入学試験Ⅸ
辺りは静まり返っていた。
試験官たちが作った結界に流れる魔力の共鳴音、フラムの放つ炎の揺らめきが儀式の始まりのような演出となり厳かな雰囲気に包まれている。
周囲で見守る受験生たちは無言で見守る。
ただの試験でしかないのに二人の真剣勝負に魅入っている。
「これで最後だ。行くぞ!」
誰も心の準備が出来ていないであろう隙を狙い、唐突に始まった。試合形式であれば場の空気に合わせることもあるだろう。だが戦場を知る騎士は敢えてそれを外してきた。
だがそれはシエルに通用しない。戦うことに意識が集中している。
これまでで最も速く間合いに入り振り下ろされた一撃にも反応し両の剣で受け止めて見せた。
だが幾度となく重い攻撃を受け続けていた右手の剣は持ちこたえる事が出来ずに刀身を折られる。身をよじりフラムの左側へとステップし、長さの違う両の切っ先が平行線を描きフラムの首と胸へ滑り込んでくる。
フラムも同じようにステップし反撃を回避。シエルが元居た場所へ片足をつけるとすぐさま攻撃に移る。シエルも反応しており両手の剣で受け止めた。
刀身を失った剣で何故攻撃や防御が出来ているのか?
折られたはずの刀身は氷の刃となって生まれ変わっていた。
氷の剣は炎剣の熱により蒸気を発していたがその量は少ない。シエルの氷剣もまたフラムの炎と同じくただの魔法剣ではない事は誰の目にも明らかだった。
「すごい……あの《炎剣》と互角の魔法剣……」
「炎を凍らせることが出来る魔法があるって聞いたことがあるけど……。フラム様の炎剣に対抗できるということは……それだけのクラス……てことよね?」
「さすがに古代の超魔法クラスというわけではないと思いますが、カテゴリ5には相当するかもしれません……」
セレナたちの会話から何やら聞き覚えのない言葉が聞こえる。魔法に階位があるらしい。俺も一緒に勉強が必要だ。
「ようやく本気を出したか」
鍔迫り合いに力で押し切ろうとしているらしいが更に【強化】で身体能力を上げているシエルはびくともしない。
「よりによって氷の剣と……風の剣とはな」
横なぎに切りつける風の刃をバックステップでかわし距離をとられた。
シエルは適正検査でも見せたように全属性に適性がある(これは俺の育て方が良かったからだ)。すべて使えるがやはり得意な属性はある。四属性の中では風と水だ。
風は移動や通信などの補助系が多く、比較的扱いやすいが応用が利きにくい。
水は“熱”をコントロールすることで状態変化を起こし様々な効果を得ることが出来る。最も応用力に優れた属性だが、扱いが難しい面もある。
相反する性質の属性を得意にしているのは欠点を補い長所を生かす発想力にあるのだが、実戦での試行錯誤の賜物だろう。
右手の氷の刃からは冷気がわずかに漏れ出し、剣を振るうたびにキラキラと結晶が舞っていた。左手の剣は刀身を守るように旋風を纏っている。風自体は見えないが同時に剣の刀身も見えづらくなり、逆にその存在を知らしめている。
二つの属性に当てられたのかフラムの炎も更に激しさを増している。
「最後にもう一度問おう。お前はその力で何を知り、何を守る?」
渾身の一撃を繰り出すために力を溜めているのだろう。炎剣の刀身は溶けてしまい真の姿が露わになり、黄色の炎が新たな刀身を生み出していた。
正真正銘、最後の一撃がくる。そう思わせられるに十分な熱を発していた。
「知りたいこと……、守りたいもの……」
シエルも両の剣を構える。今までのように“受け”ではなく、此方からも撃って出る構えだ。
『別に無理に答えなくていいからな』
決意や目標を口にすることは良い事だと思う。でも誰にでも言うべきではないとも思う。
シエルもその考えに同意はしてくれていた。だからこそだったのだろう。
「この人には言っても大丈夫だと思う」
基本的に俺はシエルがやりたいようにすれば良いと思っている。何かあってもフォローはできるから。失敗も含めいろいろな経験が必要でもあったから。
