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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第2章 国割り 共和国潜入
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共和国探訪 side S 1-11

 治安官のバドが館長から事情を聞いているのをシドとアーラは少し離れたところから見ていた。

 館長は興奮した様子でシドを指差して犯人がいると叫んでいる。

 閉鎖された館内に声が響きわたり館長への視線が集まる。

「他のお客さんに迷惑になるんじゃなかったのか?」

 呆れてため息混じりにシドが呟くとアーラは吹き出してしまい口を抑えて笑いをこらえている。

「何か変な事を言ったか?」

「ううん、ごめんね。何だかトルネオさんみたいだったから……可笑しくて」

 どこが? と思いつつも何故か悪い気はしない。

「トルネオさんならこの難局を知恵だけで乗り切るはず。俺が何とかするよ」

 シドの頼もしい横顔にアーラは難民街での日々を思い出す。辛い事は沢山あったが皆で協力して乗り越えてきた。その中心にはいつもシドがいた。


 バドは館長と共に二人のところに来ると頭を掻きながらため息を吐く。

「まったく……、とんだ厄介事に巻き込まれちまってからに」

「ご面倒をおかけします。俺たちは誓って盗みなんてしていません。証拠なら……」

 シドの説明を遮るように奥から女が高笑いをあげてやってくる。

「あら〜、誰かと思えば昨日の坊やじゃない」

 見覚えのある顔にシドは露骨に嫌な顔を見せる。アーラは小声で女の名前をシドに確認する。

「そうだよ、昨夜ホテルのフロントで揉めた歌手のムーリエさんだ」

「無音の人……」

 アーラは印象に残っている言葉を口にしただけで悪気はなかったが、悪口を言ってしまったと思い目を伏せて心の中で謝罪する。

 ムーリエに二人の会話は聞こえておらず意気揚々と対面する。

「その手に持っているのは……。ああ、あなたが犯人てわけね? 余所者が何をしにきたのかと思えば国の宝を盗みに。あの下賤な獣人も共犯じゃないの? 治安官さん、早くそいつと仲間の獣人を捕まえてちょうだい。怖くて今夜のステージで歌えないわ」

 バドをはじめとした治安官たちはうんざりした顔で黙ったままいる。

 昔ことは良いとして今はそれなりに名の売れた歌手であれば会えて嬉しく思う人が一人ぐらい居ても良いだろう。しかし彼らの態度は冷ややかを通り越して嫌悪しているように見える。

 態度や差別主義的な発言だけではないような気がしたシドは彼らの言動も注意深く観察する。

「これはムーリエさん、ごきげんよう。我々の警備を断って観光ですか? 公演のたびにトラブルに巻き込まれて大変ですな。」

 出会った時の好意的な態度が見る影もないバドにアーラは目を丸くする。

「お気遣いありがとう。私には共演者兼私兵の彼らがいるから貴方たちの警備なんていらないわ。彼らは一流の手品師、ダンサーというだけではなく、訓練された一流の戦士でもあるのよ」

 左右に控える長身の男たちは他の取り巻きとは違い華やかさがある。それでも体格の良さは感じるが戦士だと言われても戦う姿が想像できない。それらしさは首筋の文様ぐらいなものだった。

「それにしてもラウェストの治安はどうなっているのかしら? 市長にお願いして国軍と入れ替えてもらいましょう。そうすれば薄汚い獣人も排除できるし平和になるんじゃないかしら。でも、そうなったら貴方たちは……ふふふ」

 目を細めて含みのある笑みを浮かべている。何人かの治安官からは舌打ちが小さく聞こえる。

 睨み合う両者の間に博物館職員が血相を変えて入ってくる。彼は酷く怯えた様子で震えてもいた。

「た、大変です! ひ、人が……、殺されて……」

「な、なにっ⁉︎ 誰が殺されたというのだ⁈」

「博物館職員で、例の『シレゴーの涙』を管理していた……」

 一同は驚き言葉を失うがバドはすぐに部下を現場へ向かわせる。

「まあ、なんて恐ろしい。宝石泥棒だけでなく、人まで殺したのかしら……そこの坊やは?」

「言いがかりはよしてくれ。さっきから言うように荷物の取り違えがあったんだ。そもそも俺たちは……」

 シドの弁明を最後まで聞かずにムーリエは話を被せてくる。歌手だけによく通るその声でシドの言葉をかき消してしまう。

「動かぬ証拠を他人の所為にするつもりかしら? 凶器も一緒に持ち歩いていて隠しているんじゃないの? 治安官さん、その紙袋は証拠として取り上げて中身を確認した方がよろしいのでは?」

