ゼピュロスの三馬鹿Ⅱ
カウコーが連れてきた悪童三人は騎士見習いとしてゼピュロス騎士団に入団する。
基本的には副団長付けの身分であるが騎士団の事を良く知る必要があると各部署に派遣される。とはいえ、まともにできる仕事などある訳もなく雑用の日々が続く。
「すぐに根を上げて暴れ出すかと思いましたが、意外と真面目ですね」
「うん、本当に素直で良い子たちだよね。それに新しい弟と妹ができたみたいだ。君も弟妹ができて嬉しいんじゃないかい?」
「……」
三人は倉庫内で備品整理をしていて、それを陰からカウコーとファウオーが様子を窺っている。
倉庫内は壁沿いに棚が並んでいて装備品の他に野営で使うテントや鍋や皿などの調理道具、使わなくなった椅子や書類などが雑多に置かれていた。本来は種類分けし棚やチェストに収められているのだが部屋の中央に積み上げられていて雪崩を起こした小物が散乱している。
ヘルマたちが手分けして整理していると若い騎士が倉庫に入ってくる。彼は棚の周りをぐるぐると回って探し物を始めるが三人は気に留めず黙々と作業をしている。
「予備の麻袋は……どこにあるんだ?」
若い騎士は取り留めもなく動き回るから近づかないように作業をしていたが、何時まで経っても探し物を見つけられないでいる。そんな彼に苛立ってきたロージアが声をかける。
「何だよ、お前……いつまで探してんだ? いい加減、邪魔なんだけど」
「ああっ……ご、ごめん! 実は大きな麻袋と縄を数本持って来いと言われて……」
「麻袋は反対の棚の一番上。で、縄はその隣のチェストの中」
指示された場所を探すと言うとおりに探し物が見つかる。
「見つかったならさっさと行けよ。作業の邪魔だ!」
「ありがとう、助かったよ!」
騎士は急ぎ倉庫を出て行った。
「凄いじゃないか、ロージア。ここの倉庫整理は今日始めたばかりだろ? たまたま収納したところだったのかい?」
カウコーも隠れて見ていられなくなり姿を見せる。
「……やっと出てきた。ウチは小物担当だから何処に何を入れるのか把握した方が早いから先に決めといたんだよ」
なるほどと感心していると奥の方から大きな荷物が空中を漂って近づいてくる。
「荷物が宙に……、ってアルドーレ?」
アルドーレは自身が隠れるぐらいに積み上がった荷物を悠々と持ち上げて運んでいる。ヘルマはというと休むことなく仕分けを行っていて、それをロージアとアルドーレが整理していた。
「なかなかに良いチームワークだね」
「はあ?」
「ああんっ⁉︎」
「……」
一斉に噛みついてきたことにカウコーは『ほらね』と笑った。
彼らの入団について、始めは半数以上が反対していた事を考えれば三人を見る目はかなり変わってきている。それでも騎士団内でも有名な悪童であったから入団に懐疑的な意見も少なからず残っていた。
「何をしてきたかよりも、これから何をするかだ」
「あいつらは大きな被害を出した罪人だぞ? あんたは罪人全てを騎士団に引き入れるつもりなのか?」
「彼らはまだやり直せる。彼らが持つ本質的な部分は守る事にある。きっとあの子たちはゼピュロスの人々を救う」
「またそれか⁉︎ 俺たちは王国の騎士団なんだぞ? 小規模でちまちまやっている暇はない! ……ただでさえ俺たちは四騎士団のお荷物って言われていることを知っているだろう」
「この目に映る人々を救うことが私たちの使命だ。誰かと競うものでもないし出来る事には限界がある。子供の二人や三人救えなくて国が守れるのか?」
カウコーは副団長という立場だがまだ若く、入団してわずかな間に副団長に上り詰めたことで古参の騎士たちとは度々衝突していた。ヘルマたち三人の事も独断で推し進めた事もあって反発が根強い。
「はあ……なかなか理解してくれないね」
「仕方ないでしょう。今回ばかりは兄……副団長の根回しが足りなかったのですから。即断即決は悪くはありませんが、もう少し組織というものを……」
ファウオーはヘルマたちが部屋に入ってくると小言を途中でやめる。
「どうかしたのかい?」
カウコーはいつも通りの柔和な笑顔で三人を迎え入れる。だが三人の表情は決して明るいといえるものではなかった。
「なあ、俺らやっぱ、ここに居ない方が良いんじゃねぇか?」
「雑用ばっかでやること無いなら、無理に雇ってくれなくても別に……」
申し訳なさと諦めの感情が表に出ている。そんな顔を見てカウコーは胸が苦しくなる。
「ごめんよ、さっきの話を聞いていたんだね。それなら話は早い。君たちには行動で示してもらいたい。少しずつだけど君たちを理解し受け入れようとしてくれる人たちもいる。真に仲間になりたいと思うなら逃げずに立ち向かって欲しい」
いつになく真剣な顔で言われたものだから茶化す事もせずに空気だけが重くなる。
「具体的に……何をすれば良い?」
重い雰囲気を変えたのはアルドーレだった。
「今まで通りでいい。他人のために、君たち自身のために行動をすれば良い。君たちの持つ力を見せれば、自ずと受け入れてくれるよ」
しばらく考え込んでいた三人は黙って頷くと部屋を後にする。
カウコーとファウオーは二人きりになると同時に大きく息を吐いた。
