meeting Ⅵ
共和国の襲撃から3日が経ちベルブラントは落ち着きを取り戻しつつある。とはいえ、住むところを失った人は大勢いて犠牲になった人も多い。それでも生き残った人々は力を合わせて元の暮らしに戻ろうと懸命だった。
トルネオも各地を奔走し被害に応じて支援を割り振る。緊急時に不足する物資はムンダインの領主ディガー・アンシュタインが素早く応じてくれて目処がたった。
三日三晩働き続けたあと倒れて目が覚めるとネーネの顔があった。
「あ、えっ、目が覚めた、のね……、あはははは」
「ここは……? 俺はどのくらい寝ていた⁉︎」
「まだ昼前だから十時間も寝てないわよ。もう少し休んでいて良いから」
「そういう訳にもいかんだろ、俺が……」
「俺が、俺が、俺が、俺がって! 何でもかんでも自分でやろうとしないで。あんたが居なくても大体のことはなんとかなるの! それより休む時は休んで、あんたにしか出来ないことをやるんだよ」
両肩を押されてベッドに寝かせられるとしばらくの間見覚えのない天井を見つめる。
「それで此処はどこなのだ?」
「グーテス君が建ててくれた避難所よ。この部屋は管理者の休憩室」
「グーテスが……そうか」
「そうよ、だから安心して休んでなさい」
「いや、腹が減って眠れそうにないのだが」
少し元気を取り戻した姿をみてネーネも安堵の表情を浮かべる。
「わたしもお腹空いちゃった、何か作ってくるから一緒に食べよ」
程なくしてネーネがスープを作って戻ってくると一緒にシドが部屋に入ってくる。目があって一瞬ほっとした顔を見せたがすぐにいつもの無表情に変わる。
トルネオはトルネオで自分を庇ったシドが生きている事の奇跡に感謝するがやはり顔には出さない。
「シド君も食べるか聞いたんだけど……」
シドは難民街にいる時から少ない食糧を弟妹に優先して食べない事が多かった為か食が細く、作業に没頭すると食事を取らないこともある。今も非常時に遠慮しているのか気が張っているのか食事が喉を通らないと断る。
「馬鹿、こんな時だからこそ無理にでも食っておけ。弟たちがお前の真似をしだしたらどうするんだ。特にソージやアーラはお前の影響を受けやすい」
「じゃあこれ先に食べてて。わたしの分は持ってくるから」
ネーネは自分の分をシドに渡して調理場へ戻っていく。トルネオは空腹に抗えず食べ始めている。それを見てシドは仕方なくスープに口をつける。
「美味しい……」
「お前のことだからしばらく何も食べていなかったのだろう。俺も周りが見えていなくてこのザマだ。アーラが心配していたぞ、あまり無茶なところは見せてやるな」
「ネーネさんも心配してましたよ」
思わぬカウンターをくらってしまい気まずい雰囲気でお互いに黙ってしまう。
半分ほど食べ終えたところでシドが話を切り出してきた。
「トルネオさん……、実は……」
「共和国へ行きたいのだろ?」
何故わかったのかと驚きの表情を見せるシドにトルネオは初めて年相応な一面を見た気がした。
「会議で言い出したかったのだろうが迷いがあった、違うか?」
シドは見透かされて驚きはしたが次にどう説明すべきかを考えている。
商人のトルネオは即断即決を信条としていて行動に移すのも早い。機を逃せば売れる物も売れなくなる。少しでも儲けを得ようとするならば当然だと思っていて他人にもそれを求めがちだった。
だがそれも子供たちと接しているうちに変わった。
自分自身はそれでも良いが他人はそうはいかない、分かっていても苛立つことも多く途中で話を終えることも少なくない。しかしそれでは良好な人間関係は構築できず、これもまた機を逃す事になるのだと知ったのだ。
特に思慮深いシドについては考えを自分の言葉にする迄は気長に待つようにしている。
「理由は二つ……、一つ目は今の共和国がどうなっているのかを確認したい。二つ目は、……あいつらの、本当の家族が生きているなら、会わせてやりたいから、です」
トルネオにとっては意外な理由だった。故に疑問も湧いてくるが、質問をする前にシドが答えを示す。
「俺たちは全員血の繋がりがなく、戦災や迫害されて此処にやって来ました。その……信じてもらえないかもしれませんが、俺は……」
緊張で身体が強張っているのがわかる。
「俺たちは旧ベルブラントに辿り着くところから何度もやり直しをしています。もう何度目かも分からないけど、みんな街に着いて死にそうな目にあって……、実際に何回かは、誰かが死ぬこともありました。集まったとしても必ずみんな死んでしまってやり直し、やり直し……。俺だけが全部覚えていて危険から逃れるように動いてもあの日から先には進めなかった」
