暗闇で覆うⅤ
「魔物退治は専門外だが素材集めに狩りはしてきた。しかし爆発する魔物なんて初めて見た。あれは野生の魔物なのだろうか。そう言えば一瞬だが通りすがりの3馬鹿が手を貸してくれたのは見えたが……」
オリハは記憶を探っているのか見た事に自信が持てないのか珍しく歯切れが悪くなる。
「仲間割れしたのか女の方はあの鬼の奴に真二つに切られていた。だが……何ともないように立ち上がっていた。俺の目がおかしいのか?」
「女、はロージアか? で鬼はアルドーレ」
「それよりも済まない」
「謝らないで。オリハさんはみんなを守ってくれたよ」
オリハの手当を終えたシエルの方が申し訳なさそうにするからそれ以上は何も言えなくなる。泣きじゃくるソージを抱きしめて己の無力を悔いるしかなかった。
悲しみにくれる街を見渡してテコは怒りで禍々しい魔力が溢れ出すのを必死で抑えていた。その側でノアは佇みシエルが治療している人たちを見つめる。
ノアは誰かの死を直接見る機会がなく、ましてや家族を殺された人を見ることもなかった。だからセレナに頬を打たれ激しい憎しみをぶつけられた時に初めて自分の行いが残された人々をいかに傷つけて苦しませているのかを知った。
今回のことは直接関係ないのだが自分よりも年下の少年少女が犠牲になる事に罪悪感を抱いてしまう。自身も利用された犠牲者だとは微塵も思っておらずあくまでも加害者側だと思っている。
間接的に人を殺すことはできても傷を癒すことや、ましてや蘇らせることなどできない。特異な力があっても呪われていては何も役に立たないとやるせない気持ちでこの悲惨な光景を見ることしかできなかった。
「ぼくと同じぐらいの歳の人もいる。あんな小さな子も。ぼくはぼくにしか生まれ変われないから、代わってあげられたら良いのに。ぼくなんかが生きている意味なんて……」
亡くなった人たちと自分を比べて不甲斐なさと生きる価値の無さを痛感して泣きそうになり、【魂よ、入れ替われ】と言えば一人は助けられるのではと思う。
——ぼくなんかより全然良いよね
その言葉を口にしかけた時ある事に気がついて声を上げてしまいシエルが駆けつけてくる。
「どうかしたの、ノアちゃん」
自分でも驚いて上手く話せないがシエルはじっとノアが話すまで待ってくれている。シエルの空色の目はずっとこのままでも待ってくれそうな気がして安心する。ノアは息を整えゆっくりと話し始める。
「もしかすると、あの子たち……まだ生きているかも……です」
ノアの言葉に全員の視線が集まる。聞き間違いでも一瞬だけ見えた希望に縋り付くのは当然だ。だが違っていたとしたら絶望は大きくなるからこそセレナが反発する。
「あんた適当なこと言わないで! これ以上あたしたちを苦しめて何がしたいの⁉︎」
「ご、ごめんなさい……。でも魂は、まだ、繋がって……」
「いい加減に——」
詰め寄って手を上げようとしたセレナをテコが止めに入る。
「待て! おまえ、幽体に魂が繋がっているって言いたいのか?」
首を何度も縦に振る。
「ぼくの力は幽体に作用して肉体と魂に影響を与えるのでしょ? だからか、なんとなくだけど、繋がりが見えたの」
確信を得たのかテコは大きく息を吸って叫んだ。
「来い、七司‼︎」
7つの魔法陣が同時に現れて黒雲を吹き飛ばす。魔法陣から出てきた魔人は地に降り立つとテコの前で跪く。
「お呼びでしょうか、魔王様」
テコの、魔王エタルナ直属の7人の魔族をみてセレナやグーテスは構える。イーリオスで彼らがテコの従順な配下である事を知っているソルフィリアが問題ないからと武器を収めさせる。
「何、この魔力……あたしでもわかる。誰なのこの人たち」
「説明は後だ、時間がない。お前らの命を俺にくれ」
「仰せのままに」
「いいの⁈ ていうか、いきなり何を言っているの?」
命をくれと言われて拒否するどころか魔人たちは名誉ある命令だと胸を張る。
「魔王様が我らの命を雑に扱うはずがなく理由あってのこと。差し詰めあそこに横たわる幼き者のためと存じます」
「話が早くて助かる。肉体を霊子変換して魂をあの子たちの幽体に紐づける。そして魂を幽体と肉体に繋ぎなおすんだ。つまり、お前たちがあいつらの天の声になるんだ」
「なるほど、さっぱりわからないわ」
セレナと同じく誰も理解が追いつかず首を捻る。それでも何故か期待しても良いのではと思えてくる。
