開戦
「いったい何が起こっているんだ?」
瓦礫の中から這い出して来たトルネオは辺りを見渡す。ついさっきまでの長閑な景色は一変して崩れた建物と舞い上がる砂埃、そしてあちらこちらで聞こえてくる爆発音。意識が朦朧としていて状況を飲み込めずにいた。
生き埋めになっていると声が聞こえると立ち上がり手を貸す。トルネオは一見優男に見えるが家族を守るために鍛え続けて来たおかげで並の冒険者よりも力は強い。
何も考えられずに身体だけ動かしていると遠くから自分の名を呼ぶ声が聞こえる。
「トルネオさん! アンタこんなところで何やってんだ⁉︎ て、頭から血が……怪我をしたのか?」
振り返ると見知った男が駆け寄ってくる。ベルブラントの商業組合に加盟している商人のひとりだ。
「ギルドの方から火の手が上がっているぞ。嬢ちゃんや子供らは大丈夫なのか⁈」
ようやく優先すべき家族を思い出しギルド——ネーネや子供たちと共に住む家へと全力で走り出す。
「俺は馬鹿か! 一瞬でもあいつらの事を忘れるなんて」
爆発音は遠ざかって行く。トルネオがいたところから街の外側へと向かっていっているようだった。
「テロだと? このベルブラントで? 不審者など一人として入れるはずが………」
走りながら考えを巡らせると怪我をした頭から血が吹き出すような思いだったが、自分で立てた仮説に血の気が引いて行く。
「……内通者。手引きした者がいるというのか?」
ギルドが見える位置に来ると更なる絶望がトルネオを襲う。
トルネオの店の前では数人の見慣れぬ兵士と魔物が無差別に人々を襲っていた。その中に武器を持って応戦している者がみえる。急いで駆けつけるとゼピュロスの騎士だった。その中にはソージとオリハの姿もある。
「ソージ、オリハ無事か⁉︎」
ふたりは襲いかかる魔物に手一杯で返事も碌にできずにいる。周りを見渡して他の子供達を探すと座り込んでいるネーネを見つける。
「ネーネ!」
駆けつけるとネーネも怪我をしているようだったが動けないようでは無さそうだ。しかし泣いて顔はくしゃくしゃだった。取り敢えずネーネの無事を確認できてほっとしたのも束の間、周りの惨状が目に入り膝から崩れ落ちて言葉を失った。
ベルブラント砦の監視塔ではヘルマとアルドーレが飛来する魔導兵器“魔導弾”を迎撃している。今回もヘルマの勘と哨戒部隊によって事前察知して事なきを得る。
ただほぼ同時刻に街から爆炎が上がった事に焦りは感じていた。
「クソがっ! まだ来るぞ、このバカ鳥野郎が!」
「数が多い」
苛立ちながら壁外から飛来する鉄の鳥を次々に撃ち落として寄せ付けない。飛来する間隔は明らかに二人をその場に縛りつけるためだとわかる。
「前方から敵影!」
監視兵からの報告を聞き一斉に遠方に目を細めて凝視する。
「おいおいおいおいおい、聞いてねえぞ」
「あれが噂の、乗って操るゴーレム」
「数、およそ5千!」
報告を聞いてふたりは途方に暮れた表情で鉄の鳥を撃ち続ける。
「手が足りねえよ! あーあ、ロジが居たらまだ楽だったのによぉ。あいつ、いつ帰ってくるんだ⁉︎」
「やっぱ、ウチがいないとお前らはダメだな」
聞き覚えのある声がする方に顔を向けるとクセのあるピンク髪の女が城壁の縁に腰掛けていた。
「ロジ!」
「ロージア……」
数ヶ月前、前団長カウコーの命令でシレゴー共和国へ潜入調査に向かい戻ってこなかったロージア・エスランの姿があった。
「お前、戻るのが遅えぞ! 帰りが遅くなる時は連絡しろって教わっただろが、バカが!」
口は悪いがヘルマは喜色満面でいる。少し離れたところにいるから側に行こうとしたアルドーレに肩を掴まれて止められる。
「待て、あいつは……ロジはまだ団長の事を。それに、何かおかしくないか?」
