共和国潜入Ⅳ
翌朝になると早く森を出た方が良いと判断して素早く支度を済ませる。
理由は前日に群れで襲って来た猿人型の魔獣が再び群れをなして襲って来ているからだった。その数はこれまでのおよそ倍にのぼる。
「このまま君の結界で押し切るか?」
「それは可能ですが森の外に連れ出してしまうとこの先問題になるかと。森を抜けた先の状況ってどうなっていますか?」
「詳細はわからない、が正直なところだ。流石に街がすぐ側にあるとは思えないが」
レオは剣を携えて囮になると言い出す。
「ダメです、もっと数が増える可能性もあります。それにレオさんを追って森を出できたら大変なことになります。制圧するにもここから増える可能性もある。だったら……」
グーテスは足元に正方形の魔力の板を作り出す。大きさは5人が乗っても十分な広さがある。
「皆さん乗ってください!」
全員が板の上にあがると手をついて姿勢を低くするようにグーテスが指示する。4人は言われるままに手をついて身を屈める。
「中央に集まってください。アンテミウスさん……、後の制御をお願いします!」
「はっ? 一体何を――」
答えなど聞く暇もなく地面がぐらぐらと揺れると岩石の柱が足元から魔力板を突き上げて5人を乗せたまま空高く飛び上がる。
「制御とは、このことか⁉︎」
アンテミウスは滑空していく魔力板を風魔法でバランスをとる。少しでもバランスを崩すとアウローラとディアナの悲鳴が聞こえるから夢中で操作する。
森の端が見えると荒野が広がっている。眼下の森に追手の気配はなく無事に森を抜けられたとアンテミウスは安堵する。だが落ち着きを取り戻したことで冷静に今の状況が非常に悪いことにも気がついてしまう。
「なあ、グーテス君……、これはどうやって降りれば良いのだ?」
口を真一文字に結び焦点があっていない目を見て何も考えていなかったのかと頭を抱える。
「馬鹿者! どうするのだ、このままでは落下死するぞ! 我々はともかくアウローラ様が!」
「あ、そうだ!」
思いついた瞬間にグーテスは立ち上がり、進行方向に向かって魔力の板を階段状に5段作る。高速で飛ぶ板と同じスピードでついてきている。
「さあ、こちらへ」
階段へ上がったところで同じだろうと思い誰もそちらへ移動しようしない。それ以前にアウローラとディアナは恐怖で立ち上がることさえできないでいる。
空飛ぶ魔法の板は徐々に降下を始めている。
「アウローラ、失礼しますね!」
グーテスはアウローラを両手で抱きあげる。所謂お姫様抱っこの状態だ。アウローラは恐怖とグーテスの意外な行動にわけがわからなくなっている。
「さあ、一斉に移動しますよ。せーの!」
レオも覚悟を決めてディアナを抱き上げてグーテスに続く。
「くっ!」
アンテミウスもレオと同じタイミングで飛び移ると空飛ぶ板は地上へと向かっていき途中で霧散する。
グーテスたちはというと空中で静止した魔法の板の上、はるか上空から共和国の大地を眺めていた。
「ふう、何とかなりました。さあ、階段を下りにしますからここからは歩いて降りましょう。……アウローラ? 顔が真っ赤ですが大丈夫ですか?」
両手で顔を隠して声にならない声をあげている。レオにおろしてもらったディアナは疲れ切った顔でグーテスに冷ややかな視線を送る。
「予想外にとんでもないことするな、この人たらし……」
レオとアンテミウスも安堵の表情を浮かべているがかなり焦りがあった。
「慣性はどこに行った? いや、そうではなく本気で死を覚悟したぞ……」
「それでこの高さから降りるのかい?」
混乱するアンテミウスを心配しつつディアナが落ちないよう支えているレオが確認する。半透明の足場から見える地上は遠く、落ちたとしても考える時間は十分ありそうだ、などと思ってしまう。
相当な高さにも関わらず風が一向に吹かないのもグーテスのおかげなのだろうと気がつき妙に安心してしまっていた。
