ダンジョン実習
騎士学校が管理する管理指定区域。
そこは遺跡や歴史的文化遺産などを保護するために設けられた特別区。
これらの保護区域にはダンジョンも含まれる。
ではダンジョンとは何か?
形状は洞窟であったり建物であったりと定まっていない。しかし共通するのは魔石を核にした魔物が生息しているという事。
その魔物はダンジョンに紛れ込んだ生物を襲い、血肉を食い荒らすがそれが目的ではなく体内のマナを喰らう。取り込んだマナは個体の進化ために核となる魔石に蓄えられる。強い魔物ほど体内の魔石が大きいのはそれが理由だ。
魔物たちがダンジョンから出てこない理由は判明していない。だがある仮説が有力とされている。
それはダンジョン自体が巨大な魔物であり、そこに住む魔物たちはその力に縛られ出ていけないのだという。
ダンジョンの最深最奥には強力な魔物がいて、その魔物を倒すとダンジョンに住む他の魔物はすべて魔石に代わり一切出現しなくなる。遺跡などでは巨大な魔石だけの姿で発見されることもあったと言われている。
「授業でもやったし、各自でも調べているとは思うが、ここR01は騎士学校の実習用に管理している。今回の1層は特に強い魔物もいないし要所で職員が待機しているから安全ではあるが、下手をすれば死ぬ。絶対に気を抜くなよ」
実習が行われるダンジョンの入口前に集まった生徒に向けてフラムが説明を行っている。
「前に話した通り、魔物を倒しながら奥へと進み1層の最奥にいる職員から印を受け取って戻ってくる。これが最初の実習内容だ。入り組んではいるが、どのルートを通っても最奥には行けるしトラップもないから心配するな」
入学したての生徒でも攻略しやすい内容になっているのは、職員があらかじめ調整しているからに他ならない。
「お膳立てしてやっているのだから出来て当たり前。だがお前たちではこれでも厳しい内容だから決して気を抜くな。死んで面倒かけるんじゃねえぞ。実際に毎年何人かは大怪我をしてしばらく授業に出られない事がある。こんな早々に実施するのは、騎士になれない奴をあぶりだすためだ」
少々乱暴な言い方ではあったが、死が伴う危険な実習である事が伝わり緩んでいた空気が少し引き締まったようだった。
それから最後にもう一つと付け加える。
「いまだに貴族だ、平民だと言っている奴もすぐに死ぬから気をつけろ。ここは実力のみが生死を分ける戦場だ。貴族は驕るな。平民は臆するな。身分を気にして死にたい奴は迷惑だから辞めるか死んでくれ」
さすがに強い言葉で誰もが口を閉ざした。他の教員がフラムを窘めるが、生徒にはそれぞれの想いで突き刺さる言葉のようだった。
「平民は臆するな……か」
グーテスのつぶやきにセレナが反応する。
「そうよ。貴方は貴方の全力を出せば良いだけ」
「うん。わたしたちパーティだからね。グーテスくんも遠慮しないでね」
「はい、ありがとうございます! セレナさん、シエルさん!」
セレナが少し考えるように視線を別の方向に向ける。シエルとグーテスは何かあったのかと互いに顔を合わせるが見当がつかないでいたが、すぐにひとりで納得したように頷き口を開いた。
「呼び方だけど、呼び捨てにしましょう」
それを聞いた二人は同時に「ええっ?」と声を上げた。
「そ、それはちょっと……」
まず初めにグーテスが躊躇いを口にした。だがすぐにセレナに却下される。
「いいから! あたしはセレナで、この子がシエル。ほら言って!」
勢いに押されるというよりも半ば命令に近い受け取りをしてしまい、渋々小さな声で復唱する。
「セ、セレナ……、と……、シ、シエ、ル?」
「……まあいいわ。次シエル!」
「わ、わたしも?」
「あたしは良いわ。グーテスの名前を読んでみて」
「えっと……、グー……テス……」
