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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第2章 国割り 共和国潜入
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共和国探訪 side C 1-12

 抗議活動を終えたケンロスはアジトに戻ると異変に気がつく。急いで隠し扉をくぐり地下にある歴代の王が眠っていた墓へと向かう。かつての戦争で盗掘にあって今はただの地下空間となっているが、若い獣人たちはそこを根城に活動をしている。

 この日は基地の前で抗議活動をした後、ケンロス以外はアジトに行かないように決められていた。それなのに何者かが侵入した形跡がある。

「誰が⁉︎ ついに見つかったのか——」

 自慢の脚で駆け出す。下り階段や狭い坂道をあっという間に駆け抜けて大広間に着くと人影が見える。

「誰だ! そこでなにをやって……いる?」

 人影に向かって吠えるがそこには見覚えのある顔がいる。

「お前……一体どうやって? 俺たちの方が先に解散して、お前は残っていたはずじゃ……」

「ああ、おかえり。あれ、他のみんなは居ないの?」

 シエルが平然とした顔で居る。解散した後に人に会いに行くと言って基地の方へ向かっていくのをケンロスは遠くから確認していた。

 どう考えても自分を抜き去ってアジトに辿り着くなど不可能だし、追いつくことはあっても気づかない事など絶対に有り得ないのだ。

「もう少し西の方を見たかったから見に行って、その後みんな帰って来ると思って来たの。君ひとりだけ?」

 有り得ないと思っていたが初めて会った時に遠くで構えていた狙撃手を捕まえて帰ってきたことを思い出す。その時のシエルは紛れもなく飛んでいた。

「お前、空を飛べるのか?」

 身体能力を強化して高く跳ぶことはできるが人が鳥のように自由に飛ぶ姿など見たことがない。ケンロス自身も夢みたいな話だと思いながら、馬鹿にされる覚悟で尋ねてみる。

「うん、風の魔法の応用かな。昔は家から学校に通うのに何日もかかるから飛んで行ってたなぁ。うわぁ、懐かしい」

 昔を思い出してニヤけるシエルを見てケンロスの頭の中では焦りと後悔が入り混じる。嘘をついているようには思えず、現実であれば脅威だと思わせる力だ。

——マズい奴を連れてきちまった……。こいつはなんとかしておかないと

 考え事をしていてシエルに呼ばれていることに気が付いていなかったが、壁際に積まれた木箱を開ける音にハッとする。

「おい、勝手に開けるな!」

 真面目な顔で振り返るシエルに一瞬身構える。

「ねえ、何で空になっているの?」

——やっぱりコイツはそのままにはできねぇ!

