開戦Ⅲ
時を現在に戻す。
市街地へ逃走したロージアを追ってアルドーレは屋根づたいに追跡を続けている。長年の付き合いで逃走のパターンは大体把握している。
「外に向かうと見せかけて内側の広いところへ進むのがロジのお決まり。その後は人混みに大胆に隠れる……でも、この状況じゃ人なんていない。考えなしに動くわけがないはず……あいつならどうする?」
思考を巡らせならが走る。だがどうしても街中で起きる爆発に気を取られる。
爆発は街の中心から徐々に外側へ広がっていたが一時的に収まっていた。騎士団が犯人を捕まえて取り押さえていたのだが、関与している人数が多いのか取り逃したのか、再び街のあちらこちらで爆発が起きている。
「みんな、何とかしてくれ、頼む!」
爆発のあった方を見ながら祈るように呟く。
その祈りは届いたのか遠方では爆発は聞こえなくなる。しかし前方、それもすぐ近くで大きな爆発が発生する。黒煙が立ち登る先はアルドーレもよく知る場所だった。それ故に嫌な予感と冷や汗が流れる。
「あそこはギルドの……マジか⁉︎」
屋根から飛び降りると猛ダッシュで駆け抜ける。爆発があった先は角を曲がったところだ。アルドーレが横滑りで角を曲がって見えた光景に一瞬理解が追いつかず足が止まる。
ギルドとその周辺の建物は爆発で外壁が崩れ落ちていたり、火災による黒煙が窓から立ち上る。完全に倒壊した建物も多数見られるし、道端に倒れている人の姿もあった。
その中には子供の姿もある。
——嘘だろ……?
倒された魔獣が何体も横たわり、その近くには赤髪の女が苦しそうに息を切らせて大の字になっている。
何人かの子供が倒れている側で誰かが叫んでいるようだったが声は聞こえない。近くにはギルドの制服を着た女性と剣を持った男の子がいて二人とも怪我をしているようだった。
感情が邪魔をして視界が狭く周りの音が聞こえない。
そらでも早く手当をするか応援を呼んで救護をしなければならないと頭の中では冷静に状況を判断している。
しかし道路の真ん中に立つ背中から目が離せずにいて、するべき行動ができないでいる。
足だけはよろよろと動いて前に進んでいる。
行先は視線の方角、揺れるピンクの髪の女の元だ。
近づくにつれ壊れた建物が巻き上げた埃や煤けた匂いが鮮明になる。倒れている人の姿形もはっきりしていく。
それでも周りの音だけは聞こえず自分の心臓の音だけが耳の中でうるさく響いていた。
「ロジ……」
自分が何と言ったのかも聞こえない。だから声が届いているかも分からない。目の前の人物に反応がないからもう一度声をかける。今度は名前だけではない、目の前で起きた事の元凶が彼女の行いではないと証明するための言葉を。
「ロージア……、これはお前がやったのか? いくら何でも違うよな?」
呼びかけにようやく振り向いた彼女の表情には感情がなく人形のようだった。目の輝きも失われている。
「……なんか言えよ。前みたいに口汚く否定してみせろよ。ウチじゃない、ウチがやったらもっとすげー事になってるって……大口叩いてみせろよ‼︎」
アルドーレの恫喝にも表情を変える事なく佇む。『何か言え、答えろ』と何度も言葉を投げかけるが一向に反応しない。ついにはロージアの肩を掴み揺り動かして、自分自身も受け入れ難い言葉を発する。
「ギルドの子供たちを、あの子たちに手をかけたのはお前なのかっ⁉︎」
倒れているのはトルネオが養子にした元難民の子供たち。魔獣と戦っていたソージ以外は倒れて動かない。傍ではトルネオがシドたちの名を叫んでいる。ネーネは手足を怪我していたが横たわる子供たちを抱き寄せて泣いていた。
アルドーレの声にようやくロージアは反応し小さな声で呟く。
「全部、ウチのせいだ」
刹那、ロージアの身体は真二つに切り裂かれる。
アルドーレの背から刀が抜かれると勢いそのまま袈裟斬りに振り下ろされたのだ。