“くん”をつけそうになるのをセレナに顔を覗き込まれることで止まり何とか危機を脱した。
「なんで急に……?」
セレナの顔の近さと圧に動悸が早くなったが素直に疑問を口に出来た。
「家庭教師の先生に教わったの。実戦では状況報告が必要な場面があって、その時に敬称は邪魔だって。短く的確な報告が必要らしいの」
パーティを組んでの実戦経験を持つ生徒はシエルも含めて誰もいない。受け売りであっても納得がいく説明だった。
「それに知り合って間もないあたし達は距離を縮める必要があると思うの。だからお互い呼び捨てで良いでしょ?」
「なるほどー」
グーテスも二人が良いのであればそうすると納得した。
そんなやり取りをしている間に最初の組は既にダンジョンに入っている。
パーティ数が多いので二日に分けて実施される。1日目はポイントの低い組が教員付き添いで既に実施を終えている。主にD組C組で構成されたパーティで、実力的にはやはり厳しいのだが、教員のフォローのおかげで全員大した怪我もなく終了した。
そして現在は2日目の主にA組B組で構成されているパーティの番である。
ポイントの低い順、且つ下位クラスが多いパーティを優先して行われる。
A組メインで組まれたパーティが多数あり、シエルたちはその中に組み込まれた。
順番はくじ引きで決めるのだが、ここはセレナが引いて同組で2番目に向かうことになった。
「シエルのクジ運は試験の時に見ていたからね」
苦笑いするセレナとグーテスを見て、シエルは試験時の悪夢を思い出し涙目になっていた。
ここまでは特に大きなトラブルや事故もなく予定通りに進んでいる。
午後からは高ポイント組を残すのみとなった。くじで決めた順番通りにパーティごとにまとまって並んでいる。
シエルたちの前に一組のパーティが待機している。男女二人ずつの4人組だったが、ひとりの女子生徒だけが少し距離を置いていた。
「おい、お前ら! できるだけ魔物を倒して点数を稼ぐぞ! 且つ、最速で戻ってきてトップを取るんだ!」
「はい!」
「わかりました!」
このパーティのリーダーらしき男子生徒の呼びかけに取り巻きのような二人だけが返事をし、離れていた女子生徒は無言のままだった。
「俺はここで良い点数を取らなければいけないんだ! あの獣人と頭のおかしい女の所為で……。なんで侯爵家の俺が入学早々トラブルに巻き込まれて罰を受けなければならないんだ⁉︎」
「そうですよ! 全く酷い話ですよね」
「学校側もエターマ家の御令息イード様だとわかっていてこのような仕打ちをしているのですかねぇ!」
「全くだ! しかも留学生の面倒までみろとは……。全くもって面倒だ!」
すぐ前のパーティだから会話は嫌でも聞こえてくる。
シエルたちは顔を見合わせ苦笑いするほかなかった。
——てゆーかこいつ、食堂で暴れた奴じゃなかったか? 絡んでたのあいつなのに全然反省してないんだな。シエルは気がついてなさそうだけど、バレたらこいつヤバいぞ
そんな心配を察してくれたかのようにセレナが違う話題を振って気を逸らす。
セレナは周りがよく見えていてチームの雰囲気にも気を配っていた。家柄というよりも本人の気質に依るところが大きい。はっきりと意見を言えることも踏まえてリーダーに向いていた。
「今回のパーティは次の実習でも継続できるらしいの。だから今後も踏まえて連携を重点に行っていきましょう」
「うん、わかった」
「はい、足を引っ張らないように頑張ります!」
「グーテスは体力もあるし、決して弱くはないのよ。あたしと一緒で経験が少ないだけ。だから無理せずに落ち着いていきましょう」
「……あ、ありがとうございます!」
少し照れくさそうにしながらも嬉しそうに笑い、自然とシエルも笑顔になる。
「シエルは飛ばし過ぎないでね。あんたはあたしたちとはレベルが違いすぎるのだから」
