ゼピュロスの三馬鹿Ⅶ
平穏な日々は長く続かないもので共和国軍が領内へ入り込み、そのまま北上しているとの知らせが入る。
「兄さん、このルートは……」
「ああ、真っ直ぐに北上すればゼピュロス本部だ」
ルース兄弟の他にも部隊長たちが集まり対応を協議している。その中にはもちろんフラムもいた。
「どういうつもりだ? 強固な西から攻めるよりも東に回って市街地から攻める方が理にかなっている。しかしこちらが何の対策もしていない訳がなくリスクが大きい事はわかっているはず。ヤケになったとは思えない行軍……まさか帝国と手を組んだか⁉」
フラムの発言に会議室がどよめく。だがカウコーが口を開くと瞬時に静まりほっとしたため息が漏れる。
「今のところ帝国に動きはない。むしろ帝国も共和国に手を焼いていると思う。ボレアースへの侵攻がこの1か月でなくなったらしいからね」
「では陽動……罠か?」
「そうかもね。奴らの狙いはベルブラント——の先、魔宵の森」
今度はカウコーの言葉にどよめきが起きる。
「魔宵の森? あんな魔獣だらけの森をどうして?」
「魔獣だらけだからさ。上質な魔石や素材は薬や武器、魔道具に使用される。奴らの狙いは資源を有する土地なのさ」
北部も魔獣が多く生息する地域があり攻めてくる場所とも一致する。執拗にベルブラントを狙う理由がわかると必然的に作戦は組みあがっていく。
「敵陽動部隊にはヘルマたち遊撃隊を向かわせる。僕たち本隊はベルブラントの守りを固める。既に敵部隊が伏せている可能性があるから十分に注意してくれ」
各部隊はそれぞれの戦いに赴く。
ヘルマたちは本部の部隊が食い止めている間に背後から挟撃するため早馬に乗って戦場へ向かう。
間もなく追いつくであろう距離までくると新たな知らせが届く。共和国軍の一部が踵を返してヘルマたちの一団へ向かって来ているというのだ。更に悪い知らせが続き共和国軍の増援が越境して来ている。その部隊もまっすぐにヘルマたちに向かっているらしく、前方と西側の二方面から攻められる状況に追い込まれてしまう。
「どうする? 二手に分かれるか?」
ヘルマ、ロージア、アルドーレのたった三人の遊撃部隊、その背後と側面を守る後方支援部隊は慌てふためき混乱していた。
「分ける、つってもどうやってやるんだよ? ウチは一人でも良いぜ」
「アホか。一人になるなら俺やろ、実力的に」
「はあ? アホつったか、今?」
歪み合いが始まる前にアルドーレが割って入ってふたりを諌める。
後方支援部隊の部隊長も申し訳なさそうに話の輪に入ってくる。
「マジで情けねえ。こんな時に決断して指示を出すのが俺たち大人の役目なのにな……正直どうすれば良いのか……」
誰も口を開かなくなり辺りを吹き抜ける風の音だけが聞こえる。だがその風に乗ってアルドーレの声が部隊全体に広がる。
「反転してきた本隊は俺たち3人に任せてもらえないか? 代わりに側面からの援軍は頼む。俺たちが戻るまでの間……必ず戻るからそれまで耐えてくれ」
「いや、本隊を3人だけって……」
部隊長たちは驚いていたがヘルマとロージアはそう来たかと不敵な笑みを見せている。
「いけるよな?」
「あったりめーよっ‼︎」
「誰に聞いてんだ? ウチらなら余裕だろ」
「待て待て待て、お前ら落ち着けって。数千人規模の大軍が相手だぞ⁉︎ そんなのを相手に——」
3人は正面に拳を突き出し自信に満ちた表情で笑う。
大人たちは恐れを知らない子供の戯言だと一笑に付すどころか何故かその自信は伝播して力がみなぎってくる、そんな気持ちになる。
「俺らが戻るまで踏ん張れよ。頼んだぞ‼︎」
ヘルマの呼びかけに大人たちは雄叫びを上げて拳を合わせる。
「おおーっ! 何なら俺たちだけで片付けてやる‼︎」
「そうだ、俺たちと勝負だ」
「はは、勝負になんねぇだろ」
士気はかつてない程に上がり誰もが勝利を疑わない。
「なあ、ヘルマ。お前、身体から何かキラキラ光るものでてないか?」
「ん?」
