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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第1章 騎士学校編 入学試験
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試験後のあれこれの後

 久しぶりに家族が顔を合わせての食事中、いつものように妻と子供たちとの他愛のない会話をカエラムは聞いていた。

 一時期、心労から身体を壊して国の中枢機関からは距離を置いていたが、周囲の助けもあって現在は宰相に返り咲いている。

 国内外の問題は山積みで激務が続いているが、15年前のある事件をきっかけに家族との時間を大切にすることを心に誓っている。月1回程度だがこうして家族と食事をとることもその一つにしている。

 最も子供たちも成人し仕事が忙しく、なかなか帰ってこられないことも多いが、せめて妻だけでも大事にしようと努めている。


 長男のトリニアスは父と同じ政治家を目指し、幼少期から宰相になるために自ら進んで勉強に励んだ。その甲斐もあって王立学院を主席で卒業し、現在は国の行政中枢機関である通称“文宮”で官僚として働いている。

 父と同じく優秀な若者ではあるが若干20歳で官僚になったのには理由がある。

 学院時代の同級生に第一王子エクシムがいた。エクシム王子も成績は優秀で、いつもトリニアスとトップ争いをしていた。ある時、王子と話ができる機会があり、宰相になる夢のため忖度などせずに首席をとりに行くと宣言。二人は国の将来について討論を繰り広げすぐに意気投合した。

 卒業後は事務次官補佐であるエクシム王子と共に行政府に勤務しており、父カエラムとも顔を合わせることが多い。


 次男のデシテリアは南方のノトス騎士団に入団し、1年程で副団長兼参謀補佐へ異例とも言えるスピード出世を果たしている。

 騎士を目指す理由を両親から尋ねられた際にこう答えた。

 カエラムの親友で近衛騎士団長のフォルトに憧れたからだと。

 父を公私に渡って助ける姿を見て、いつか自分も兄の助けとなりこの二人のようになりたいと夢を描いていた。

 テネブリス王国の建国は初代王が神から“知”と“武”を授かったことから始まったとされる。大陸を治めた英雄王の話がデシテリアは大好きで、頭の良い兄は“知”を司り、自分は“武”を司る事で王の助けになりたいと願った。

 現実的に次男である彼は爵位を継ぐことはないので、自力で爵位を得るには官僚になって何かしらの手柄を立てれば良い。彼にとって難しい事ではなかっただろうが、貴族であることに誇りはあっても執着はなかったし騎士になれば騎士爵は得られる。何より幼い頃に夢見たことを実現させるために騎士見習いとしての教育を受けさせてもらっていた。幸い運動神経もよく、剣術だけではなく魔法の才にも恵まれていた。


 そんな彼が騎士団に入団し半年ほどが経った頃、これまでに行われなかった他の騎士団との交流が行われた。四騎士団創設以来、皆無だった連携に着手した功績は大きく評価され今に至る。

 夢に近付いていると喜ぶ我が子の姿に、カエラムは誇らしさを感じていた。

 しかし今日は少し様子が違った。西の騎士団との演習打ち合わせのために赴いた騎士学校での世間話についてのことだった。


 胸の奥が疼き出し、内側からジクジクと掻きむしられるような感覚。1日たりとも忘れたことはない悪夢の記憶が蘇る。

 15年前に宰相官邸が何者かに襲撃され、カエラムの幼馴染のアンとその娘シエルが被害にあった事件のことだ。

 シエルはカエラムとアンの不貞による子供としていたが実はカエラムの子供ではない。その秘密を知ってか知らずか、それでもシエルが狙われていることは明白であった。自分では守りきれないと悟り、事件で死亡したと偽装して親友のフォルトに養子として引き取ってもらうことにした。

 シエルのことはフォルトから定期的に聞いていて騎士学校への入学試験を受ける事も聞かされていた。

 15年が経ち、出自は隠されていて賊とも戦える力を身につけられれば大丈夫だと思っていた。何より西の騎士団であれば隣国との戦闘の危険性はあっても王都からは離れており接点を持つ心配はないと考えていた。

 それに今はシエルを守るためでもあるが、家族がシエルの事を思い出して欲しくない思いも強かった。


 それなのにデシテリアの口からシエルと思しき人物のことを聞かされた。まだ幼かったデシテリアは覚えていないようだったが、当時気を病んでしまった妻と母が嘆き悲しむ姿に憤りを露わにしていたトリニアスが気がかりだった。

