共和国探訪 side S 1-7
場所は変わってスラム化した住宅街から少し離れた小高い丘に佇む小さな教会、そこにソルフィリアは連れて来られる。
「教会を目の敵にしている割に、教会そのものを拠点にしているのですか?」
素朴な疑問だったが昨夜は宿が取れなかった事を思い出す。
「この街へ来るのを手伝ってくれた方々が使っているのです。宿が取れなかった事を心配してここを貸してくれたのです」
「教会の関係者が手引きを?」
助けてもらっておいて教会関係者を襲うとはどういう事だとソルフィリアは冷たい視線をガウルに送る。
「ちっ、なんだよ? 文句あんのか⁉︎」
「色々誤解させて申し訳ないのです。全部ガウルが悪いのです」
「なんで俺の所為なんだよ!」
「勝手にどこかへ行って、あまつさえソルフィリアさんに襲いかかるなんて言語道断なのです! ソルフィリアさんがお強い方だったから良かったものの、そうでなければ貴方死刑なのです!」
一理あると思うがそこまで厳罰を課そうとするこの少女と狐獣人の関係性が少し気になってくる。
「フィリアと呼んでください。お二人はどうしてこの街へ?」
「申し遅れましたポポンはポポンといいます。南の獣人国アフティアから参りました」
「アフティア……」
かなり前にルクソリアから聞いた覚えはあるが詳しくは知らない。
共和国の侵略で一部の獣人たちと海を超えて王国へ逃れてきたと聞いていた。
陸地の国境線の全てが共和国に接していて海に囲まれている。陸路も海路も封鎖されていて国際的には孤立し他国との国交がないから情報がないに等しい。
「アフティアとシレゴーは古くから争いが続いていて多くの同胞が奴隷として捕まり、この地で眠っています。10年ほど前の大規模侵攻で国土の3分の1を明け渡す代わりに停戦に合意できました」
ちょうど旧ベルブラント侵攻の頃で共和国は王国、帝国以外にも獣国とも戦争をしていた事になる。
「なので今ではポポンたちも共和国に自由に出入りできるようになったのです。そしてこのラウェストは数年前から奴隷制度を禁止して獣人に自由な暮らしをもたらしてくれたのです」
ひどく悲しそうな暗い顔から希望に満ちた明るい笑顔まで随分と感情が表にでて分かりやすい。
——とても素直で正直な方なのですね
ポポンの誠実な態度に自分も同じように接しようとソルフィリアは思う。
「ですが悪い事をした獣人を捕まえて他の種族とは別に重い刑罰を与えているという噂を耳にしたのです。しかも捕まった獣人は行方不明に……。その事実を確かめることが一つ。もう一つは、両国の間で再び戦火が上がりそうなのです。そうならないようにラウェスト市長様の力をお借りしたくて来たのです」
捕まった獣人が行方不明になる話はリンから聞いた。同胞を助けるために訪れたのは分かるが、どうやら停戦していた獣国と共和国と間にまた争いが生じようとしているらしい。それを防ぐために相手国にある都市の一首長に力を借りてというのは些か無茶が過ぎる。
しかし行方不明者の件を材料に交渉の矢面に立たせようとしているのなら中々の策士だ。
「戦争にならないように口添えいただくこともですが、この街にアフティアの外交拠点を作り、他種族に迷惑をかけないように見張る役割と国交の拠点にしたいのです」
——なるほど、国内にすぐ交渉できる場を作っておく事で対応が早くなる。そこに住んでいる人も何かあれば頼ることができて一石二鳥、ですがこれは自ら人質となりにいくようなもの。それでも最悪の状況だけは回避したい、と……
子供が考えたにしては筋が通っている。しかし誰かに命じられているのであれば、獣国は非道の集まりか余程の危機に瀕していると考えられる。
果たして狐獣人も承知のうえで帯同しているのだろうかと顔を向けると目が合った。
「お察しの通り市長には門前払いで会うこともままならねえ。言っとくけどなあ、俺は反対したんだ。でも同胞を助ける事には賛成したから着いてきた。コイツは昔から言い出すと他人の話を聞かないし。族王にバレたら……いや、もうバレてるだろうな、まったく……」
「失敗してもガウルの所為ではないのです。これはポポンの責任なのです。だからもしもの時は……ポポンの耳と尻尾を差し出して何とか収めて欲しいのです」
「待ってください、この計画は貴女が自分で考えて?」
「はい、そうなのです。これはポポンがやるべきお勤めなのです」
この少女はいったい何者でどんな使命を背負っているのだろう。
何となく騎士学校へ来た時の自分と重ねてみるが、背負っているものの重さの違いに言葉を失う。
「今だ、かかれー‼︎」
突如鳴り響いた掛け声に応じて天井や物陰から武器を手にした十数人が襲いかかってくる。
ポポンの悲鳴にガウルは身を挺して守りに入るが狙われているのは明らかにソルフィリアひとりだった。
