開戦Ⅱ
ゼピュロスの騎士たちも崩壊した城壁付近に集まり進入しようとしてくる魔物や共和国兵を押し返している。
城壁は二重構造になっていて内側の城壁までは距離があるが文字通り最後の砦である。街への侵入を阻止するにはここで押し留める必要がある。万が一突破されたとしてもいくつかのトラップに阻まれて容易に街へは辿り着けないが騎士たちは身を挺してでも止める覚悟で魔物と共和国兵に立ち向かう。
「ほらほらほら、ぼさっとしてると大群が押し寄せるぞ!」
ロージアは炎と氷、風と岩石など異なる属性の魔法を同時に繰り出して来る。しかも単発ではなく絶妙な間で仕掛けて来るからヘルマもアルドーレも接近戦に持ち込めずにいた。
「クソ! あいつ、近接戦闘が苦手やから間合いに入らせん戦法か」
ヘルマは剣で魔法を弾きながら懐に飛び込もうとするがロージアは先読みしていて距離を詰められずにいた。
「成長していないな、ヘルマ。お前が何をするかなんてお見通しなんだよ!」
舌を出して挑発するがヘルマは動じる事なく繰り返し接近を試みる。
——挑発にのらないって事は策があるってわけか
アルドーレが視界から外れる動きを見せている事は気づいている。目で追えなくともその強い魔力が何処にいるかを教えてくれる。
——背後から矢が来る。それを躱すとその先にはヘルマがいる、だろ?
その予測通りに事が運ぶ。
背後の矢は火の魔法で防ぎヘルマが飛び込んでくる地点には氷の矢を“置いて“串刺しを仕掛ける。
「お前らの浅い考えなんてお見通しなんだよ!」
「そりゃ悪かったな」
その場に居ないはずのヘルマが目の前に現れ虚を突かれるが咄嗟に土魔法で壁を作り後方へ跳んで距離を取る。しかし背後にはアルドーレが剣を構えている。
「ちっ! ウザっ!」
アルドーレに向けて火炎魔法を放つが炎は真っ二つに裂かれてアルドーレの鋭い眼光がロージアを貫く。
「……」
反対方向からは壁を砕く音も聞こえていた。ヘルマが突撃して来ると分かっていたが身体は簡単に動いてはくれない。
「はは……」
ヘルマの剣が迫るのが見えると覚悟して目を閉じる。
甲高い音が聞こえて目を開けるとアルドーレが後ろからロージアを庇うようにヘルマの剣を止めていた。
「アル、てめえ馬鹿か! どういうつもりだ、ゴラァっ‼︎」
「馬鹿はお前だろうが⁉︎ 本気で殺す気か⁉︎ ロジ、お前もいい加減にふざけるのを止めろ‼」
ロージアはアルドーレを蹴り飛ばしてヘルマにも火炎を浴びせて距離を取る。
「相変わらずお人好しだな、アル。折角のチャンスを無駄にする……やっぱりお前じゃ団長を守れないのも納得だな。その点ヘルマはまだマシか? 一人じゃウチを捉える事なんてできやしないだろうけどな」
ヘルマは尚も攻撃を仕掛け、ロージアも応戦する。アルドーレは二人の攻防を目で追いながらも武器を構える事ができなくなっていた。
「なんで……なんでなんだ、ロージア‼︎」
「言っただろ? 団長を殺したお前らに復讐するために、この国をぶち壊すために帰ってきたんだよ」
「団長が守った国を壊すってなんだよ⁈ 意味が分かんねえよ……」
アルドーレの援護を諦めたヘルマは被弾覚悟で踏み込んでいく。すると徐々にロージアとの距離も縮まっていく。
「団長は俺らにこの国を護れと言った。その命令は今でも生きている。だから壊すって言うなら……ロジ、例えお前でも許されへんのじゃあ‼︎」
一瞬だがヘルマのスピードが上がり間合いを詰めると同時に刃が袈裟斬りにロージアを捉える。
「ロジっ‼︎」
斬られたロージアは仰向けのまま大の字に倒される。
「ぐはっ……」
アルドーレとヘルマが近づいてもその場から動けず呼吸が浅くなって行く。
「団長を殺したのはボレアースの団長カイなんだぞ。お前、何を勘違いして……」
アルドーレが抱き起こそうとするがロージアは手で払いのけて拒否する。
「知ってるよ……全部。だ、誰がやったかなんてもう、どうでもいいんだよ。団長は、もう……居ないんだから。どうでも……」
涙を流すロージアにかける言葉が見つからずアルドーレは拳を握りしめる事しかできない。
