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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第2章 国割り 共和国潜入
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共和国探訪 side S 1-6

 一足早く外出したソルフィリアは街の景色に驚く。

 背の高い建物が立ち並ぶ姿は遠くからも見ているが、その高さと数の多さに真下から見上げて思わずため感嘆の声が漏れる。

 幅の広い道の両端に人が歩くスペースがあり道路の中央には線が引かれて区切られている。分かたれた道路は鉄の箱に車輪が付いた乗り物が往来するためだった。

「すごい……、どういう仕組みで動かしているのでしょう。微かに魔力を感じるのでマナを使った動力。この広い道路もあれを走らせるために整備を……」

 道具に関する技術は共和国の方が何枚も上手だと実感する。空を飛んでくる兵器を作って実用しているのだから当然といえば当然だろう。

 日常生活を豊かにする道具はソルフィリアも作ったことがあるがテコの力を借りて実現させた。それ以降、何かを作ったためしはないから悔しくもあり、羨ましくも感じる。

 本当はもっと色々と見て回りたいが今回の目的はそれではない。後ろ髪をひかれながら先へ進む。

 中心街を通って住宅街へ入るとまず始めに白壁のきれいな一軒家が並ぶ区画が目に入る。その奥にはレンガ造りの建物が丘の斜面に沿って乱雑に並んでいる。高さもまばらで迷宮のようだ。

 一軒家の区画は広々と開放的だがレンガ造りの集合住宅が集まる区画はなんだか窮屈に感じる。乗り物が通れる道がなく歩道だけになったからだろうか、そんなことを考えながらソルフィリアは歩き続けた。


——つけられていますね

 中心街を出たあたりから気付いていた。

——早速狙われるとは。まだ何もしていないのに、それほど教会に恨みを持つ人がいるのか、或いは……

 歩く速さに緩急をつけながら迷路のような細い路地を進む。相手からは姿が見えなくなる瞬間があっても後を着いてきている。足音も何も聞こえないからかなりの手練れではないかと予測する。

 試しに魔力を極限まで抑え込んで気配を立つと慌てて近づいてくる。

——良かった……、匂いを辿られていたとしたら…………。さて、そろそろ良いでしょうか

 前触れなく走り出して角を曲がる。当然追手も距離を保ったまま追いかけてくる。

 追手は角を曲がって魔力の痕跡を辿ろうとしたがソルフィリアの姿を見失い慌てて周囲を見回している。

「私に何が御用ですか?」

 追手の背中を杖の先で軽く触れる。ソルフィリアは低い声で凄んでみたかったが気恥ずかしさが勝りいつも通りの声色しか出なかった。

 気を取り直して追手の後ろ姿を確認すると長い耳をピンと立ててこちらを向いている。相手は細身で背は高くふかふかの尻尾は垂れ下がったままだ。

「あなたは昨日、ホテルのロビーで揉めていた肩……ですよね? 確か名前は、ガウルさん」

「ほう、あのやり取りだけで俺の名前まで覚えているとは。途中からマナのコントロールをするから只者ではないと思っていたが……貴様、何者だ?」

 こちらを振り返らずに言葉だけではこの狐獣人がどんな顔をしているのか分からない。

「私はソルフィリア・ナフリーゲン、もし貴方が私を教会関係者だと思っているのなら違いますよ。ここへは人探しに来ただけですから」

「人探し? こんなスラムにか? ここは教会関係者が多く住んでいたんだ。ここで人探しをするなら、教会の人間しかいないだろうが!」

 身を翻して振り下ろされた腕からは風の刃が放たれる。ソルフィリアはそれを知っていたかのようにかわして距離を取る。

「馬鹿な、躱しただと⁉︎ 知っていないと躱せるわけが……」

「ええ、その技は知っています」

——あれは何度も訓練で受けたルゥ先輩の……。身体が勝手に反応するぐらい一緒に……

「まぐれだ! 知っていたとしても躱せるはずがねえ‼︎」

 連続で繰り出される風の刃をソルフィリアは下がりながら避けて、躱しきれないものは氷の壁で防ぐ。

「その通り、“本物”はこんなに簡単ではありません。貴方のそれは、威力も早さもまだまだですね」

「……⁉︎ お前は何を知っている!」

 ソルフィリアは一切反撃せずダンスでも踊るように狭い路地を行き来する。

 ガウルは身軽に壁を蹴って飛び上がり上空や背後に回って攻撃を繰り出すが壁や地面に傷をつけることしかできない。

 次第に息が上がって動きが鈍くなっていく。ソルフィリアが距離を取るとガウルは足を止めてしまう。

「もう終わりですか?」

「うるせぇ……、こうなったら……」

  ガウルの魔力が急圧縮して解放されていくのを感じるとソルフィリアは杖を構える。

「もう容赦はしねぇ……幻装【幻影ミラージュ】」

 ガウルは分身して左右から飛びかかってくる。ソルフィリアは驚いたが冷静に両方のガウルを視界に収めるべく敢えて前に出ると翻って背後を取る。

「甘いぜ」

 声よりも先に殺気を感じたが、もう一度身体を捻る余裕はない。

「もらった!」

 三人目のガウルが腕を振り下ろす。左右に展開した二人のガウルも風の刃で追い討ちをかけてくるからソルフィリアは回避不可能な状態に陥る。

「【氷壁】」

 ガウルたちの目の前には氷の壁が現れて攻撃を防がれてしまう。

 氷は割れるどころか傷の一つもついておらず、まるで鏡のようにガウルの姿を映し出していた。

「何っ……何処に行った⁉︎」

 氷の鏡に視界を遮られてガウルはソルフィリアの姿を見失ってしまう。

「ここですよ」

 声のする方へ三人同時に視線を移すとソルフィリアが片腕をまっすぐに伸ばしていた。

「ゆっくりと最小限で……」


 狭い路地に突如として洪水が起きる。

 1メートル以上の高さで水が押し寄せてきてあっという間に何もかもを流していってしまう。

 二人のガウルは流される寸前に消えてしまうが残ったもう一人のガウル、つまり本体は飛び上がって左右の壁を交互に蹴りながら上昇して鉄砲水を避けるとソルフィリアの後ろに回り込む。

