共和国探訪 side C 1-11
イーマイムの町並みは至って普通で特徴と呼べるものがない。
車が通るために道幅は少し広く2階までの家屋が多いせいか空がよく見える。代わりにこれでもかと太陽の光を浴びることになり、乾いた風が砂埃を巻き上げながら吹き抜けていく。
停戦中とはいえ獣国との緊張は解けていない。一触即発とはいかずとも小競り合いは続いている。差別や偏見もあるから国境線の町がいつ戦場に変わるかは分からない。
変わってしまった自然環境の所為で食料の自給率が低く物流に頼る他ない。しかし色々なものが町に入って来るから食べること以外に不自由はなさそう見える。現に人々の表情に暗さは感じられず、むしろ活き活きとしている。
「何処となくベルブラントに似ている気がするわ。商人たちのお陰で上手く経済が回っているからかしら。国境の近さや環境はここの方が厳しいと思うのだけれど」
「確かに似たところはあるな。でも大きな違いは町を守ろうとする奴がいない」
アルドーレの視線の先には酔い潰れて道端で寝入っている男や殴り合いの喧嘩をしている若者たち、女が言葉巧みに自分たちの店に客を引き入れる姿など決して治安の良い光景には見えない。
「騎士団にあたる組織、恐らくだけどこの国では軍が担うはずよね。見つからないようにと思っていたけれど、どこにも見当たらない」
町のどこを見てもそれらしい人影はなく、犯罪が起きた時はどうしているのだろうと思ったが答えは目の前にある。
「放置されているのね……」
周りを見ながら歩いていたセレナは人とぶつかってしまう。
「いてぇ!」
「あ、ごめんなさい! よそ見しちゃって」
目の前には若い二人組の男が立っていた。
「いてて、危ないじゃないか!」
「ほんと、ごめんなさいね」
横を通り過ぎようとするセレナの前に男たちは立ち塞がる。
「いや、悪いと思うなら俺たちと少し付き合えよ」
「君たち姉妹? 妹もかわいいねー。俺たちと遊ぼうよ」
セレナは変なやつに絡まれたと思わず大きなため息をついてしまう。
「あたしたち別に暇じゃないので、退いてもらえるかしら?」
「そう言わずにさ、ほんと少しで良いから」
無理にセレナの手を掴んで連れて行こうとする。
「や、ちょっと放しな——」
振り解こうとしたが腕が全く動かずに驚いてしまう。
しかしよく見ると自分の腕を掴む相手の腕を誰かが掴んでいる。三人目の腕が力を込めると男は悲鳴をあげてセレナの腕を離す。
「いてて! 何んすんだ、放せよこの……」
痛がる男の側には見上げるほどの大男が立っていた。
「俺の連れになんか用か?」
背の高い男が鬼ように恐ろしい目で見下ろしてきて、獣の唸り声のような低い声で体を震わせてくる。あまりの恐ろしさに男は情けない声を上げながら逃げ出してしまう。
「あいつらワザとぶつかってきやがって、二人とも大丈夫か?」
「ありがとう、アルさん。カッコよかったわよ」
「それ、絶対褒めてないよね?」
ハラハラしながら見ていたノアも胸を撫で下ろして大きく息を吐いた。
しばらくすると、先ほどの男たちが車に乗って仲間を連れてやってくる。
「居たぞ、こいつらだ!」
20人ほどの男たちがセレナたちを取り囲む。
「さっきはよくもやってくれたな!」
「いや、何もしてないわよ。あんたたちが勝手にアルさんの怖い顔にビビったんじゃない」
「やっぱり褒めてなかった……」
「う、うるさい! 俺たちエンロー商会に喧嘩を売ったことを後悔させてやる」
「完全に悪役のセリフね。それでエンロー商会って何?」
「俺たちを知らないとはモグリだな。俺たちは共和国軍御用達の商会だぞ。陰から軍を支えているとも言える。もっと言えば俺たちがこの国を支えているんだぞ!」
「はいはい、それで何の用?」
うんざりした顔で尋ねてみたが後で無視しておけばよかったと後悔する。
「お前たちを軍に売るのさ、獣人に武器を売る悪徳商人がいるらしくて軍が情報を欲しがっている。ここ最近のテロは武器を売っている奴がいるからだろうって話だ。別にお前らが本物でなくても拷問で痛い目に遭うならそれで良い!」
どんな想像をしているのか知らないが全員が下卑た顔をしている。