「さあ、ウチは裏切り者だ。……殺せよ」
「団長に謝ってこい、バカが」
「待て、ヘル……」
アルドーレの制止よりも先にヘルマはロージアの胸に剣を突き立てた。
「お前が一番分かっとうやろ? こいつが団長の所に行きたがってる事ぐらい」
「……」
一瞬の静寂の中、何かが砕ける音が聞こえる。
澄んだ清らかで尊いものであると思えるのに嫌悪と悍ましさを感じる。
それは目の前に倒れるロージアから聞こえた気がした。
アルドーレとヘルマは視線を合わせると互いに感じた嫌な予感が同じものであると察する。次の瞬間には後方に跳んでロージアから距離を取る。
「ぐはっ! ……うう」
絶命したはずのロージアは起き上がると大きな溜め息を吐く。
「……。お前ら、ほんと役にたたねぇな」
目の前で蘇生したロージアに言葉を失ったままでいると魔法攻撃が二人を襲う。不意を突かれたが容易く武器で払い除ける。
「それだけの力があってもウチを殺せないか。やっぱお前らじゃ無理か」
「お前、今死んでたやろ? 何の冗談やねん、生き返るとか」
馬鹿にした表情で胸元を開いてみせる。彼女の胸には装飾品のようなものが見える。よく見ると身体に直接赤い宝石が埋め込まれその周りには紋様が刻まれている。
「“犠牲の上に立つ命”。他人の命を犠牲に蘇生を可能にする魔道具、いや……どっちかていうと呪具だな。心配しなくても犠牲になっているのは共和国の人間……いや奴隷にした奴らだよ。見境なく手当たり次第はこっちも困るからね」
「おま……何を言って……」
「ああ、ヘルマの頭じゃ分からなくても仕方ないよね。分かりやすく解説してあげようか? ウチはこの呪具を埋め込まれて死なない身体になった。正確には死んでも呪具で繋がった人間の命と引き換えに復活できる。命のストックが尽きるまで何度でも、だ」
「他人の命と引き換えに……何度、でも?」
嫌な予感はこれだったのかと思う。ただふたりが感じた事は胸の悪くなるような、呪いともいえなくない技術ではなく、ロージアは殺しても死なないという事実を目の当たりにした事だった。
「目の前で生き返って見せたんだから信じないわけにはいかないだろ? もう一度殺されたって知らない誰かを犠牲に生き返る。そうすれば嫌でもこの事実に向き合う事になる。お前らにウチは殺せない、止められない。……さあ、どうする? お前らにこの呪いは解けるか?」
しばらくの沈黙にロージアは深い溜め息を吐く。
「はあ……、やっぱお前らには無理そうだな。それじゃ街を壊しに行くか」
「待てよ! この街は、ベルブラントはカウコー団長の夢だと知っているだろ⁉︎」
アルドーレから目を逸らしてロージアは街の方を見つめる。そしてそのまま目を合わせる事なく風魔法で飛び立とうとする。
ヘルマは容赦なく斬撃を飛ばして城壁ごとロージアを真っ二つにする。
また何かが砕ける音が響くとロージアは起き上がる。二つに分かれた身体は繋がり傷もなくなっている。
「道を開けてくれてどうも」
土魔法で巨大な壁を作り出してヘルマたちの視界を塞ぐ。ふたりは直ぐに壁を打ち壊すがロージアの姿は見えなくなっていた。
「あのクソが……」
「待て!」
追いかけようとするヘルマをアルドーレがまたしても制止する。
「お前この後に及んで……」
「違う! あっちを見ろ、魔物と共和国兵に押し込まれてきている。お前はここを頼む。ロジは俺が何とかする」
振り返ると確かに多数の魔物が入り込んできていた。味方も奮闘しているが不利な状況は明らかだった。
「お前、大丈夫なんか?」
「ああ、大丈夫だ。……ロジは、俺が止める」
ヘルマはアルドーレの目を真っ直ぐに見つめるがまだ疑いの表情は晴れない。それでも魔物たちの方へと足を向ける。
「ここを片付けて俺も行く。先にあいつ探し出して、殺されへんのなら縛り上げとけ」
そう言い残して魔物たちへと突撃していくヘルマの背中を見届ける。
「ああ」
揺れる気持ちを押し殺してアルドーレはロージアを探すために城壁を飛び越えて市街地へと向かった。




