ゼピュロスの三馬鹿Ⅷ
連れられてきた場所は野戦病院で多数の怪我人が手当を受けていた。大きなテントが10基ほど張られている。中はかなりの広さだが怪我をした人たちで溢れテントの外でも軽傷の患者が治療されている。
ヘルマたちが覗いてみると数人が手分けして治癒魔法や手当をしているのだが、治療する側もされる側も民間人と騎士の区別がなく治療や介助で動き回っている。
「ルクソリア!」
ロージアがルクソリアの姿を見つけて声をかける。
「みんな? ……みんな無事やったか⁉︎ よかったぁ……、ごめん話は後で」
ルクソリアは手に抱えた包帯や消毒液やらを抱えて怪我人の元へ行ってしまう。背後から案内してくれた騎士が声をかけてきてこっちだと手招きする。
導かれて辿り着いたテントは治療をしていたところよりも一回り小さい。中へ入るとカウコーとファウオー、そしてフラムの姿を見つける。
「団長―っ‼︎」
ロージアが真っ先にカウコーに飛びつく。
「3人とも無事だったか、本当に良かった。まずは遠征お疲れ様。任務は成功だったようだね。こちらは……街の様子は見ての通りだ」
何となくだが部屋の空気が張り詰めたような緊張感を感じる。街の状況が酷い有り様だから仕方がないと思いつつも、やはり様子がおかしいと感じる。
「何があったのか教えてくれよ」
アルドーレに促されカウコーがベルブラントで起きたことを話す。
「こちらの読み通りベルブラントにも共和国軍が攻めてきた。だがとてもじゃないが砦や街を陥せる数じゃなかった。何かあると警戒していたら、不審者を見つけたと報告があった。捕まってからも逃げるために抵抗を続けていて連行できなかった」
ここまでの話に変わった事は特にない。似たような事はこれまでもあったからだ。
「その男は『早く逃げないと。巻き添えは嫌だ』と何度も繰り返していたそうだ。この男についてはこれが最初で最後の報告。本当にそんな男がいたのかもはっきりしていない」
「それとこの状況に何の関係があるんだ?」
ヘルマだけでなくアルドーレも先の読めない話に首を傾げている。
「ここからは僕たちが見聞きした事になる。何せ混乱の中で情報が錯綜していてね」
気持ちを落ち着けるためにカウコーはゆっくり長く息を吐く。聞いているヘルマたちも息の詰まる雰囲気から少し解放される。
「今から三時間ほど前に街の西部、正に先程の不審者を捕らえた場所に向けて巨大な何かが降って来た。それは街に落下するや大爆発を起こして街の半分以上を吹き飛ばした」
灰燼となった街並みはそれが原因だという。
「爆発に巻き込まれない場所に居た団員の話によると西の空から鈍色の鳥のような物体が降ってきたという。また魔法士たちも複数の魔力反応を感じたと言っている」
「爆弾……いや、魔法攻撃なのか? そんな大爆発を起こせる魔法なんて……」
「ああ、ロージアの言うとおりそんな魔法は常識的に考えられない。だが現実にそれは放たれ多くの犠牲者が出てしまった。恐らく爆弾型の魔法兵器。数年前の宰相官邸襲撃に使われた物の何百、何千倍もの威力を持った魔法兵器だろう」
カウコーは拳を握りしめその腕は微かに震えていた。
「たったの一発でこの威力? もう一回来たらヤベェんじゃねーのか⁉︎」
流石のヘルマも焦りを隠さない。そんなヘルマをファウオーは落ち着けと宥める。そして落ち着いていられる理由を話す。
「連続で撃ってこない事には幾つかの仮説が立てられます。先ず一つは量産されていないとの推測です。数があれば追撃があってもいいはずが受けた攻撃は1発のみ」
カウコーの参謀としての発言であるためか口調がいつもと違う。
「希望的観測にしか過ぎませんが、あれ程の魔力を込めるのには膨大な時間と労力がかかるはず。推定魔力量は並の魔法士数千から一万人分はくだらないでしょう」
「だからと言ってあと何発か残している可能性はあるだろう」
いつもより強い口調で明らかに苛立っているフラムが口を挟む。
「ご尤もです。もう一つ理由があって、これも推論ですが……目撃証言から推測するとかなりの大きさ……3階建ての塔に匹敵するのではないかと。そんな物をどうやって飛ばしているのかはさて置き、正確に狙いを定めるにはどうすれば良いのか」
側にいた魔法士に目配せする。カウコーたちには説明しているのだろうがヘルマたちのためにもう一度同じ話を嫌な顔をせずに話してくれる。
「最近の魔道具開発で面白い性質が発見されてね、ある属性と別の属性は引き寄せあうというものなんだ。これを応用して遠く離れたところに荷物を運ぶ……いや、それは置いといて……この技術を使って攻撃地点へ誘導したのかもしれない。どれぐらいの大きさの物が動くのかは分からないけど打ち上げに必要な力や推進力は省略されるかもしれない。私はこれを魔力誘導式爆発兵器と呼称する事にした」
非常事態に嬉々として技術的な話をする魔法士に呆れた視線を送るが本人は気づいていない。
「結局その……魔りょ、どう、兵キ? ああもう面倒くせえな、まどーへーきでいいか? 何でそいつが何発も来ない理由になんだよ?」
