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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第1章 騎士学校編 入学試験
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試験後のあれこれ

 試験後フラムは着替えを取りに戻るから先に会議室へ行くよう伝え、イルヴィアはそれに従い校舎内を歩いていた。

 3階にある会議室への階段を登りながら、あまり学校には来ていなかったのに懐かしさはあるものだと感慨に耽る。


 階段を登り切ったところで会議室の前に5人の男がいた。いずれも騎士団の制服を身に纏っていたがゼピュロス騎士団のものではなかった。

 赤い鳳の紋章。実りの秋を運ぶとされる伝説の鳥がモチーフになっており、くちばしに咥えた枝の先にはこの世界で一番輝いて見えるといわれる星の実が付いていた。

 ノトス騎士団。王国の南にある田畑を多く含む領地の守護を司る騎士団だ。

 領主だけではなく住民にも慕われていて、イルヴィアから見ても他の騎士団とは少し毛色が違うと感じる。

 単純に騎士団らしさがないのだ。

 まず管轄範囲が隣国に接していない。海に面しているから海路からの侵攻はあるかもしれないが、過去に侵攻の記録はない。

 沖に大型の海洋魔獣が多く棲息していることもあるが単純に潮の流れが早く海戦向きではないと云われている。

 侵略への警戒や要請があれば西や東へ派兵ができる体制は常に整えている。だが待機するばかりでは能がないと農作業などの手伝いも行なっている。訓練にもなるからと隊ごとにローテーションを組んで手伝うのだが、繰り返していくうちに段々と仕事を覚えてくる。他騎士団からは副業で農家をしているようにも見えるためノトス農業団などと揶揄する騎士もいる。

 だが当のノトス騎士団は全く意に介さない。平和を維持し、そこに住む人々の笑顔を守られていることに誇りを持っている。それに隣国が敵ばかりで貿易もままならないテネブリス王国にとって南側からの農作物はありがたいはずだ。

 戦闘以外で国に貢献している実感があるが故に何を言われようとも誇り高くいられるのだった。

 イルヴィアもノトス騎士団には好感を持っていて、ゼピュロスから声がかからなければノトス騎士団に入ろうと考えていたぐらいだ。

 そんな騎士団員たちがわざわざゼピュロスの騎士学校に赴いていた。

「ああ……そういえば、合同演習の打ち合わせがどうのとか言ってたかな」



 イルヴィアは余程の人物ではない限り人の顔と名前を覚えないから毎回知らない人と会う感覚になる。ただ騎士団の人員は何となく前に会ったかなという気にはさせてくれる。

 初めましてと挨拶して以前会ったと言われると申し訳ない気はするが、覚えられないものは仕方ないから許してくれとも思う。

 今日も知らない奴ばかりかと思ったが、そうではなかった。

「お久しぶりです、ヴィエント副団長」

 声をかけてきたのは5人で一番背の低い小柄な男だった。小柄といっても他の4人と比べての話だ。女性でもやや背の高い方のイルヴィアと並んでも同じぐらいだ。

「久しぶりだね、デシテリア・ヌビラム副団長」

「今日は時間通りに来ていただけましたね」

「前はごめんね。実は今日もさっきまで忘れてたんだ」

「勘弁してくださいよ。また団長のお小言を聞かされてしまいます」

 イルヴィアが名前を覚えているのは高い能力を持っているからではあるが、それは彼の戦闘能力ではなかった。


 イルヴィアが入団したての頃、西の国境付近で小競り合いが数度あった。

 いずれの戦闘においても比類なき強さを見せつけ撃退に大きく貢献した。以降、西からの侵攻は止み強力な抑止力として名を轟かせた。

 それからノトスとの合同演習が実施され、そこで初めて二人は出会った。

 デシテリアの戦闘能力は並以下でしかない。だが指揮能力だけはずば抜けた才を持ち、騎士団からは参謀としての将来性も見込まれていた。

 そして演習で彼に課せられたのはイルヴィアを要するゼピュロス騎士団をどう倒すかだった。

 彼は遊撃隊として自由に動き回る彼女をあえて放置し、別動隊を率いて烈火の如く敵陣へと雪崩れ込み勝利した。全く相手にされなかったイルヴィアは攻めることを途中でやめ、援護に戻った時は乱戦状態に持ち込まれ敵も味方も入り乱れた状態だった。

 演習終了後の振り返り時にデシテリアと顔を合わせ、こう言われた。

「他国にも『風神ゼフィール』の二つ名は轟いています。今は抑止になっているかもしれませんが対策は練ってくるはずです。たった一人に対して大軍で揺動をかけたり、特殊な魔法やスキルで必ず動きを封じてくる。そうなった時に彼女がどうするべきか、隊や師団がどう動くべきかを伝えたかったのです」

