共和国探訪 side S 1-15
治安局へ向かう車の中でシドはアーラに話しかける。
「サタンの殺気に反応したのはあの手品師とダンサーとかいう二人だそうだ」
シドから話しかけること自体珍しいわけではないが、長々と話すことは少ない。だがサタンの名を口に出すことでバドと運転手の治安官にあえて聞かせるためなのだと察する。アーラもシドの意図を汲んでいつどおり受け答えする。
「それってどういう意味があるの?」
「この国の人たちはスキルや魔法を使えない。そもそも概念すらないように思えるけどマナという万能エネルギーについては他国以上に理解が深いのかもしれない。だからこそスキルや魔法に変わる便利な道具の発明に繋がっていると思うんだ」
「特定の人しか使えない力を道具にすることで全ての人が使えるようになる、そうオリハさんは言っていたわ。共和国ではそれが実現しているのね」
「その通りだよ、アーラ。では誰もが使うことができる道具をスキルや魔法を使える人間が持っていたとしたら?」
車内の天井を見上げて少し考えるフリをする。その間に前の座席にいる二人が聞いているか確かめた。勿論シドも同じようにしている。
「きっといろんなことが出来ちゃうね。例えば……、迷子になったミィちゃんを探して出してラジオでお知らせしてくれるとか?」
いかにもアーラらしい平和的な使い道だとシドは微笑む。シドは普段から感情の揺れが少ないのだがアーラと話している時は安らぎを感じることがある。些細な変化でもシドにとっては刺激になる。
「俺は悪い事も考えられるから……、血を吸うナイフがあればあの場で殺害することも可能だと考える。刺し傷は一つだけで恐らく失血死。殺されたあの人は小太りで首は短い、それでも正確に即死する位置、角度を狙っている。犯人は同じ手口で何人も殺めている殺し屋というやつだろう」
バドたちの反応を伺うと見識が一致する部分があるようだ。しかし魔法などの不可思議な力を信じるわけにはいかない彼らにとって動揺を誘う話ではある。
ムーリエに疑いがあると思っていても証拠がなく、人目の多いホテルにどうやって死体を運び込み、シドたちの部屋へ入ったのか。治安局にとってこの謎を解くことが犯人逮捕への道だと考えるが壁は高い。
故に少しでも情報が欲しいところだが、よりによって非科学的な話に縋ることになりそうなのだから無理もない。
「えっと、シドの今の話だとこの国の人たちはスキルも魔法も持っていないのね。私たちがそうなのも同じ理由かな?」
「多分。特定の国出身というのは無理がありそうだけど。獣人族の人たちはどうだろうか? きっとスキルを持っている人がいるはずなんだ。獣人特有の身体能力の高さ以上にその力を利用したいがために奴隷にしていたんだろう。代を重ねるうちに力を持たない人たちが増えてきて解放した。そして今度はルゥさんと同じように獣人族が持つ魔石がねらわれている、そんな気がする」
事件だけでなく明るみになりつつある獣人の行方不明についてまで考えを巡らせるシドに大人たちは舌を巻く。
ついに運転手の方がバドに何か言えと横目で合図を送りだし、バドも話に加わらざるを得なくなる。
「コホン、……シドくん、君は王国からやってきたと言っていたが、その……王国では魔法の類が実在するというのかね?」
アーラにはここからが本場だとシドの目に力が入るのが分かった。
「はい、テネブリス王国では全てではありませんが多くの人がスキルという特殊な力を有しています。例えば人より少し力が強かったり、計算が早かったり。個人差はどこにでもあると思いますが、長さ数メートルの丸太を担ぐ女性や紙にびっしりと書かれた数字を1桁ずつ足した数や掛けた答えを一瞬見ただけで計算できてしまう子供がいます。これらはスキルの恩恵なのです。また魔法は火や水を何もないところから出すこともあれば傷を癒すこともできる力です」
作り話にしか聞こえない内容にバドは頭を抱える。見たこともない事象など到底信じられるものではないからだ。だが隣で運転している治安官は違った。
「そういやあ、前に煙草を吸っている獣人に火を貸してくれって頼んだ時に持っていないと言われ、じゃあどうやって火を着けたんだと聞いたら目を瞑っていたら着けてやると言われたことがあったんだが……あれは魔法で火を着けていたのか?」
「魔法を使える人は少なくて貴重ですからね。きっとバレないように隠していたのでしょう」
