友との再会
食堂での騒動は周りで見ていた生徒の証言でシエルは被害に巻き込まれただけであり、場を収めたこともあってお咎めはなかった。
ただ、あまり“やりすぎるな”とだけ釘を刺された。
『毎年勘違いした貴族出身の生徒が平民や獣人の生徒とトラブルを起こしているんなら対策しておけよ! なぁ⁉︎』
「……もういいよ。わたしもつい、カッとなっちゃって。……早く気がついて止めていればあんな事には……。ごめんね、わたしのエクレア……」
『エクレアに悪いことしたと思っているのね……』
「明日はお弁当より先に食べる」
『お、おう……好きにしな』
少し元気を取り戻したシエルにほっとし話題を変えてみることにした。
『騎士団内じゃ差別はない、わけじゃなさそうだな』
「入ったばかりは仕方ないと思う。すぐに変われるなら、今だって……」
『そりゃそうだな。ここでどうやって意識を取り除いているのか気にはなるな』
「うん。でも実力が全てだったら根本解決はできていないのかも」
『確かになぁ』
指導室から解放され教室へ向かっていたが終業のベルが鳴り響いた。
「今日はまだ授業あるはずなのに?」
教室の扉を開けると担任教師と鉢合わせした。
「戻ったか、問題児」
「あ、先生……」
シエルが所属するクラスは騎士科のA組。最上位のクラスになる。
そこの担任を務めるのは、試験で何度も顔を合わせたフラム・シュヴェーアトだった。
「今日はお前が起こした騒動の後片付けで授業は中止だ。さっさと帰れ」
「わたしの所為じゃありません」
顔をぷいと背けてあからさまに遺憾の意を表した。
「知らねぇよ。俺も呼び出されてるんだ。じゃあな」
無愛想に片手だけ上げてシエルが来た方向へと歩いて行った。
『相変わらず仏頂面だな、あいつ』
「でも先生が担任でちょっと安心した。知らない人だらけになると思ってたし」
『在学中に人見知り、直そうな』
「歳近い人はきつい……」
そんな会話をしながら帰り支度をし、シエルは図書室へと向かっていた。
『やっぱり直ぐには帰らないんだな』
「うん、折角だし。どんな本があるか見ておきたいし、これからは帰る前に図書室で勉強しようかと思ってたから」
『図書室では騒ぎを起こさないようにな』
「だからぁ!」
初日からトラブルに見舞われたが無事に一日が終わり、この後数日は平穏に過ぎて行った。
一週間が過ぎた頃、担任のフラムが早々に授業を切り上げ話をはじめた。
内容は学校管理下のダンジョンにて行われる実践訓練についてだった。
世界には魔力の結晶、魔石を核に生まれた魔物が生息している。普通の動物とは違い魔力を糧とする。他の肉食動物と同じように捉えた動物を捕食するが、単に魔力だけを吸収する術を持っていないためである。
魔物の発生原因は詳しく判明していないが、いくつかの生息領域があることが知られている。
その一つがダンジョンである。
ダンジョンは何の変哲もない洞窟であったり、古代の遺跡や砦など形は様々でそこに住む魔物も多種多様であった。
共通項としてはそこに住む魔物は領域から出たがらないということ。放置すると魔物同士が共食いなどで強化されて行き、凶悪な害獣が生み出される。ある程度強化された魔物は他とは違い、より強い魔力を求めて人里へ降りてくることがある。
魔物の強化を防ぐためには定期的にダンジョン内の魔物を討伐する必要があり、ギルドの冒険者や騎士団が対応していた。
騎士学校では仕事の一つであるダンジョン内の魔物討伐を実践訓練も兼ねて行うというものであった。
「心配しなくても初期階層で弱い魔物数匹討伐しながら、奥で待機している教員から印をもらって帰ってくるだけだ。狩人見習いでもできる程度のランクだから安心しろ」
『クエストは何回も受けてるから大丈夫だよな』
「うん、全然問題ないよ」
実施される日時などの説明が続き、フラムは大事なことを伝え忘れていた事に気がついた。
「今回の実習ではパーティを組んでもらう」
その言葉を聞いた瞬間にシエルの目から光が消えた。
ただ内容だけは聞き漏らしがないように耳だけ働かせて記憶していたが、思考は完全に停止していた。
『なんて残酷な試練を与えるんだ! シエルにはまだ友達が一人もいないんだぞ⁉︎』
「やめてやめてやめて!」
二人のやり取りなど当然知らないフラムは説明を続ける。
