暗闇で覆う
ベルブラントが戦火に飲まれる少し前、騎士団本部から数十キロ先の平野に王国の兵士と傭兵団が展開、ゼピュロス騎士団本部へ攻め入ろうと機を伺っていた。
傭兵団には待機していた予備兵も招集されている。銀狼旅団を狩るためにセリアヌスに入った人数よりも多いが精鋭を多く失っており戦力は低下している。
「まさか王国の兵士をこんなに寄越すとはな。しかも……」
炎渦の目の前には虎の子の攻城兵器が並んでいる。様々な戦闘を想定して武器や兵器を揃えてきた。そしてそれらをこの大陸に売り込むためでもある。全てを見せるつもりはなかったのだが、どうやら手札は筒抜けのようだった。
「俺たちが船を離れている間に見られたな……まあ想定内だ。良い機会だから大筒を使ってみるか」
炎渦は近くに居る片目を隠した細身の男に目配せする。
「いいんじゃないか、実用実験も兼ねて」
男の反応に上機嫌となった炎渦は意気揚々と準備を指示する。前線に並べられた大砲は腹を空かせた獣が獲物を探すように砲門を左右に振って騎士団本部の方向を探っている。やがて全ての大砲が一点に狙いを定めると動きを止める。
王国の兵士たちは見た事がない兵器に一切の関心を示す事なく傭兵たちの指示に黙って従っている。どこか目は虚で感情を無くした操り人形のようだった。
攻撃の準備が進められる中、ノアの表情は暗い。いつもの様にフードを深く被って顔を隠しているから誰かに悟られる事はない。憂鬱な気持ちになる理由は一つだけ。それは今回も誰かが死ぬ運命をノアが告げなければならないからだ。
——はぁ、狼さんが言っていた『テコ』って人の手がかりなんてどうやって見つければ良いんだろう。自由に探しに行ける訳でもないのに、ぼくは何を期待しているんだろう。ありえない事だとわかっているのに……
一方で騎士団本部では王国軍が近づいているとの知らせが入り警戒態勢をとるため城内が慌ただしくなる。同時に貴賓であるアウローラをベルブラントへ移動させようとヘルマたちへ連絡を取るが一向に繋がらず、転移装置も機能せず明らかな異変が騎士団内に僅かな動揺を生んでいた。
しかしフラムとファウオーの落ち着き払った態度に他の騎士たちも冷静さを取り戻し臨戦態勢に入る。
「十中八九ベルブラントも攻撃を受けているのだろう。今アウローラ様を移動させるのは危険だ。プロトルードが揃っているここの方が安全だ。俺をベルブラントへ行かせてくれ、ファウオー」
フラムの提案にしばらく思考を巡らせてからファウオーは頷く。
「ボレアースがノトスへ侵攻してきたと連絡があった。多面的な戦略には例の傭兵団と共和国が関わっているのだろう」
「ではベルブラントには共和国が……。テコは何処にいる?」
「慌てるな、本当なら彼らはまだ……。詳しい話をしてからでも良いだろう」
甘やかすと特別扱いになると言いかけてルゥの顔が浮かんでしまい仕方なくファウオーに従う事にする。
当のプロトルードの面々はいつでも飛び出せるよう準備が整っていた。アウローラだけは万が一に備えて主城に残り待機している。
「結構遠いな、幾つか変な魔力を持った奴がいる。グーテス、わかるか?」
テコは城壁の縁に仁王立ちで遠くを見つめている。グーテスはマナの根を伸ばしている最中だったので困った顔をしている。
「分かりませんよ、どれだけ離れていると……。ていうか何でわかるんですか?」
グチをこぼすグーテスをセレナとソルフィリアが見ていたが、ふたりのグーテスを見る目は対照的だった。
砦の最先端に集まる彼らの所にファウオーとフラムが登ってきて声をかけようとした瞬間、テコの叫び声が聞こえる。
「何か来るぞ! グーテス、防御っ‼︎」
「もう張ってます‼︎」
高速の光の矢がグーテスの防御障壁を砕いて城壁に到達する。
「まだ来るぞ!」
