友との再会Ⅱ
翌日からもパーティメンバー探しは続いている。
昼休みに入りセレナと勧誘する候補者選びのために食堂で待ち合わせている。
セレナのいるB組の教室は隣にあるのだが、魔法実技の授業のため教室にはおらず食堂で待ち合わせる約束をしていた。
声を掛けることも掛けられることも出来ずにいた初日はセレナとの再会でどうにかなったが、残りの時間でメンバー集めが出来るとシエルは思えずにいた。
「かといってセレナに任せっきりもやだしなぁ……」
『お前ら二人だけでも良いんじゃねーの?』
「それだと15ポイントで付き添いの先生が来ちゃうよ」
20ポイント以下は救済措置で教員がパーティに入る。3人以上を推奨としていて万が一に備えてのことだった。
優秀な部類のA組生徒だけでも3人以上になるようにルール決めされている。
現時点で実力の劣るD組生徒がふたり入るだけでも何とかなる。
A組とD組の実力差は入学時点ではさほど大きいものではない。
基礎体力や剣術スキルなどの個人差はあるが実戦に近い状況下で発揮することは難しく、そういう点に於いては差がないと言える。
騎士科、魔法士科の区別がないため、如何に攻略しやすいパーティを組めるかも課題の一つとなっていた。
「そういう訳だから、あと一人は最低必要」
『じゃあ適当にあぶれてそうな奴見つけて声かけてみたらどうだ?』
「誰でもってわけには。セレナも中途半端はダメだって言ってたでしょ?」
『そういやそうだったな』
1階の食堂へ向かうために階段を降りていく。A組B組の教室は最上階の5階にあり、下の階はC組とD組の教室がある。更にその階下の3階、2階は魔法士科の教室となる。
階をひとつ降りるごとに人の波が増えていくことがシエルには億劫で、一人の時は時間をずらして向かっていた。
だが今日はセレナが待っているので仕方なく人の流れに身を投じる。人混みが苦手ということと出来たばかりの同年代の友人に会いたいがため出来るだけ早足で階段を降りる。
だが不意に聞いた言葉で足が止まる。
『じゃあ、あそこにいるグーテスはダメだな?』
「え? グーテス?」
4階と3階の踊り場に出たところで名前を聞いて思わず声に出してしまった。
「はっ、……え? シエルさん?」
目を丸くしている見知った顔の男子生徒がそこにはいた。
シエルにつれてこられた食堂にはセレナが先に席をとって待っていた。
「どうも、お久しぶりです……」
少し遠慮気味に挨拶をする彼は公爵令嬢二人に対して失礼がないように振る舞わなければという意識と自分がここにいる照れくささがあった。
「やっぱりあなたも合格していたのね。良かったぁ」
「あ、いえ……補欠合格ですので」
「補欠でも合格は合格よ」
「あ、ありがとうございます!」
シエルもセレナに同意見だと笑顔で頷いている。
「えっと、それで何の御用でしょう……?」
半ば強引に連れてこられて困惑していた。
試験のときに馴れ馴れしくしていたことが不味かったのか?
商人の息子風情が騎士学校に通うなど生意気だと言われるのか?