そんな男たちの顔をみてノアは傭兵団を思い出してしまう。同時にセレナの怒りに触れたのではないかと心配になって横目で見るとセレナは笑っていた。何なら男たちよりも悪巧みを考えている顔で怖くなる。
「ふーん、獣人に武器を……ね。アルさん、こいつらをあっと言わせてあげて!」
「はぁ……、またそんな無茶振りを………」
一般人相手に喧嘩しても意味がないとアルドーレも思っているが方法がすぐに思いつかず周りを見てヒントをさがす。
「どっかに落ちてねぇかな?」
おもむろに車に近づいて持ち上げて見せる。
「何かいい方法がないか探したけどないわ。ヒントくれよ、セレナさん」
「それで十分よ、アルさん」
どういうことか分からずに車を下ろすと男たちは全員腰を抜かしてへたり込んでいた。
「ああ……、あああ…………!」
「さて、あなたたち暇よね? あたしたちと少しお話ししましょうか? 文句は言わせないわよ」
腕組み仁王立ちのセレナに助けを求めるように力強く頷く。
アルドーレはノアにそっと近づいて小声で話しかける。
「あの人絶対ボスの才能あるよな。そのうち団長とかになってんじゃないか」
ノアは声には出さないが何度か首を縦に振って同意を示す。ほぼ同時に車を指差すセレナの掛け声が聞こえてくる。
「それじゃあ、これに乗って行くわよ! ついでに今晩あたしたちが泊まる宿を探して来て!」
「はい、喜んで!」
大勢の男たちがいつの間にかセレナの前に整列して敬礼している。
「ファウオーのやつ、いつまで団長でいられるのかな……」
「はは……」
一瞬だけ見せたノアの笑顔にアルドーレも口角が上がる。
エンロー商会が用意した宿は街の北部にあるホテルだった。1階が酒場になっていてセレナたち三人とエンロー商会の男たちが向かい合っている。
「貸し切りなの?」
「はい、今日は姐さんたちのために他の客は立ち入り禁止です。大事な商談がある時もそうしているので問題ないっす」
「ここでも姐さん呼びなんだな」
アルドーレがさっきのお返しとばかりに揶揄うがセレナは意に介さない。
「それじゃあ早速聞きたいのだけれど、獣人に武器を売っている商人がいる、それは間違いないの?」
「飽くまでも噂ですけど軍が追っているのは間違いないっす。俺たちに商品と一緒に情報があれば買ってくれるって話ですから。それに俺たちも襲撃現場に出くわしたことがあって、あいつら不思議な爆弾を使ったのを見たんです」
「不思議な爆弾?」
「はい。普通はどかーん、となったらバラバラになったり燃えたりするじゃないですか。でも俺たちが見たときはその場にあったものが何も無くなったんです」
「吹き飛んだからじゃないの?」
何が不思議なのかとセレナは首を傾げる。
「そうじゃなくて、その場にあった家や車とかがごっそり削り取られたみたいに消えちまったんです!」
男はその時の感情も一緒に思い出したのか鼻息が荒く興奮している。
「あいつらは資金がないのか粗悪品をよく使っていて不発も多いんです。だから軍も変な業者から横流しされているんじゃないかって。テロリストだけじゃなくて武器を売っている業者も捕まえたいんですよ。最近は平和だったのに……入植が始まった頃に戻ったみたいで怖いっすね」
町の南半分はもともと獣人国のものでそこにも獣人たちの町があった。国境を挟んで二つの町は助け合える関係だったという。
「子供の頃は俺たちにも獣人の友達がいたけど、やっぱりあいつらはイーリアの教えどおりのニンゲンに仇なす存在なんだ。あいつらの所為で何人の仲間が……」
直接的なことは言わないが身内に犠牲者がいたらしい。その後も彼らは獣人へ恨
みや憎しみを口にする。
「あなたたちが獣人を憎んでいることはよく分かったわ。それ故に軍に渡すための情報を探していることも。でも元はと言えば共和国の侵略が原因でしょう? 友達がいる町を破壊した軍に思うところはないの?」
セレナの問いかけに口をつぐみ下を向いてしまう。
「ま、軍を相手に商売しているぐらいだから思っていても言えないわよね」
どうやら図星だったようで石像のように動かなくなる男たちにセレナはため息をつく。