「魔力が小さすぎて気がつきませんでした。グーテスならこの様なこともないのでしょうけど」
襲いかかってきた暴漢たちは獣人だけでなくニンゲン族もいる。
あらゆる角度からの攻撃は氷の壁が遮り寄せ付けない。逆に冷気で壁の近くにいる者の手足を凍りつかせていく。
「は、離れろ! なんでもいいから投げつけろ!」
石や棒切れを投げつけてくるがソルフィリアとポポンたちを囲む氷の壁がそれを阻んでいる。
ソルフィリアは杖を掲げて水の球体を浮かび上がらせる。
「知っていますか? 水は切ることも押しつぶすこともできるのですよ」
球体からはいくつもの水流が生き物のように生えてきて暴漢たちを吹き飛ばしたり手にしていた鉄の棒を切断したりと縦横無尽に駆け巡る。
「原理が違う気がするが……、その辺で勘弁してやってくれねえか?」
ガウルは少々呆れ顔で人が吹き飛ばされる様を見ている。
全ての暴漢が横たわっているのをソルフィリアも確認してようやく壁を解除した。
「本当にすみませんでした!」
綺麗に並んで土下座をする十数人の若い男女は獣人族だけではなくニンゲン族も含まれていた。
「急に襲いかかってきてどういうおつもりで?」
圧倒的な人数差にもかかわらず一瞬でのされてしまい意気消沈を通り越して恐怖すら覚えて泣いている者もいる。
話にならないとポポンとガウルに何か身に覚えはないか尋ねるとガウルが進みでる。
「コイツらはここら辺で活動している“走り屋”だよ。俺たちもコイツらのお陰でここに来られた」
街は入る前に“走り屋”という存在のことはバドから聞いていてもっと悪そうな人相をイメージしていたが至って普通の若者たちにしか見えない。
「お前らも勘違いした口だろう。良かったな、下手したら街の外まで流されていたかもしれねえぞ」
「頑張ればこの街の5分の1ぐらいは押し流せますよ。それはさておき、私を襲う理由を教えてください」
ソルフィリアにとっては少しだけ脅したつもりだったが走り屋たちは完全に心が折れた様子で、笑っていたガウルも流石に引いていた。
「旅のせいでしょうか、いつもより気が大きくなった気がします。これは反省しないと」
「いえ、ガウルの所為で構いませんよ」
「それは違うだろ」
理由を聞くと案の定ソルフィリアを教会関係者だと思い込み、この教会へ入るところを見てポポンたちが連れて行かれると勘違いしたらしい。
「相手は女ひとりだし、捕まえて行方不明になった奴らの居場所を吐かせてやろうかと……思いました、すみません……」
「ポポン姐さんたちもラウェストに来たばかりであいつらがどんな汚い手で仲間を逮捕しているのか知らないと思って、つい……。ごめんなさい」
加害者の独りよがりな言い訳にしか聞こえないとソルフィリアは溜め息を吐くが、一応ポポンたちを助けよとしたことだけは理解した。
「事情はわかりましたが、もう少し考えて行動しては?」
「た、確かに暴力に訴えたのは悪かったけど、本当に些細なことで捕まえて戻って来られない奴らが大勢いるんだよ。協会の奴らは未だに獣人を除け者にしようとしているんだ、きっと行方不明にも関係があるに違いない!」
「……確たる証拠もないのに人を襲っていたのですか?」
ソルフィリアの語気が強まるとまた身を縮めて下を向いてしまう。
——これは面倒なことに巻き込まれてしまった気がしますね
「教会の尻尾を掴むチャンスだと思ったんだろう。その辺で許してやれよ」
「そうですね、それは貴方も一緒にということで? 貴方からはまだ謝罪の言葉は聞けていませんけど」
「ガウル! ごめんなさいするのです!」
「ガウルさん、謝ってください」
「そうよ、早く謝って」
「何で俺だけ……。分かったよ、……急に襲い掛かって、す、すまなかった……」
謝罪相手がもし本当に教会関係者で悪企みをしていたらどうするのだろうとソルフィリアは心配になってくる。
「はあ……、獣人族はお人よしというか何といいますか……。私も今の仲間とは最初敵対する陣営に身を置いていましたが、こうして一緒に居ることは何かの縁ということなのでしょうね」
ソルフィリアの立っていた位置がちょうど女神像を背にしていたためか、走り屋たちからは神々しいものを見るような眼差しを向けられた。
「教会のことについては私も調査するつもりでしたから協力しませんか? 私はソルフィリア・ナフリーゲン、ゼピュロス騎士団プロトルードの騎士です」
ポポンとガウルは驚いた表情を見せるが、走り屋たちは歓喜に沸く。
「マジかよ……、そんな偶然あるのか?」
「ゼピュロスの、騎士様……。これは転機の訪れなのです……」
ポポンはガウルに抱きついて喜んでいるし、意気消沈していた走り屋たちも踊りだす事態にソルフィリアは困惑していた。
——ポポンさんを見習い、身分を明かして名乗っただけなのに……。これはどういうことでしょう




