meeting Ⅲ
一方、南から王都へ向けて一直線にイルヴィアは飛んでいた。途中撤退する王国兵の一団をいくつも目にする。上空からひと撫ですれば壊滅できるだろうが今はその時間も惜しい。
何せこちらは人質を取られているのだから。
エクシム王子とボレアース騎士団のクーデターにより王都と南西騎士団の管轄区域は分かたれてしまう。突然のことで王都に家族を残したままの団員は少なくない。どうやって接触してきたのか今は分からないが、家族を人質に取られた団員は脅されてノトス騎士団副団長のデシテリアを暗殺しようとした。
幸い命に別状はなかったが最前線で王国兵との戦闘中の出来事だったため騎士団内は一時混乱して隙を見せるが、デジテリアの側近アリスとバウトが立て直す。イルヴィアも王国兵の悉くを蹴散らして撤退に追い込んだ。意思を持った暴風雨が広範囲を行き来するだけでなく雹や稲妻の混在する天候が何時間と続き、早々に撤退していた王国兵は遠目にみたこの光景に『この世の終わりかと思った』と述懐する。
イルヴィアはその足で王都へ向かおうとしたがデシテリアに呼び止められ思いとどまる。
「今はまだダメだ……、王都を落としたところで“王国”を守ることはできない!」
「そんな事いってたらまた誰かが傷つくだけじゃない! 獣人を迫害して戦争して、アイツらがする事なんて碌でもない事しかない、だったら新しい王様を倒してやり直せば良い」
「そうすれば、また不満に思う人々が暴力で奪いに来る。エクシム殿下と……兄さんが始めた事は、ここで終わらせなければ、ダメ……」
気を失ったデシテリアが目を覚ますまでイルヴィアは側に居て、彼が再び眠ってしまうと譫言で『兄さん、兄さん』と口にするのを聞く。
苦しいよりも悲しそうに見えて実の弟を暗殺しようとした彼の兄トリニアス・ヌビラムに腹が立ってくる。殺すまでは行かなくても文句の一つも言ってやりたくなり飛び出した。
「ちょっと、イルヴィア副団長! クロリスさん止めて!」
「ああ……、ああなると無理ですね。それにデシテリアさんの看病を頼まれましたから」
「どんな奴かは知らないけど王様と一緒に宰相も追い出したんだ。家族の情を知らない冷たい奴なんだ、きっと。……家族の暖かさを知っているクセに」
思い起こすと腹の立つ事ばかりだった。
急に攻めてきたと思えば数ばかりで歯応えがない。
「ボレアースのセプ何とかも威張ってた割に他と大差なかったし。団長のカイもアスペリオも居ない。カイは、アイツだけは!」
ゼピュロスの前団長カウコーはボレアースのカイに暗殺された。あの時もカイの元へ突撃しようと考えていたが、何故かカウコーに止められた気がしたのだ。
「今回は止められなかった、ルゥだって……行けって事でしょ? じゃあ行くしかないよね!」
超スピードで飛び続けてやっと前方に王都が見える。中央にそびえ立つ“智”と“武”を表す双子塔と王宮の塔が目印だ。
目標がはっきりと見えると更に加速していく。塔の最上階へ飛び込むか、いっそのこと切り落としてやっても良いと考える。どちらにするか迷っている内に街の様子も見られるぐらいに近づく。
外壁の真上に差し掛かろうした時、唯ならない気配を感じて急停止する。突然目の前に巨大な影が現れ危うくぶつかるところだった。
「何これ? もしかして、テコ?」
「ん? おお、イルヴィア! 間に合ったな」
「間に合ったって、アタシを止めに来たの? 無駄だよ、ここまで来たからには君でもアタシを止められない」
腰の剣に手を掛けると静かな殺気を纏わせ本気だと知らせてくる。相手がテコだろうと怯む様子はない。
「止める気はないぜ。どうせ王様の所に行きたいんだろ? 俺も行くから着いてこいよ」
「え、うん」
拍子抜けしたが考えることは似ていると思い少し笑ってしまう。
「そう言えばこの大きいのは何?」
「こいつか? 俺が飼うことにしたドラゴン」
「へぇ、やっぱり君面白いね。ノトスは落ち着くけど、君も一緒にいて退屈しない」
ふたりの会話は機嫌が直ったように聞こえるが心の内は怒りのマグマが煮えたぎっている。
わざと黒竜を低空飛行させて人々の不安を煽り、三つの塔を旋回して何度か突撃するふりをして威嚇する。城内で避難の声が広まりはじめると王宮の壁を破って突撃する。
「ここだ、行け!」
「うわあああっ!」
黒竜が突っ込んだ先は王宮の中心部まで届き広間へ辿り着く。広間には兵士や文官らしき人が大勢いてその中にエクシムとトリニアスの姿も見えた。武器を持たない文官は驚いて逃げ出したり隠れたりしているが兵士たちは黒竜から王と宰相を守るために進み出てくる。
黒竜の背から降りてきたテコとイルヴィアは周りを見渡し同時にエクシムにフォーカスする。