 シエルが亡くなった事を知った幼いトリニアスは人目に付かないところで笑って喜んでいた。それ程までに憎んでいたのかと幼い息子への申し訳なさと自身の不甲斐なさに胸を痛めた。

 時が経っても幼い頃に受けた心の傷が簡単に癒えるはずがないだろうと、恐る恐る様子を伺った。 

 だが意外にもトリニアスは当時の事を冷静に、亡くなった母子を思い出し辛いのだと弟に説明していた。

 15年が経ちトリニアスも過去のものとして受け入れ、大人になったのだと嬉しく思う。しかし云い知れない不安も確かに胸に残っていた。


 翌日、騎士団長フォルトを執務室に呼び出した。人払いをしたのちに応接用のソファーに倒れ込むように腰掛け、前日のデシテリアから聞いた話を伝えた。

「いずれ注目を浴びることになるだろうとは思っていたが、このような切っ掛けで聞くことになるとは……」

「ええ……ですが、王太子殿下の忘れがたみである証拠は全て消去しています。15年前の事件の真実が明るみになっても、一番の懸念事項は守られるでしょう。それにトリニ……御令息の成長は喜ばしいことですから」

「うむ……」

 能力の高さはフォルトから聞いていた。いつかは注目を浴びることになるだろうということも。

「身を守ることはできるだろう。だが、それ以外の面倒ごと……政治や権力争いからは我々が守ってやらねば」

「それですが……」

 少し言い辛そうにしていたので、辺りを見まわして誰もいないことを目で合図した。

「……この15年……何事もなく過ごせてきました。まだ……警戒は必要なのでしょうか」

 確かに彼の言うとおり秘密は守られ続けるかもしれない。

 亡くなった王太子とアンのことを知る者には退職金を渡し郊外へ移り住んでもらった。出産に立ち会った者もごく僅かで信頼のおける医師だったが、その医師もすでに亡くなっている。

 カエラム自身の不貞の子として泥を被り、事件では死亡したと偽装。更に捨て子としての記録も改竄している。

 どこからも王族の血を引いていることは知られないようにした。

 これだけの工作をしてなお不安に駆られるのは、誘拐未遂事件の首謀者が見つからなかった事。もう一つは宰相として排除し切れていない政界の不穏な空気の所為でもあった。

「私にはあの子が平和に暮らせるように努める義務があるのだ。少なくとも、王子が次期国王に即位すれば……最悪素性がバレても影響は小さいだろう。……それまでに出来ることはやっておきたいのだ」

「即位まではまだ数年先でしょう。あの子も成人してしまえば。あるいは……」

 言葉を途中で切り、しまったという顔をしている。カエラムがどうしたと続きを促すが口ごもって中々言い出せずにいる。流石に気になって言えと強めに催促すると、ようやく大柄の騎士団長が似合わない小声で呟いた。