「考えたこともなかった。……君、すごいね」

「いや、今日の僕の課題でしたから……」

「あたしが、その大軍を一人で撃破できた時……、君はそのあとどうする?」

「……」

 とんでもない想定だが、彼女であればできるのではないかと周りにいた者は思ってしまう。だが演習では過信をつかれて敗北している。戦略的に見直しが必要かと意見がまとまりかけた時にデシテリアは口を開いた。

「もし、お一人で3個師団を殲滅されたら……」

 若き参謀候補の声に皆が耳を傾ける。

「さっさと撤退ですね」

 どのような策で挽回するのかと皆期待したが、拍子抜けする答えに力が抜けるものが多く居た。

「じゃあ、それぐらい……。ううん、それ以上ができるぐらいには強くなっておくよ。あと、君の名前を教えてもらえるかな?」

 それからは両騎士団の演習は定期的に行われ、イルヴィア、デシテリア両名も積極参加し交流も今に至る。


「忘れていたのにどうして此処に? ……ていうのも変ですけど」

「久しぶりに授業を見てみようかなって思って来たけど、今日は入学試験で休みだったんだ」

「もう……試験の日で生徒が居ないから今日にしたのに。学校の方が少しでも近くて良いだろって提案してくださったのはあなたでしょ?」

「そうだっけ?」

 屈託なく笑うイルヴィアにつられて側でやり取りを聞いていた騎士たちも吹き出してしまう。

「フラムさんは少し遅れるから中で待っていようか」

 そういうと会議室にドアを開けノトス騎士団の面々を招き入れた。

「フラム様はどうかなされたのですか?」

「いやそれがね、受験生とガチで戦ってたんだ」

 会議室にはすでに数名のゼピュロス騎士団員が入っており、来客の姿を見て軽い挨拶の後、彼らのためにお茶を用意し始めた。

 出されたお茶を口にしながら話の続きが始まる。

「経緯は分からないけど受験生と対戦形式の試験を行うことになって……」

 戦闘の仔細を説明するが細かすぎて全員が全て理解できたとはいえなかった。

「と、取り敢えず……ヴィエント副団長が上機嫌で良かったです。それに有望な候補生が入ってきて羨ましい限りです」

「何言ってるの、君のところの妹さんでしょ?」

 デシテリアは何を言われているのか理解できずに表情が固まってしまったが、すぐに何かの勘違いだろうと否定した。

「え、だって……シエルって娘……違うの? 金髪の長い髪で瞳がすごく綺麗な碧で……まるで空みたいだった」

「僕に妹はいませんよ。兄が一人だけです」

 イルヴィアも目を丸くして驚いている。

「あ……そうなの? あれ勘違いかな? ごめんね、変なこと言っちゃって」

「いえ、気にしないでください。その受験生がそう名乗ったのですか?」

「ううん、違うよ」

「え? じゃあなんで名前を?」

「聞いてた話と違うんだけど……? まあいいや、後でフラムさんに聞いてみよ」

 勝手に自己完結してしまったイルヴィアの方へ顔を近づけ小声で話す。

「一応、ヌビラム家は公爵で現宰相でもあるのですから注意してください。ヌビラムの名前を騙るようなことがあれば……」

「わかってるって。あたしの勘違いだよ。シエルって呼ばれてたのは確かに聞いたからね、そっちは間違いないけど」

「もう、ほんと気をつけてくださいね。あらぬ疑いが掛かれば、その候補生にも迷惑がかかりますよ」

「まだ試験が終わったばかりで候補生もないでしょ?」

 気が早いと言わんばかりに笑い出した。

「すぐに誤魔化す……」

 イルヴィアにとって一つ年上の若き副団長は心許せる数少ない友人であった。

 西と南の騎士団が友好的なのもこの二人のおかげでもある。

「今日は泊まり?」

「僕は近くで泊まって、明日王都の実家へ帰るつもりです。その足で今日の演習計画を提出してこようと思いまして」

 それぞれが話に花を咲かせていたところにフラムが入室しぴたりと話が止まってしまった。

「……? 遅くなり申し訳ありません」



 翌日、デシテリアは実家に戻り久しぶりに家族の顔を見て食事をしていた。

「お帰りなさいデシテリア。元気にしていたかしら?」

「はい、母上。母上もお元気そうで何よりです」

「副団長昇進、改めておめでとう」

「久しぶりだな、デシテリア。やはり騎士団にはお前はもったいない。俺の補佐として中央に来ないか?」

 デシテリアは宰相カエラム・ヌビラムの次男で、父と同じ政治家を目指す優秀な兄の助けになれないか考えていた。しかし、父が懇意にしている騎士団長が東西南北に4つの騎士団を設立。様々な特色を持つ騎士団に憧れを抱き、母親の反対を押し切って騎士の道を選び取った。