だがロージアの身体は何かが砕ける音と共に元通りになる。何事もなかったかのように起き上がるが抵抗する素ぶりは見せない。
「そんな攻撃じゃあ、ウチは死なない。お前の本気をみせろよ、アル。鬼になってウチを止めてみろ! そうしないと……また犠牲が増えるぞ」
「テメェっ‼︎」
何度斬られてもロージアの身体は元通りになる。首を刎ねようと脳天を破ろうと手足を切り落として心臓を貫いても元の姿へ復元し復活する。
「そんな攻撃じゃダメだって言っているだろう? 【犠牲の上に立つ命】があるから何千、何万と殺されたって蘇る。死ぬのは生贄たちだからな」
「テメェは何がしたいんだ、コラァ‼︎」
炎を纏った斬撃でロージアは斬られると同時に全身を燃やされる。だがやはり身体は再生されて炎の中から蘇ってくる。
「はあ……服が燃えちまったじゃねーか。そういう趣味か、アル? お前はヘルマと違って言ったら分かると思っていたけどダメみたいだな。どうすれば良いかよく考えてみる事だな。そうしないと……」
ロージアの視線は倒れて動かない子供たちへ向けられる。
「待て、どういう意味だ? お前まさか……」
アルドーレが言い終わらない内に霧を発生させたロージアは一瞬だけアルドーレを見て消え去る。
丁度駆けつけた騎士団員に生存者の捜索を指示してアルドーレは砦へ向かう。
——すまん……
その場を離れたアルドーレは爆発がしたところへ瞬時に駆けつけては怪しい人物を叩きのめしていく。本当はバラバラにしてやりたい気持ちだったのだが、生かして証言を得るために気持ちを抑え込んでいた。ただ無意識に自分自身への八つ当たりとも思えるほど奔走し最後は体力が尽きて倒れてこんでしまう。
——クソっ……あの時と……、俺だけ何も変わってねぇじゃねえか
砦内に残り、魔獣と共和国兵の進軍を食い止めていたヘルマは他の騎士の奮戦もあってついに砦から押し返して壁外での戦闘に移っていた。
「まだまだこんなもんじゃねぇ! 追い返すぞ‼︎」
ヘルマの呼びかけに応えるように騎士たちは敵を撃退していく。
既に数時間が経っており体力も限界が近づいている。しかしこの危機から街を守るのだという意思は途切れることがない。心が折れそうになってもヘルマの声と獅子奮迅ぶりを見ていると勇気が湧き上がり再び剣を持って立ち上がる。
騎士たちの奮戦のおかげもあり数千の魔獣やゴーレム兵を撃退し戦闘を終えたのは開始から数時間後だった。
「一旦本部へ連絡しとけ」
「大丈夫です、既に報告済みです。ただあちらも王国軍と外部の傭兵と思われる混成部隊と対峙しているとか」
「傭兵? 何がしたいんか全く分からんな。国を滅茶苦茶にして何がおもろいねん。で、アルから連絡はあったか?」
「はい‥…、しかし例の……ロージアさんは取り逃したとのこと」
「チッ、何やってんねん」
ヘルマは装備を外して汗や返り血を拭き取って次に備えながら報告を聞いている。
「市街地に忍び込んで爆発テロを起こしていた者はほぼ全員捕らえたそうです。あと……」
急に言い淀むから気になって手が止まる。
「ギルドに居るあの子達が……犠牲に」
街の建設に大きく関わったギルドマスターのトルネオが難民を養子に迎えて暮らしていることは街の人々のみならず騎士団でも広く知れ渡っている。特にあのプロトルードと深い関わりがあることも有名で余所者か無知でない限りは手を出すことは憚られる。騎士団もベルブラントが難民街だった頃から不憫な子供たちに対して何もできず無力さを嘆いていた時期もあっただけにこの悲報はショックが大きい。
「そうか……流石に魔王に殺されても言い訳できんな。共和国ごと世界を滅ぼしてくれんかな」
少し先の話になるがヘルマのいう通り激怒した魔王エタルナがシレゴー共和国へ降り立つ。
これは世界中を巻き込む魔王討伐戦の始まり、序章に過ぎない。




