ゼピュロスの三馬鹿
「やあ、君たちが噂の少年少女だね。僕はカウコー・ルース、ゼピュロス騎士団の副団長だよ。よろしくね」
「……ファウオーだ」
遡ること12年前。ベルブラントの騎士団支部で当時の副団長カウコーはある少年少女3人と面会する。
3人は後ろ手に縛られて地べたに座らされている。
一人は抜け出す事を諦めずにジタバタと動いて抵抗している。
一人は黙ったまま動かずカウコーを睨んでいる。
最後の少女は気だるそうな眼差しを床に落としている。
「カウコー、こいつらか? 例の悪童どもは」
「ええ、3人とも元気があっていいですね」
「元気、ねえ……」
呆れる先輩騎士を他所に、カウコーは実に楽しそうにしている。少年の一人は『何をわらっている』と噛みついて来る。もう一人の少年は相変わらずカウコーを睨み続ける。少女は最早目が閉じかけており興味も示さない。
「……んん゛っ!」
大きな咳払いが聞こえると騒ぎが嘘のように鎮まりカウコー以外の全てがファウオーに視線を集める。すかさずカウコーが前に出て集めた視線を奪うと口を開く。
「さあて、本題に入ろうか。君たちがここに居る理由はわかるよね?」
暴れていた少年は大人しくなるがそっぽを向いて黙ってしまう。眠そうにしていた少女も目を覚ますが視線を逸らす。カウコーを睨んでいた少年は変わらず鋭い視線を投げつけて来る。
「ヘルマ・ボディハルマ、君は器物破損だね」
「家屋の倒壊が2件と公共物の破損が多数」
カウコーの後にファウオーが詳細を補足して行く。
「ロージア・エスラン、君は窃盗……主にスリだね」
「少額の被害がこの数か月で50件以上」
過去の出来事を話すようなカウコーの口ぶりで裁判が始まる雰囲気でもなく事務的に話すファウオーも罪を問うというよりもカウコーに仕方なく付き合っているように見える。
「最後にアルドーレ・イグラーチ、君は……すごいね」
カウコーはあくまでも世間話をするような軽いノリで問いかけるがアルドーレは口をつぐんだままだった。
空気が少し重くなりかけるとヘルマが率直な疑問を口にする。
「それで何をしたんだ、こいつは? 目ぇギラギラさせて……人でも殺したのか? そんな訳…………いや、マジか?」
驚きが顔に出てしまったカウコーは苦笑いする。ポーカーフェイスを貫いたファウオーは短いため息のあと頭を抱えていた。
「ひゅ〜……やるねぇ、おたく」
肩でアルドーレを小突くと睨まれて半歩隣に移動する。
「おお、怖っ」
「彼の場合は正当防衛みたいものだからね」
「……過剰防衛です」
気をつかうはずがバレてしまい隠すのもおかしいと言葉を選びながらになる。
「彼の住んでいた村には大きな密輸組織があってね、共和国や帝国の密売人と取引をしていた」
「取引って?」
ヘルマはアルドーレの話に興味が湧いてきたのか大人しく座って話し始める。ロージアも耳だけ働いている。
「国を通さない輸出入は禁じられているけど、実際には多少は目を瞑っている部分もある。そうしないと経済的な発展が止まってしまう。情けない話だけど。で、彼のいた村でも取引が行われていたんだけど……、取引するモノが良くなかった」
すっかり聴き入ってしまい気が付かなかったが、カウコーはいつの間にか三人の前に胡座を組んで座っていた。まるで路上でたむろする若い冒険者たちのようにも見える。三人が後ろ手に縛られている事を除けばだが。
「何、ナニ、なに? 一体全体、何を取引していたんだ?」
ヘルマは興が乗ってきて口調が変わってきている。そっぽを向いていたロージアも話の輪の中にいる。
「焦らすなよ、早く言え」
「お前も気になってんじゃねぇか」
「うるせぇ!」
ヘルマとロージアの言い合いが終わるとカウコーは続きを話す。
「人間」
想像していなかったのだろう、それとも理解が及ばなかったのかふたりは表情と言葉を失う。
「彼自身が拐かされて他国へ売られようとした。家族は阻止しようとして殺された。そして彼は抵抗の末に密売人を殺してしまった」
「違う。殺すつもりでわざと捕まって殺した。さっさと俺も殺せ」