「それはそうか……、いつでも火を着けられるなんて知られたら放火の疑いで逮捕できてしまうからな」
「おい、この子らの前で変なことを言うな!」
バドは気まずそうにバックミラー越しにシドとアーラを見てため息をつく。
「すまないな……、もう知っているかもしれないが俺たちは些細なことでも獣人を逮捕するように命令されている。軽微な犯罪の内に更生施設へ送って真っ当な仕事に就かせるためだと聞かされているが、正直俺たちも本当かどうかを疑っていてな……。獣人の言動には極力見てみぬふりをしているんだ。全く不良治安官ばかりで……だから殺人なんて物騒な事件が起きちまうんだ」
吐き捨てた愚痴にシドたちが知らない情報を紛れ込ませてくれる。
「獣人で思い出したのですが、昨日ホテルであのムーリエという人が獣人のお客さんに絡んでいるところに遭遇して、最終的に支配人のリンさんが仲裁してくれたのですがムーリエさんには宿泊拒否して怒らせてしまったんです。……もしかして一連の事件は俺たちやリンさんへの嫌がらせのつもりなのかも」
「ええっ⁉︎ そんな事で人を……?」
アーラにはショックが大きいのか両手で口を押さえて今にも泣きそうになる。
「まだそうと決まったわけじゃない。フィリアさんは教会の人だと思われているから俺たちを目の敵にしているのだろう」
「リンさんやホテルの人たちは大丈夫かな?」
アーラの憂慮にシドはハッとする。しかしバドは心配ないと楽観的な声色で伝える。
「母さ……、あの人は多少のことでは動じないさ。女手ひとりでホテルを支えて来たし、あそこの従業員は皆家族のようなものだ。支え合って来た強い絆が、あんな奴の嫌がらせに屈するわけがない」
シドたちにとっては似た経験があるだけに説得力のある言葉だった。
血の繋がりがない兄妹たちと老いた養母と共に耐え忍んだ日々を思い出す。
シドとアーラは互いに安心したのかどちらからともなく手を繋ぐ。
一方でシドたちが去ったあとのホテルではムーリエと市長が揃って建物を眺めている。
「ふむ、ここか? このホテルが例の」
「ええ、そうよ。カヴレス……別世界からの異物はこのホテルそのものだったのよ」
「ならすぐにでも取り壊しだな」
無表情に淡々と話す市長とは対照的にムーリエはリンに向かってほくそ笑む。
リンは二人が何を言っているのか分からず混乱するが、市長の「取り壊す」と言う言葉だけには辛うじて反応する。
「お待ちください! 今、私の聞き間違いでなければホテルを取り壊すと仰いましたか?」
焦りの色が隠せないリンをムーリエは嘲笑し、市長は無表情のまま答える。
「聞き間違いではない、このホテルは取り壊しが決まった。異界の異物は除去しておかなければ…………、あのマッドサイエンティストに目を付けられてからでは遅いのだ」
市長の目には僅かな焦りと恐怖が入り混じる。二人の感情などお構いなしにムーリエはリンへの追い討ちをかける。
「それにここを劇場に建て替えれば観光客も呼びこめるし良いこと尽くめよ」
「そんな……、私たちはどうなるのですか⁉︎ このホテルは100年以上も続いた老舗のホテルなのですよ!」
「だからどうしたと言うのだね?」
市長の冷たい言葉にリンは絶句し、ムーリエは笑い声を上げる。
「仕事なんて探せばいくらでもあるでしょうに。どうしても言うのなら私が使用人として雇って差し上げましょうか? それとも新しい劇場の清掃員でもよろしくてよ」
悔しさをリンは拳を固くし唇を噛んで堪える。涙を見せればそれこそこの女の思うツボだとわかっている。
両者の間に険悪な空気が流れると一人の女性がすっと入り込み無かったことにしてしまう。
「市長、ご報告が。劇場建設を予定していた建設会社から計画中止の申し出がありました」
「何ぃっ? どういうことだ⁉︎」
「理由はわかりません」
「……こうはしておれん。今すぐ建設会社へ向かうぞ! 車を出せ!」
市長たちは車に乗り込むと急発進させて姿が見えなくなった。
取り残されたリンは唖然としていると報告に来た女性が取り残されていることに気付く。
「あの……」
「ご心配なく、アーラさんとシド君に手をかけようとする者は誰であろうと排除しますから。それが我が主からの命令なので」
目を見張る美しさの女性はそういうとリンが瞬きする間に姿を消していた。
幻でも見たのかと一瞬思ったが、確かに聞こえたシドとアーラの名前に現実なのだと思いなおす。
同時にあの二人がきっと市長とムーリエの横暴を止めてくれるのだと信じることにした。