「初めまして、俺はエタルナ……魔王エタルナだ。お前がテネブリスの新しい王様か?」
テコが近づくとエクシムはようやく痛みが引いて見えるようになった左目を押さえて苦悶の表情を浮かべる。
王族は代々魔眼を持って生まれ、その能力は個人で千差万別なのだがエクシムは少し先の世界の未来を見ることができる能力を持っていた。だが、ある日を境に見えていた未来が変化し見えなくなってしまった。
「魔王……。そうか、貴様が!」
突然の魔王と巨大な怪物に兵士たちは引け腰に剣を構えていたがイルヴィアが姿を見せると小さな悲鳴をあげる者も現れる。
「イルヴィア・ヴィエント……、ゼピュロスの【風神】まで何の用だ」
二人と一匹に押し潰されてもおかしくない圧を受けているが一国の王を名乗るだけあってエクシムは姿勢を崩さない。だがそれがテコとイルヴィアの癇に障る。
「何の用だって? 君は実の弟であるデシ君を暗殺しようとしたよね? 団員の家族を人質にしてまで。そこまで堕ちたのならアタシが引導を渡してあげようと思って来たんだ。さあ、人質を解放するかここで斬られるか選ん……で?」
エクシムの隣にいるトリニアスに剣を向けて言い放つと意外にも顔面蒼白で目を見開いていた。明らかな動揺にイルヴィアは首を傾げる。
「デシテリアが、暗殺? しようとしたと、いう事は未遂なんだな? 弟は無事なんだな⁉︎」
「何言ってるの、君が指示したんだよね? ノトスとゼピュロスを攻めて、共和国にベルブラントを襲わせて」
トリニアスと目を合わせた後エクシムも訝しげに聞き返す。
「共和国がベルブラントに侵攻した、だと? 奴ら性懲りも無く。俺は大陸統一を目指しているのだ、奴らの手を借りるなど。それにデシテリア暗殺など許可するわけが無いだろう、敵対していても親友の弟にその様な事はすまい。そもそも貴様ら南西騎士団は臣従しないばかりか前王と前宰相を匿っているではないか」
「クーデターの切っ掛けにカウコー団長を暗殺したのは何処の誰さ! カイはいないの⁉︎ 居るなら出て来なよ!」
イルヴィアが剣を一振りすると囲っていた兵士は壁際まで吹き飛ばされる。今にも暴れ出しそうなイルヴィアを制止するためにテコは前に進み出る。
「正直、俺はお前たちの考えも事情もどうだって良いんだ」
テコはいつの間にかエタルナの姿に変わっている。正確には王宮に突撃してからだ。イルヴィアは怒りで回りがあまり見えておらず意識していないだけだ。
「仲間や、そいつらが大切に思っている人を傷つけるなら容赦はしない。王都ごと灰にしてやってもいい」
広間の壁や調度品が紙でも燃えるかのように灰に変わっていく。
「だけど仲間はそれをするなと言うからやめてやっているんだ。本当はお前だけでも灰にしてやりたい」
エクシムの衣服の一部が灰になり肌が露わになる。
「それよりも良いことを思いついたんだ」
灰になった衣服はテコのエーテル操作で元に戻っている。
「王都をこの黒竜に監視させる。変な真似をしたら……クロ、王宮を焼き払え」
「え、良いんですか? うっかり周りも焼いちゃっても怒りません?」
「お前、加減が下手だしな、自信がないなら俺に知らせろ。そう言うわけで王都のニンゲンは俺も人質にさせてもらう。ゼピュロスやノトスに攻めてくるなら人質ごと王都を消す」
「貴様にそれが——」
「出来るさ」
不敵な笑みと共に即答するから流石のエクシムもそれ以上は言い返せなくなる。
「え、ダメでしょ。罪のない王都の人々まで巻き添えなんて許されない」
意外にも反論して来たのはイルヴィアだった。ここで出てくるなよと恨めしげな視線を送っても彼女に通じるはずもない。
「君はそう言うことするタイプじゃないでしょ?」
「いや、やるさ。シエルやお前たちが居ればそれで構わない。顔も知らない奴らの事なんか俺には関係ない」
「そんな事すればアタシが君を斬るよ」
「やった後なら良いぜ。俺に敵うならな」
睨み合う二人を見つめながらエクシムは唇を噛む。
「悪魔め……イーリオスもそうやって無理矢理に併合したのだろう。良いだろう、しばらくは黙っていてやる」
「交渉成立だ」
「交渉? 脅迫の間違いだろう」
テコとイルヴィアは王宮を後にして王都の上空には黒竜が徘徊するようになる。
「忌々しい魔王め。やはりシーディオの手を借りるしかないのか」
「あの魔王、シエル・パラディスと関係が……。あの女は悪魔の使いなんだ。奴を排除しなければ、あの女こそが滅亡の未来! 黒竜の件と併せて対策はします。しばらくお時間をください、陛下」
トリニアスのシエルに対する感情は幼い頃の逆恨みに他ならない。だが彼女が厄災の種であると確信している。エクシムも魔王と相対して確信を持つこととなり号令を発する。
魔王を討伐する準備を始めろ。これは世界を守るための戦争だ。