「少し先に街のような影が見えるのでそちらへ向かいましょう。アウローラ、もう少しだけ我慢してくださいね」
アウローラを抱えたまま先行して駆け降りていく。レオもディアナをもう一度抱えて後を追う。
「ちっ、何故こんな事に……」
アンテミウスが駆け出すと元いた足場は消えていく。たかが魔法で作った板に手足のように全神経を通わせているように感じる。全員の動きに合わせて操作できるのはその所為でもあるのだが。
「グーテス、少し聞きたいのだが」
アンテミウスに声をかけられて立ち止まろうとしたが時間もないのでこのまま歩きながら話す。
「どうやって離れた結界を操作している? 特に今の、空中に浮かせた状態で任意の操作を行い続けることはかなり難しいと思うのだが」
「ああ、テコさんに毎日訓練するよう言われていますから。認識できる空間の何処にでも壁を作って攻撃から身を守ること、空中を漂うマナから状態を感じ取って形状変化や出したり消したりもできるように、と」
「なるほど、そんな訓練を……」
呟きながらアンテミウスはグーテスの後頭部めがけて杖を振り下ろす。だが杖はグーテスに届くことなく魔法障壁に止められてしまう。
「魔力の微かな動きで不意打ちにも対応できる……か」
「え、まあ……そんな感じです」
実際のところは天の声トムテのお陰であり内心はかなり焦っていた。
——あっぷねえ……、驚きすぎて心臓が爆発したかと思った
アウローラからの視線を感じて2度驚いたが、彼女の不思議そうな表情の意味が分からずに愛想笑いを返すだけで精一杯だった。
場所は変わって帝国の皇城内で調査隊を見送ったアレックスとユリウスが雑談を楽しんでいた。
「ねえ陛下、一つ聞いてもいいかな?」
「どうしてこんな編成にしたのか、だろ?」
「そう、ぼくが組んだのはアウローラ様にシエル・パラディスとグーテス・ウェッターを付けること、あとは誰がいても一緒だよ。あの二人、特にシエル・パラディスには魔王がいる。絶対的安全が保証される」
いつになく不満そうなユリウスを見てアレックスは笑い出す。
「お前が“絶対”などという不確定な言葉を使うとは、余程あの魔王を買っているのだな」
「今のままでは倒すのは不可能だね。同盟組んでおいて心底良かったと思うよ。アレを倒そうとする奴は馬鹿か同等の力を持つ……そうだね、神に近しい存在ぐらいじゃないかな」
「神、か……。たしかに軍略で制するには大きすぎる相手だな。規格外といえる。だがそれは駒がそろっていないからだろう? 俺はあのグーテスという凡人に興味がある。セレナからは彼の成長は努力の賜物だと聞く。レオもアンテミウスも天才と呼べる器だがもう一段、殻を破ってもらわなければならない。故に今回の旅はいい経験になるだろう。それにレオの希望でもあるし俺も過保護でないところを見せておかないとな」
ユリウスは益々不機嫌になってカタカタと床を鳴らす。
「それならぼくが一緒でも良かったじゃないか!」
「お前にはお前の役割がある。アウローラが残して行った共和国関連の資料、これをお前なりの解釈でまとめてみてくれ」
部屋の一角には山積みにされた本が見える。アウローラの読書量は凄まじいなと感心しつつ本を手に取ってみる。
「歴史書に地理、これは文学? 数学書と天文学……、これ全部が関連書だって? こんなバラバラでいったい何を調べ……」
何かに気がつき本を確認するユリウスは驚きよりも恐怖で顔が引き攣っていく。
「何か分かったところで糸口があるか分からんが、調べる価値はあるだろう?」
ユリウスは廊下に出ると手の空いている者を呼び寄せて本を自分の執務室へ運ぶよう指示する。
「確かにどうなるものでも無いかもしれないけど、任せてよ」
意気揚々と部屋を出るユリウスを見送りアレックスは窓の外に目を向ける。