腕を上げたり首を回して背中の方を見ようとしたり、手足を変な格好で動かしながら見渡すが何も見えない。
「溢れ出る俺の知性と教養かも知れん」
「ああ……それでお前バカなんだな」
二手に分かれた部隊はそれぞれの戦地へ赴く。僅か数時間でヘルマたちの目の前には共和国の大部隊が見えてくる。
3人は速度を落とす事なく敵陣へと突っ込んでいく。遠距離からロージアの魔法とアルドーレの弓矢が前方の敵兵を次々と倒していく。一時的に混乱に陥った共和国軍は立て直しを図ろうとするがヘルマのスピードは予想よりも早く、あっという間に目の前に現れる。斬撃を飛ばしながら部隊中央に向かい大群が二つに割れていく。
「ウチは右に展開する」
ロージアの言葉が聞こえるはずないのだが大群を突き抜けて踵を返したヘルマは示し合わせたようにロージアの反対側を攻め始めた。
「援護は任せろ」
馬を止めたアルドーレは矢をまとめて射ると全てが敵兵を射抜く。時には軌道を変えて襲ってくるから共和国兵は慌てふためき陣形どころではなくなってしまう。
たった3人の攻撃に瓦解した大軍は共和国方面へ向けて撤退を始める。はじめは追い立てる素振りを見せていた3人はある程度で追撃を止めてもう一方の支援部隊の応援に向かう。
「へぇ……やるじゃねえか、おっさんたち」
「ほぼ終わりだな、押し返してる。ウチらの加勢でとっとと終わらせようぜ」
ヘルマたちが加わり共和国軍は撤退を余儀なくされる。騎士団本部側の戦いは敵軍の全滅で終わり西部国境線戦はゼピュロス騎士団の完勝で幕を閉じる。
意気揚々とヘルマたちはベルブラントへ帰還の途につき、あと数時間で着くだろう距離まで来たところで僅かな衝撃波を感じる。目指す先、はるか遠方で光が見えたと思えば空高く雲が登っていくのが見えた。
「今のは……ベルブラントの方だよな? 何かイヤな予感がするぞ。お前ら、全力で走れ!」
駆け出したヘルマの後をロージアが続く。
「どうしたんだ? やっと家に帰れるってはしゃいでんのか?」
アルドーレは不吉な雲を指差す。
「アレを見ろ、街の方角だ。ヘルマが……あいつの“イヤな予感”は当たる。急いで戻ろう‼︎」
アルドーレの険しい表情に察しがついた一団は速度を上げて走り出す。
街に近づけば近づくほど不安になり恐ろしさが込み上げてくる。3人が辿り着いた先に見知った街の姿はなく、逃げ惑う人たちと怪我人で溢れている。家屋は倒壊し火事が起きているのか煙があちらこちらで上がっている。爆風で飛ばされてきた何かは原型を留めていない。周囲には戦場のような嫌な匂いが漂っている。更に先に進むと荒野が広がっていて美しく賑やかだった街は灰となって消えてしまっていた。
「何だよ……何なんだよ、これはっ⁉︎ そうだ、団長は? みんなは無事なのか⁈ おーい、誰か返事しろよっ‼︎」
「落ち着け、ロジ! 先に状況確認だ! おっさんたちと合流して怪我人の救助だ」
「でも……カウコーさんやファウオー、フラムさんが……」
普段は気の強いロージアも絶望的な光景に泣きそうになっている。どんなに力があって強がっていても彼女はまだ子供なのだ。
そんなロージアの頭をアルドーレが掴み、両の頬をヘルマが掴む。
「いたたたたたたたたっ……ふぁ、ふぁなへ!」
「あいつらが簡単にやられる訳ないやろ。何があっても生きとる」
「そうだ。勝手に決めつけて勝手に泣いてんじゃねえ」
「泣いてねぇよ! お前らいい加減に放せっ!」
掴まれていた手を振り払い痛くて涙目になった。
「思いっきり掴んだからな。んなことより探すぞ。おーい、団長! 誰かいるかぁ!」
ヘルマに続いてアルドーレ、ロージアも周囲の捜索をはじめると声を聞きつけた騎士がやってくる。
「お前たち無事だったか、良かった。人手がいるから来てくれないか。カウコー副団長たちの所へ案内する」
皆が生きている事に安堵し気が抜けそうだったが周囲の状況を見れば楽観はできない。3人は一先ず騎士についていくことにした。