 今度は明らかな敵意を見せて構える。淡くゆらめく青い炎が現れると拳に大きな爪のついたグローブを形作る。

「とっておきだったんだがな。俺にだって初歩的な幻装なら出来るんだ!」

 初めて見る能力をシエルはまじまじと観察する。当然、シエルを通してテコも力の根源を解析する。

「エーテルとマナの複合体みたいだな。不安定だけどマナをエーテルで包んでいる。エーテル体の俺たちと似ているいけど、どちらかというと魔法やスキルに近い」

 ケンロスはそれを聞いていたかのように解説が終わるのを合図にしてシエルの顔目掛けて爪を突き刺しにくる。

「結構早い!」

 驚きはしたが冷静に素早いターンで躱して距離をとる。それでもケンロスの間合いには十分に届く距離で再び襲いかかってくる。それも躱して今度は倍の距離をとる。

「くらいやがれ!」

 ケンロスが振りかぶって投げつけてきたのは幻装で作り出したグローブだった。

「飛ばせるの⁉︎」

 グローブはシエルにヒットすると爆発を起こす。その衝撃で近くにおいていた木箱がいくつか吹き飛び砂埃を巻き上げる。

「へへ、どうだ! 完璧に入ったぜ!」

 喜びも束の間、煙の中からは驚いた顔のシエルが無傷で立っていた。

「びっくりしたぁ、投げられるし爆発するとか聞いてないよ!」

「遺跡が傷つかないように手加減したけど……無傷、だと?」

 シエルよりも驚いた顔をしていたのはケンロスの方だった。奥の手が通じないと残された選択肢は限られる。大抵は逃げの一手になるだろうが、ケンロスは違った。

「くっ、そぉー‼︎」

 もう一度長い爪のグローブを発現させると、それを振り回しながら突進する。

 シエルは華麗な動きで攻撃を躱していく。舞うような動きにケンロスもついて行くから、さながらダンスを踊っているように見える。

「はあ、はあ……」

 流石のケンロスも息が上がって段々と動きが鈍くなってくる。

『もう良いだろう。火属性のマナだから凍らすなり吹き飛ばすなりしてやれば戦意と一緒に消えるだろ』

 テコの声に呼応してシエルは脚を止める。動きが止まったところをケンロスは見逃さず爪先に全力を注いで襲いかかる。

「うらぁ‼︎」

 シエルの心臓をめがけたエーテルの爪はシエルの指の間に挟まれて動きを止める。ケンロスが止められたと認識した刹那には両手の爪はシエルの手刀で全て折られてしまっていた。

「うわぁ!」

 両手から霧散するマナの影響でケンロスは全身の力が抜けて倒れてしまう。

『ええ……、物理で押し切るとか鬼ですか?』

「凶器がなければ大丈夫だと思ったんだけど……」

 シエルも結果を予想できなかったらしい。

「お前たち何をしているんだ! ケンロス、大丈夫か⁉︎」

 声の主はハンスだった。駆け寄るとケンロスを抱き起こして怪我がないか確認する。

「大丈夫、ただの魔力切れだ。それよりもすまねぇ、俺の勘は外れちまった。コイツは危険だ……」

 険しい顔でハンスが睨め付けてくるがシエルはまた真面目な顔で問う。

「あなたに聞いた方が早いかな? ここにあった武器はどうしたの?」

 積んでいたはずの空の木箱が崩れているのを確認するとため息をつく。

「売ったんだ、一部だけだがな。俺たちが平和的に活動をしていても奴らは銃や剣を向けてくる。護身用に残してはいるが資金に困ったら売ることだってあるさ」

 疑いの眼差しでじっと見つめているとハンスは懐から金貨が入った袋を取り出してみせた。

「これが証拠だ。あと軍には渡らないように取引先は考えている。マッチポンプなんて洒落にならないからな」

 そこまで言われるとシエルも引き下がるしかない。彼らと敵対したいわけではなく危険な活動は控えて欲しいからこその行動だった。

「わかった、信じるね。酷いことしてごめんね」

 ハンスに支えられて座り込むケンロスの前で膝をついたシエルは手をかざして回復魔法をかける。

「力が戻って……」

「わたしはもう行くね」

 立ち上がったシエルは彼らのアジトを後にする。

 見送って足音が聞こえなくなるまでケンロスとハンスは黙っていた。

「すまない、ハンス。助かった」

「気にしなくて良い。あの女が危険人物だとはっきりした。俺たちの行動を制限なんてさせるものか。彼らに相談して……」

「彼ら? いったい誰のことだ?」

「ああ、物資調達の協力者だ。色々と相談に乗ってくれている。この王墓をアジトにする案も彼らのお陰だ」

「そうだったのか。だがあいつを足止めするのは骨が折れるぞ」

「任せておけ、なんとかするさ」

 ハンスはひとりアジトの奥へと進むと暗がりに消えていく。ケンロスはその背中を見つめながら、何故自分たちのように国同士は協力できないのかと天井を仰ぐ。


『シエル、ちょっといいか?』

「え、何?」

 アジトを出たシエルは隠し扉を見えないように元に戻す。

『さっき直撃をくらった時、アイツに敵意認定していないから【絶対防御】は発動していなかった。それなのになんで無傷なんだよ』

「え、あんまり強くなかったよ。手加減してたって言ってたし、マナの防御で十分防げたよ」

『うーん、そう……なのか?』

「それよりも、ヘルマさん行っちゃうし、セレナたちに連絡しとこっか」

『いや、やめておいた方がいいんじゃないか?』

「何で?」

『町の方……特に基地からは風のマナが絶えず流れている。この国にも通信魔法があるんだろう。変に干渉されても厄介だろう? 特にここの奴らのことがバレたら……』

 なるほどと思いつつもいつもより慎重なテコが少し心配になる。

『何か嫌な予感がするんだよ。知っているような、知らないような……変な感じがする』

 その日はテコの予感を信じて大人しくすることにした。


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