 シドは宝石を袋に入れなおして袋ごとバドに渡す。受け取ったバドは袋の中を確認すると表情が一変する。

「これは……」

 袋の中から取り出したのは血のついたナイフだった。



 突然出入り口が封鎖されて多数の治安官が駆けつけたことから博物館前は人だかりができて騒ぎになっていた。

 ソルフィリアたちは車から降りて近くまで駆けつけるが野次馬たちに阻まれて目の前の博物館へは辿り着けないでいた。

「いったい何があったんだ? 只事じゃなさそうだな」

「まだ人がたくさん集まって来ているのです」

「ポポン、逸れるんじゃねーぞ」

 ガウルは背の低いポポンが人波に飲まれないように後ろについて歩いている。

「それで、あんたは何を確認しにきたんだ?」

 ソルフィリアもポポンと手を繋いであげている。

「不安が的中してしまいました。あの博物館には私の連れがいるはずなのです。今日は朝から調べ物をすると言っていましたから」

「事件か事故に巻き込まれてしまったかも、なのですね」

 無言で頷くが嫌な予感がしていて不安が顔に出てしまっている。人垣は厚くなり前へ進めなくなり、ついには立ち止まって博物館を見上げるしかできなくなった。

 強引な手段を使えば侵入すら可能だが、ここでは極力目立つ行動は控えたい。なんとか辿り着けないかと思案していたとき背後から女性に名前を呼ばれて振り返る。

「ルシファーさん⁉︎ どうしてここに……では二人は……」

 女性の正体はアーラの天の声ルシファーだった。大きなつばがついた帽子を被って顔を隠していたがあまりの美しさに周囲の人間は凍りついたように魅入っている。

「うおぉ……」

「きれいな方……なのです」

 ルシファーは周囲の目など気にせずに話を始める。

「二人は無事ですがトラブルに巻き込まれてしまいました」

「トラブル? 私も急いで向かいます。二人はどこですか?」

「慌てないでください。二人はあの建物の中です。あの程度、彼ならば問題ないでしょう。それに昨日出会った治安官とかいう者がいますから手助けになるでしょう」

 ルシファーがこれほどまでにシドを評価していたことに驚いたが何が起こっているのか皆目検討がつかない状況に不安が残る。

「あの場に昨夜ホテルで争った女がいます。隠れていましたが姿を見せるタイミングを見計らっているようでしたので今頃はアーラたちの前にいるでしょう」

「あの歌手の……」

「罠を張っている可能性があります。今貴女が姿を見せるのは得策ではありません。それよりもお手伝いいただきたいことが」

「何か考えが?」

「はい。アーラの気づきがヒントをくれました。すでに下準備は整っています。あとは証拠を押さえたい……、そのためにある場所へ一緒に行っていただきたく」

 胸に手を当てて頭を下げる。この場でできる最大限の敬意を表してくれているのだろうが、なんとなく拒否できない圧も感じた。

「わかりました……、ですがその前に事情の説明を」

「ソルフィリア嬢、感謝します。時間がありませんので移動しながら説明を。目的地はこの都市の首長たる者のいる城へ」

 少し考えたがどうやら市長がいる中央庁舎へ向かいたいらしい。

「私たちもそこへ向かうつもりでした。ならば早速向かいましょう。ポポンさん、ガウルさん!」

「はっ! 申し訳ありません、つい見惚れて……、でも話は聞いていたのです。急いで車に戻って向かいましょう。……ガウル! いつまで惚けているのです!」

 居眠りから目覚めたような顔をしていたが垂れてもいない涎を拭く仕草で寝ていたのかとポポンに怒られていた。

「ば、馬鹿か! 寝るわけねぇだろ! つーか車は4人乗りで満員だぞ。こ……、この人は、どうすんだ?」

 ソルフィリアはなんとなくわかっていたが、案の定ルシファーは思っていた通りの答えを口にする。