「ええ……そんなことは……」
「あるから! 試験でも驚いたけれど、色々違いすぎるわ」
メンバー確定後にダンジョンの下調べと個々人の技量や特技を見せ合った。
グーテスは特にこれといった特技もなく、剣術などについても独学のため素人同然だった。
セレナは火属性の魔法を得意とし、魔法剣も使える。剣術と魔法は家庭教師から学び、学年でもトップクラスの実力者だった。
シエルの実力は試験の時に二人とも見ているので確認するまでもない。炎剣の二つ名をもつ担任教師に勝って入学したのだから実力は飛び抜けている。
さらに、毎日数百キロ先の王都郊外から通っていることや、すでに冒険者登録をしていてダンジョン探索の経験がある話をしただけで規格外認定されてしまった。
お互いの話をまとめ、セレナが提案したパーティの方針は
1.ダンジョン内の道程はシエルが先導しながら探索の注意点を手解きする。
2.魔物と遭遇した場合はセレナとグーテスを中心にしてシエルにフォローしてもらう。
この2点だった。
シエルにとってもパーティでの探索は初めてなので仲間とどう立ち回るかが課題と捉えグーテスと共に賛同した。
やがて前の組が出発する時間になった。
「よし行くぞお前ら! 平民留学生もちゃんとついて来いよ!」
イード・エターマはうしろに控えていた女子生徒の方へ振り返り声を掛ける。その時にして漸くすぐ後ろにいたシエルに気がついた。
「ああ! お前はあの時の電撃女⁉︎」
——お前、今気がつくのかよ⁉︎
指を刺され大声で妙な呼び方をされても特に何も思わなかったが相手の顔を見てすぐに記憶が蘇る。
「ああ! エクレアのカタキ!」
「何だその変な呼び名はっ⁉︎」
「この人、入学式の時にわたしのエクレア台無しにしたんだよ!」
「知るかっ!」
「ああ……あの噂って本当だったんだ」
「やっぱりシエルさ……あー、だったんですね」
シエルは怒りを思い出したのか眉間に皺を寄せてほっぺたを膨らませている。
エターマも食ってかかりそうな勢いだったが、ちょうど二人に間に挟まれた状態だった女子生徒の声で制止された。
「最速を目指しているのであれば、そろそろ出発いたしましょう」
黒髪に瑠璃色の瞳を持つ不思議な雰囲気をまとった少女。
落ち着いた佇まいから凪を連想させる。しかしそれは自身の存在を消すかのようでもあったが、海底深くに潜む巨大な何かが放つ視線のせいで輪郭を保っていた。
そんな彼女の声はすっと耳に届き、どこか心地よかった。
“わかっている”“覚えていろ”などの捨て台詞を吐きながら、エターマたち四人のパーティはダンジョンへと進んでいった。
シエルたちも半ば呆れながら見送っていたが、去り際に女子生徒だけが振り返り申し訳なさそうな表情で軽く会釈して後を追って行った。
「あの子B組にいる留学生なのよ。黒髪ってだけで珍しいのに美人だから余計に目立つのだけれど……大人しいというか近寄りがたいみたい」
「みたい?」
「あの子も遅れて入ってきたのよ。遠方からは色々時間がかかるのよねぇ。で、あたしは、授業以外はシエルといるからクラスの生徒とは交流がまだないの。若干避けられてるぽいし」
——コミュ障貴族がここにもいたのか……。貴族ってみんなそうなのか?
「あの人は良い人そう……。なんか友達にすごくなれそうな気がする」
「あはは、ハグレモノばっかりで集まるの? そうなったらパーティ名は“チームはぐれもの”で良いかしら?」
いたずらっ子ぽい笑顔で同意をもとめる。
「ボクはクラスに友達いるんだけどなぁ……」
「グーテス何か言ったかしら?」
「いえ、何も!」
数日の間にグーテスも少しずつだが打ち解けてきている。
少しの談笑で緊張もほぐれ、シエルたち三人のスタート時間が来た。




