暗闇で覆うⅣ
ベルブラントに着くと共和国軍は撤退し市街に爆弾を撒き散らしていた者たちも制圧されて騎士団に取り押さえられていた。
美しく活気があった街は見る影もなく、綺麗に並んだ建物は瓦礫に変わり青く広い空は立ち上る黒煙が灰色に染めていた。あちらこちらで怪我をした人たちがいて横たわる人の側では泣き叫ぶ人たちもいた。
テコたちはギルドの近くに姿を現すがそこの景色も他と変わらない。ただ、より親しい人たちが居る場所は特別に感じてしまうのは仕方がないだろう。
「酷い……」
周囲を見渡してセレナが呟くと帯同してきたルクソリアが答える。
「これが戦争や。前の時も……あの時も酷かったけど、慣れへんな」
怪我人を見つけたルクソリアは駆け出して行く。
ギルドは一部が倒壊して崩れている。直撃を受けたのか一部が煤けている。幸い火災は起きていないのか消し止められたのかしている。
だがそんな事はどうでも良くなるような現実が目の前にあった。
「嘘、でしょ?」
「兄さん!」
トルネオの姿を見つけたグーテスが駆け寄る。近くにはネーネとソージ、オリハの姿もある。
「他のやつらは? ミィは? シド、……アーラ、ディーレ? ビシーに、エファ……」
「兄さん……」
失意のどん底にいるトルネオを見たのは初めてだった。普段からしっかり者の兄はどれほど辛くても弱音を吐くこともなければそれを見せることもしない。母親が亡くなった時でさえ家族のために悲しみを押し殺して弟妹を励まし家族を支えてきた。
「グーテス……俺は、この子たちを……、家族を、守れなかった」
ネーネは大声で泣き出し側にいたマリアに抱きついている。そして彼女もまた無念の色を隠せず涙している。
セレナとソルフィリアも堪えきれずに身を寄せて嗚咽する。
シエルはソージとオリハのところに向かうと回復魔法で二人のけがを治療する。
「ソージ君、君だけでも無事でよかった」
ソージはシエルの治療を手で払いのけると地面に手を打ちつける。何度も叩きつけようとするからオリハが止める。
「やめろ。自分で自分を傷つけても何も変わりはしないぞ」
「全然よくなんてない! ぼくは、ぼくはみんなを……みんなを、守れ、なかった……」
「お前はよくやった。どうしようもなかったんだ。無事だった者を守りきったんだ、誇って良い」
「……師匠に、師匠になんていえば……」
「お前の責任じゃない。よくやったと、あいつも褒めてくれるさ」
オリハはソージの頭を片手で引き寄せて胸にうずめる。
「何が起こったんだ? 何故連絡してこなかった?」
オリハも体力を消耗し座り込んだまま動けずにいる。左腕も怪我をしていてシエルが治療している。テコの質問にはそのままの態勢で顔だけ上げるがかなり辛そうに見える。それでも子供たちの最後を知らせる義務があるのだと口を開く。
「ギルドの店舗部分が突然爆発して、あの子たち6人は店番だったから急いで見に行った。その時はまだ無事で外に避難してきたんだが——」
爆発は外壁を壊して大きな穴を空ける。室内は衝撃で物が散乱して滅茶苦茶になるが幸い怪我人はいなかった。シドはアーラたちを外へ避難させるが外にはこの辺りでは見かけない顔の男が数人いて手に持った何かを周囲の建物に投げつけていた。
投擲された物体は空中で爆発したり窓を破って室内に入ってしばらくしてから爆発したりしている。
「あんたたち何をしている⁉」
男たちはシドの声を無視して爆弾を投げ続けている。
「やめろと言っている!」
一人を取り押さえようと飛び掛かるが蹴り飛ばされて返り討ちにあう。それでも諦めずに止めようとしたがアーラの悲鳴が聞こえて目を離した隙に逃げられてしまう。
アーラたちの方へ向かおうと一歩踏み出すと近くの建物が吹き飛び瓦礫がすぐ側に崩れ落ちて来る。爆風で吹き飛ばされはしたが起き上がってアーラたちの方を再び見ると5人は固まってうずくまり無事な様子だった。
