meeting Ⅳ
王国の魔王討伐計画は水面下で進み始める。
そんな事は気にせず黒竜は王城の周りを飛んでいる。
王都の人々もはじめは怖がっていたが襲ってこないと分かると次第に慣れてくる。見上げるといつもの黒い影が空高く飛んでいる程度の感想しかない。
「ここはまた変な土地だなぁ。お城の周りしかマナが巡っていない。しかも意図的に流れを操作しているような……? まあいいか、好きなだけ食べて良いって魔王様も言ってたし。たくさん人が出て行ったら連絡するだけの簡単なお仕事。捕まった時はどうなるかと思ったけど楽な仕事に就けて良かったぁ」
黒竜のクロは王都の上空を旋回して疲れたら塔の天辺で休む。食べて寝ての堕落した生活はエクシムたちにとっては十分な牽制と時間の浪費につながっていた。
イルヴィアを連れて帰って来たテコは王国に対する牽制について話をする。
「という訳でしばらくは動けないだろう。ただ黙っている様にも思えないしクロは間抜けているから突破される可能性は十分にある。でもこれでしばらくは王国を抑えられる。それで、共和国の方はどうするんだ?」
険悪な空気が流れていて誰も口を開かない。しかも切り出し方を考えているのか単に気まずいのか他所を向いて誰も目を合わさないでいる。
「いや、何か言えよ。なぁ、何があったんだ?」
まとめ役のファウオーに視線を送ると自分が話をするつもりだったのか頷いていつもの咳払いをする。
「私から話そう。まずアルドーレとヘルマが騎士団を辞めてでも共和国へ行くと言い出した。次にプロトルードと帝国も共和国の調査がしたいと手を挙げて、ベルブラントの復興と守備はどうするのかで揉めている。それから……ノアリー・ノア、彼女の処遇についてだ」
ノアの方を見ると怯えていてシエルが手を繋いで安心させている。
「順番に話そう。まずはアルドーレとヘルマ、君たちはロージアの件で共和国へ行きたいのだな? 不死の体になり寝返った彼女をどうするつもりなのだ?」
ファウオーの問いかけに少し冷静になったアルドーレがヘルマを制止して口を開く。
「あいつは死にたがっている。カウコー団長が死んだことも知っていて、裏切ることで俺たちが殺しにくるのを待っている。何故あいつがこんな方法を取ったのか、もう一度会って話がしたい」
かつての仲間が引き起こした惨禍に無用な責任を感じているのか鎮痛な面持ちだ。しかしその目は決意が感じられる。
「共和国には昔からの因縁もあるしな、ここらへんで決着つけときたいんや。ベルブラントを放ったらかしにするんは悪いとは思ってる。頼む、俺らを行かせてくれ」
普段のヘルマなら勝手に姿を消していただろう。頭を下げる理由は任務を放棄する事とアルドーレと同じく仲間の犯した罪の責任をとるためだろう。
それを理解したうえでセレナは自分の主張を述べる。
「ロジさんの事は未だに信じられないからはっきりさせたい気持ちは分かる。だからってあたしたちにベルブラントを守れっていうのは違うでしょ?」
「どう考えても適任やろ? お前らなら復興と防衛、両方やれるから頼んでんねや」
ヘルマからの提案は自分たちの後任をプロトルードに任せたいというものだが、セレナは納得していない。
「俺たちも共和国の調査を行う。あの国は表と裏があって謎が多いからな、相手を知る機会を伺っていたところだ。こちらはアンテミウスとレオを派遣する予定だ」
アレックスが割って入るとセレナとヘルマが同時に画面を睨む。
「そう睨むな。我らは我らで動くだけのこと、それに彼が王国を抑えてくれたのであればこの機を逃すのは勿体無いだろう? セレナよ、お前も彼の提案が現実的である事は分かっているのだろう? お前も行きたいのであればレオたちに同行する事は可能だぞ。一応だが留学名目でも滞在許可を出しているからな」
図星を指されて何も言えなくなる。
「グーテスやフィリアも共和国に行きたいのか?」
テコの問いかけにふたりは顔を見合わせて困った顔をする。
「僕も行ったみたい気持ちはあります。ですが先にベルブラントの人を助けないと」
「私も同じです。壊れた建物や傷ついた人たちを見て一刻も早く手を差し伸べないと。正直この会議の時間も私は……」
最後まで言わなかったが苛立ちや焦りは伝わる。
「じゃあノアの話は?」
「彼女については君がいないと力が抑えられないという話だったと思うのだが」
ファウオーの問いにテコはまだ確証はないがそうだと答える。するとファウオーは少し思案した後にノアに質問を投げかける。
「君は彼が離れていた時間、能力を使ってこの場の全員を操る事もできたはずだが、何故そうしなかったのだ?」
「ぼくは……もう誰かを傷つけたくない。死んで転生してまた誰かに利用されるなら封印してほしい。あの黒竜が封印されていたのならできるでしょ? お願い、ぼくを……永遠に眠らせて!」
切実に願う横顔にシエルは胸を締めつけられる思いでノアの腕に抱きついて顔を埋めている。その姿にテコは少し寂しさを覚える。
「シエルは何でそいつの方を持つ? ルゥはそいつの所為で……」
「それでも! ずっと苦しんでいたのなら助けてあげたい。きっとルゥ先輩もそう思って言葉を残したはず」
シエルがここまで庇う事にセレナも冷静になって疑問を感じ始めていた。それはイルヴィアも同じだったが質問はノアに向けられる。
「ねぇ、君が直接ルゥをやったのかい?」
「大怪我を負わせたのはぼくの所為だけど、どこかに逃げて行った。あの人の魔石は騎士団の団長って呼ばれていた人が持って来たの。冷たい目をした、影みたいに暗闇を纏った人……」
「カイだ」
イルヴィアだけでなくアルドーレとヘルマも殺気立つ。カイはカウコー暗殺の犯人である事が分かっている。そのうえでルゥもとなるとカイへの怒りは増す。
「分かった、この子はシエルに任せて良さそうだ。それで良いだろ?」
イルヴィアはファウオーに確認すると『そのつもりだ』と答える。
「ルゥの死に関与しているとはいえ利用されている事実もある。傭兵団が取り返しに来ないところを見ると見限られた可能性が高い。彼女の危険性は奴らが一番知っているはず。だからこそ彼女の生存は隠しておきたい」
生存という言葉にシエルは希望をみる。
「ゼピュロス騎士団長として方針を伝える。アウステル団長、私にお任せいただけますか?」
「ああ、構わんさ。俺はお前さんの考えを支持する」
アフリは子供の成長を見るように満面の笑みをファウオーに送る。
「イルヴィアは引き続きノトスで南東部の守護を頼む。プロトルードとアルドーレ、ヘルマはベルブラントの再建支援を一週間行い災禍に見舞われた人々の暮らしを安定させよ」
「はあ? 俺らの話聞いてたかぁ⁉︎」
ヘルマが噛み付くがファウオーは構わずに話を続ける。
「それができたなら共和国への潜入を許可する。その際ノアリー・ノアはシエル、君が一緒に連れて行くんだ」
意外な決断に一同はざわめき、ファウオーの隣にいたフラムが一番動揺していた。
「条件はある。有事の際はテコ、君が全員をここに連れ戻して欲しい。頼む」
この時にファウオーが何を考えての指示かはわからなかったが、テコもファウオーの判断力はカウコーに引けを取らないと思っている。だから信じてみる事にした。
「ああ、任せておけ。共和国は俺が叩き潰す!」
「いや、そうじゃない」
一瞬にして空気が緩んだ。