「心配は無用です。見失わなければ歩いていても追い越せます。さあ時間がありません、急いでください」

「え……、歩いて? どういう、ことなのです?」

 三人は急ぎ車に戻って渋滞を避けて進む。中央庁舎に辿り着くとルシファーが待ち構えていた。

「遅かったですね。では今から作戦をお話しします」



 殺人があったとされる現場から治安官が戻ってきてバドに報告する。

「他の職員にも身元の確認をとりましたが、確かに『シレゴーの涙』の管理をしていた職員だそうです。刃物で後ろから首をひと突きされて……。今日は展示品の配置を変えるとかで朝から一人で作業をしていたそうです」

 報告を聞いた後、バドは館長へ質問を投げる。

「展示室は閉じられていて今日はその職員以外は入っていない? 盗まれたのが分かったのはいつ、どうやってですか?」

「警報が鳴ったんだ。解錠せずに展示品に触れると警報が鳴る仕掛けだ。警報と同時に出入り口を閉じて警備兵と一緒に飛び出してきたんだ。小僧、どうして外に逃げないと思ったのかと言ったな? 逃げられなくしたからだよ、お前たちのようにな」

 館長は勝ち誇ったように笑い出す。その横ではムーリエもいい気味だと言わんばかりに微笑んでいる。

「はあ……、いい加減、人の話は聞かないと。いい大人なんだから」

 少しも動揺していないシドに館長とムーリエから笑顔が消える。生意気な子供だと腹を立てているのだ。

「往生際が悪いな。国宝を盗んだばかりか人まで殺しておいて。全く……親の顔が見てみたい。どうせ碌な……」

 二人が血縁者を探しに来ていることを知るバドが止めようと言葉を発する前にシドの反撃が始まる。

「俺たちに親はいない。でも面倒をみてくれた人たちは貴方たちのように偏見も差別もしない。俺たちを一人の人間として向き合ってくれていた。貴方の方こそどんな教育を受けてきた?」

 言葉以上に凄みを感じて周りの大人達は言葉が出せなくなる。

「……何度も言うけど、俺たちは犯人じゃない。そもそも博物館には入ってもいないのだから」

「ちょっと待ってくれ……どういう事だ?」

 バドは急に抑えつけられていた力が軽くなる感覚で言葉を発することができた。

「俺たちは朝からずっと、隣の図書館に居ました。他に誰も居ないからと司書さんが一緒に資料探しを手伝ってくれていましたので聞いてみてください」

 バドは部下に指示してすぐに図書館へ聞き込みに向かわせる。

「本当に荷物を取り違えていたのなら、元の持ち主が犯人の可能性か」

「ここで派手に転んで助けた時に入れ替わってしまったんです。男性は車に乗ってどこかに行ってしまいましたけど」

 シドは男の特徴を事細かに伝える。

「それに俺たちが袋の中を見た時は宝石しかなかった」

「このナイフは入っていなかったと? それは少し無理がないか?」

 バドは冷静かつ客観的に話をきいてくれている。ゼピュロスにもそういう大人は数多くいて、そういう人ならばアーラも少しは話せるようになっていた。

「あ、あの……、それなら一緒に入っていたら石に血が着くと思います。それに…………」

 アーラは少し言いにくそうに口籠る。シドの袖を掴んでいたが、その手をシドが握ってくれたことで勇気を振り絞って口を開く。

「その石……、ガラス玉です。宝石じゃ、ありません、よね?」

 館長の方を横目で見ると全員の視線が一斉に館長へ向けられる。

「な、何を……、馬鹿な…………。それ、そ、それは……」

「偽物……、ですって?」

 ムーリエは眉間に皺を寄せて館長を睨みつけている。

「いや、これは……、保険として……」

「館長、どういう事がお聞かせ願えますか? あと鑑定させてもらいますけど、良いですね。盗難保険の詐欺じゃなければ構わないでしょう? おい、誰か近くにある宝飾店の店主を連れてきてくれ、彼に鑑定してもらおう」

