暗闇で覆うⅥ
シドたちは目を覚ましたが喜んでばかりはいられない。犠牲になった人の数は不明だが倒壊した家屋や焼け出された人の数は割りを見ればすぐにわかる。
実質的な街の長であるトルネオはじっとしているわけにはいかないのだ。震える足に力を込めて立ち上がるとネーネに皆を連れて避難するよう伝える。
「あんたはどこに行くつもり? 魔物だってどこから来たのか分からないし、一緒に避難した方が……」
「動ける冒険者を集めて騎士団と救助活動を行う。商人にも食料や日用品の支援を持ちかける。父さんが無事なら良いが」
「トルネオさん、冒険者の方は俺に任せてください」
シドが買って出るがトルネオは首を横に振る。
「お前はネーネたちと一緒に行け。ついさっきまで……、身体は万全な状態ではないだろう。ミィたちの側にいてやるんだ。そして休んでいろ」
いつの間にかシドの背後には6人が並んでいる。
「俺たちなら大丈夫です。本当はトルネオさんの方こそ休んでいて欲しい、けど商人たちから支援を募るのは俺ではできないと思う。だから代われることは俺たちに任せてください」
ルシファーたちがエーテル具現化した姿で現れる。元の魔族らしさは残っているが少しニンゲンに近くなった印象に変わっている。それでも存在感が変わらないのはニンゲンにはない美しさ故だろう。
「私たちの魔力で怪我も体力も回復していますからご心配は無用と存じます。加えて彼らの事は我らがお護りいたします」
「もしかすると、ひょっとしてわたしたちが助けられる事があるかも知れないのよ。この子たちの内なる潜在能力は、とても興味深いのよ」
テコがシドと肩を組んでルシファーとレヴィアタンの言葉を補足する。
「こいつらは俺が信頼する優秀な部下だ、安心して任せれば良い。頼んだぞ、七司、これは命令じゃなく、俺の願いだ」
魔王としてではなく個人的な願い——立場に関係なく託された想いに7人の魔人は信を得たと感激して決意を新たにする。テコも想いが通じたと満足そうに笑いかける。
——いやあ、命くれとか思わずパワハラしちゃったからなぁ。天の声になれとか死刑宣告ギリギリだもんな。上手く納得してくれて良かった
「わかった、冒険者の方は任せる。呉々も無理はするなよ」
「はい。ソージとビシーは生き埋めになった人の救助を。アーラはみんなを頼む。ディーレとエファは道すがらで良いから街の人に避難の声をかけてくれ」
「わかった!」
セレナもソージとビシーについて行き救助をすると言い出す。
「僕はソージくんと救助に向かいますから二手に分かれましょう」
「では、私はルクソリアさんたちと合流して怪我をした人たちの救護を」
グーテス、ソルフィリアも目標を定める。
「シエルはどうする?」
「えっと、わたしは……」
少し困ったような表情でテコの方へ視線を送る。皆も釣られて自然とテコに視線が集まった。
「俺は共和国を滅ぼしに行ってくる」
怒りを露わにしていたから予想はついていたが、流石に『国を滅ぼす』宣言は報復の域を超えた怖さを感じる。なにしろこの魔王にできない事はないのだろうと、子供たちを蘇生させたことがそう思わす。
「待ってくれ! 俺も連れて行ってくれ」
声をかけてきたのはヘルマに肩を貸してもらい疲弊し切ったアルドーレだった。
「アルさん? 怪我してるの?」
セレナが驚いて声を上げる。大水に流されようと瓦礫に埋もれようと涼しい顔をしていたアルドーレの苦しそうな表情を初めて見る。ましてやヘルマに肩を借りるなどプライドが許さないと言い出しそうなもの。ヘルマも茶化すことなく肩を貸している事が何よりの証拠だろう。
ソルフィリアが慌てて治癒魔法をかけると一同は何があったのかと尋ねる。治療が効き始めたのを見て先にヘルマが口を開く。
