共和国探訪 side C 1-5
地下に入ると外の乾いた風と照りつける太陽から解放された真逆の世界だった。
少し湿った空気が静かに流れる。少しひんやりとしていて焼けた肌を癒してくれているようだ。
石造りの壁には所々苔が生えていて、灯りを反射し部屋全体に光を広げている。見渡すと広々とした空間が広がり古代の遺跡のような雰囲気だ。
「もしかして、ここはダンジョン?」
シエルは誰に問いかけるわけでもなかったが、前を行く二人が振り返る。一人はニンゲン族の青年でもう一人はケンロスだ。
「ここは大昔の族長たちの墓だった場所だ。共和国軍の侵略がはじまり集落を放棄した後、盗掘されて鎮魂のための装飾品や族長たちの棺まで被害にあった。今じゃここには何もない、ただの地下遺跡だ」
ケンロスは拳を握りしめて怒りをあらわにする。共和国軍に奪われたのは形あるものだけではないのだろう。
少し進んだ先には数人の男女がいて壁際には木箱が積み上げられている。傍には銃や剣などの武器が立てかけられている。
「ケンロス、そいつは?」
「敵じゃない、東の国から来た客人だ。共和国のことを調べにきて、俺たちにも話を聞きたいそうだ」
「敵じゃなくても味方でもないのだろう? 良いのか、そんな奴をアジトに入れて」
「……大丈夫だ。それにこの人はかなり……いや、相当に腕が立つ」
シエルは自分で説明すると誤解を招いて話をややこしくする心配があったから内心胸を撫でおろしていた。
「なあ、あんた。俺たち『草原の牙』に入らないか?」
安心していたところに突然の勧誘に驚いて変な声が漏れる。ただ驚いていたのはシエル本人だけではなく、一緒に地下へ入った数名と周囲にいる仲間たちも同様だった。
「おい、ケンロス! いくら何でも得体の知れない奴を仲間にだなんて……。それともお前ら知り合いなのか?」
ケンロスは首を横に振って違うという。
「さっき知り合ったばかりだ。でも共和国の奴らとは目が違う」
「……いきなり襲ってきておいて?」
「う、うるせえ! 廃墟で何の躊躇いもなく俺たちが集まっている場所に向かって声をかけてくるなんて、どう考えてもおかしいだろう⁉」
おかしいのはケンロスの言っていることの方だが、シエルは聞き流して話を戻す。
「折角で悪いけど、わたしは貴方たちに協力できない、かなぁ……。きっと貴方たちもあそこに置いてある武器を手にして人を傷つけているんだよね? それって共和国軍と同じことじゃないかな」
ケンロスと他のメンバーにシエルの言葉は全く響いていない。何度も聞いたという顔でうんざりした顔をしている。
「ほらみろ、やっぱりこいつはここに入れるべきじゃない。腰抜けの大人たちと同じだ。綺麗ごとばかりを並べて結局は食い物にされるだけなんだ!」
「そうだ! 俺たちにはこの地を取り戻す使命があるんだ!」
ひとりの発言から次々に声を上げ、ついには奪い返せとシュプレヒコールが上がる。
困惑しているシエルにケンロスの隣に並ぶニンゲン族の青年が口を開く。
「ここは彼らにとっての聖地みたいなものだ。そうでなくても先祖代々の首領の墓を荒らされて怒らない人はいないだろう。何の罪もない獣人族の村をいきなり襲って略奪と誘拐をして、盗りつくしたら一方的に休戦。めちゃくちゃにした村や墓のことなんて忘れて、自分たちの都合のいいように線を引いて国境にしたんだぞ。そんなこと許されるわけがないだろう……」
「ハンス……」
ケンロスはハンスと呼ぶ青年の肩に手おいて理解に感謝しているようだった。
「あなたはニンゲン族で共和国のひとだよね? どうして獣人族の味方をするようになったの?」
他にもニンゲン族は数名いる。この地で起きている紛争は獣人族対ニンゲン族が単に国家レベルに拡大したわけではないのだろう。それでも住んでいる町を破壊する活動家を憎く思うこともあるだろうし、自然と獣人を嫌っても不思議でもない。負の連鎖とはそういうものだとシエルは知っている。だから敢えて聞いてみた。
「俺とケンロスは幼馴染なんだ。国境の町イーマイムは今よりもずっと北にあってケンロスが住む村は丘を越えてすぐの場所にあった。少し遠いけど俺たちは昔から仲良く遊んでいた。ここにいるメンバーの何人かも同じだ」
