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転生したら天の声に転職させられたんだが  作者: 不弼 楊
第1章 騎士学校編 入学試験
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試験中のあれこれ

 シエルたちが実技試験をおこなっている最中、校舎の屋上から観戦する人影が一つ。

「あちゃー……、今日は試験の日だったかぁ」

 蒼みがかかった長い黒髪をなびかせて女性騎士が屋上の柵の上に立っている。空に吹く風のような翠の瞳は試験が行われている円形の舞台を見つめていた。

「久しぶりに来てみれば……」

 自分の行いに呆れて苦笑いを浮かべながら次の行動を考えている。

 この国では12歳で洗礼を受け、学校で勉学に励むか奉公に出て修行を積む。どちらも17、8歳ぐらいまで行われるため18歳が成人とみなされる。

 彼女は騎士団の制服を纏っているから成人しているように見える。だが見ようによっては、今いる学校の生徒のようにも見える。

 この年頃の少年少女は大人びて見えたり子供ぽさも残っていたりする。そういう意味では彼女も年相応に見えるが、騎士団の制服姿でいることに違和感を覚える者がいてもおかしくはなかった。


 彼女の名はイルヴィア・ヴィエント。ゼピュロス騎士学校在学中に騎士団へ入団し、現在は副団長を務める天才騎士である。

「面白そうな子はいるかなぁ」

 普段から飄々としており奇行も多いことから掴みどころのない変人と評されている。戦闘においても戦略も戦術も意に介さずに単騎で戦場を駆け抜けて一個師団を壊滅させられるほどの力を持つ。

 決して捉えることが出来ない自由な風……『風神ゼフィール』の二つ名をもつゼピュロス騎士団最高戦力の一人である。


「せっかくだし、少し見ていこうかな」

 屋上の柵に腰掛けて実技試験の見物を始めた。 

 ちょうどセレナが2回目の対戦を始めたところだった。

「炎の魔法剣……あの子は結構やるなぁ。相手も悪くはなさそうだけど……あの子の方が頭一つ上かな」

 周りに誰か居るいないに関わらず、思ったことを口に出して呟くのは彼女の癖で誰かと話すような独言も奇行の一つと噂されている。

「あのコは頑張ればフラムさんぐらいの炎使いになりそうだよねぇ」

 思いの外すぐに興味を惹かれる人材に出会い目を輝かせている。

 普段、彼女は人に興味を示さない。騎士団の中でも顔と名前を覚えているものはほとんどいない。覚えられるのは強さや才能を基準とした場合が多い。

 だが自分と同等以上の力を持つ者は騎士団にも数えるほどしか居なかった。期待していなかったが、入団して良かったと思えるほどには満足していた。もしかするとまだ出会っていないだけで世界には自分以上の人間がもっと多く存在しているかもと希望は持てた。

 幼少の頃から文武ともに傑出していたが、子供らしからぬ言動と力で気味悪がられていた。退屈といえば退屈だったが、その力で誰も来られないような場所、——例えば砦の一番高い屋根の上など——、に行くことができる。

