ゼピュロスの三馬鹿Ⅴ
帝国の侵攻を止めた一番の功労者はヘルマたち三人である事は一緒に戦った誰もが認めるところだった。
「これで三人の見る目も変わる」
そう思っていたカウコーだったが、本部での報告を終えて数日遅れてベルブラントへ帰ってくると机の上には三人に対する嘆願書が山積みになっている。
「今度はいったい何をやったんだい?」
恐る恐るファウオーに尋ねてみるが首を横に振るだけで帰還後は特にトラブルはなかったらしい。
強いていうなら先の戦いを基に再編された部隊に対する不満が広がっているという。
「ええ……ベルブラントは要所だから配置替えは控えて編成だけ変えたはずなのに。みんな本部に行きたいのかな?」
ファウオーが理由を説明しようした瞬間、勢いよく扉が開いて数名の騎士がずかずかと乗り込んできてカウコーに詰め寄る。いずれもベルブラントにおける部隊長たちだ。
「カウコー! ……いや、副団長っ‼︎ 何であの三人を俺たちの部隊に入れたんだ⁉︎」
「そうだ! アンタは何を考えているんだっ⁉︎」
執務室はヘルマたちの編入を拒む言葉で溢れる。必死の形相にそこまで拒む理由は何かという思いと一緒に戦った者なら彼らの活躍を見ているはず。編入は喜びこそすれ拒否する事はないのではと流石のカウコーも困惑を隠せずにいた。
「ちょ、ちょっと待って、みんな! 何故そんなに彼らを拒否するんだ? 彼らの実力は折り紙付きだ。必ず私たちの力になってくれる。そろそろ受け入れても……」
「何を寝ぼけてやがるっ⁈」
カウコーの言葉を遮って古参の部隊長が声を荒らげる。
「あいつらをバラバラに組み込んでどうする⁉︎ 三人揃ってこそ力を発揮できるってもんだろうが!」
「それに俺たちがあいつらの戦闘について行けるわけないだろう⁉︎ 精々遠巻きにして援護してやるぐらいだ」
「そうだ! 俺たちに出来るのは左右と後方を固めて守ってやるぐらいしかねぇ。情けない話だがこれが一番死傷者を減らせる戦術なんだ。だが心配するな、俺たちが命にかえてもあいつらを守って見せる」
思っていたのと違う。不意をつかれたが嬉しさが込み上げできて声に出してカウコーは笑った。
「確かにみんなの言うとおりだ。こんなの面白くないよね」
手元にあった編成を記した書類を破り捨ててしまう。
「みんなの意見を参考に僕自ら編成し直す。幸い配置換えはないからここだけで完結させられる。なあに、団長には後から報告すれば良い」
またかとファウオーは頭を抱えたが止める言葉は一言も発しなかった。
数日後、入隊式が行われる。
「君たちは今日から見習いではなく正規の騎士だ。そしてこれからは三人一チームの遊撃隊として働いてもらう」
「ユウゲキタイ?」
「枠にハマらず自分たちの意思で動く事ができる部隊だ。自由の代わりに君たちの行動や判断はとても重要になる。判断を誤れば騎士団全体を危機に落とす事だってあるのだから」
責任の重さに三人は息を呑む。
「ウチらには、その……荷が重すぎやしないか?」
珍しく尻込みするロージアにヘルマも黙っている。それだけ責任の重さを理解しているという事だ。カウコーは嬉しさで三人を抱きしめたい衝動に駆られるがぐっと堪える。
「僕たち兄弟はスラムに捨てられた孤児なんだ。二人で何とかして生きてこられたけど、そうじゃない子供が未だにたくさんいる」
笑いながら話す内容ではないのではと思いつつも三人はカウコーの話に耳を傾ける。
「僕には夢がある。誰もが安全に暮らせる平和な町を作る事だ。その為に騎士団は盾となる必要がある。君たちにはその一翼を担ってほしい。いつか僕はゼピュロス騎士団の団長になる。その時には君たちも『ゼピュロスにはあの三騎士がいるのに手を出すなんて馬鹿だ』、きっとそう呼ばれるようになる。確信があるんだ」
そう言って満面の笑みを見せるカウコーに三人は初めて姿勢を正して真っ直ぐに立つ。
「任せろ! ゼピュロスも団長も俺たちが守ってやるぜ」
「そうそう、ウチらがいれば何も心配いらねぇ。な、アル」
ロージアに肘で突かれてもアルドーレは何も答えなかった。
ノリが悪いややる気がないなど散々に野次られても無言を貫いたアルドーレはその日の夜カウコーを訪ねてくる。
「どうしたんだい。もしかして昼間のことかい?」
無言で頷くアルドーレを部屋に招き入れる。
「それで、何か思う事があったのかい?」
しばらく黙ったままだったがカウコーは静かに彼の言葉を待った。
「俺……ここに居て良いのかな、て。俺は人を大勢殺した。人との接し方もよくわかんねえし……みんな優しくて親切だし……あんまり甘えられないていうか……」
「良いじゃないか、甘えて。ここは君のままで受け入れてくれる。みんな傷の一つや二つあるから気にする必要もない。それでも気が引けるというのであれば、いつか誰かが困っていた時に手を差し伸べることが恩返しになるんだ。そうやって巡っていく……今は受け取るだけで構わないんだよ」
カウコーの言葉にはっとした顔をする。少し考え込んでいたが納得した様子で安心する。それでも表情は晴れずにいる。
「まだ何か気掛かりでも?」
この問いにアルドーレはすぐに首を縦に振るが言葉はすぐに出てこない。
「俺が村を滅ぼした時、化け物だといわれた。昔から異国の化け物の血が入っているって……それは謂れのないただの陰口だから気にする事はないと、ずっと言われていたけど……」
後に続かない言葉が何か、容易に想像できる。
アルドーレに関する最初の情報は“人の姿をした魔獣”だった。角や牙が生えた人型魔獣が武器を持って村を壊滅させたと聞きカウコーはすぐに別大陸に住むといわれる“鬼の末裔”を想像する。ただアルドーレがそうなのか確かめる術がないから誰にも話さないでいる。
「ヘルマやロージアだって特別な血筋かもしれないね。あの二人も常軌を逸していると思う事がある。そんな彼らを君は忌み嫌うかい?」
黙って首を横に振ると少しは心のモヤが晴れたような表情を見せる。
「これから先、もっと特異な人物が入団してくるかもしれない。その時、彼ら彼女らに共感できるのは、きっと君たちだけだから」
アルドーレは大きく息を吐くと少しだけ笑ったような気がした。
「ありがとう、団長。俺……やってみるわ」
「はは、君まで団長呼びかい? 全く気が早いよ」
部屋の扉が勢いよく開くとヘルマとロージアが入ってくる。
「団長は団長やろ? そのうちなるなら今からでもいいだろ?」
「馬鹿、今の団長がまだ居るからややこしいだろ」
「やったら……ヤるか?」
「やめてくれヘルマ! 僕の首が先に飛んじゃうよ」
4人が笑い声は外まで響いていたようで見回りの騎士が顔を覗かせる。
「なんだ、やっぱりお前たちか。あんまり副団長を困らせるなよ、三馬鹿」
“三馬鹿”の言葉にヘルマとロージアが同時に声を上げて噛み付く。
「いや、昼間の副団長の言葉で『三騎士が馬鹿』だってみんな話してたもんだからつい」
『ゼピュロスにはあの三騎士がいるのに手を出すなんて馬鹿だ』
どう歪曲されて三馬鹿になったのか。以降、平時での三人の呼び名は『三馬鹿』となった。