 シドとアーラは顔を見合わせ同じことを思う。

「もしかすると、あのお店の?」

「ああ、間違いないだろう」

 命じられた治安官が迎えに走って出て行くがすぐに戻ってくる。その傍らには見覚えがある男性がいた。

「はあっ? いくらなんでも早すぎるだろ⁉︎ 適当な人間連れてくる馬鹿があるか!」

「ああ、私は宝飾店の店主でエドモンドといいます。博物館で騒ぎがあったと聞いて火災でも起きたのかと心配で見に行ったら、女性の治安官さんに鑑定を依頼するからここで待っていてくれと」

 事情を説明しながらエドモンドはシドたちに視線を送って安心したように微笑んで見せた。

「女の治安官? 今日は男ばかりだったはずだが……。まあいい、すまないがこの『シレゴーの涙』を鑑定してもらえますか?」

 エドワードは白い手袋をはめ、やわらかな布を掌に広げて石を置くと石の隅々まで観察する。

 一通り見終わって布ごとバドに手渡すとため息を吐き結果を口にする。

「これ……、ただのガラス玉ですね。久しぶりに国宝とお話しできると少し興奮していましたが一目でわかります。本物は石の中央に微かにですが多色に光る核のような部分がありますが、これにはない。表面に細かい傷も多いですし、小さな気泡も見られます。……誠に残念ですが、これは明らかな偽物です」

 館長は観念したのか膝から崩れて項垂れてしまう。

 更に図書館へ向かった治安官が女性の司書を連れてくる。

「君たち戻ってこないから寂し……、いや心配したじゃないの。博物館から警報はなるし、もし火事だったら一冊でも多く持ち出して欲しいのに」

 何故か司書は半泣きでいる。だがシドとアーラの手を取って心底安心した顔をするから二人は少しだけ嬉しくなる。

「ご心配をおかけしてすみません。ところで俺たちが一緒にいた時間を証明してもらえませんか?」

「するする! この子達は開館からずっと私と一緒にいました。シレゴーの歴史を勉強したいだなんて、最近の子供は本で勉強しようとしないから本当に嬉しくて。だからマーキュリー女史の著書を中心にですね……」

「わ、わかりました、ご協力ありがとうございます。コホン、これで彼らのアリバイは証明されました。さて館長殿、殺人に関しては詳しく調査しますので引き続き捜査にご協力ください。それと保険金詐欺の件もね」

「はい……」

 その場に居た客たちは治安官たちに身元を確認されて解放となった。

「ふん、……私たちも失礼するわ」

 完全に興醒めした様子のムーリエはそそくさと出ていってしまう。

「何をしに出てきたんだか。君らも飛んだ災難だったな」

「いえ、バドさんが居てくれて助かりました。エドモンドさんもありがとうございました」

「いや、構わないよ。こんな形で再会するとは思わなかったけど。それにしても久しぶりに博物館にきたけど……」

 エドモンドが辺りを見回しているとアーラが恐る恐る尋ねる。

「ここの展示物も全て偽物ですか?」

「やっぱりアーラさんは審美眼をお持ちのようだ。昔はエントランスにも本物を飾っていたのだけどね。恐らくだけど中の展示品も……」

「これは本格的に捜査する必要がありそうだな。エドモンドさん、また協力をお願いしても?」

「ええ、勿論」

「さて、殺人の件もあるから君たち、今日は帰りなさい」

 バドに促されてシドとアーラはホテルへと戻ることにする。


「アーラ、ルシファーさんは?」

「途中からいなくなっちゃったの。何で警備の人がたくさんいて盗まれたんだろうとか、エントランスだからレプリカしかなくて石も偽物ぽいな……とか話しているうちに、ね」

「アーラの疑問からこの件は裏があると思ったのだろう。エドモンドさんを呼んだのも彼女に違いない。切り抜けられたのは彼女のお陰だな」

「ううん、シドも格好良かったよ」

 予想外のトラブルに巻き込まれて疲れが出たのかホテルまでの車の中でアーラは眠ってしまう。

 シドも疲れてはいたが眠れなかった。この旅は気が抜けないと改めて気を引き締める。


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