 自分だけのお気に入りの場所でのんびり過ごすことが好きだった。

 今もお気に入りの風景のひとつを眺めながら、運命の相手に出会えるかもと少し興奮していた。


 セレナが難なく5人抜きをはたし、次の受験生も辛勝ながらも5人抜きで対戦を終えた。

「次の子は普通だったな」

 舞台の周りにいる人数が少なくまばらであったからそろそろ終わりが近づいている気はしていた。

「これならもう少し早く来ても良かったね」

 試験が終わってももう少しここに居るつもりで、自分の時はつまらない試験だったなぁ、などと思いながら舞台を眺めていた。

 少しの間ぼうとしていたが舞台袖で試験管と受験者が集まり何か揉めている様子に気がついた。

 距離が離れすぎていて何を話しているのか聞こえないし、聞こうとも思わなかった。だが校舎から教官のフラムが出てきたのを見つけて胸が高鳴った。

「何か面白いことになりそうな予感しない?」

 舞台で何が起きているかは分からないがきっとワクワクするような事が起きる気がしていた。そのまま飛んで近くまで行きたくなっていたが様子を見守っている。

 教官のフラムが話の輪に入り、やがて舞台に上がった。

「やっぱり誰かとフラムさんが戦うんだ!」

 思わず立ち上がり叫んでしまった。

 すでに舞台の周りには試験を終えて帰宅しようとしていた受験生が数多くいたが、フラムの戦いが見られると聞きつけ吸い寄せられるように観客が増えていった。

 イルヴィアも屋上から飛び出し観客と化した受験生の群れの中に紛れ込む。

「大丈夫、これならバレないよ」

 風魔法の【隠遁】を使用し大胆にも誰よりも前に出て観戦を決め込む。

「はは、特等席だ。にしても……フラムさん、アタシに気がついてないのかなぁ?」

 姿を隠しているとはいえ自分の気配に誰も気がついてないことに少し傷つく。

 それでも良いものが見られるのだからと思い直したところで対戦相手が誰なのかを見ていないことに気がついた。

「へぇ……女の子なんだ」

 試験でフラムと戦えることに羨ましさを感じつつも、言いようのない期待感を覚えていた。

 何となく彼女を見つめているとふと目が合ってしまった。でもこちらに気がつくはずがないと思い込んでいるので特に驚きもしない。

 しかし一瞬だったがこちらを向いてぎこちない笑顔で会釈をしてきた。

 騎士団の制服姿だったから関係者だと思われたのだろう。それにしてもこちらは姿どころか気配も消しているというのに。

「気がつけるんだ」

 不意を突かれ思わず笑ってしまった。ギリギリ声は出ないように手で口を押さえたがフラムはこちらにチラリと視線を送っていた。

「いやぁ……やっぱりバレたね」

 バレたところで特等席を譲る気はない。

 舞台上では教官フラムと日差しのような金髪と澄み切った空のような瞳をもつ不思議な少女が淡々と準備を進めている。

 イルヴィアが興味を示すほどの強者の対戦が始まった。


 対戦はイルヴィアが思った以上に興奮した。

 片手剣の二刀持ちという珍しいスタイルでありながら教官であり元副団長のフラムと渡り合っている。

 受験生が相手なだけに最初はフラムも手を抜いているのがわかった。だが相手の実力がわかると徐々に本気を出し始めた。

「フラムさんがここまで力を出すだなんてね。あの子の実力もまだまだこんなモノじゃなさそうだ」

 フラムの炎の魔法剣に対抗して氷の剣で応戦する受験生に目を奪われていた。力だけではない細かい技術にも感嘆の息が漏れそうになる。


 驚いたのはそれだけではなかった。

「あの子、マナで強化を……」

 自分以外にもスキルではなくマナ——体内に流れる魔力を操作し身体能力を

 強化している事に驚きと喜びが身体を突き抜けた。

 感動のあまり泣きそうになるのを堪えて彼女の全てに神経を集中させた。

 集中したが故にフラムとの会話を聞いてしまった。

「わたしを生んでくれた母は、わたしを誘拐しようとしたテロで……殺されま

 した」 衝撃的な告白に興奮で浮かれていた頭が一気に冷えた。

「……もしかして……この子じゃないの? 探したいって言ってた子……。間違

 いない、よね?」

 正しく運命だと思った。

 たまたま学校に来ただけなのに、こんな偶然はあり得無いとは思う。

 一瞬だが舞台上の二人から目を逸らした間に決戦の時が始まろうとしていた。

 フラムの強力な一撃が舞台を叩き割る衝撃で我に帰る。

 高位の土魔法で作られた舞台が砕かれ大小の破片が舞い上がり、いくつかが観客の方へ流れて行くのを気付かれないように風で抑え込んだ。

「そうだ、結界はられてるんだった」

 その間にもフラムの猛攻は続き最後の一撃で決着かと思われた矢先、紫電に視界を塞がれ思わず手で顔を隠してしまった。

 まさかの思いで視線を舞台の方へ向けるとフラムの呟きが聞こえた。

「雷属性だと⁉︎」

 その言葉に納得せざるを得なかった。仕掛ける兆候は確かにあったのだ。

 氷の剣を使い始めてから無駄な素振りや小刻みに剣を振るわせることが気になっていた。扱いきれていないのか癖なのかは判断がつかずに考えるのを止めていたが、氷の粒を風で振動させて雷を発生しやすい状況を作っていたのであれば合点がいった。

 それ以外にも驚くべき事実が目の前にあった。

「金属錬成!? エーテル……て、なに? 何でキミも知らないのさ」

 この時点で折られたはずの刀身が元に戻っていることに気がついていたのはイルヴィアだけだった。

「エーテルまで使いこなせるのか、あの子。……凄いじゃないか……あんまりよく分かってないけどさ」

 風の剣で炎の壁を切り裂き、雷の剣でフラムの剣を一閃に伏して受験生の勝利で対戦は終わりを告げた。

 最後の一撃はイルヴィアでさえも目で追うのが精一杯だった。

 あまりの衝撃に試験管数人で張った結界が内側から砕けてしまった。

 キラキラと舞う結界の破片を見ながら思わず声を出していた。

「綺麗……」

 その声は歓声とどよめきでかき消されてしまった。


 すぐにでも彼女と手合わせをしてみたいと【隠遁】を解いて側に行こうとした時、フラムの笑い声が聞こえた。

 ぶっきらぼうで愛想笑い一つできないフラムが笑っていた。

「びっくりしたぁ……。フラムさんて笑えるんだ。しかもあんな冗談までいえるなんて」

 貴重な瞬間を目撃してしまい本当に驚かされる日だと妙な充実感を味わっていたところに舞台を降りたフラムの声がした。

「イルヴィア、すぐに会議室へ来い!」

「あ、やっぱりバレてた?」

「さっさと来い!」

 呼び出されてしまってはフラムの後について行くしかない。

 隠れて試験を観ていた後ろめたさがあったから。

 運命の人がいるから待ってほしいと言いかけて、ふとなぜ会議室に呼ばれたのかを考えた。

「あ、今日はノトスとの合同演習の打ち合わせがあったんだ」

 本人は思いつきで学校へ来たつもりだったが仕事の予定が頭の片隅にあったのだろう。

「完全に忘れてた」

 仕事をサボる事は何とも思わない彼女が意外とあっさり邂逅を諦めた。

 それは必ず入学してくる事と、お互いに引き寄せ合うことに確信があったからだった。

「アタシ達は良いライバルに……いや、唯一無二のパートナーになれると思うんだ。キミもそう思わない? 待っているよ、シエル」

 いずれ出会うであろう盟友に心躍らせながら、気乗りしない仕事場へと向かっていった。


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