「とんでもない事をしでかす……。やっぱり教会の連中はどうかしている」

「これでも最小限の被害に抑えているつもりなのですが。それよりも話し合いをする気はありませんか?」

「話し合い? お前らなんかと話すことはない!」

「……そうですか、残念です」

 ガウルは四人に分身して再び攻撃の姿勢を取る。

「幻想【歪曲シア】 これでまともに立っていられないだろう」

 ソルフィリアは目の前が歪んで見え上下左右の区別がつかなくなると目を瞑って感覚を研ぎ澄ます。

「観念しろ!」

——音は正常ですね。それに……



 小柄な狸獣人のポポンは息を切らせながら迷路のような入り組んだ道をひた走る。

 体力がなく一定の距離を走っては止まって休んでと繰り返す。

「はあはあ、普段から……、走って、いないと、……ダメ、なのです。心臓が爆発しそう……、でも今は、急がないと……」

 歩く速度と変わらない足取りだったが、それでも気持ちだけは急がないといけない事情がある。

「ガウルったら勝手に出ていって、無関係の人だったらどうするつもりなのです。ポポンたちは争いに来たわけではないのです」

 お説教をするのだと息巻きたいところだったが、走り続けて息は上がり震える足に力を込めるのが精一杯だった。

「これは……ガウルの幻装の気配。近くにいるのです」

 苦しいのを我慢して足を動かす。

「心なしか気温が下がってきています? 足元に冷気が漂っているような……。いえ、今は早くガウルを止めなくては」

 ポポンはガウルが近くにいる事を察知して体力を振り絞って走る。

「あの角を曲がった向こうに居るのです」

 ポポンとガウルはある事情から互いの居場所をある程度感知できる。結びつきは強いのだが本人たちの感知能力が高くないため精度が低い。それでもポポンはガウルがそこに居ることを確信していて勢いよく飛び出す。

「ガウル、やめてくださいなのです! って……、きゃああああああっ‼︎」

 ポポンの目に飛び込んできたのは氷でできた立方体の中で溺れるガウルの姿だった。

 側にはソルフィリアがそれを見ていて、ポポンの悲鳴を聞いて氷の拷問を解く。

「あら、貴女は昨日の」

「何故溺れていたのですか、ガウル⁉︎ 」

「ゴホ、ゴホ……、閉じ込めただけでなく中を水で満たして溺れさせるなんて……、この人でなしが!」

「ちゃんと息ができるようにしておきましたよ」

「馬鹿野郎! 微妙に足が届かない高さにしやがって、鬼かっ⁈」

「それで話し合いに応じる気にはなりましか?」

「あんな事されて応じるわけがないだろう! ポポン、封印を解け! 解除だっ!」

 圧倒して見せたのにまだやるのかとうんざりとしてきたソルフィリアは交渉相手を変えようとポポンの方を見る。

 冷静に話をするのならこちらだろう。出会う順番が違っていればこんなにも労力を割く必要もなかったのにとも思う。

 膝をついたまま喚く狐を心配していた狸は立ち上がると渾身の力を込めた拳を狐の頭に振り下ろす。

「痛っ! 何しやがる⁉︎」

「ガウルのバカなのです! 何故あなたはそんなにも喧嘩早いのですか。この方は昨日ポポンたちを庇ってくれた方なのです」

 全く迫力のない叱責だったが狐は黙って聞いている。

「申し訳ございません! 連れが大変ご無礼を。怪我はありませんかなのです」

 身体を直角に折り曲げて謝罪する狸獣人の少女にソルフィリアはようやく落ち着いて話ができると安心する。

「頭を上げてください、私も少々やり過ぎたと思っていますから。私はソルフィリア、宜しければ少しお話ししませんか?」

「ポポン、そんな奴の言葉に耳を貸すな。また俺たちを騙すに決まっている」

「そんな事はないのです。それにポポンたちは話し合いで解決するためにここまで来たのです。門前払いが続きましたがこれはチャンスなのです」

 この獣人たちも何か事情があってこの街に来たのであろう。地元民でない方が情報の少ないソルフィリアにとって変な気を回さずに済む。

「あのう……」

 まずは身分を明かして教会関係者ではない事を伝えようとした矢先、ガウルはポポンを無理矢理担いで立ち上がる。

「一旦退くぞ。幻装【亡霊レイス】」

 二人の姿はソルフィリアの目の前で忽然と姿を消す。

——先ほどから妙なスキルを使う。それにゲンソウ、とは一体

 ソルフィリアは慌てる事なく通路に向けて杖をかざす。凍結の魔法が通路を白く染め上げていくと狐が叫び声と同時に姿を現す。

「何故だ、何故わかった⁉︎」

 足元を凍らされて立ち尽くすガウルはポポンを降ろして先に逃げろというが彼女の方は逃げるつもりは無さそうだった。ただ滑って転ばないようにバランスを取ろうと必死だった。

「姿を偽ろうと、消えようと、音で判別できました。次からは気をつけた方が良いですね」

 ガウルの足元以外の凍結を解除してソルフィリアが近づくと狐は流石に観念した様子で耳も尻尾も垂れていた。

「少しお話ししませんか?」

 二人にとってソルフィリアの笑顔は違った印象を残すことになった。


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