「まるで自分に言い聞かせるようでしたね」
カウコーは目を瞑ったまま天井を見上げている。
「全くその通りだよ。僕が責任を負わなくちゃ行けないのに、あんな顔させて。……さて、どうしたものか」
カウコーの杞憂をよそに事態は動き出す。
「よし、お前らかかってこい! 全員まとめてでいいぞ」
「なんでこうなるんだよ、バカヘルマ!」
腕組み仁王立ちのヘルマに蹴りを入れながらツッコミをするロージア、その隣でアルドーレが何度もため息をついていた。
訓練場の真ん中で受け入れ反対派の騎士数十人とヘルマたち三人が向かい合う形で対峙している。
頭を抱えるファウオーが両者の間に割って入って止めているところにカウコーが駆けつける。
「いや、何で? みんな何をするつもりだい?」
「俺らの力を示すことにした。その方が手っ取り早いんだろ? 俺らの力があれば騎士団は安泰だってところを見せてやるよ。だからまとめて掛かって来い」
「何でそんなに偉そうなんだ⁉ ガキが俺たち現役の騎士に勝てるわけがないだろう⁉︎」
「いや、余裕やろ? いいから掛かって来いって」
いつの間にか他の騎士も集まって来て取り囲むものだから騒ぎが広がっていく。
「あいつ等が噂の三人か。南西訛り……獣人の血でも引いているのか?」
「いや単純に獣国に近い南西出身者だろ。獣人にあんな尊大なやつは滅多に居ないし、それに温和な性格のやつが多いからな」
「それでどっちが勝つと思う?」
周りの騎士たちも興味本意でヘルマたちを見ている。娯楽の少ない騎士団において部隊どうしの模擬戦は楽しみのひとつでもあった。
ここで解散させても蟠りが残るだけだと思ったカウコーはヘルマの提案をのむ。
「わかった。それでは彼ら三人との模擬戦を許可する。彼らと戦いたい者は前へ。怪我をしないよう木剣を使用すること。危険だと判断したらすぐに止める」
医療班を呼んで準備を進めていくうちにヘルマたちの相手は50人を超える。反対派というよりも面白がって参加する者や家屋の倒壊や同時詠唱、数十人を殺めた実力の真偽を確かめようとする者が大半だった。
「戦って分からせるとか脳筋か? お前バカだろ?」
「そういうお前も参加する気満々やん」
「ねじ伏せて黙らせられるなら簡単だけど……別に良い方法だとか思ってねぇから! アルもそうだろ? なんか言ってやれよ」
「アル?」
不意につけられたあだ名に困惑するとヘルマとロージアの表情が一変する。
「……なんだよ?」
「いや、お前もそんな顔できるんやと思ってな。アルドーレとか長いからアルでええやろ。そしたらお前はロジで俺はヘルか?」
「いいや、お前はバカだろ」
「何でやねんっ!」
ヘルマとロージアの会話にアルドーレが吹き出す。その後は堪えきれなくなったのか声に出して笑い出した。
「ははっ、お前も笑えるんだな」
笑いながら「お前ら本当にバカだな」と口にする。
それを見ていたカウコーも思わず笑ってしまう。
——はは、自分が何とかしようなんて、やはり烏滸がましい考えだ。この騎士団で……みんなの力があれば
模擬戦が開始されるとヘルマたちの強さに一同は驚愕することになる。
縦横無尽に動き回るヘルマに翻弄されて急造の陣形は容易く崩される。アルドーレも見た目から想像できない怪力で次々と騎士たちを吹き飛ばしていく。ロージアの同時詠唱による魔法攻撃も十分に強かったが、際立ったのは三人の連携だった。
「クソっ、まるで何年も訓練した精鋭のようだ。数十人がかりで子供3人に負けるわけには……。こうなったら弓兵と魔法士も入れ! 全力で潰すぞ‼︎」
模擬戦の域を超えて本格的な戦闘へと発展していくといよいよファウオーが焦り始める。
「兄さん、早く止めないと!」
ファウオーの言葉は耳に入っているし頭ではわかっている。だが止めることを心が許さない。
「……もう少しだけ、もう少しだけ見させてもらえないだろうか」
「しかしこのままでは……」
目を輝かせる兄を見てファウオーは無駄だと諦める。万が一に備えて医療班と戦闘に参加していない防御型の魔法士に要請してヘルマたちを守るよう指示しようとしたが、ある人物が目に入って指示を変更する。
飛び交う矢や魔法攻撃にヘルマたちの攻め手は緩むが三人の優勢は変わらない。
「良い歳したおっさんが卑怯だぞ!」
「歳は関係ねぇだろうが! ガキどもに負けるわけにはいかねぇんだよ!」
一進一退の攻防がしばらく続いたが終わりが見えなくなっていた。両者共に体力も魔力も残りわずかとなり決着をつけるべく最後の攻撃を仕掛ける。
「終わりだ、クソガキども!」
「ぶっ飛ばしてやるよ、オッさん!」
「貴様たち、何をしている?」
戦場の真ん中に炎を纏った剣を携えた騎士が割って入ってくる。騎士は炎剣を地面に突き刺すと爆風でヘルマたちを吹き飛ばしてしまう。
情けない悲鳴を上げながらヘルマたちは吹き飛ばされて失神する。
「あ、フラム、……さん」
「どういう事か聞かせてもらおうか、カウコー副団長殿」
後に【炎剣】と称される当時のゼピュロス騎士団最強の騎士フラム・シュベーアトが全てを吹き飛ばして模擬戦の幕を引いた。




