整理しようとしている様だったが結局わからずに唸っていた。
「お前らにもいるだろ、天の声? 魔法やスキル覚えたりするときぐらいは話しかけてくるだろ?」
「……」
セレナとグーテスは顔を見合わせてお互いに今の話が理解できるのか探りあっていた。
テコとシエルも顔を見合わせて何故わからないのかという表情だ。
「お前らの担当は何してるんだよ。ちゃんと状況説明してもらえよ」
徐々に二人の表情は恐ろしいものを見ているように強張っていく。
余りにも伝わらない状況に苛立ち始めたテコにシエルが、もしかしたらもっと丁寧に説明してあげた方が良いのではと耳打ちする。
——え? まさかとは思うけど……
「セレナは魔法剣を使うよな?」
「え? 何故それを知っているの? さっきどこからか見ていたの?」
嫌な予感が的中しそうだとシエルに合図を送る。が、シエルはニコニコしながら嬉しそうに笑っている。
「久しぶりに出てきてくれたぁ」
説明はテコに丸投げしてシエルは長らく見ていなかったテコの姿を堪能していた。
シエルを当てにするのは諦めて質問も交えて説明することにした。
「魔法剣を使うにはまず魔法を覚える必要がある。それには自分が持っている属性を知らないといけないよな? それはどうやって知った?」
「えっと、確かあたしは……洗礼式まで待てないから属性検査を受けて知ったわ」
「じゃあ火属性の魔法はどうやって覚えた? はじめは使えなかった魔法が使えるようになった時に声が聞こえなかったか?」
「魔法は家庭教師の先生に教えてもらって……。それから……そうだわ! 小さいけど火を起こせるようになった時に何か声が聞こえた気がしたわ!」
テコはグーテスにも視線を送り意見を促す。
「ぼ、ぼくの場合は魔法やスキルは一切使えませんのでそういった経験はないです」
「は? 嘘だろ? だってお前、戦闘中はマナで身体能力強化してるじゃねーか?」
「ええっ⁉ そう言われましても身に覚えが……。ぼ、ぼくは確かに強くはないですが、剣を握ると不思議と頑張ろうという気になれていつもよりも身体が軽い気はしますけど。あくまで気がするだけで……」
「はぁ⁉ じゃあ無意識でやってるってことかよ⁉」
思わず天を仰いだが、かなり二人との認識のズレは推測できはじめていた。
「わかった、一から説明する」
そういうと現状も含めて説明する方が早いと感じ、テコもシエルの隣に腰を落ち着かせた。
「まず改めて、俺はテコ。シエル担当の天の声で名前はシエルが付けてくれたものだ」
「“天”の“声”だからテコね」
——ペットとかに付ける感覚だ……
同じことを思ったのだろう、セレナとグーテスは同じ表情でいる。
「天の声ってのは全ての生命に憑いていてスキルや魔法、単純に秀でた技術などの習得をサポートすることが仕事。で、習得できたときに効果も含めて本人へアナウンスすることも仕事の一つだ」
授業を受ける生徒のようにセレナが手を挙げて質問する。
「さっきの話の中であたしが聞いたかもっていう声が天の声なのかしら?」
「そういう事。それぞれ生まれ持った適正や個性があるから、それに合わせて適切なスキルや技術を揃えていく。だから火属性しか適性がないのに無理に水属性を練習しても上達しにくいし、最悪全く習得できない可能性もある。そういうミスマッチもなくしている」
グーテスは何か思い当たったのか俯いてしまったが、テコの話が始まるとすぐに顔を上げた。
テコはこれまで自信たっぷりに堂々とした振る舞いを見せていたが、初めて自信がなさそうな表情に変わっている。シエル共々感情が顔に出やすいらしい。
「今まで疑問には感じていたけど確かめる術がなくて気にしていなかったけど…………。お前らって……天の声と会話したことないのか?」
「あるわけない!」
「あるわけないですよ!」
セレナとグーテスはきれいにハモりながら即答する。
「やっぱりかぁ!」
「ウソでしょう?」
テコは大笑いを始めたが、シエルはそれが当然だと思っていたためショックを受けていた。
「シエルの独り言ってまさか……、二人で会話していたからなの?」
「う、うん……」
恥ずかしそうに頷き、俯くシエルの頭をテコは思わず撫でてしまった。
「だから声には出すなって言ってたのに」
「だって皆もそうしてるって思ってたんだもん!」
ふたりは楽しそうに独り言つ変わり者の少女の真相を知って苦笑いしてしまい、少しだけほっとした。
異彩を放つ力と才能を持つ彼女に対し尊敬と畏怖の念が混じっていたが、僅かでも素の解像度が上がっていくことで親しみと安心を覚えていた。
「どうやら俺たちの方が特殊なようだな。わるかったよ」
「ううん、構わないわ。でもシエルのすごさの一端が少し見えた気がするのだけれど、それは貴方のおかげ……いいえ、貴方のサポートがあったからかしら?」
言い直しに上がりそうだった口角を手で隠して次の言葉を選ぶふりをした。
「……あくまでも俺の推測だが、お前らの天の声はあまり仕事していないみたいだな」
セレナは身内を馬鹿にされたような気がして表情に分かり易く出ていたが、グーテスは単純な疑問を口にした。
「シエルさんやあなたの関係が特殊であるならば、ぼくたちが普通の状態なのでは? 通常はあまり干渉してこないものと考えて、天の声とは一体どういう存在なのですか?」
いい質問だと笑って答える。
「確かにお前たちが普通の状態で俺たちが“異常”みたいだ。で、ひとつ気づいたことがある。普通っていうものを俺たちは知らない。だから違いの説明が出来ないんだ。そこで相談なんだが……」
セレナとグーテスは嫌な予感がしたが絶対に断れない事を分かっていた。
断れないというよりも断ってしまえば全ての疑問は一生知り得ないのだろうと思った。
得体のしれない恐怖は残っている。だがシエルの強さに対する憧れもあった。その秘密を垣間見ることが出来るならこのチャンスを逃すわけにはいかない。
天秤の傾きは意外に早かった。
「いいわよ。なんでも言ってちょうだい」
二人は不敵で何かを期待させるこの人物に魅かれている様でもあったのだが、それについてはまだ無自覚であった。
だからと言って不安がないわけではない。
「じゃあさ、二人の天の声とつながらせてくんない?」
まだ消化しきれていない事が多い中でまた一つ理解しがたい事案が増えた。