「その……、シエルが……け、結婚……してしまえば……と」

 その方法があったかと思う反面、それは何故か嫌だという感情がぶつかって頭を抱えてしまった。

「……すまん」

 気まずい雰囲気に思わず謝ってしまったが、娘をもつ父親の気持ちとはこういうものなのだろうと苦笑いする。

「兎も角、お前は今まで通り父親として普通に振る舞っていて欲しい。それがあの子の幸せのためにもなると信じている。私も影から支えよう」

――嫁に出す事はすぐに受け入れられんが、いつかそんな日が来るのも悪くないよな……ルーセオ、アン

 窓の外に目をやると雲ひとつない澄み切った空を二羽の鳥が羽ばたいて行った。



 少し時間を遡り、場所はゼピュロス騎士学校。入学試験が終わり、ノトス騎士団の代表と会議室で合同演習の打ち合わせが終わったばかりだった。

「ねぇフラムさん」

 ノトス騎士団の面々が帰り支度をしている間に、風神ことイルヴィアが騎士学校の教官フラムに声をかけていた。

「最後に対戦してたシエルって子、どうだった?」

「どうも何も、隠れて見ていたのはどこのどいつだ?」

「雷属性って初めて見たし剣術もかなりのものだよね。騎士団で相手になりそうなのは3バカぐらいじゃないかなって思うんだ」

「あいつらの域に達しているかは疑問だな」

「絶対にうそだ」

「実際に戦った俺が言うんだ。間違いない」

「じゃあ、あたしもあの子と戦わせてよ」

「絶対にだめだ! そもそもまだ合格すると決まった訳じゃない」

「ええ? あれだけの子、合格させなきゃ誰を合格させるのさ?」

「お前には関係ないんだ。口を挟むな」

 ノトス騎士団副団長デシテリアには二人の掛け合いはお馴染みの光景ではあり、アットホームな雰囲気がノトスと通じると感じていた。

「先程仰っていた受験生ですね。うちにも有望な人材が入学してくるようですが、イルヴィアさんの時のようにドラフト前に入団させないでくださいよ」

 四騎士団が運営する騎士学校は2年制で卒業前に成績上位5名が選抜会議に呼ばれる。各騎士団は士官候補生として指名し入団交渉を行える。

 通常、生徒は希望する騎士団管轄の学校を受験するのだが合格できずに別の騎士学校へ入学する場合がある。そこで成績上位に入り、お目当ての騎士団に見初められれば入団することができる。希望の騎士団に選ばれるとは限らないので拒否権はある。拒否した場合は学校を運営している騎士団へ入団することになる。

 生徒の希望をできるだけ叶える機会を設けることと、別環境の血を入れることで戦力の均衡や風通しをよくする狙いがあるためだった。

「こいつは特殊すぎて取り合いになるのは分かりきっていたから選ばせただけだ。他の奴らも自分で選ばせて良いと思うがな」

「そうだよ。だからあの子が卒業するまでに……いや、入学式までに制度変更よろしくね」

「はは……簡単に言いますね、イルヴィアさん」

「こいつはいつもそうだ」

 支度を終えノトス騎士団の面々が一礼をして順番に会議室を出て行った。見送りは不要だと、最後に副団長のデシテリアが声をかける。

「それでは演習の件、よろしくお願い致します。……そうだ、騎士学校どうしで合同授業も面白いかもしれませんね。あと交換留学とか」

「デシくん、シエルちゃんは絶対に渡さないよ。あの子はあたしがもらうんだ」

「バカなこと言ってんじゃねーよ」

 フラムがイルヴィアの頭を小突くとそれを合図にしたかのように別れの挨拶を行いノトス騎士団は学校をあとにした。


「で、本当にどうだったの? あたしと同じようなものを感じちゃったんだけど」

 フラムは黙って後片付けをしている団員を見守っていた。

 イルヴィアもそれ以上は何も言わずに黙っていた。

「あとは頼んだぞ」

 そういうとフラムは歩き出す。階下の職員室ではなく屋上へ向かっていた。

 屋上に着くとタバコを取り出し一本吸い始めた。

「タバコ、中々やめないね」

「良いだろ、俺の勝手だ」

 屋上から受験で使われていた舞台があった場所を眺めている。

 舞台はすでに撤去されていて、夕日の反射でその痕跡は見えない。

「あいつは……色々と異質だ」

 思っていた評価と少しズレのある言葉にイルヴィアは理解ができなかった。

「言葉にできない異様さを感じる。力やセンスだけじゃない、妙に場慣れした感じや纏っているものが……気持ち悪い」

「……あんな可愛い女の子に気持ち悪いはないわ」

「そういうこと言ってるんじゃねえよ」

 ケラケラと笑っているイルヴィアがいつも以上に上機嫌であることにイラつきを覚え2本目のタバコに火をつけた。

「恐らくだがスキルではなく……お前と同じ部類のものを使っている」

 一番聞きたかったことはそれだと言わんばかりに目を輝かせ、すぐさま自分の世界に入ってしまった。こうなるとイルヴィアは誰かと会話するように独り言を話し始める。

――こいつも気持ち悪いと言えば気持ち悪いのだがな。あの受験生もこいつと同じ……いや、それ以上の問題児だろうな。また面倒ごとが増えるのか……くそっ!

「うん、直接会って話した方が早いね。また来るよフラムさん」

 そう言って風魔法で飛び出して行ってしまった。

「遊んでないで仕事しろよ」

 あっという間に見えなくなった後姿に妬みを含んだ言葉を吐き捨てたあと、問題児同士の邂逅を想像しゾッとした。

「今度はどこに飛ばされんだ、俺は……」

 ため息と共に3本目のタバコに火をつけた。



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