another perspective(republic side)
共和国が騎士団本部を迂回して王都への侵攻を開始した同時刻、ベルブラント西部の平原を巨大な荷車が走行していた。
「時間通りだね。結構、結構」
白衣を着た女は手にしていた時計に視線を落として満足そうに笑っている。隣には軍服に身を包んだ中年の男が座っている。男は女の言葉が耳に入っていないような素振りで真っ直ぐ前だけを見つめている。
「時間通りは有難いのだけれど僕は早くこの子が舞う姿を見たいんだ。そこで相談なのだが……」
「ダメです。作戦は予定通り行います」
「こういう事は耳に入るのだねえ。世紀の実験を君も早く見たいと思わないのかい?」
軍服の男は黙ったまま女の話に耳を貸さない。
「やれやれ、君も頑固だね。臨機応変さがないと出世……ああ、この実験で君は昇進できるのか、良かったじゃないか! さあ早く昇進の瞬間を見たくはないかい?」
流石に苛立ちを覚えたのか眉間に皺をよせるが何も言わずにいた。
斥候が戻ると複数の部隊が北へ向けて動いたとの報告が入る。その中にはたった3人の遊撃部隊も含まれるとも。
「やはり動いた。大規模な戦闘が想定されれば彼の者たちは必ずそちらへ向かう」
「ボクの言った通りだろ? それに戦い方が派手だから守備や市街地戦闘に向かないのだよ。なんでもかんでも壊して良い時は怖いけど……制御できない強大な力は時に邪魔になるんだよね」
ある実験のために数週間をかけて敵の動向を分析し陽動を続けてきた。明らかに不審な動きであってもこの女の指示通りにすれば予測どおりに事が進む。
戦術のセオリーを積み上げてきた軍部にとって屈辱以外の何ものでもないが、この女の作った発明品があってこその作戦も最近では考案されつつある。苦々しく思うが感情だけで排除できない存在になってしまっていた。
彼女の名はエイダ・マーキュリー。幼い頃から魔力を研究し続けて多くの発明や研究によって共和国に恩恵をもたらした天才科学者だ。
彼女に目をつけた軍部は研究費を補助する代わりに兵器開発を命じる。初めは魔法に関する何かや、力を増幅する杖などを想像していたが彼女はそれを超える発明を提示する。
魔力を動力とした移動手段や通信端末、果ては魔力を込めた弾を打ち出す兵器など。これらの技術は彼女一人のアイディアではなく別大陸から渡ってきた技術を解明し昇華させている。高い金を出して買った技術を別の新技術として売り返すのだから共和国には利益しか無い。
莫大な利益をもたらす豊穣の神ととも云われるエイダだが天才なだけに理解されないことが多く、その言動に大人たちは手を焼いていた。
「効率が悪いねえ」
「いや、危険すぎます。このやり方では失敗した時に多くの犠牲が……」
「……? それの何がいけないのかね? 実験に失敗はつきものだ。それを元に発明や研究はなし得る。いくつかの人命で多大なる功績をあげられるのなら安いものだろう」
「……狂っている」
時には自身の体で実験を行うこともあり狂科学者の渾名が広がる。
その狂った行ないは何故か一部の人間を惹きつけ彼女を崇める者が続々と現れる。自らの命を差し出す程の熱狂ぶりは最早信仰と呼べる。反乱を恐れた政府はエイダに特権を与える。
「特権? 別にいらないよ。……いや、強いていうならば、永遠に研究を続けられる環境が欲しい。つまり今のままで良いってことだよ。あ、もう少し予算と人を回してもらえると助かる。例えば……獣人族とか」
ベルブラント近郊の発射予定地点につくと荷車は停止して魔導弾射出の準備が始まる。
「ワクワクしてきたねぇ。しかしここは発射するには丁度良いのだけど全く様子が見えそうに無いねぇ。遠路はるばる観測に来たというのにこれじゃあ意味が無い。おお、あそこが良さそうだ。大尉殿、大尉殿! あの丘まで送っては貰えないだろうか。観測も大事な仕事だよ。しっかりとこの目で見ておかないといけない。さあ早くあの丘へ」
苦虫を噛み潰したような顔であからさまに嫌な顔をする。彼にとっては軍へ遊びに来た我儘な令嬢とそう代わりないのだ。
「チッ……誰かあいつを連れて行ってやれ」
「いや駄目だよ、大尉殿。君がボクをあそこへ連れて行くんだ。何人かの護衛も欲しい。君が信頼する人物で良い。発射にはボクの助手がついているから問題ないはずだ」