「パーティを組む相手は1年の全クラスが対象になる。但し、組むためには保有するポイントの合計が30ポイント以内になるように2〜5名で組め」
『誰とでも好きなだけ組める訳じゃないのか』
「しかも2名から……。ソロでも行けないか考えたのに……」
さらに説明が続く。
「配点はクラスごとになっていて騎士科、魔法士科共通。A組が8ポイント、B組が7ポイント、C組は5ポイント、D組は4ポイントだ。」
『A組3人で組めば24ポイントであと一人はA、B組からは入れないってわけか』
「20ポイント以下は教員が付き添いで同行するからこの中で二人パーティになったとしても問題はない」
但しと言って続ける。
「誰とも組めなければ実習には参加できない。騎士団で単独行動する奴なんかいないからな」
『いや、絶対に単独行動して怒られたことがありそうな奴が言うなよ』
シエルにしか聞こえないはずの天の声が聞こえたかのタイミングで刺すような視線を送ってきたが半放心状態のシエルはそれに気がつきもしていなかった。
「とにかく期日は3日後だ。それまでにパーティを組んでメンバー表を提出。期限を1秒でも過ぎたら受け付けんからな」
以上だというとフラムは教室を出て行ってしまった。
フラムが出て行った瞬間から教室内はざわつき出す。他のクラスでも同じように説明が終わったのだろう。廊下からはメンバーを探しにきたであろう複数の男女の声が聞こえてくる。
周りは早速仲間探しが始まっているが、シエルは放心状態のままであった。
『まあまあ、言っても首席合格者なんだから。こういう時は誰か声を掛けてきてくれるかもだろ?』
楽観的な言葉で励まそうとしたが失敗に終わる。
シエルに声をかけづらい要因はいくつかあった。
一つはレベルの違いだ。良くも悪くも受験時の噂は広まっており、担任であり名のある騎士でもあるフラムと渡り合える実力に尻込みしている生徒が多いのは確かだった。
更に近衛騎士団長の娘であり、公爵家の令嬢であること。階級社会のこの国で公爵から誘われても、おいそれと公爵を誘うことはできない。
最後に、普段からの奇行であった。周りからは一人で何か話している、何もないところに話しかけている姿を見られていて、少し怖さを感じる者が多くいた。
極め付けは入学初日の「エクレア騒動」でついた仇名が【雷神】であり、怒らせるとどんな目に遭うのかと、一方的な恐怖の対象にまでなっていた。
絶望を抱まま放課後となり、シエルはいつものように図書室で一人読書をしていた。ただ実習の件が頭から離れず、本の内容は入ってこなかった。
いつもは上級生が数人程度いるだけなのだが、今日は1年生も数名のグループで図書室に来ていた。その手にはダンジョン攻略や魔物図鑑などの本が数冊。パーティを組み終えたグループが対策のために資料を漁っているようだった。
「何かもう……終わった……」
薄っすらと涙を浮かべながらパーティを組んだあろう同級生たちを羨ましげに見つめるのみだった。
「何が終わったの?」
突然肩を叩かれ声をかけられた。その凜とした声は確かに聞き覚えがあった。
「やっと会えた。探したんだよ? ……久しぶりだね、シエル」
振り返ると紫がかった髪を二つに束ねた少女が立っていた。
「セレナ!」
曇っていたシエルの表情が一瞬で晴れ、セレナに抱きついていた。
「ちょっと、ちょっと! 落ち着きなさいってば」
シエルのはしゃぐ声が静かだった図書室に響き、一斉に注目を浴びる。
近くにいた司書が人差し指を口にあて静かにせよと無言の叱責を飛ばしてきた。
シエルとセレナは苦笑いでお互いの顔を見合わせ席についた。
「久しぶりっていうか受験の日以来だもんね」
「そうだよー。会いたかったぁ。全然見かけなかったし」
「ごめんね、実は今日が初登校なんだ」
「え? そうなんだ。何かあったの?」
「いやー……、お父様に土壇場で反対されて喧嘩してたんだけど。……今まで何も言ってこなかったお母様が味方してくれて」
周りに気を遣って人が少ない席に移動した二人は更に声を潜めている。
「お母様とお父様が大喧嘩し始めちゃって大騒ぎだったんだ」
「え、なんかすご……」
「お母様も政略結婚だったから、それが嫌で騎士団に入るって我が儘言い出したあたしのこと嫌いになったのかと思っていたんだ。でもそうじゃなかった」
