ゼピュロスの三馬鹿Ⅵ
『ゼピュロスの三馬鹿』という呼び名は調子乗りやすいヘルマとロージアを嗜めるためでもあるが三人の実力は騎士団全員が認めている。
帝国の侵攻は北のボレアース領では続いていたが西のゼピュロス領へはぱたりと途絶えていた。代わりにではないがシレゴー共和国と国境付近で小競り合いが増える。
この戦線に向かったヘルマたちは連戦連勝で敵に国境線を跨がせる事はなかった。
「ザマァ見ろ! 俺らの勝ちだーっ‼︎」
ヘルマの咆哮に騎士団は大いに盛り上がる。負傷者はでるものの死者はいない。多少の犠牲は覚悟のうえで戦いに向かうがここまでの完勝に騎士たちは意気高揚し領民の騎士団への信頼も高まっていた。
「アルぅ、無愛想にも程があるぞ。もっと喜べ。それとも俺の方が活躍して悔しいか?」
「いや、ウチの方が活躍したけどな」
「はぁ⁉︎ テメェは魔法しか撃ってねーだろうがよっ!」
「おまえ馬鹿? そういう戦い方だって知っているだろ。そんなだからウチには勝てねぇんだよ!」
いがみ合うふたりを他所にアルドーレはカウコーの元へ向かう。
「お疲れ様、今回も大活躍だったね。……浮かない顔をしているけど、どうかしたのかい?」
アルドーレが勝利の喜びを表に出さないのはよくある事だが、今の表情は明らかに困惑や悩みが見てとれる。
「……違和感がする」
「違和感?」
「最近は共和国の攻めてくる間隔が短い。それに割とすぐに引いていく。……陽動かと思うけどそうでもなさそうだし」
カウコーとファウオーは顔を見合わせると互いに確信を得たように頷く。
「実は僕たちも同じ事を考えていた。共和国は相変わらず難民の事を問題にしてきているが王国は取り合っていない。その事で牽制してきているのかと思っていたが……どうも違う気がしていてね。もしかすると大規模侵攻の前兆なのかもしれない」
「大きな戦争になるかも……て事か」
カウコーは首を縦に振るが表情は暗くない。
「安心して。そうならない様にベルブラントをはじめとした各都市や拠点の守りを強化することになった。ムンダインでは騎士学校の建設も始まっているから前線は守り通さないと。アルたちにも頑張ってもらうよ」
「……わかった」
少しばかり気持ちが晴れた様子でアルドーレは部屋をでる。
外では何人かが駆けまわりちょっとした騒ぎになっていた。向かってみると聞き覚えのある声が響いてくる。
——またか……
人だかりをかき分けて騒ぎの中心に向かうとヘルマとロージアが殴り合いの喧嘩をしていた。剣や魔法を使う事はないから周囲への被害はないが団員同士の喧嘩は御法度であるし身体能力がずば抜けているふたりを止めるのも至難の業なのだ。
「おお、アル良いところに来てくれた。あの二人を止めてくれ」
「はぁ……分かった」
渋々ふたりの仲裁に向かっていくと脇をすり抜けて喧嘩するふたりへ突進する影が目の端に写る。
「コラーっ! ナニこんな所で喧嘩してんねん! 相手は女の子やぞっ⁉︎」
小柄な猫獣人の少女がヘルマに向かって飛び蹴りで向かっていく。だがヘルマはロージアとの殴り合いをしながら少女の飛び蹴りを躱す。
飛び蹴りが失敗に終わった少女は着地するも態勢を崩して膝をつく。尚も仲裁に向かおうと立ち上がり振り向くとロージアの背中が見える。しかし次の瞬間にはその背中は消えて殴りかかってくるヘルマが居た。
「ヤバっ……」
殴られると思い咄嗟に両手で顔を隠して身を縮める。何の衝撃もなく恐る恐る目を開けるとアルドーレがヘルマの拳を掴んで守ってくれていた。
「あ……」
見上げると一瞬時が止まったように感じられる。だが地鳴りのような低い声で我に返ることになる。
「この……馬鹿タレがっ‼︎」
ヘルマへのカウンターがクリーンヒットし周りにいた騎士を何人か巻き込んで吹き飛ばす。ヘルマは目を回していて巻き添えの騎士たちも唸り声をあげて倒れ込んでいる。
アルドーレの視線はロージアへと向けられ目が合うや否や許しを乞うための土下座をしていた。
「す、すみませんでしたっ‼︎」
「お前ら喧嘩するなら……、って痛っ」
話の途中で後ろから足を蹴られ振り向くと猫獣人の少女が怒った顔でアルドーレを睨んでいた。
「アホかっ‼︎ 怪我人増やしてどないすんねん! さっさと救護手伝わんかい!」