「例の魔導兵器と共和国軍の侵攻、そこまではいつも通りやった。でも奴らは魔物を使役していて攻めてきた数で言えば魔物の方が多いぐらいやな。でも厄介な奴が来よってな……、共和国軍の中に、ロジがおった。あいつ、俺らを裏切りやがった」
「ロージア? やっぱりここに来たのはあいつだったのか?」
オリハの見間違いではなく確かにロージアはここに来ていた。怪我や消耗した体力のせいではなくアルドーレは奥歯を噛み締めて苦しそうにしている。
「誰かが街の中に共和国の奴を引き入れてあっちこっち爆破して回っていた。それでこの有様や。……ほんまにすまん」
顔には出さないがヘルマも悔しさを滲ませている。話が途切れたところでオリハが疑問を口にする。
「あれがロージアで、裏切って共和国についたのであればお前が斬った事に納得はできる。だが斬られたはず……遠目には真二つになった彼女が甦ったのは、あれは何だったのだ?」
アレドーレがロージアを切り伏せた事も驚きだが不可解な蘇りに一同は首を傾げる。
「胸に何かを埋め込まれたらしい。サクリファイス・リヴァイブ……て言ったか……それのせいで何度死んでも生き返る……ってあいつ自身が言っていた。誰かの命を犠牲にしている、とか何とか」
「誰かの命を犠牲に? 何だそれは……俺もそんな呪法知らないぞ。ノアの事といい、世界はどうなっているんだ?」
テコも知らない事は今知りようがなくアルドーレに話の続きを促す。
「テロを起こした奴らを引き入れたのはロージアだ。あいつらと同じ爆弾を持っていた。あいつを追ってここまで来た時に爆発があって……あいつは………。すまねえ、ギルドの子供たちを、巻き込んで…………」
言葉に詰まってしまい涙が溢れる。仲間の裏切りで犠牲にしてしまった事が悔しくて普段感情が表に出ないアルドーレもこの時ばかりは違った。
「ミィたちは大丈夫だから泣かないで、おじちゃん」
「誰がおじちゃんやねん! ……って生きてる⁉︎」
驚きのあまりヘルマと一緒に膝から崩れ落ちて尻餅をつく。
「お前、こいつら死んでへんやんけ! 嘘つくなや! 言って良い事と悪いことがやなあ――」
「いや、でも……だって……」
驚きながら喧嘩するふたりを見てミィは大笑いしている。
「テコちんがね、助けてくれたの。心配してくれてありがとう」
涙を拭ってくれるミィの笑顔に安心したのか少しだけ表情が緩む。同時にまた涙が溢れそうになる。
「それでも、あいつがギルドを……街をこんな風に。絶対に許さねぇし……あいつは団長が死んだことも知っていた。それなのに何でこんな事を……」
「多分やけどな、あいつは死にたがっている。俺らに殺して欲しいんやろ。だからこれは俺らの責任でもある。あいつの為にも、団長の為にも……俺らが行かなあかんと思う。だから俺らも連れて行ってくれ、頼む!」
ヘルマとアルドーレは現団長のファウオーの事は認めているし団長と呼ぶ。だが時折、暗殺されたカウコーを思い出すと彼の事も自然と団長と呼んでしまっていた。
懇願する眼差しは断られてもついて行くという強い意志を感じる。テコが答えあぐねているとソルフィリアが口を挟む。
「その話は保留にして住人の保護を先にしませんか。一刻を争う怪我人もいるかもしれません。それにファウオー団長の意見も聞くべきです」
「確かにそうね。被害状況を把握してからでも遅くはないでしょう。この子の事だってあるのだし」
セレナはノアの方へ視線を向けるがノアと目が合うとすぐに背けてしまう。ノアも悲しそうに俯いてしまう。
しばしの沈黙のあとトルネオが声をかける。
「今日は北西砦の避難場所に泊まることになるだろう。一段落したらそこで落ち合おう。今後の事は俺も相談したい」
シドたちはそれぞれが決めた役割に向けて動きだす。共和国へ向かうかどうかは夜になってから話し合うことに決まった。