「まあいいわ、あなたたちに調べて欲しいことがあるの。ブライトリーていう商人が軍に商品を卸しているらしいの。彼とその会社について調べて来て」
「ブライトリー? あいつがどうかしたんですか? あいつは昔タゲットっていう町一番の商会で働いていて、軍の実質司令官のミラー少尉の息子ですよ」
「少尉の息子なの⁉︎」
駆け出しの割に火薬などの重要物資の調達に関わっていられるのは縁故が理由かと納得してしまう。
「ああ、でもミラー少尉はすごく温和な方なんですけどすごく真面目で不正とか身内贔屓とかは絶対にしないです。だからあいつが自力で今の取引をしているのは正直すごいと思います。ただ……」
「ただ?」
男たちは互いに顔を見合わせて言うか言うまいか相談しあう。
「早く言いなさいよ!」
一喝されて一斉に背筋が伸びる。
「実は俺たちあいつの足を引っ張ろうとして調べたことがあるんです。でも中々尻尾を掴めなくて……、というのも仕入れ先が怪しいんですよ。短い期間で火薬を大量に用意するなんてここまでの距離を考えたら無理だし、銃などの装備品もあいつが一番早く、一番多く納品している……、どこかに拠点を置いて倉庫にしているんじゃないかって。それが獣人たちの拠点だって噂を聞いて」
ライバル会社の足を引っ張るために随分と努力するのだと呆れてしまったが、ブライトリーに対する疑惑が深まってしまった。
「ドーベルナさんには悪いけど、やっぱ怪しいわね」
セレナの呟きにアルドーレもノアも同意する。
「ノアさん、何か気がついたことないか?」
アルドーレの質問に驚いて体を震わせたが、しばらく考え込んでから自信なさげに答える。
「……あの人、なんでドーベルナさんが轢かれたって聞いたのに病院じゃなくてお店に来たのか疑問だった。まるで無事だったのを知っていたみたいだし、助けたのがアルドーレさんだってことも知っていた気がする。……無事を確認できてホッとしていたのは本当みたいだったけど……」
「逃げた車が彼の関係者……とか?」
セレナはそう呟くと腕組みをして考え込む。しばらくして何かを決めたようで小さく頷く。
「もう一度ブライトリーについて調べてくれる。それと今日の昼頃に繁華街で女性を轢きかけた黒い車についても調べてくれるかしら。あたしたちはタゲットさんから情報を聞き出してみましょう」
翌日は朝から其々が調査に向かう。
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シエルはケンロスの後について軍の基地へと向かっていた。
「ねぇ、何しに行くの? 襲いに行くとかじゃないよね?」
「そんなんじゃない! 俺たちは定期的に奪われた土地を返せって抗議活動をしているんだ。なんでも暴力に訴えればいいってわけじゃない」
「え、わたしの時はいきなり襲って来たのに?」
「うるさい! 何でついてくるんだよ!」
「知り合いがいるかもしれないから様子を見に」
「っ⁉︎ やっぱりお前軍の!」
「ああ、違う違う。倉庫で働くことになったらしいの。昨日から働き出したそうだから頑張っているかなって」
怪訝な顔でシエルを見つめるが嘘ではなさそうだと分かると何も言わずに歩き出す。
軍の施設近くで何人かの獣人たちが領土を返せと声をあげている。ケンロスも参加して声を上げるがどこか空虚なものに見える。軍の兵士もフェンス越しで特に制止する訳でもなくただ眺めているだけだった。
1時間もしないうちにシュプレヒコールは止んで獣人たちは撤退していく。それを見届けて兵士も引き上げていった。
『何の儀式だ、これは?』
「さあ……」
テコも困惑する集会は終わりいつの間にかケンロスの姿も見えなくなっていた。
『多分だけど、俺たちがいたら都合が悪かったんだろうな。適当な理由で連れ出したかったんだろう』
「そうだね。ついでだからヘルマさんに会いに行こう」
この後、ヘルマが共和国の中枢へ向かうことを知らされる。急な展開に驚いたが、物事が動き出す時はいつもたった一個の石が転がるところから始まる。
後に振り返った時にシエルはここが始まりだったのだと知る。




