共和国潜入Ⅲ
今日はもう森を抜けられる見込みがなくなり失神してしまったアウローラの介抱もあってグーテスが簡易の小屋を建てて休むことになった。日は暮れていなくとも森の中は背の高い木々で薄暗くいつまた魔獣が襲いに来るかわからない。
「周辺の探知も兼ねて僕が先に見張りしますね」
グーテスが見張りを買って出てくれたおかげでレオはアウローラの側についてあげている。ディアナはというと魔獣たちの凄惨な光景を思い出して気分が悪くなり一緒に寝込んでしまっていた。
「申し訳ありません、レオ様……。私、グロはちょっと……」
「気にしなくて良いよ、君もゆっくり休んで。旅は始まったばかりだからね」
外ではグーテスが火に枯枝をくべながらマナ操作の訓練を行なっている。魔力を球体に可視化して手や腕など身体の至るところに転がしている。
「上手いものだな」
アンテミウスが近づいて来ていたのは知っていたが声をかけられるとは思っておらず驚いて鼓動が早くなる。
「火を借りるぞ。食事の用意をしたい」
焚き火の前で変わった形の鞄に手を入れて何かを探し始める。中から出てきたのは鍋と包丁などの調理器具、そして瑞々しく新鮮そうな野菜や調理済みの肉などの食材だった。
「収納用の魔道具……」
「ああ、騎士団にもあるだろう。そんなに珍しいか?」
「あ、いえ……、珍しい形だなと思って」
見た目の何倍もの量を収納できる魔道具はそれ自体が珍しく種類は多くない。一般的には麻袋のような簡素なただの袋なのだが、アンテミウスが持っているのは袋というよりも鞄だった。しかも背負えるようになっている。
「ある行商人と話をする機会があって持ち運びしやすい種類はないのかと相談したことがあった。従来のもので食べ物が腐りにくいものは便利だが運びづらく、いざという時には置いて行かねばならない。だから背負えるタイプがあれば両手も塞がらず良い、と話したらひと月もかからずに用意してくれてな、感激のあまり全て買わせてもらった」
なんだか似たような話を聞いた覚えがあったがグーテスは何も言わずにいた。それよりも昼間の剣呑とした物言いは影を潜めて穏やかな口調でいる。珍しい物を見せびらかして得意になっているというよりも道具にまつわる思い出を懐かしむように微笑んでいる横顔に妙な親近感が湧いてくる。
「あ、あのう……、昼間はすみませんでした」
突然の謝罪にアンテミウスは驚いていたが首を横に振る。
「謝らなければならないのは私の方だ。酷い態度をとってしまいすまなかった」
頭を下げるアンテミウスにグーテスは取り乱して何を言っているのかわからない。顔を上げたアンテミウスはその姿を馬鹿にするでもなく笑っている。
「本当におかしな奴だ、どこにあんな力が隠れているのか。王国の騎士は貴族の次男三男が多いと聞く。何の不自由もなく暮らしてきた奴に私たちが負けるはずない、そう思っていた」
話ながら食事の用意をテキパキとこなすアンテミウスをグーテスはエリートなのだと思う。
「かつてはこの国も地位と家名による差別が蔓延っていた。それらは実力以上に力を持っていて私も何とか見返してやろうと努力を重ねてきた。ようやく誰もが努力次第で認められる世になったというのに君やセレナ嬢の存在は私の自信を揺るがせた」
「僕たちが?」
「ああ、恵まれた環境で努力した者は更に上を目指せるのだと、思い知った」
「え、いや、僕は……」
「知っているさ、だから嫉妬した。私と同じ平民で何故ここまで差があるのかと。私はレオと勝負して勝った事がない。だから君が勝ったことが悔しかった。苛立ちを抑えられないなんて、何十年も生きているクセに子供じみた真似を……、私は馬鹿だな」
お互いに淡々と手を動かしているが沈黙は続く。
「自分の非をなかなか認められない人も居るのに……。僕が憧れる英雄たちは力の強さだけではなく心の強さも兼ね備えた人たちばかりなので、その……アンテミウスさんもその英雄たちに負けていないと思います!」
自分では分からないぐらい暗い顔をしていたのかと申し訳ない気持ちと、そんな自分への励ましに嬉しさも込み上げてくる。同時に気恥ずかしさも湧いて来て照れ隠しで顔を背けてしまう。
グーテスのことを良いヤツだなと思うと無意識に『ありがとう』と呟いていた。その声はグーテスには聞こえていないかもしれない。
「さあ、この話はここ迄にして食事にしよう。アウローラさまたちの様子を見に行ってくれないか」
——話をしながら料理も同時進行させていたのか……
妙なところに感心してしまったが、少しだけ距離は縮まった気がした。
結局アウローラが目を覚ましたのは深夜だった。
「深夜に摂取するカロリーはなぜこんなにも美味しいんでしょう。アウローラ様もそう思いますよね?」
「あはは、それちょっとわかります」
無言のアウローラに代わってグーテスが同意する。
「それにしてもアンテミウスとは仲良くなれたみたいだね」
「最年長の私が子供じみたことを続けるわけにはいかないからな」
アンテミウスはバツが悪いのか誰とも目を合わさずに話す。
「最年長って、おいくつなんですか?」
年上だろうと思っているが20代前半ぐらいの見た目だ。レオやユリウスも同じぐらいでゼノンだけが年が離れているように思える。若くして皇帝の側近を務める彼らをグーテスは密かに尊敬している。
年齢の話題はアウローラたち3人の表情を変えてしまう。何か不味いことを聞いてしまったのかとグーテスは焦るがアンテミウスは何もないように答える。
「私はエルフ族の末裔なのだ。随分代を重ねて血は薄まっているがね。このパーティの最年長、というよりは皇帝陛下の4騎士の中で最年長という意味だ」
何をいっているのか分からずグーテスはアウローラたちの表情を確認するが、含み笑いで余計に意味がわからなくなる。
「私はゼノンと同い年だよ。正確には半年上だが」
呆然とするグーテスに耐えきれずにディアナが爆笑する。
「いや、今まで見てきた中で一番良い反応! 理解が追いつかないですよね!」
ディアナの言うとおりなのだがそれさえも理解できていない。グーテスの中で彼とゼノンが幼少期から一緒に育っていく姿を想像して今にたどり着くがやっぱり理解できなかった。
「嘘でしょ⁉︎」
「本当の話さ。ゼノンはゼノンで子供の時から左程変わっていないがね」
内輪ネタとしてはどうやら鉄板の話のようでレオも声を出して笑っている。
「男装していた頃のレオの前でこの話は御法度だったのだが久しぶりに話せたな」
普段はクールな男装の麗人が泣き笑いしている姿を見てグーテスは考える。
——やっぱり対話してその人を知ることで解決する事があるはず。啀み合わず、傷つけあわずに和睦する糸口を見つけなきゃ
今回の調査はただの護衛ではなくグーテスも目的を持って参加している。
平和主義の彼は戦わずに済む方法を模索している。
——世界が戦乱に巻き込まれる前に……
商才はなくとも世界が進む方向は何となくわかる。何せ尊敬する兄も同意見だったのだから。
『各国の経済的な欲求が分かれ利害も複雑になっていく。いずれ世界は戦乱へ進むだろう』