彼は入学してからすでに数回、貴族出身の生徒に絡まれていた。
それもそのはず、彼は騎士科で数少ない平民の中でも更に少数派の商人出身だったからだ。
平民出身は農家や狩人が多い。特に狩人は卒業して騎士団に入れなくても冒険者ギルドで優遇され、傭兵や冒険者としての道が開かれやすい。
しかし商人出身者には何の益もない。旅の行商で盗賊に襲われても身を守るぐらいには役立つかもしれないが、多数を相手取るには意味がないから結局は護衛を雇うことになる。
権力や駆け引きが“力”であり、物理的な“力”が一切役に立たない商人の世界で騎士学校に行こうという者は皆無だった。
グーテスはなぜか商人出身であることがバレてしまい、一部の貴族出身者から嫌がらせを受けていた。
――いや、このお二人がそんな事するわけがない。だから余計に怖いよ……
「ねぇ、セレナ」
「なに?」
「グーテスくんをパーティに入れるのダメかなぁ?」
「は? え? パーティにって……もしかしてダンジョン実習の!?」
シエルはそうだよと笑顔で頷きセレナにも期待の眼差しを向ける。
「う〜ん、補欠合格てことはD組だよね? てことは3人で19点かぁ……」
腕組みをして考えるのがセレナの癖らしく、何度も唸るのも同じらしい。
「えっと、ボクもう入るの決定ですか?」
貴族と平民の嫌な会話は回避されたが、学年1位と2位のパーティに入れられるのも相当なプレッシャーがかかる。
既に一緒にいたクラスメイトは少し離れた所から見守り、周りの同級生も何故平民が貴族の、それも公爵家の二人と同席しているのかと好奇の目で見ている。
「あ、もしかしてパーティ決まっちゃってる?」
「あ、いえ! 決まってはいないですけど……」
二人の会話にシエルが慌てふためいていた。グーテスの都合を聞きもせずに連れてきてパーティに入れようとしたのだから。
シエルが謝り、グーテスが大丈夫だと一通りのやり取りが済んだところでセレナが口を開いた。
「グーテス……もし良かったらだけれど、あたし達のパーティに入ってもらえないかしら?」
「お願いします!」
急に立ち上がりシエルは頭を下げた。
「ええ! いや、顔を上げてください! パーティはクラスの友達と組もうかと相談はしていましたが、ボクたちD組だけでは厳しいだろうと話していたところだったんです」
「だったらその人達も誘ってみてよ」
「本当に良いんですか? その……お二人は学年トップで公爵家の方で……」
「騎士学校で爵位なんて関係ないでしょう? 少なくともあたしは友達だと思っているのだから普通に話してもらえると嬉しいわ」
グーテスのほっと胸を撫で下ろす音が聞こえたかのように3人は同時に笑顔を見せた。
「ありがとうございます。一度、友達に相談してみます」
「ありがとう、よろしくね」
グーテスが本来一緒に食堂に来るはずだった友人の元へ向かって行くのを見届けてからシエルが小さな声でセレナに話しかけた。
「わたし人見知りだから出来るだけ知っている人が多い方が有り難かったんだ。ありがとうね、セレナ」
「あら、あたしだってそうよ。実力者と知り合いだなんて最高だもの。それにあのグーテスだって何か才能があるように思えるの」
『この娘、見る目あるな』
「そうなんだ!」
「あたしも加入してもらえそうな人見つからなかったから助かるわ」
二人は実習に向けてのパーティメンバー探しが一段落つきそうなことに安堵し、話題はすでにデザートを何にするかに移っていた。
翌日、パーティメンバーの登録最終日の朝。A、B組の教室がある5階の廊下でグーテスは待っていた。隣にはセレナもいる。シエルを見つけた二人が駆け寄ってきた。
「おはよ。ふたりとも早いね」
「おはよう、シエル」
「おはようございます。その……昨日の件でお話が」
シエルにとってはセレナとグーテスがいれば何人いても問題ないだろうと寝る前に結論づけていたので、メンバー決定の瞬間を待ちわびていた。
話の内容はセレナもまだ聞かされていない。グーテスの様子がおかしい事には気がついていたが、表情には出さないよう努めた。
「実はクラスの友達に話したところ……」
申し訳無さそうに俯きかげんで話す姿には流石のシエルも悪い予感しか感じ取れなかった。
「みんな、足手まといになるだけだから遠慮したいと……」
「いや、そんなことは無いと思うのだけれど……。気後れさせちゃう? のかな……」
沈んだ空気の中、シエルが尋ねる。
「グーテスくんは……?」
「ボクは……」
顔を上げ、ふたりを交互に見たあとにはっきりとした口調で話す。
「お二人のパーティに入れてもらえないでしょうか? ボクはもっと強くなって騎士団へ入りたい!」