ここも危ないと判断したシドは5人を別の場所に避難させようと急いで戻る。するとオリハとソージが爆発を聞きつけて駆けつけて来た。
「大丈夫か、おまえたち」
「みんな無事です、怪我もありません。爆弾を持った男が数人この辺りを徘徊しています」
「テロリスト? どこから入って来たんだ、騎士団は仕事をしろ! それよりもおまえたちは安全な場所へ避難だ」
シドは返事をした後周囲を見渡してオリハにトルネオとネーネ、そしてマリアがまだギルドに居る可能性を伝える。
「分かった。ソージ、ついて来い」
「はい!」
二人がギルドへ向かおうとした矢先にディーレが悲鳴を上げる。
「きゃー! な、何あれ、魔物が……」
ディーレが指さす方向には猟犬のような姿の魔物数匹が人々を襲っていた。反対方向にも数多くの魔物が現れて人々を襲い始める。
「ちっ、こっちが先か⁉」
「トルネオさんのところには俺たちが行きます。中の方が安全かもしれない」
シドの提案にオリハは一瞬躊躇したが首を縦に振る。
「わかった。ソージ、俺から離れるなよ。いいな!」
「はい!」
オリハとソージは襲われている人々のところへ駆け出す。それを見届けるとシドは他の5人を建物内に誘導する。
シドが最後に建物に入って扉を閉めて振り返ると目の前にはミィが居た。どうかしたのかと膝を折って耳を傾ける。
「何かあっても力を使わないで。この世界は大丈夫だから、信じて」
「ミィ、君はやっぱり……」
何を言い出すのかと驚いたが、いつもの屈託のない子供の笑顔を向けられると最後まで言葉を続けられずに頷いて立ち上がる。
ギルドの奥からは怪我をしたマリアを背負ったトルネオが姿を現す。ふたりを支えるようにネーネもいる。安堵したのも束の間、扉は再び開かれ魔物から逃げてきた人々が続々と避難してくる。
「大丈夫ですか? 先生、怪我を?」
「ああ、マリアさんは足を挫いて歩けない。外はどうなっているんだ?」
「魔物が現れてオリハさんとソージが応戦しています。爆弾を持った人物を何人か見かけました。そこら中に爆弾を投げながら逃走しています。あいつらいったい何者で何処から……」
「詮索は後で良い。ここも安全とは言い難い。お前たちはマリアさんと一緒に裏口から出て……」
話の最中だったがビシーがシドの袖を引っ張りながら鼻を鳴らしている。
「くんくん、……火のにおいがする。あの男の人、たくさんの火をもっている!」
指さす方向を見ると男が懐から何かを取り出す。
「くたばれ、王国の愚民ども!」
「伏せろっ‼」
爆弾は男の手元離れる前に爆発し扉を壁ごと吹き飛ばす。これまでと違い威力は弱かったが周囲に居た人たちは巻き添えになる。
「なんでこんな事に……。そうだわ、裏口に——」
その裏口の方から悲鳴と獣が吠える声が聞こえる。数人が逃げ込んで来ると外にいるのと同じ魔物が1匹侵入してきていた。
「うそ……」
生きた魔物を始めて見たネーネは恐怖で腰を抜かす。魔物は周囲を伺いながら動けなくなったネーネに狙いを定めて飛び掛かる。
「ふんっ!」
間一髪でトルネオが前に出て魔物に蹴り上げる。盗賊に襲われた経験から鍛錬を続けて並みの冒険者よりも腕はたつ。
「シド、ビシー! 皆を連れて外へ!」
「外も危険です! 俺も戦います」
「無茶を言うな、おまえは戦いの心得はないだろう⁉」
「俺だって、戦えます!」
床に転がる武器を手にして構えると魔物はシドを狙う。鋭い爪を剣ではじくが相手の力が強く簡単に体勢を崩される。
「シド!」
魔物の追撃がシドに届く前にトルネオが魔物の喉元を短剣で突き刺して仕留める。
「ふう、危なかったな。大丈夫か? 二度と入って来られないよう裏口は封鎖しておくか」
「その魔物も火のにおいがしているよ! 離れて!」
ビシーの叫び声にトルネオとシドは同時に横たわる魔物に目を向ける。魔物はかすかに発光して体が膨らんでいた。
「危ない!」
シドの目には爆発する魔物の姿がいくつも重なって見える。
——また、なのか?
