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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第1章 騎士学校編 再会
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入学初日

 ゼピュロス騎士学校の庭には薄紅色の花を咲かせる樹が立ち並んでいる。

 満開の花びらは時折強い風に攫われてひらひらと舞い、新入生を歓迎するかのようにくるくると踊っていた。

 本館の大講堂には受験に合格した新入生、騎士科80名と魔法士科80名の計160名が整列していた。

 各科1クラス20名の4クラスで構成されており、A組から成績優秀者順に組み分けされている。但し上位10名については、奇数順位をA組、偶数順位をB組に振り分けされている。

 そして今執り行われている入学式の新入生代表挨拶には首席合格者が行うことが慣例になっていた。


「新入生代表、シエル・パラディス」

「はい」

 シエルの名前が呼ばれ登壇する間、新入生を含め騎士団の関係者席もざわつき始める。

「あいつが噂の……」

「あの炎剣に勝ったとかいう」

「本気ではなかったのでしょ?」

 あちらこちらから話し声が漏れ、徐々にそのボリュームが上がり騒がしくなりはじめたが、壇上にいる学長の咳払い一つでぴたりと止んだ。

——おお、さすが! 静かになった

 周りがうるさくともシエルは気にせずに始めようと思っていたが、良いタイミングで厳粛な雰囲気を取り戻してもらえた。

 挨拶は恙無く終わり教室に戻ればすぐに授業が開始される。

 全ての生徒が入学前に騎士見習いの教育を受けているわけではなく、2年制の騎士学校で基礎から学んで騎士になろうと思えば圧倒的に時間が足りない。

 当然全ての生徒が騎士になれるわけではなく、毎年騎士になれるのは1割程度であった。

 実技訓練の他に魔法学や戦術理論などの専門講義などもあるが、それ以外は高等教育学校と変わらない。


 初日から開始された授業はシエルにとって実技も座学も期待したレベルではなく少し退屈なぐらいだったが、困難は別のところにあった。

『ほらほら、自分から話しかけないと友達できないぞ』

「待って待って。心の準備が……」

『ぼさっとしてると、周りはどんどん友達になっていって置いてかれるぞ』

「うう……」

 同年代の友人がおらず、大人と接することが多かったシエルにとって友達作りが一番の課題であった。

——同年代の友達をいっぱい作るって言ってた割に尻込みしすぎだろう……。こりゃ時間かかりそうだな……

 単純に同じ年頃の子供が周りにいなかっただけではなく、幼少期から家に引きこもって本を読み漁り、一人で魔物が出る森やダンジョンにこっそり行っては冒険をするなどしていたため、子供の遊びはシエルにとってつまらないものでしか無かった。

 その所為で何を話せばいいかわからなくなり今に至っている。


「あ、そうだ! 試験の時に一緒だったセレナやグーテスはいるかな?」

『ああ、あいつらか。セレナはともかくグーテスはどうだろうな。で、他のクラスに様子見とか行けるのか?』

「無理かも……」

 泣きそうな表情で机に突っ伏してしまい休み時間が終わる。これを午前中は繰り返すだけだった。

 シエルは受験時の出来事に尾鰭がつき、尚且つ首席で合格した。そして入学式で名前を呼ばれた際に、近衛騎士団長のパラディスの娘であることが公になった。

 騎士を目指すのであれば近衛騎士団長の名前ぐらいは知っていて当然であろう。更に四騎士団創設者であり、その功績から当代限りではあるが公爵を授爵している。

 そんな英雄的扱いの騎士家の令嬢であると知れば接し方に気を遣うのは当然であった。身分階級が支配するこの国で、王族をのぞいて最高位の公爵家の人間に声をかけるには相当の勇気が必要だった。

 それに輪をかけるように、独り言や予測不能な動きが別の近寄り難さを放ち、誰もが遠巻きで眺めるにとどまった。

 美しい容姿を目当てにする者や高い身分の人間に取り入ろうとする者も居るが、運悪くその奇行を目の当たりにして退散するばかりだった。


 午後の授業が終わり、昼休みの鐘が鳴る。皆、初日の緊張からしばしの解放を味わっていた。

『昼休みはどうするんだ?』

「うーん、食堂にいく。もしかしたらセレナたちに会えるかもだし」

『まだ、あいつら頼みなんだな……』

 シエルは母親に作ってもらった弁当を持って食堂へと向かう。

 食堂はかなり広く、全校生徒までとはいかずとも半数は入れる程の席がある。4人から8人掛けのテーブル席や窓際に面したカウンター席もある。

 テーブルは丸や多角形のものやソファー席なども用意されている。調度品だけではなく内装は王都のカフェやレストランでも見られないような高級感がありつつもカジュアルな雰囲気で過しやすい装いになっている。食器などはシンプルで扱いやすいものが採用されていて堅苦しさがなく平民でも気軽に居られる。