シエルが目指すところには自分以外の人も傷つける恐れがあった。
でも騎士学校に入学を決めたときから覚悟を決めていた。入学試験でそれを話すとは思わなかったけど。
「わたしは……」
不意打ちでフラムが切りかかってくる。しかしその剣の重さは今までと比較にならないぐらいに軽い。当然余裕で受け止めるが間合いはかなり近くなった。
「!?」
フラムはさあ話せと言わんばかりの加減で押してくる。外からは完全に膠着状態に見えるだろう。
周りに聞かれないための配慮だろうか。それならこんな場所じゃなくても良かっただろうに。
シエルもそれを察したのか剣を交えたまま話し始めた。
「わたしを生んでくれた母は、わたしを誘拐しようとしたテロで……殺されました」
彼は驚いてはいるがそのままの体制で続きを待っている。
「わたしに母を守る力があれば死なせることはなかった」
「子供の頃の話だろう? お前に責任は……」
「いいえ。私の責任です。……わたしでなければ、あんなことは起きなかったかもしれない」
「馬鹿なことを言うな! 傷つけた側に責任はある!」
至極真っ当だ。俺も何度もシエルとはこの問答は続けている。
「何故わたしが襲われたのかが知りたい。その時に誰も犠牲にしたくない」
「……それが知りたいことと守りたいものなのか?」
詳しく話したわけではない。漠然とした話にも聞こえるかもしれない。それでも凡そは理解したという表情だ。
「それだけなのか? 過去に囚われなければ傷つく人間はいないのだぞ?」
確かにそうだ。過ぎ去った事として未来に目を向けていければ、きっとそれがシエルにとって良い事だったはずだと俺も思っていた。
「色々勉強していくうちに何故テロを起こすのかを考えるようになりました。そしてこの国の……この世界にある差別や格差を知りました。少しでも良くすることが出来るはずなのに、何故誰も、何もしないのか? わたしはそれも知りたい! 知ることで母の事やわたしの事が分かる気がする……から」
思った以上に個人的で、世間知らずで夢想的な話だっただろう。理想的な正義を振りかざそうとしているようにも見えるだろう。フラムが何を想像していたかは知らないが、あのパラディム家の娘であるならば納得できるはずだ。
近衛騎士団長フォルト・パラディムは四騎士団創設の功績を称えられ公爵位を賜っている。だが騎士団長としての職務と特例であるから当代のみの爵位であり、領地管理は免除されている。代わりに西側の貧民街と難民の管理を任された。
国としては有事の際の肉壁にしたいらしいが、騎士団長のプライドが許さないのだろう。シエルの父は積極的に衣食の支援や仕事の斡旋を行っている。そんな父の姿を見て、自分も手伝うとついていくことが多くなった。その内に一人でもボランティアに行くようになったのだから、いつまでも改善されない状況に国は何をやっているのだろうと疑問に思うことは難しくなかった。
パラディム家の人間である事を知っていれば、シエル個人の行動を除いても貧困問題に触れる機会が多い事は容易にわかるはずなのだ。
「父君の代わりに何とかしたいと? その行動が自分と過去を繋げるというのか……?」
空色の瞳は炎を超えて真っすぐにその通りだと告げている。
フラムは何も言わずに2合切り結び、大きく距離をとった。
「お前が何をしようと考えているかはわかった。……何故騎士学校に入学しようとしているのかはわからんがな!」
フラムは剣を握り直し更に火力を上げて自分自身と同じ大きさまでに達した炎の大剣を構えた。
「ようこそゼピュロス騎士団へ。俺たちはお前のような自由な風を歓迎する!」
自らが放つ火炎で加速し突撃を仕掛けてきた。シエルも風の刃を放つがスピードを抑えるどころか更に加速して回避して近づいてくる。凄まじいスピードで乗り振り下ろされた大剣の一撃を受け止められないと判断したシエルは回避する。目標を失った斬撃は床をたたき割り、大小の破片が舞い上がる。その衝撃は一瞬で周囲に伝播し舞台を砕き割っていく。