魔物の爆発で天井が崩れてくる。トルネオは突き飛ばされたときにシドが盾になって幾分かの衝撃は免れたが全身に痛みが走る。
「くっ、シド……助けてくれて……」
覆いかぶさるシドと入れ替わるようにして床に寝かせ、その顔を見るとトルネオは言葉を失う。
傍には倒れて動かないシドがいた。
「きゃー‼︎」
ネーネの悲鳴が聞こえる方へ顔を向けると崩れた壁や上階からの瓦礫が積まれている。アーラたちはネーネとマリアを庇い生き埋めになっていた。
「ああ、ああ……なんという事を」
マリアは震えながら瓦礫を掻き分けている。ここからはトルネオもネーネもマリアも何をどうしたのか思い出す事ができない。魔物がいる危険を知りつつ、どうにかシドたちを外に運び出す。
全員を運び出した直後、ピンク髪の魔導士ロージアが元同僚アルドーレの追手から逃げている最中にギルド前を通りかかる。運び出されたシドたちに蘇生を試みている。
「……あ、あいつら……? いや、何を今更、覚悟のうえだろうが、クソッ!」
騎士団員なら難民街で辛い思いをしてきた住人たちのことを知らない訳がなく、ロージアも子供たちの境遇はよく知っていた。
感情を押し殺すように拳を握りしめて立ち去ろうとした時、半壊したギルドの陰から爆弾を持った暴徒が現れる。
「いた……、王国民は、全て、殺せ……。殺さないと……、殺さないとぉーっ!」
「あいつキマってんじゃねえか。それに手に持っているのは……魔導弾⁈」
暴徒は魔導弾に魔力を込めるとトルネオたちに狙いを定めている。
「ヤバい!」
ロージアも持っていた魔導弾に魔力を込め放つ。更にトルネオたちには魔力障壁の防御を敷く。暴徒の魔導弾は放たれるとすぐにロージアの魔導弾で相殺されるがギルドや周辺の建物を倒壊させ黒煙が立ち上る。障壁のお陰でトルネオたちに影響はなかったが周囲にいた魔物は一緒に吹き飛ばされ小規模な爆発を起こしている。
巻き上げた砂塵で姿が見えなくなったロージアは残りの魔物を魔法で一掃する。大勢の魔物相手にしていたオリハは魔物がいなくなるとその場に大の字で倒れ込む。
ロージアは自分でも何をしているのかわからなくなり立ち去ろうとした時、背後から声をかけられる。その声は今までなら安心できる心地良い響きだったのに、今は胸を刺す痛みに変わっている。
追いついたアルドーレは倒れている子供たちや変わってしまった風景と手にしていたはずの爆弾を持っていないロージアに最悪の想像しかできなくなる。
「ロジ……。ロージア……、これはお前がやったのか? いくら何でも違うよな?」
どう答えれば良いのか、そんな事を考えてしまった自分が情けなく消え去りたい。
――そう、そんな我儘のためにウチは……
「全部、ウチのせいだ」
口にした言葉は本心だ。だからこの身を引き裂かれる痛みは受け入れる。だがこの呪いに終わりはなく何度斬られようとも蘇る。誰かの命を犠牲にして。
ロージアはその場を離れ、アルドーレも爆破を止めるために奔走する。
残されたのは日常を破壊された罪なき人々だけになった。