決意表明のように加入を希望する彼をみて、お互いに顔を見合わせたシエルとセレナは声を揃えた。
「こちらこそ、よろしく!」
3人が笑顔になったのも束の間。セレナは再び20ポイントの壁についてどうするかとふたりに問いかける。グーテスは再び小さくなる。
しばらく続いた沈黙を破ったのはシエルだった。
「まずは3人で登録しない? で、足りないポイントは1位と2位だからでお願いすれば何とかならないかな?」
それを聞いたふたりは思ってもみなかった強権を突きつけようとしていることに驚き再び沈黙した。
だが実際にパーティを組んでいない生徒を探す事は今からでは難しく、考えている時間もあまりない。
シエルとセレナは気がついていないが、グーテスの級友と同じく他の生徒もこのふたりと組む事は憚られた。
身分階級もさることながら実力は試験時の噂を誰もが知っていた。
パーティ内で実力差がありすぎると自分の評価が正しく判断されないと考える。実習を通して少しでも経験を積みたいと思っている者も多く、デメリットのほうが大きいと思われて避けられていたのだった。
「確かに今から探すのも大変よねぇ。……いっそ交渉したほうが手っ取り早いかも」
「先生がついてきても手を出さないでって頼むか、手を出されないぐらいぱぱっと終わらせちゃえば」
「ええっ!? そんな簡単に終わらせられるんですか!?」
「うん、決めた! この3人で登録するわ。で、交渉にはふたりもついて来て」
「うん、わかった」
「了解です」
こうして3人は放課後の締め切り間際に登録提出をするため、担任のフラムのところへ向かった。
「ん? おまえら3人だけか?」
「はい、それでご相談がありまして」
教員は共同のスタッフルームとは別に個室が設けられている。フラムは普段から個室で仕事をしているので直接執務室を訪ねた。
屋内での喫煙は禁止なのだが、フラムは堂々と部屋をタバコの煙で満たしていた。
「相談?」
「はい。見ての通り私たち3人だけでして、その……19ポイントしかありません。ですがシエルと私は学年1位と2位ですので……」
セレナが言い終わらないうちにフラムは口をはさむ。
「付添の教員はいらないっていうんだろ?」
決まりは決まりだと突き返される覚悟で、それでも何とか食い下がろうと話し合ってから来た。しかしフラムは表情を変えずに答える。
「お前らふたりがいるパーティはポイントが少なくても教員をつけない方針だ。毎年A組のバカどもが少人数で組んで色々足りてないパーティが多いんだ。こっちも人数に限りがあるってのに。だがお前たちのどちらかが居るなら問題ないだろうとなった」
「えっと、じゃああたしたち3人だけで構わないんですか?」
「なんならお前ら二人はソロでやるとか言いだすんじゃないかと思っていたんだが?」
それを聞いた二人は顔を見合わせて、それも有りかと笑い合う。
「そうなったら監視役をつけなくちゃならないから余計に面倒だったんだ。だからA組はソロで参加できないようにした」
「……」
あからさまにしょんぼりするシエルにフラムの眉が吊り上がる。
「お前対策なんだよ! こっちの都合も考えろ!」
随分と横暴な振る舞いに教育者としてどうなのかと皆思ったが今は話を進めることにした。
「ではこの3人でメンバー登録しますので宜しくお願いします」
「わかった。実習日まではまだ日数があるから、それまでに役割とダンジョンの詳細を把握しておけよ」
「はい、わかりました。……で、どこのダンジョンですか?」
「管理指定区域R01だ」
「R01……、じゃあ図書室で資料を見てみましょう。先生、失礼します」
3人はフラムの個人執務室を出るとまっすぐに図書室へ向かって行った。
見届けたフラムはタバコに火を付ける。
吸い込んだ煙をゆっくり吐き出しながら、再びメンバー表に目を向ける。
「あの時の3人か……」
シエルは兎も角、セレナの実力は成績表だけで直接見たわけではない。だが、申し分ない力があることはわかった。
試験の時のことを思い返せばシエルとセレナは知り合いか友達なのだろうと思っていた。だから二人で組むものと思っていたので、もう一人の加入は予想外だった。
D組の生徒が居ることは丁度いいハンデになると思うと同時に、部下を従えるための良い訓練になると考えた。
反対にグーテスが二人との差に挫けてしまわないか。力の差がありすぎて彼だけではなく他の生徒も同じく挫折してしまわないかを危惧していた。
「イルヴィアの二の舞はさけないと……」
胃の痛くなる日々が来ることを想像して深いため息が漏れる。
窓の外を見ると夕暮れには早く、天気が良かった。
今日は早々に帰ろうと思いながらもう一本タバコに火をつけた。