 何よりもメニューが豊富で卒業生がわざわざやってくるほど味も評判だ。


 シエルも受験時に利用した時から気に入っており、楽しみの一つに数えていた。

「すっごく気になるスイーツがあったから入学記念に買ってみるんだ」

 食堂は初日から人でごった返し、購入も長蛇の列が続いている。だが意外にも列はスムーズに進みあっという間に順番が回って来た。

『なるほど……メニューをタッチすれば厨房にオーダーが届いて調理が開始されるのか。料金は学生証にあらかじめチャージしておいてそれを提示するだけ。料理人はスキル持ちだからすぐに作れると。料理スキルはともかく、こんな便利な魔道具はもっと広めたら良いのにな』

「そうだね。でも実用にお金がかかったり実験的に運用しているだけかも」

『確かに。面倒くせぇ権利関係とかあるのかもな。…しかし何で厨房周りは薄くだけど防御膜貼ってるんだろうな?』

 スイーツなど一部のメニューは作り置きされていて、すぐに受け取ることができた。セットの飲み物をこぼさないよう目についた空いている席へ向かう。


「美味しい」

 席についたシエルは持参した弁当を購入した紅茶と一緒に食べ始めた。

『公爵夫人なのに手ずから弁当作るのって珍しいんじゃねーか?』

「お母さんはそういうのあまり気にしないし、お料理好きだし。でも料理人さんの仕事取らないように偶にだけって言ってた」

——公爵夫人はシエルのこと大好きだからな。母親として作ってあげたかったのだろう。気取りがないというか、庶民的というか。まぁ、それがシエルに良い影響を与えているのは事実だし。変に偉ぶった貴族じゃなくて本当に良かったと思うよ



 食堂は相変わらず多くの人が出入りしており、話し声や食器の重なる音などがあちらこちらで響いていた。

——食べるのに夢中で見知った顔を探すの忘れてんだろうなぁ。まだ初日だし、あんまり焦る必要もないか

 そう思っていた矢先、シエルたちの後方で何やら騒がしくなっている。

 それなりに心地よかった騒音が少し不穏な空気に包まれ始めた。

「てめぇ、もういっぺん言ってみろ」

「だから、獣臭いから出て行きたまえと言ったんだ」

「俺は2年だぞ? わかってんのか新入り!」

「君こそ僕はエターマ侯爵家の者だぞ。分を弁えたまえ」

「はぁ? ここで身分なんか関係あるかよ! 勘違いしてるんならさっさと辞めちまえ!」

 背の高い獣人族の生徒と新入生らしき少し小太りの生徒が騒ぎを起こしているようだった。

 シエルは後方で起こっている騒ぎには目もくれず、お目当てのデザートを眺めながら母親に作ってもらったサンドイッチを堪能していた。

——結構な騒ぎになってきてるけど興味なしかよ……。いや今はデザートに集中しすぎているのか? 食べ物が弱点とか何かあれだな……

 騒ぎを起こしている二人の周りからは人が離れて行き、食堂から出ていく者も数人いるようだった。

「痛い目見ないとわかんねぇようだな!?」

「ヒイィ……」

 周りで見ている生徒からも悲鳴が漏れ始め、巻沿いをくわないよう距離を取る。次第にガタガタとテーブルや椅子が押しのけられる音が大きくなっていく。

——いや、騎士学校の生徒なら誰か止めろよ? あと、心なしかこちらにも視線が注がれている気がするのは俺だけかなぁ? ねぇシエルさん……?

 実際にシエルが座っている席は騒ぎを取り巻く輪の中に入っていく。

 獣人の生徒と貴族の生徒はつかみ合いになっているが、体躯的にも単純な力的にも獣人の生徒の方が強いのは明らかで貴族の生徒はどんどん押し込まれ後ずさっている。そのまま食堂の端まで連れて行かれそうな勢いだった。

 シエルの座るテーブルの真うしろを通り過ぎたところで貴族の生徒は押し倒されてしまう。

「くそぅ……。獣人風情が貴族に逆らうなぁ!」

「ふざけんな! テメエも騎士目指して来たんなら戯言吐いてんじゃねぇぞ!」

 獣人の生徒は馬乗りになった状態から左の拳を貴族の生徒めがけて振り下ろそうとしていた。

「うわぁぁぁ!」

 貴族の生徒は両手を獣人の生徒へ向け叫んだ。

「【ウインドブラスト】!」

——あっ、バカ! こんなところでそんな魔法撃つな! 