ようやく口を開いたアルドーレだったがカウコーは苦笑いしたあとファウオーに助けを求めるが彼も首を振って何も言わずにお手上げだと告げる。
カウコーは息を吐くと気を取り直した顔で話を続ける。
「まあ殺意はこの際どうでもいいや」
「どうでも良いのかよ⁉︎」
ヘルマのツッコミに笑顔を向けるとカウコーは他の二人にも同様に笑顔を向ける。
「これまでの事はどうでも良いよ。これからの話をしよう。君たち、ゼピュロスし騎士団に入らないか?」
三人はぽかんとした顔でカウコーを見つめる。少し間が空いて三人が同時に口を開くから落ち着いて順番に話せとなだめる。
「取り敢えずこれまでの事は良いって、俺たちの罪は不問って事で良いのか?」
「罪? 君たちは罪を犯したのかい?」
何を言っているのだと遂に三人は顔を見合わすまでにカウコーの言動に疑いを持ち始める。
それなのに何故だか分からないがちゃんと話をしようと思わせる不思議な気持ちもあった。
「ヘルマ、君は自分の力を制御できていないだけだ。何かを壊そうと思って壊したわけではないのだろ? 罪だというのなら、自分の強さをコントール出来ない弱さが君の罪だ。罰は騎士団で強くなって人々の助けになる事じゃないかな」
驚いた顔のまま固まってしまったヘルマに笑いかけると次はロージアの前に移動して真っ直ぐに見つめる。
「ロージア、自分のためだけでなく弱い人のために盗みを働いていたのだろう。真っ当な仕事は君の年齢ではあまり無いからね。スラムで暮らす仲間のために。これからは僕たちを頼ってほしい。既にスラムの子供は保護している」
「ウチは借りなんか作りたく無い! あいつらを連れて今すぐ出て行くから……」
「誰かのために自分を犠牲にして動くことは素晴らしいけど褒められたものでもないよ。長い目で見て支え合うことが互いにとって良い結果を持続させられる。貸し借りというよりも協力関係なら問題ないだろ?」
「詭弁だろうが⁉︎ ウチは独りでもやっていける」
カウコーは首を振る。
「出来ないよ。僕でも無理だったんだから。まあ騎士団を利用すると思って入っておいでよ」
色々言いたいことが増えてどこから話すか一瞬迷った隙にカウコーはアルドーレと向き合っていた。
「君がした事を二人にも話すけど良いかい?」
アルドーレは黙ったままだったがファウオーが止めようとしたのを見て首を縦に振る。
「ありがとう」
ファウオーは天を仰いでいた。
「血は繋がっていなかったそうだけど君を大切に育ててくれていたんだね。その家族が殺されて敵討ちをしようとしたが村人の全員が密売人だった。君の育ての親も含めて」
アルドーレは黙って聞いていたが奥歯を噛み締めている。
「許せなかったんだね。人の人生を台無しにして食い繋いでいた事に。そして仲間でさえも殺し、売り飛ばす……無慈悲な行動に。怒った君は村人たちを殺して村を焼き払った」
一緒に聞いていた他の騎士も驚愕し生唾を飲み込む音が聞こえるようだった。
「お前……凄いな!」
静寂を壊したのはヘルマだった。
「ひとりで村人やっちまうのはなかなかやろ? まあ、でも俺には敵わんやろけど」
「ああっ⁉︎ 誰だてめぇ、変な言葉使いやがって。お前もぶっ殺すぞ?」
突然始まった二人の喧嘩を騎士たちが止めようとするが後ろ手に縛られたままでもヘルマとアルドーレの力は常軌を逸していて止めに入った騎士を吹き飛ばす。
「痛っ! 何しやがる、お前ら⁉︎」
吹き飛んだ騎士がロージアにぶつかり派手に転ぶ。するとロージアは魔法でロープを焼き切って両手を自由にする。
「くらえ、馬鹿ども!」
両手から同時に炎と岩石を作り出してヘルマたちに向けて放つ。
「同時詠唱⁉︎ 凄い力を持っているじゃないか、ロージア!」
興奮するカウコーを尻目に魔法は放たれる。
だがアルドーレはふっと口から勢いよく空気を吹き出すと炎は側にいた騎士に跳ね返る。
岩石はヘルマが額で弾き返すが流石に痛かったらしくその場にうずくまってしまう。
「はあ……何故、こんな大混乱に…………」
大喜びのカウコーと暴れる三人組。ファウオーはもう一度深いため息を吐く。