獣人、ニンゲン関係なくハンスの言葉を懐かしそうに聞いている。そしてどこか寂しそうにも見える。
「昔は草原が広がり湖なんかもあって、自然の多いきれいなところだった。獣人族の村は畑や狩猟をしながら慎ましく暮らしていた。でもある日、共和国軍がすべてを焼き払ってしまった。村があった場所までイーマイムは拡張されて軍の施設までできる始末。草木を焼き払った所為で砂漠みたいな枯れた大地になって……。おまけに墓を荒らしてまで古代の遺物を手に入れようとした」
「古代の……遺物?」
静かに聞いていたシエルだったが共和国軍が手にしたものが古代の遺物であることに引っかかってしまい尋ねる。
「カヴレスと呼ばれる古代の超技術やエネルギー資源のことだよ。大昔から残っている建築物や道具、……書物や絵画まで至るところにあるけど、すごく貴重なものだから国がすべて管理している。奴らはアフティアにもそれがあると考えて侵攻をはじめたに決まっている! あったとしてもそれは獣国のものじゃないか……、命や大切なものを奪ってまで……」
ハンスは感極まって涙ぐんで言葉に詰まる。ケンロスはハンスをハグして慰める。
「ありがとう、ハンス。……分かっただろう? 俺たちは共和国の人たちが憎いわけじゃない。俺たちは共和国軍を滅ぼしたいんだ!」
今度は誰も声を上げないが力強く頷き、拳を胸に当てて決意を表す者など様々だった。それだけ強い気持ちで臨んでいるのだと思うとシエルは改めて説得は難しいと感じる。
『思ったよりもやっかいそうだな』
『うん、止められないかもしれない』
『俺が下見で来た時に獣人の子供がテロ活動していたから何が起きているのかと思ったら、予想よりも根深い。でも、あまり関わっている時間はねぇぞ』
『それでも……このままにはできないよ』
テコとの会話を心の中でしているとケンロスが話しかけてきた。
「俺たちは全てを破壊された、だから軍を倒したい。それはわかってくれただろう?」
行動に賛同はできないがシエルにも彼らの気持ちは理解できる。
「それにハンスたちも軍に苦しめられる被害者なんだ」
共和国内の人たちも被害者——それは思ってもみない言葉だ。知る限り共和国は一方的な攻めをしてもゼピュロスや帝国は一般市民が住む都市まで攻め入ったことがない。獣人たちからの抵抗はあったかもしれないが、それは共和国軍に苦しめられるとは少し違う気もする。
「共和国軍は自国の人たちに何か悪い事をしているの?」
バツが悪そうにしているハンスの肩をケンロスが叩くと落ち着きを取り戻して口を開く。
「軍の要請に応じるか否かで格差ができる。無茶な要求でものんでしまえば重用され権力を持つ。平等だったはずの町は大地と一緒に荒んでいってしまったんだ。その所為で貧富の差は大きく、一部の権力者が軍と結託して意のままに町を支配し始めたんだ」
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「査定の結果ですが換金するならこちら、物々交換なら、そうですね……、金鉱石でなら見合うでしょう」
運び込んだ魔物の素材を査定するためにイーマイムのタゲット商会に来ていたセレナたちは提示された額に驚き声を失っていた。
「本当に? 間違いじゃないでしょうね?」
「ええ、もちろん。これらはイーマイムでは見ない珍しい商品ですから適正かはわかりませんが、我々はこれぐらいの価値はあると思っています。さあどうでしょう、お売りいただくかご検討ください。なに、時間はたっぷりありますから」
恰幅の良い商会主ジョージはあたかも商いが成功したかのようにご満悦で席を外す。
反対にセレナ、アルドーレ、ノアの三人は予想外の金額に驚愕している。
「これどうすんだよ……売ってもいいのか?」
「そ、そんなこと言われたって……、あたしも判断が追いついて……」
二人がしどろもどろになっている横でノアは提示された明細を見つめている。
「ノアさんは……どう思う?」