アルドーレは敬愛していたカウコーが殺された事を知らないロージアを気遣うと同時に違和感もあって警戒していた。
「おかしい? おかしいのはお前やろ? 折角帰って来たんやから喜んでやれよ」
言い合いながらも散発的に放たれる鉄鳥は撃ち落としている。それでも撃ち漏らしはでてくるから慌ててアルドーレが矢を放って撃墜させる。
「やっぱりおかしい。何故あいつは街に向かっていく鉄の鳥を撃たない?」
ヘルマも言われてようやく気づく。ふたりがロージアへ視線を向けると彼女は笑っていた。
「やっぱりバカだな、お前らは。二人揃っても半人前か?」
言葉だけでなく身振りでも挑発する。
「んだと⁉︎」
「お前らがそんなだから団長は殺されたんだ」
知っていたのか、と思うと同時に嫌な予感も一緒に頭をよぎる。
「お前らがしっかりしていれば団長は死なずに済んだのに。団長がいれば国が割れることもなかったのに。この国があるから団長は……。ああ、もういいよ。こんな国、こんな世界……何もかもぶっ壊して終わらせてやるよ」
ロージアは短い棍棒のようなものを手にしていた。見た目の質感は全体が鈍く光る金属のようだ。そして見覚えのあるその形状にヘルマとアルドーレは全身から汗が吹き出し青ざめて行く。
「なあ、ロジ……お前が持っているそれは、もしかすると、まあまあヤバいヤツ……だったりしないか?」
「どうだろうな?」
ヘルマの問いかけにニヤつきながら答える。
「取り敢えず積もる話もある事だし、一旦落ち着かんか?」
「落ち着く? それはお前が、だろ? ウチは何も慌ててない」
「俺も慌ててなーい」
「足、震えてんぞ?」
「震えてなーい。……いや、俺が震えるわけないやろ!」
二人のやりとりの間にも魔物に乗った共和国兵がすぐ近くまで迫っていた。それに気がついているアルドーレが小声でヘルマに伝える。
「ロジは任せた」
共和国兵が砦まで迫ると流石に“魔導弾”の飛来は止む。アルドーレは目下の魔物に乗って攻めてくる共和国兵に向けて弓を引き絞る。
「大昔ここを襲った魔導兵器はコストがかかり過ぎるから今の中型の飛行爆弾、通称“魔導弾”が主流になった。そして次の主役はこの小型の手投げ弾ストライク・エッグだ。そのお披露目にはお前たちが選ばれたんだ。……アル、弓を引く相手が違うぞ‼︎」
ロージアは手にしていた手投げ爆弾を騎士たちに向けて力一杯投げつける。
「何考えてやがる!」
アルドーレは向きを変えて矢を射ると手投げ弾に命中し矢は貫通する。てっきり爆発するものだと思って身構えたが何も起きず、矢に貫かれた鉄の塊が地に落ちて行くだけだった。
「はあ? ビビらせやがって、不発かよ⁉」
ロージアに向かって叫ぶとヘルマの足元には先程の手投げ爆弾が数個転がって来る。
「バイバイ」
閃光とともに連続して爆発が起きると砦の一部が崩れる。崩れた部分を狙って外からゴーレムの拳や魔法攻撃によって砦内部への進入路を広げていく。
砦内には魔物と共和国兵が次々となだれ込んでくるが、瓦礫の中から強烈な光と共に斬撃が繰り出されて侵入を阻止する。
「あれぐらいじゃ死なないよね? ヘルマ……、アル……」
瓦礫からはヘルマとアルドーレのふたりが無傷で現れる。
「どういう事が説明してもらおうか? 団長を納得させるつもりで答えろ」
「お前は団長じゃない。言ってもわからないだろう?」
「いい加減にしろ。言わなきゃ分かんねえ事もあんだろが⁈」
光のマナを纏ったヘルマと本気になったアルドーレに睨まれてロージアは口の端をあげる。
「ウチは共和国側についた。団長を殺したお前らに復讐するためにな!」
ロージアの2属性同時詠唱による魔法攻撃を合図にゼピュロス騎士団と共和国との戦闘が始まった。