 父も兄も忙しくなかなか会えないが、数ヶ月に一度ぐらいは家族揃って食事をすることが決まりになっていた。

 15年前の起きた家族それぞれが傷ついた事件から家族の時間を大切にしようと話し合って決めたことが今も続いている。

 離れて暮らすデシテリアの近況報告が多くなるが、家族は優しく聞いてくれている。母親は一人でいることが多く寂しさを募らせているが、この日ばかりは喜びを爆発させる。

 いつも父親と長男は聞き役に回るのみであるがこの日は少し様子が違った。

「昨日ゼピュロス騎士団へ演習の打ち合わせに行っていたんだけど、向こうの副団長が試験で面白い受験生を見つけたらしいんだ」

「あの風神ゼフィールか?」

「そうだよ、兄さん。それでその受験生が僕の妹じゃないのかって言い出したんだ」

「……妹?」

「うん、もちろん妹なんて居ないって言ったら勘違いだと言っていたけれどね。何をどう間違えたのか、シエル・ヌビラムってうちの家名をいうからびっくりしたよ」

 デシテリアは話に夢中になり家族全員の表情を捉えきれていなかったが、彼以外の3人は食事の手が止まり顔が強張っていた。

「どうもフルネームでは聞いていなかったみたいで良かったけど、本当に焦ったよ」

 両親は黙ったまま俯いていたが、兄が口を開いた。

「その受験生、本名は聞いたのか?」

「いや。ヴィエント副団長は戦闘以外は抜けているから。でもシエルって言ってたかな。それは間違いなさそうだった。金髪、碧眼の女の子らしいからどこかの貴族かもしれないけど」

「金髪……碧眼」

 家族の様子がおかしいことにようやく気がついたデシテリアは恐る恐る兄に尋ねる。

「……兄上……僕、何かまずいことを言いましたか?」

 次男の声を聞いて母親が慌てて笑顔で何でもないと取り繕うとするが、兄が穏やかな表情で弟へ向き直り口を開く。

「昔、住んでいた屋敷が襲われた事件を覚えているか?」

「……確か、僕が3つぐらいの時だよね。正直あまり覚えていない」

 それを聞いた兄はそうかという表情で少し間をとり続きを話始めた。

「あの時に犠牲になった人がいてな……。一人は幼い子供で金髪碧眼だったんだ。父上と母上はあの時のことを今も心を痛めておられる。お前にもショックが大きいと思って黙っていたんだ。許せ」

「そんなことが……。父上、母上! 申し訳ございません」

「いいのよ謝らなくて! 覚えていないのも無理はないのだから」

「私たちの方こそすまない」

 シエルが死亡したことが屋敷内に伝わると兄のトリニアスは笑って「良かった」と呟いたことを両親は知っている。それほどまでに腹違いの妹の存在は疎ましく、憎んでいたのだと知った。幼い我が子にそこまでの感情を抱かせたことに責任を感じ両親は多くの時間を二人の息子のために使った。

 だからこそ穏やかに説明する姿に未だ消えない後悔と息子の成長を素直に喜んだ。

「それにしても風神ゼフィールに認められた候補生とは、騎士団は人材が豊富で羨ましいですね、父上」

「……そうだな」

「ふふ、兄上も候補生と……」

 まだ受験したばかりだと言われたことを思い出し、笑いを噛み殺そうとすると甲高い変な声が漏れた。

「なあにその変な笑いは?」

 母親も釣られて笑い始めた。

「僕もまだ受験したばかりなのに気が早いって笑われたんです。兄上も同じように言われたことが可笑しくて」

 トリニアスもそれもそうだと笑いだし、いつもの穏やかな食卓風景に戻って行った。


 ひとときの家族団欒が終わり自室に戻ったトリニアスは影に潜む密偵に命令を与えた。

「ゼピュロス騎士学校を受験したシエルという少女をさぐれ。家柄と出生記録もだ」

 無言で頷き密偵はまた影を通って姿を隠した。

「シエルだと? もし生きているのであれば、この俺が……」

 15年前の忌まわしい思い出が脳裏に甦り、同時にあの時に抱いていた感情も炎を灯すようにゆらめき始めた。


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