倒れているヘルマたちを指差し彼女は駆け足で向かう。
「ええ……、俺が怒られるのは違くないか?」
アルドーレは戸惑いながらもヘルマと騎士数人を医務室へ運ぶのを手伝う。
医務室ではさっきの少女が治癒魔法と通常の医療処置を併せて騎士たちの治療を行っていた。
「いやぁ、なかなか良い腕してるわ。殴られたとこの痛みが和らいで、後は自然治癒した方がええから言うて。手当の手際も良いな」
「いやぁ、ほんと腫れもすぐに引いて痕も残らないようにしてくれて助かる」
ヘルマとロージアは並んで治療についての賛美を並べていた。
「なぁ、なんでお前らの始めた喧嘩で俺が怒られるハメになる? なぁおかしいだろ? 何でお前らは俺に謝らない?」
ふたりは冷や汗をかきながら目を合わせずに口籠るだけだった。静かな怒りをふたりに向けるアルドーレが尚も詰め寄ろうとすると治療していた少女から怒鳴り声を浴びせられる。
「医務室やぞ、静かにせえっ! あと目ぇ覚めたんなら早よ出ていけ!」
「だから何で俺が怒られるんだよ?」
騒ぎを聞きつけてカウコーとファウオーがやってくる。
「ルクソリア、着任早々悪いね。みんなの怪我の具合は?」
「あ、副団長! 気にしないでください。みなさん軽傷なのですぐ良くなります」
「そうか、一先ず安心した。みんなも養生してくれ。それで……」
ヘルマたちの方にはファウオーが厳しい表情で立っていた。
「事情は周りにいた者から聞いています。三人は事情聴取後に懲罰室送りですね」
今回ばかりは言い逃れできるような状況ではなくヘルマとロージアは黙って従う意思が見られる。カウコーも仕方ないと苦笑いしている。
アルドーレだけは『自分は止めに入っただけだ』と無実を訴えるが巻き込もうとするヘルマ、ロージアのふたりの妨害を受ける。
「ちょ、ちょっと待って!」
割って入ってきたのは治療を施していた猫獣人の少女だった。
「その人……背の高いその人はウチを庇ってくれたんよ。ぶっ飛ばして他の人巻き添えにしたんもこの人」
「じゃあやっぱりアルドーレも来てください」
「何でそうなる⁈」
ファウオーに猛抗議するアルドーレにヘルマとロージアは諦めろ、罪を認めろとファウオーの陰からヤジを飛ばす。収拾がつかなくなる前にカウコーが間に入った。
「取り敢えずアルの事は話を聞いてからにしよう。そうだ、紹介が遅くなったけど彼女はルクソリア、今日から医療班で働いてもらうことになった」
「えっと……ルクソリア・ソリグです。よろしく……お願いします」
頭を下げ終えると少し気恥ずかしそうに目を泳がせていたが、その場にいた騎士たちに声をかけられて拍手で迎えられると照れながらも笑顔を見せた。
「彼女は優秀な治癒魔法士で、その上この歳で医療の知識も豊富でね。最近は怪我人も少ないけど、いざという時の為に配属してもらった。よろしく頼むよ、ルクソリア」
「は、はいっ‼︎」
嬉しそうに返事をするとアルドーレの視線に気がつき近くへ寄る。すると背の高いアルドーレは屈んでルクソリアと目を合わせる。
「さっきはありがとうな。助かったわ」
「おう……あまり無茶するなよ」
ふたりの間にヘルマとロージアが割って入ってくる。
「アンタやるじゃん。ウチらと歳変わらないのに医者なのか?」
「いや、そこまでじゃ……」
「その訛り、アフティア出身か? 俺は王国の南西部出身やから……て、俺なんか悪こと聞いたか?」
「……え、いや……実は……」
獣人国アフティアの名が出ると表情が一変する。察したカウコーがフォローに入る。
「アフティアは古くから共和国との戦争が続いていて年間何百人もの人が難民として王国にやってきている。海峡を渡って南のノトスで受け入れる事が多く、彼女もその一人なんだ。ただ彼女の力は凄いからね、こっそりスカウトしてゼピュロスに来てもらったんだ」
驚いた顔のファウオーが珍しく声を張る。
「えっ⁉︎ アウステル団長に何も言ってないのですかっ⁉」
「言ったら取り合いになると思って」
あっけらかんと話すカウコーにファウオーは頭を抱える。数日は三馬鹿に加えてルクソリアが引き起こすトラブルに頭を悩ませる事になるのだが、それは後日小さな出来事だと思わせられる。