嬉しかったことを思い出したのかくすくすと笑うセレナを見てシエルも少し心が温かくなるのを感じる。
「好きでもない人と結婚させられるのが嫌なら、自分で望む未来を掴み取って来なさいって! 応援してくれるのがすごく嬉しかったの」
シエルも両親が応援してくれたことを思い出し、嬉しい気持ちが胸の奥に湧き上がってくるのがわかった。
「2年で騎士になれなかったら戻らなくちゃいけないけど、それまでは寮に入ってしっかり勉強してきなさいって。で、引越しとかが遅れちゃって今日になったわけ」
「そうだったんだ」
「というわけで一週間分の授業の内容を教えて。すぐに追いつくから。それから、ダンジョン実習の件なのだけれど……」
セレナと再開した時、セレナなら一緒に組んでくれるかもしれないと考えた。
ただ試験の際にセレナは自分と戦いたいと言っていたことも思い出し、実習で勝負を挑んでくる可能性も考えてしまった。
だからと言って尻込みしていては、対戦どころか自分は参加さえもできない可能性がある。断られる恐怖と参加できない恐怖で言い出せずにいた。
だが先に切り出され、自分では何もできずに運命が決まろうとしていた。
自分で決めたことは突き進む行動力は持っているが、対人面においては身動きできずに後悔することが多い。
——あ、終わったかも……
「シエルと組みたいと思っているのだけれど、もうメンバーは決まった?」
「ふぇ……?」
シエル自身が思っていた答えの予想をいい意味で裏切られ、思わず変な声が漏れ出てしまった。
色々な恥ずかしさからシエルの顔はあっという間に耳まで真っ赤になってしまった。
普通に会話しているつもりだったセレナもシエルの様子がおかしくなるのを見て戸惑ってしまう。
「……えっと、ごめん。あたし、何か変なこと言った?」
「ち、違うの! 何でもないから。何でもないから!」
また声が大きくなりそうだったがセレナに口を塞がれ事なきを得る。
「ご、ごめん……。それより今なんて?」
「え、ああ……。だから実習のパーティをあたしと組んで欲しい……」
「やる! やります! パーティ組みます!」
食い気味の返答にやや困惑するもセレナはすぐに笑顔を見せて礼を述べた。
「よかったぁ。シエルならすぐに誘われて枠空いてないかもって思ってたから」
「いやぁ……実は誰とも組んでいなくて……。このまま参加出来なかったらどうしようって。だから終わったわーってなってて……」
バツが悪そうに話すシエルがよほど可愛かったのかずっとニヤニヤしている。それを見たシエルが笑わないでと怒り出し、今度は声を出して笑いそうになるのを必死で我慢していた。
「いやー、ごめんごめん。あまりにも可愛過ぎて」
まだ笑いが込み上げてきていたが一先ず我慢して話を進める。
「折角なら中途半端なメンバーは入れずにいきましょう。学年1位と2位が組むのだから、それなりに実力がないとね」
「おお!」
シエルもセレナの意見に同意し、残りのメンバーはお互いに厳選することになった。もっとも選ぶのはセレナの方で自分には選ぶ余地がないのではと感じていた。
「それにしてもここの制服かわいいよね! どう? あたし似合っている?」
セレナは立ち上がりその場でくるりと一回転してみせる。
騎士学校の制服は基本的に管轄の騎士団の制服に寄せている。
青いネクタイは男女共通で白いジャケットは男女で少しデザインが異なる。
男子はシンプルなパンツスタイルだが、女子はショートパンツにプリーツスカートを巻いたようなデザインで左側にスリットが入っていて、見た目だけではない動きやすさも兼ね備えている。四騎士団の中でも女子人気の高い制服だ。
「うん、すごく似合っててかわいい! ネクタイとか大人っぽくていいけど、このミニスカートと短パンの組合せになってるのめっちゃ気に入ってる」
シエルは立ち上がってスカートをめくって見せる。
それを近くに居た司書にまたもや目撃されてしまい、顔を引きつらせながら速足で駆け寄って来た。
「あなた、なんて端ない格好をしているのです! 今日はもう出ていきなさい!」
「ご、ごめんなさい!」
何度も怒られてしまい、それを周りいた生徒にも見られてしまった。
恥ずかしさで再び顔を真っ赤にしてセレナと急ぎ図書室を後にした。