 竜巻型の突風魔法を放つが、狙いが定まらず四方へ暴走し獣人の生徒以外にも周りのテーブルや椅子も巻き込み、手当たり次第に巻き上げては吹き飛ばし続けた。

「きゃあああ!」

 吹き飛ばされた椅子やテーブルが周りの生徒の方にも向かっていくが防御魔法が使える生徒が防いでいた。

 バカ貴族はさほど魔力を持っていなかったようで魔法はすぐに止んだ。おかげで被害は大きくならずには済んだ。

 獣人の生徒もすぐに離れて防御していたおかげで怪我はなさそうだが、驚いたのか防御姿勢のまま座り込んでいた。

 二人の周りには吹き飛んだテーブルや椅子がバリケードのように積まれ、事態を見守っていた生徒たちとを隔てていた。

 静寂に包まれ、瓦礫が円形に形取った空間には3人の生徒がいた。

 約半数弱の生徒はこの状況がまずいことを察し後ずさっていく。

「……」

——まっずい……

 バカ貴族は上体を起こし辺りを見回している。獣人の生徒は立ち上がり、ゆっくりとバカ貴族に向かっていた。

「こんなところで制御できねぇ魔法なんか打ちやがって……。ぶっ殺してやる!」

「ひぃぃ!」

 囲われた円の中でシエルは椅子に座っていた。ただテーブルは吹き飛ばされ目の前にはない。手には咄嗟に守った母の弁当箱が収まっていた。

「……」

 獣人の生徒は再びバカ貴族の胸ぐらを掴み、無理矢理に立たせて殴りかかろうとしていた。

「……わたしのエクレアは?」

 突然聞こえた声に二人は揃って顔を向ける。お互いに喧嘩相手しか見ていなかったところに線の細い声が突き刺すように聞こえてきた。

 居るとは思わない場所に人がいることや発せられた言葉の意味が理解できずにいた。

「ねぇ? わたしのエクレア…………、楽しみにしてたのに……」

 俯いて泣きそうになりながら声を絞り出す少女に獣人の生徒は苛立ちを隠さずに言い放つ。

「はぁ? 知るかよ! こっちはそれどころじゃねぇんだ。黙ってあっち行って食ってろ!」

——あ、あかーん! これは人類を救う勇者になる瞬間が訪れてしまったかもしれない……じゃなくて! 初日から“生徒殺しで退学”だけはさせないようにしなければ!

 シエルはゆっくり立ち上がり二人の近くへ寄った。

『シエルさん、落ち着いて! 気持ちはわかるけどここは一つ穏便に……ね? 入学初日なんだしさ……』

「……すっごく……楽しみにしてたんだよ? 最初に絶対食べるって決めてたのに……」

 シエルはゆっくりと顔を上げ二人を見つめる。睨まれた二人はあまりの恐怖に思わず抱き合いそうな程に身を寄せた。

「わたしのエクレア返せーーーー‼︎」

 叫びと共に電撃が二人を襲う。短い悲鳴と共に感電し気を失った二人はさらに魔法縄で縛られ横たわっていた。

——自分で【麻痺捕縛スタンバインド】打てるようになったのに、こんな事で使うとは……

「うう……、どうしてくれるのよぉ……」

『……ええと……放課後に、また買いにこよう、な?』

 騒ぎを聞きつけた教師が数名食堂に駆け込んできて周りの生徒に外に出るよう指示し凄惨な現場にも冷静に対処する。

「このスタン解いてもらっていい? あと君も一緒に指導室にきてね」

 教師にそう告げられると益々しょっぱい顔で「はい」と返事だけした。


 歴代最高クラスでの首席合格に受験時の雷属性の使用。

 眉目麗しい容姿に近衛騎士団長パラディスの娘。

 色々と注目を集める材料には事欠かなかったが、この件でさらに名を馳せる。

 シエルの叫びと結末だけが語られることが多いこの事件は「エクレア騒動」と名づけられ、シエルにもあだ名が付けられることとなった。


 のちのゼピュロス騎士団で【風神ゼフィール】と双璧をなすその名の由来にもなった【雷神エクレール】と。


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