ファウオーは魔法士を下がらせてヘルマの質問に答える。
「この技術を使っているならば不審者が誘導役だったのでしょう。何か装置を置いて逃げるつもりが捕まってしまい一緒に……」
そういう事かと納得はできるが飽くまでも推測の域を出ないため楽観はできない。必要なのはこれからどうするかなのだから。
「で、これから俺たちは何をすれば良い?」
「それなんだが……」
カウコーが話し始めるとフラムが割って入ってくる。
「だから悠長に構えている時間はないと言っている! 外には共和国の奴らがまだ駐留しているはず。今から向かって破壊すれば二の矢に悩む必要などないだろう⁉︎」
「落ち着けフラム! 破壊するといってもあの威力の兵器をどうするつもりだ⁉︎ 暴発すれば2次被害の恐れだってある。それに……巻き込まれれば只では済まないのだぞ⁈」
激しく言い合うカウコーとフラムの姿を初めて見た3人は呆然と立ち尽くすのみだった。ついさっきまでも同じ議論をしていたのだろう。危機的状況に判断を誤れば更に犠牲が増えるし助かった命も危うくなる。
「もういい、俺ひとりで行く。それならば心配いらないだろう」
「無茶を言うな! 君ひとりで何ができる⁈」
「俺ひとりでも共和国軍を叩きのめす。二度と攻めてこられないよう燃やし尽くしてやる」
そう言ってフラムは飛び出して行ってしまう。
「待て、フラム! 誰かあいつを止めてくれ!」
ヘルマたちは互いに視線を合わせると何も言わずに出て行こうとする。だが手を掴まれて引き留められる。
「どこに行く気だ? 君たちには頼んでいない」
「いや、でも俺たちじゃなきゃフラムさんは止められねぇよ」
「ウチらが何とかするから。団長、命令してっ!」
「絶対にダメだ! 君たちは怪我人の救護と搬送を命じる。危険な事はしないでくれ……」
『分かった』という言葉を聞いてカウコーはようやく手を離す。
「ありがとう、フラムは私が追う。ファウオー、あとの指揮を任せる。3人は……」
カウコーが向き直ると3人の姿は消えていた。
「……っ⁉︎ まさか?」
外に出てもその背中も見えなくなっていた。
フラムは馬を走らせ一直線に壁外へ向かっている。まだ付近に駐留しているはずと見込んでの突撃だった。
「絶対に許さん。仲間を……俺たちの大切な人を、居場所をめちゃくちゃにした罪を償わせてやる!」
廃墟と化した街を進んでいくと背後から呼び声が聞こえる。振り向くとヘルマたち遊撃隊の3人だった。
「お前たち何をしに来た?」
「俺たちも行くぜ。街をこんなにされて許せねえからよ」
「ああ、ウチらの大切なものを奪った奴らに目にもの見せてやる」
フラムは少し笑みを浮かべたように見えたが3人を見る目は厳しく鋭かった。
「お前たちは戻れ。ここからは俺ひとりで良い」
「はあ? ふざけんな⁉︎ 俺たちも行くっていったら行くんだよ!」
ヘルマは構わずに馬を走らせようとしたが目の前に炎の壁が吹き上がりフラムとの間を隔てる。炎に驚いた馬は立ち上がり勢いでヘルマたちは振り落とされる。
「な、何すんだよ⁉︎」
「邪魔になるだけだ。それよりも辺りに居る生存者を探して連れて行け。くれぐれも巻き添えを喰うなよ、今の俺は手加減ができそうにないからな」
炎の壁の向こうへとフラムは走り去っていく。アルドーレとロージアはそれを見ていることしかできなかったがヘルマだけは炎を飛び越えて走り出す。
「畜生―っ! 待ちやがれっ‼︎」
アルドーレとロージアは追いかける事ができなかった。
「あいつ……また何か光って……」
「ロジ」
ロージアはアルドーレの声にすぐ反応できなかったが振り向くと手を差し伸べられていた。その手を掴んで起き上がる。
「あいつは大丈夫だろうから一旦放っておこう。それよりもこの辺り、本当に人が居る」
「救助するのか? 団長の命令だしな、ウチはそれで良い。……団長、怒ってるかな?」
「……」
その後、フラムは共和国軍の一団を発見する。
「やはりこの機に乗じて」
敵軍へ単騎奇襲を仕掛ける。敵軍に放たれた一撃は魔導兵器に劣らぬ威力で周囲の木々や山を吹き飛ばして諸共燃やし尽くしていく。更に先に進むと魔導兵器の発射台と思しき巨大な鉄の荷車が撤退していく姿が確認される。
「あれが元凶!」
直感的に魔導兵器に関するものだと感じ跡形もないよう破壊する。
フラムの【炎剣】の二つ名が広く知れ渡る切掛けがこのベルブラント紛争である。英雄的な賞賛は少なからずあったが命令違反の責任の方が重く、フラムは謹慎ののち騎士学校に教員兼生徒の守護役として転属させられる。
廃墟となったベルブラントは魔力障害が発生して人が住むには適さない環境となる。生き残った住人は他の街や村へ移住を余儀なくされる。
やがて誰も居なくなった土地には他国からの難民が住み着くようになり騎士団は治安維持のため小隊を駐屯させる。そして残りは騎士団本部へと引き上げてしまう。
それぞれが悔しさと後悔と決意を胸に刻む。