「承知いたしました、魔王様。恐れながら、繊細な作業が必要かと存じます。そこで魔王様のお力を貸していただきたく」
「勿論そのつもりだ」
「ありがとうございます。よし、早速準備に取り掛かろう。皆、問題ないな」
一同が頷くなかでのんびりとした口調でヴェルフェゴールが手を上げる。
「ねえねえ、オイラたち7人だけど倒れているのは6人だよ。誰が残るの?」
それはそうだと、互いに目を合わせていく。
「決定は決まっているわ。早い者が先に勝つのよ」
レヴィアタンの言葉を合図に一斉に動き出す。最初に霊子化して取り憑いたのはサタンだった。光る粒子に姿を変えてサタンはシドの体内へ吸い込まれていく。
次に変化したのはリーダー格のルシファーだ。シドの隣に眠るアーラに取り憑こうとしているのをテコが察してルシファーが完全に霊子化する前に声をかける。
「ルシファー、お前は人格の性別転換をしてアーラに憑いてくれ。あの子は男が苦手なんだ」
「御意」
霊子化を終える頃には光の色を変えて一瞬だけ女性の姿を形取ってアーラに吸い込まれる。
その後も魔人たちは次々と身体を霊子に変えて消えていく。
「この小さな幼子が一番大人なのよ」
「あらあら、この子は穏やかそうで気が合いそうでは?」
レヴィアタンはミィへ、マモンはエファに憑く。
「ぼくたちはこの子が良い」
「……」
ベルゼブブはビシーへ元気に飛び憑き、アスモデウスは何も言わずにディーレの元へ行く。
「よし、これで全員だな。ここから魂を定着させて……」
慎重に作業を進めようとした矢先に啜り泣きが聞こえる。
「魔王様……、オイラ負けちゃったよ」
半泣きのヴェルフェゴールに今はそれどころではないと言いたかったが仲間はずれのようで可哀想に思えてくる。
「ええ、どうしよう参ったなぁ。魂が幽体から離れたらどうしようもなくなるぞ」
ヴェルフェゴールは戦いになればルシファーやサタンに引けを取らない強さを持ち頼れる存在なのだが、普段はおっとりとしていて鈍臭いところがある。そこもまた可愛いとテコは思っているのだが、今は一刻を争う。心を鬼にして『後で考えてやる』と言いかけたとき、傍らで一部始終を見ていたノアが口を挟む。
「あ、あのう……、彼に憑いたら良いんじゃない? この子たち7人の魂は何かで繋がっているみたいだから一緒にしないと……ダメ、かも、です」
捕虜の分際で余計な事を言ってしまったと後悔して段々と声が小さくなっていく。指差した先にソージがいたが慌てて引っ込め行き場を失ったその手はノアの胸の前で硬く結ばれている。反対に声を大きくしたのはソージだった。
「ぼくに憑いて! みんなを助けられるなら何で良い! もう家族を、誰も失いたくない……、強くなりたい!」
ヴェルフェゴールは両手を突いて泣きながら懇願するソージに笑いかける。
「君はもう強いじゃない。よろしくね、相棒」
ヴェルフェゴールも光となってソージの中へ消えていく。
「うわっ!」
次の瞬間、全身を炎が包み身長の倍の高さまで立ち上る。炎は六つに枝分かれして伸びて行きシドたちを包む。
「これはヴェルフの【再生の炎】? ……これなら!」
熱を持たない炎はゆらめきながら風に変わり、澄んだ川となる。7人を巨大な結晶が閉じ込めて光と影が交差すると結晶は殻を割るように崩れていく。
何かが生まれる神秘的な瞬間のように思えて周囲の視線を釘付けにする。絶望の淵に立たされていたトルネオとネーネも暗闇に希望の光が射す思いで見守る。
「シド、アーラ、ディーレ……エファ、ビシー……。ミィ、戻ってきてくれ‼︎」
トルネオの声に応えるように6人は同時に目を覚ます。
「うう、ここは? 俺は……そうだ、トルネオさんは⁉︎ みんな無事か?」
シドは起き上がった弟妹をみて胸を撫で下ろす。同時に強い衝撃と温かさを感じる。
「よかった、本当に……よかった」
「痛いです、トルネオさん」
ネーネやセレナも手当たり次第に抱きついて大泣きしている。
うまく行ったことに胸を撫で下ろしたテコはノアに照れくさそうに礼を言う。
「その、ありがとな」
なんとも言えないむず痒い感覚を初めて知ったノアはどう答えれば良いのかと困惑すると同時に少しだけ嬉しさを感じてしまう。
「ノアちゃんのおかげだよ。本当にありがとう」
シエルに抱きしめられると何故か涙が溢れてくる。
息を吹き返した子供たちに目をやると本当に良かったと思う。そして自分の罪の大きさを再確認して胸が潰れてしまいそうだった。