真剣に明細を見るノアに気が付いたアルドーレは思い切って意見を求めてみる。
「ちょっと、子供に責任を押し付けるんじゃないわよ! アルさん年上なんだから……」
三人の中では最年少のノアに委ねるなと同じく最年長のアルドーレをセレナが窘めているとノアが声を震わせながら声をかける。
「あ、あの……、ぼくに任せてもらっても、良いですか?」
セレナとアルドーレは顔を見合わせて一時休戦する。
「言ってみなさい、聞いてあげるわ」
深呼吸してからノアは説明を始める。
ほどなくジョージを呼び出すと交渉を始める。
「良いわ、この額で買い取ってちょうだい。ただし半分を金貨で、そしてもう半分は金鉱石であの馬に背負わせてちょうだい」
ジョージは笑顔を崩さずに答える。
「申し訳ありませんがお客様、明細をよく見てください。あの馬車も込みでこの金額なのです。馬車を除くのであれば、買い取り額は10分の1になってしまいますが、よろしいですかな?」
あくどいことをいう時の笑顔は随分と違ってみえるものだとアルドーレは感心する。
「ええ、あなたがそれで良いのであれば構わないけれど」
意外な答えに勝ちを確信していたジョージは面食らう。
「ではこうしましょう、馬車を含めて1割を上乗せします。これなら良いでしょう?」
「ええ、構わないわ。交渉成立ね」
ジョージの表情は安堵に変わり、契約書にサインする。
「それじゃあさっき言った通り、金鉱石は馬に乗せてね」
「お客様ご冗談を、馬車は先ほど我々が買い取って……」
セレナはこの時が来たとばかりに腰に手をあてて得意げに話す。
「馬車は売ってあげたけど馬までは売っていないわ!」
何を言い出すのかとジョージは驚きと困惑が混ざり合った微妙な顔をするが、すぐに眉間に皺を寄せて抗議する。
「ふざけるのはよしてください! きちんと契約もしたのですから悪あがきせずにあの馬を置いていってください」
「ふふふ……、この町に馬車がないから知らないでのしょう? いいわ、教えてあげる。馬車っていうのはね、馬に引かせる車両のことを指すのよ!」
言葉遊びのような言い訳に流石のジョージも開いた口が塞がらない。一瞬の隙を見せるとノアがとどめを刺しに来た。
「おじさん、最初から馬が目当てだったでしょう? ここに来る間もずっと馬を撫でてたから。売ってあげてもいいけどさっきの額の4倍は欲しいな。ぼくたち、旅の足がなくなっちゃうから」
ジョージはノアをじっと見つめたあと手で目を覆って天を仰いだ。
「はあ、始めから見透かされていたのですね。俺もまだまだ修行が足りんなぁ……。お嬢ちゃんの方からなら上手くいくと思ったが、それも失敗だったわけだ。良いですでよ、あの馬はその金額で買い取ります。ただしこれは俺個人としてね。商会がこんな間抜けな商いをしたなんて言われたくありませんから、これはあくまでも俺の失敗です」
頭を掻きながらジョージは大きなため息をつく。片目だけ開けてノアを見ると申し訳なさそうな顔がみえた。
「お嬢ちゃん、そんな顔するなよ。でもどうして俺が馬をそんなに欲しがると思ったんだ? ただの動物好きだったかもしれないだろう」
「市場には肉類がほとんどおいてなかったんだ。だから家畜の価値が高いのかもと思ったのと馬車の轍が全然なくて馬車そのものも珍しいのかなって思って」
関心のあまりジョージはしばらく目を見開いて止まっていたが、手を叩いて満面の笑みを見せる。
「こいつは驚いた! その観察力は商売に活かせるぞ。お嬢ちゃん、商いの才能があるぞ。俺のところで修行して店を出さないか? そこに似非行商人の二人よりは色々教えてあげられるぞ」
やっぱりバレていたのかと三人は苦い顔をする。
「ごめんね、おじさん。本当は馬とセットで馬車だけど……」
「構わないさ。先に姑息なことをしたのは俺の方だからな」
ノアとジョージが談笑する横でセレナとアルドーレは小さくなっていく。
「俺たちダメだな……」
「うん、そうね……」
「ノアさん居て助かったぁ……」
ジョージからの称賛は止まらず二人のつぶやきも耳に入ってくると、ノアは照れて顔を赤くしていた。