障壁を修復して守りを固める。テコも軌道を予測してピンポイントでグーテスの防御障壁に障壁を幾重にも重ねる。軌道が読みづらく逸れた光の矢はシエルが打ち落としていく。
「天照【落日】」
名工オリハが打った二刀一対の片割れ『天照』は振るう度に光の矢を喰らって消し去っていく。
直撃を受けたのは初めの一度きりで後続の十数発は3人で守り切った。
「何だ、今のは? フラム、被害状況を見てきてくれ」
フラムは返事も言い終わらぬ間に飛び出して行った。
「ちょっと、グーテスっ! 貫かれているじゃない⁉︎」
「ええ……、そんな事言われても」
「こんなあっさり破られるなんて……恐るべき威力なのでは? まともに受けていれば主城まで貫かれていたかも。何よりも、はやい」
ソルフィリアの分析を聞いてもグーテスには止めろとセレナは口を尖らせる。シエルは戻るなりかなりの重たさで手が痺れると言うが広範囲をカバーして無効化している。久しぶりの超人ぶりを見たセレナは呆れながらも羨望の眼差しを向けている。
「相変わらず滅茶苦茶ね、アンタたち。それにしてもあれは……レオのグラディウスに似ている。確か光のマナを集めて力に変換していたはず」
「僕もそう思って魔法防御を混ぜたのですが手応えがなくて。でも物理攻撃でもなさそうで……、いったい何なんでしょう?」
不可思議な力で思い当たるのはルゥが最後にセレナに残した傭兵団の事だ。
人を自在に操る能力と高威力の武器——
「居るんだろうな……奴らが」
ルゥの仇が居る。テコがつぶやいた一言に怒りと悲しみが込み上げてきて今にも全員が飛び出し行きたい衝動に駆られる。
「また来るかな?」
シエルの一言で一斉に我に帰る。
今は本部を守らなければならない、その事を思い出して思いとどまる。
「まとめて撃つ事はできないようですね。あんな高火力の攻撃を何度も使えるとは考えにくい。一定時間の溜めが必要かもしれません」
「流石はフィリアね、魔道具に詳しいだけあるわ。グーテスはさっさと次に備えなさい」
ソルフィリアは故郷で両親に道具として扱われ、あまつさえ憎まれていたかも知れない。一度は母親の手で死に至り本当の事を聞く前に両親を失った。ひと段落したところでルゥの訃報を耳にして悲しみが癒える時間もないまま戦場に立っている。
そんなソルフィリアを気遣う事でセレナ自身も悲しみから逃れようとしていた。
グーテスへの態度は八つ当たりだとわかっている。申し訳ないと思いつつも察してくれているのか文句を言わずに受け止めてくれるからついつい甘えてしまっていた。
次の攻撃の気配はなく王国軍もはるか先に居る。損壊した壁の修復や守りを固める時間があるのは良いが受け身の状態に苛立ちが募る。
王国軍がいると思われる地点を見つめていたテコは振り向きもせずに皆に話しかける。
「俺ちょっと見てくるわ」
「はあ?」
突然の事にセレナが声を上げるが次の瞬間にはテコの姿は見えなくなっていた。
「ちょっ……、相変わらず勝手なんだから、もうっ!」
不満を表すセレナにシエルがたたみかける。
「ごめん! わたしも行ってくる」
「なっ⁉︎ もうっ、シエルーっ‼︎ 揃いも揃って自由人かっ‼︎」
テコと違って転移したわけではないから後姿は見えていたのに声が届くよりも早くシエルの背中は遠くなっていた。
「もう……敵討なら連れてってよ」
「セレナ?」
「何でもないわ。あたしたちは次の攻撃に備えましょう。何処かに伏兵がいるかも知れないからグーテスは警戒網を砦から半径1キロで。フィリアも目視でさっきの光を見張っていて」
「光であれば屈折や反射が有効かも知れません。城外に氷の壁を建てますので魔法反射のシールドをお願いします」
「了解!」
残された3人は自分たちのできる事で攻撃に備える。