崩れゆく足場を避けるように飛びあがり、身を翻しながらフラムの後方へと向かう。それを読んでいたのか振り向きざまに大剣を再度振り下ろしてきた。だが着地と同時に風の剣で衝撃を受け流す。しかし第2、第3撃と連続する攻撃に圧倒され追い詰められていく。
「終わりだ」
攻撃を受け流しきれずに崩れた体勢を見逃さなかった。
袈裟切りに円弧を描く炎はシエルに届く前に止まった。同時に激しい雷光が視界を遮る。
シエルの右手の剣は刀身を取り戻し、紫に光る雷を纏っていた。
「雷属性だと!?」
直接触れなかったが電撃による痺れがあるようで右腕を抑えている。
構わずフラムの懐に飛び込み、雷と風による攻撃を繰り出す。フラムもなりふり構って居られなくなったのか剣から発せられる炎で壁を作り出し迎撃態勢をとる。
風の剣で一刀両断にされた炎は左右に分かれ消し飛ぶ。
消えた壁からはフラムが切り掛かってくる姿が見える。
シエルもそれは予測できていた。だがフラムの剣の方がわずかに早く振り下ろされた。
「もらった!」
きっとこの戦いの最後の瞬間を捉えたものは誰もいないだろう。
決着の直前までフラムに軍配が上がったと判断した者は少なからずいる。
フラムを制止しようと近くまで飛び込んできた試験官もその一人だろう。
だが本当の結果に見守っていた観衆も試験官も、戦っていたフラム本人でさえも唖然としていた。
観衆は少しざわついている。
張られていた結界が最後の一撃による衝撃で内側から破壊されガラスの破片が舞うようにキラキラと降り、消えていった。
現状を正しく認識し最初に声を発したのは意外にもグーテスだった。
「か、勝った……。すごい……。シエルさんが勝ちましたよ!」
やった、やったと腕を振り上げ喜んでいる。
側にいるセレナはその声にようやく理解が追いついたらしく、グーテスに抱き着いて喜びを爆発させている。
次第に周りも興奮の歓声と困惑のどよめきが響いた。
お互いに最後の一撃は明らかにフラムの方が早かった。しかし雷が如く一閃により炎を吹き飛ばしフラムの炎剣を真っ二つにしていた。
対戦結果的には武器破壊によるフラムの戦闘続行不可能でシエルの勝利というわけだ。
「……雷の一閃……」
まだ信じられないといった様子で折られた剣を眺めている。不意にシエルが右手に握られている剣に目を向け更に驚いた表情を見せた。
「おまえの右手の剣……俺が折ったはずだが?」
右手に持つ剣は確かに折られて氷の刃で応戦していた。それが今は金属製の刀身が “生えて”いる。雷属性に驚いて気が付かなかったのか?
「えっと……エーテル素子に火と土のマナで刀身を形成しました。氷よりも金属の方が雷は扱いやすいから……」
「金属錬成だと?」
「ちょうど折られた刀身があって、それも素材にして舞台の破片からも製錬すれば強くなるかなって」
事も無げに説明しているが、だいぶんエグイことを一瞬でやってしまったようだ。
「……そうか。それは凄いな」
そういうとフラムは笑い出し折れた剣を鞘に納めた。
「審査するまでもないと思うが一応は試験終了だ。結果は自宅に通知が行く」
そういうと背を向け校舎の方へ歩き出した。が、思い出したように振り返り問いかける。
「何故、騎士団へ直接ではなく騎士学校を志望した?」
シエルは少し照れ臭そうに眼を合わせずに答える。
「えっと……、集団生活に……慣れておこうかなって」
答えを聞いたあと腕を組んで少し思案し、納得の表情でこう返された。
「確かに協調性は0点だな。あとクジ運も」
「それは言わないでえええええええ!」
涙目で絶叫するシエルを見てにやりと笑って帰っていった。負けた腹いせなら大人気ない。
『大丈夫だ、シエル! 他は全部百点のはずだ! クジ運だけだ0点は!』
「ひどいよぉ……」
こうしてシエルの入学試験は無事終了した。
結果は分かり切っているが、色々な出会いや切っ掛けがあって良い経験値が稼げた。
俺達には小さな一歩のつもりだったが、水面に落ちる木の葉のように静かに波紋を広げていく出来事だった。