トルネオは話を聞きながら食事の手は止めていない。きっと信じていないだろうと思いながらもシドは最後まで話を続ける。
「俺とミィは少し、……かなり他とは違っていると思います。俺はまた同じ事にならないか不安で、今回の件もまた一からやり直しになるのかと悔しかった。せっかく乗り越えて此処まで来たのに」
先日のベルブラント襲撃はこれまでのやり直しにはなかった事なのだろうとトルネオは考える。何とか乗り切ったが今後も不安は尽きずその元凶は共和国にあるとシドは考えている、そう思うと幾つかの疑問が湧く。
「教えてくれ。まずやり直しになるのはいつも同じ時期だったのか?」
「ほぼ同じです。3年前の大雨が降ったあと難民街で戦闘が起こって巻き込まれることがほとんどで、あとは自然災害の発生や病死や餓死……いつも俺が最後に……」
「3年前……、俺がお前たちを引き取った頃……、いやグーテスに相談を持ちかけられた頃か」
シドはある事に気がついて驚いた。トルネオは自分の話を信じてくれていると。
「なるほど、お前がいつも不安そうに弟妹を気にしていたのはその所為もあったのか。或いは見た事がない未来への戸惑いか?」
口の端が少し上がっているのを見て馬鹿にされたような気分だが、事実そうなのだから反論できない。
「俺の勝手な推測なのだが、お前が経験して来た未来と今は大きく違っていて今日まで生存できた未来は初めて、そういう事で良いのだな」
シドが首を縦に振る。
「信じてもらえて嬉しいです。今回のミィは時々全部知っているんじゃないかと思えるような事をいう時があって。またループするのかと思ったら今回は大丈夫だからと」
「原理はわからないし確証もないがお前のいう事は信じよう。それで、共和国に何があるというのだ?」
「ロージアさんの事を聞いて俺も何かの実験に使われているんじゃないかと。これ迄のループにテコさんとシエルさんはいなかった。あの人たちが鍵になると俺は思っています。だからテコさんに着いて行けば何かわかるかもしれない。それと……みんなの本当の家族も生きているかも知れない、と……」
「探し出してどうするつもりだ? 本当の親と暮らした方が幸せになるのか?」
「それは……、自分たちで決めるのが良いと思っています。養ってもらっておいて、悪いとは思っていますけど……」
「お前は本当にあいつらの事を大事にしているのだな」
「……俺には、家族がいませんから」
白髪に赤い眼の少年は希少な種族なのではと思った事はあるが、本当にそうであればシドが言う『何かの実験』対象にされていたのかも知れない。
「少なくともあいつらには家族がいるはずなので、テコさんが見境なく蹂躙する前に見つけてあげられたら、って」
確かにあの魔王は物騒な事を言っていたがトルネオは間に受けておらず、やはりシドにも子供らしい素直さがあるのだと再認識する。
「魔王様は本気だったからな」
突然現れたサタンに少し驚いたがもっと驚いたのは開いた扉から二つの小さな悲鳴が聞こえた事だった。
「アーラ⁉︎」
声の主にシドが気づいて振り返るとネーネと一緒にアーラの姿があった。
「心配しなくても大丈夫、彼はシドに憑いた七司のひとりサタンです」
ルシファーの説明にアーラとネーネは落ち着きを取り戻す。
「ごめん、いきなり現れて驚いただけだから。あと……立ち聞きするつもりもなかったんだけどね。ドア開けたまま出て行っちゃったから」
苦笑いしながら弁明するネーネにトルネオが特大のため息を聞かせる。
「シド……」
アーラは不安そうにシドに声をかける。
「黙っていてごめん。信じてもらえないかもしれないし、みんなを不安にさせたくなかった。また失う前に解決しないと……」
シドはトルネオに向き直り共和国へ行きたいと懇願する。
「お願いです、俺を今回の調査に同行させてく——」
「わ、わたしも一緒に行く!」
シドの声をかき消してアーラの声が部屋に響き渡る。
「あ、あの……、ごめんなさい……、わたし、シドひとりに背負わせて、そんなの、そんな……」
泣き出してしまったアーラにどうすれば良いのか分からずシドは立ったまま動けなくなる。ネーネが代わりに慰めているとトルネオは残ったスープを一気に掻き込んで飲み干す。
「全く、どいつもこいつも……」
トルネオはベッドから立ち上がるとため息まじりに呟く。
「ちょっと! まだ寝てないと」
「こんな話を聞いておちおち寝ていられるか。シド、あと三日で再建計画のスケジュールを組んで手配を進めろ。それを食べてからでいい、商会の組合員にいつもの時間に集まるよう知らせておけ」
「は、はい。分かりました」
トルネオはいつもの早い足取りで出て行ってしまう。
ファウオーが示した一週間が過ぎ、共和国への潜入調査のメンバーが告示される。