「攻撃後に進軍するから私は離れる訳には……」
エイダは不気味な笑顔を近づけてくる。光を宿さない目が一層恐ろしく感じる。
「進軍の必要はないよ。だって……辺り一面は灰に覆われるからね」
思わずのけ反り、背中に冷たいものが流れるのを感じた。エイダは更に続ける。
「ボクの計算では四属性混成による爆発のあと魔力素子の結合が発生し混沌状態が発生する。恐らくは属性という色が着く前の純粋なマナに回帰すると予想している。そしてそのマナは全ての物質を侵食して灰にしてしまうはず。向こう十年は草も生えない灰の大地さ。生物には害になるから占領は無駄、だろうねぇ」
敵国相手とはいえ恐ろしい兵器を平然と放とうとしている事に戦慄する。しかし男はここまでの非情さも軍人には必要なのだと教えられたような気がした。故に見届けることも責務と考える。
「わかった、連れて行ってやる。第1小隊は私と博士を連れて山頂へ向かう。魔導弾発車後は撤退の準備を。私たちが戻るまで待機」
小高い丘の頂上からはベルブラントの西砦と街がよく見えた。
潜伏していた間者から誘導装置の設置完了の信号が送られてくる。その後間者との連絡は途絶えてしまう。
「どうした? 予定の時刻になっても連絡がない。まさか……」
「捕まったのだろうねぇ。しかし誘導装置の信号は生きている。懐にでも入れて隠しているのか、はたまた地面にでも埋めたのかぁ。是非とも状況を伝えて欲しいものだけど早く実験を始めたいのだよ、ボクは」
エイダは持っていた通信機を取り出し発射を指示する。
「待て! まだ退避が——」
男の制止を聞かずにエイダは発射を命じる。
「発射」
塔のような巨大な体躯にバランスを取るだけの脆弱な翼を持った鳥は空高く飛翔し弧を描いてベルブラントへ向かっていく。
「はははははっ、見たまえ! 巨大な鉄の塊が、魔力をたっぷり腹に詰め込んだ不格好な鳥が空を飛んでいる! 素晴らしいっ‼︎ さあどんな輝きを見せてくれる? ボクに光を見せてくれーっ‼︎」
魔導弾はベルブラントの西市街地へ落ちると大爆発を起こす。光のドームができたかと思うと周辺を吹き飛ばす熱風が広がる。中心地からは高く雲が立ち上って行くのが見える。
「これが魔導弾の威力‥…正確な軌道で狙った場所を壊滅させる……す、すごいぞ、エイダ博士!」
興奮気味に話す大尉はエイダの方を見ると先程とは違った恐怖にゾッとする。
「はぁ……」
完全に色をなくした表情からは落胆が見て取れる。
「つまらないな。爆発が大きすぎて何も見えやしない。どうせ灰も実験で採取したものと代わり映えしないだろうし。こんなところまで来た甲斐はなかったね。これなら威力を抑えて複数個体が互いに干渉しないよう飛行する技術に切り替えた方が良さそうだ。コストも大きくて量産できない木偶の坊なんかこれっきりだ」
街の半分以上をたったの1発で壊滅させたことに興味を示さず丘を降りようとするエイダを軍人たちはしばらく見つめていた。
「大尉殿、何をしているのかね。早く帰るよ。ボクは忙しいんだ」
声をかけられたがしばらく何も言えずにその背中を見つめていた。
「これだけの戦果を……。やはり学者風情の……いや、狂科学者の考えることは理解ができん」
街の混乱する様子を見届けたあと大尉たちも下山していく。随分前に先を進んでいたエイダに追いつくと、足が痛いから背負って下山してくれと言われてその通りにする。
車に乗り込み待機している部隊へ合流しようとしたが途中でエイダに止められる。
「大尉殿、早く部隊を引かせる方が良い。強力な火属性がまっすぐに向かってきている。もう間に合わないかもしれないが。ボクたちは進路を変えてそのまま帰国するとしよう。少々過酷な帰路になるが諸君は大丈夫だろう。ボクも我慢するからね」
エイダの忠告通りルートを変えて部隊とは違う道を進む。途中連絡を取り合いながら走っていたが、爆音と悲鳴が聞こえたのが最後となる。
「発射台は勿体無いけど……もう少し速度と小回りが効くようにと自爆機能が必要かな。おっとその前に燃費も考えないと」
エイダは帰国するまで延々と独り言をいい続ける。その全てが研究、開発に関わるものだったという。




