爪痕
連絡を受けたテコたちはシデレニオ帝国へセレナを迎えに行くと、すぐさま王国北部の街セリアヌス近郊へ転移する。
空から見た街は西側の門と城壁は崩れ落ち、あちらこちらの家屋も倒壊している。
壮絶な戦闘が行われたのは想像に難くない。
「酷い有様だな。こうなれば住んでいた人が街を離れようとしても仕方がないな」
街を離れようとして騎士団員に阻まれている人だかりがいくつも見えた。すでに街から遠くへ離れていく集団もいた。
「イーリオスは人が集まる活気を感じられたのに、ここはすごく寂しさを感じます」
ソルフィリアの感想はシエルも同意見だったようで何度も頷く。
「少し行った先に広場が見えたよ。人が倒れていたような気がするから早く行こう」
降り立つと同時にシエルが歩き出すとセレナたちも後に続く。
夜が明けて陽が照らす街並みはもっと明るくても良いのだが何故か暗く感じられる。季節的にも温暖であるはずが風が冷たく感じられた。
「そんなあ……酷すぎるよ」
広場に出ると中央に噴水が見える。何本かの柱が立ち円形に瓦礫が噴水を囲んでいた。そしてその中には無惨な姿のまま放置された獣人たちが横たわっていた。
シエルは目にした光景に立ちすくむ。
ソルフィリアもシエルの隣まで来ると口を押さえて絶句する。
テコとセレナは足を止めずに獣人たちの元へとすすむ。
「多分だけど、この人たちはルゥ先輩の仲間だと思う。聞いていた特徴と合致するわ」
「身体がある奴は漏れなく魔石を取られている。これが狙いか?」
胸に空いた大きな傷跡は見るに耐えない。テコは周りを見渡して人の気配を探る。
「ルゥはどこか別のところにいるのか?」
「分からないわ。最後に誰か来たと言っていたけれど」
「どこかに隠れている可能性が高い、か。手分けして周囲を探そう」
五人は手分けしてルゥの行方を探す事にする。クロリスはイルヴィアに伝えたいからとセレナに着いて行き詳細を聞きながら探す事になる。
「セレナ多分寝てないと思うからお願いします」
耳打ちされてクロリスはセレナを一度見てから『お任せください』とシエルに微笑む。
「フィリアも大丈夫?」
「心配してくれてありがとうございます。私は大丈夫ですから。何かあれば連絡します」
「うん、気をつけてね」
噴水がある広場は本通りに続いていて、それとは別に裏通りへと抜ける道の十字路になっている。
ルゥの足取りを追うためシエルは来た道と反対側の少し狭くなった間道を進み裏通りへ向かう。
裏通りといっても十分な広さがあるのだが、今は誰もいないこの道のかつての賑わいをシエルは想像できなかった。
更に進んで行くと煤けた匂いがかすかにする。
「火事……のあとみたいな匂い。なんだろう」
駆け足で向かうと先程の噴水広場ほどの広さの大通りに出る。道の中央には円形の窪みができている。周囲を見渡すと文字通りの爪痕が刻まれている。
「先輩、ここで戦っていたんだ」
崩れた建物以外にも地面や壁にセレナが放つ魔弾のような痕跡を見つけ戦いの凄まじさを感じる。
「激しい戦いをたった独りで……。ルゥ先輩、どこにいるの?」
シエルは勘だけを頼りに西へ歩き出す。
しばらく歩き進めると細い道が入り組んだ迷路のような場所に入り込む。なんとなくだが数日過ごしたイーリオスの住宅街に似ている気がする。イーリオスと違うのは道が狭く建物の背が高い事だ。その所為で陽が高くなったこの時間でも薄暗い。夜間の戦闘だったとすれば夜闇に紛れて隠れられる、そう思うとこの近くにいる気がした。
周囲には人の気配がなく静かだったが遠くで烏の鳴き声だけが聞こえていた。その声は段々と近づいてきて、やがて1羽の烏がシエルの前に降り立つ。
着いて来いと言わんばかりにひと鳴きすると狭い道を器用に低空で飛び立つ。
「待って!」
後を追うと複数の鳴き声が聞こえてくる。烏が集まる場所にシエルがたどり着くと一斉に飛び立ってしまった。
「連れてきてくれてありがとう。……テコ、今すぐわたしのところに来て。ルゥ先輩……見つけたよ」
噴水広場まで戻ると並べられた7人の獣人と一緒にルゥも横たえられる。胸には他と違って大きな傷はないが全身傷だらけだった。
「馬鹿! ……なんでもっと早くにあたしたちを頼らなかったのよ。あたしたちがいれば……、あたしたちがいれば……」
セレナはルゥの胸に突っ伏して声をあげて泣き出す。
「先輩……」
ソルフィリアとシエルもすぐ側で互いに支え合いながら泣いている。
「シエル、私の時のようには……?」
「……ごめん」
「あの時はポープが魂を繋ぎ止めていてくれたから間に合ったし俺の魔力があったからな」
テコの説明など聞かずとも無理難題を押し付けている事はわかっていた。それでも可能性がないか確かめずにはいられなかった。
「ごめんなさい……シエル」
クロリスも状況をイルヴィアに伝えたようだった。
「貴方様、このあとは……騎士団本部へ戻られますか? 私はヴィアの所に戻ります。あの子も……かなりのショックを受けていて」
「ああ、そうするよ。あいつの仲間も一緒に弔ってやらないと」
クロリスは頷くと落ち着いたらイルヴィアと騎士団に向かうと伝えて姿を消した。
「俺たちもルゥたちを連れて帰ろう。こんな所にいつまでも寝かせられないだろう?」
涙が止まらない。
テコの言うとおり安心できる所に連れて行きたいと思うが、悲しみに支配されて動くことができない。
共に競い高め合ってきた仲間であり大事な友が理不尽な戦いを強いられて散った。
ゼピュロスの前団長カウコーが殺された時も悲しみは大きかった。比べられるものではないがあまりにも近しい存在だけに衝撃は大きい。
テコは動けなくなったシエルたちを騎士団本部へと転移させた。自分を除いて。
「で、そこら中にいる奴らはさっさと出てこいよ」
テコの言葉どおり、物陰や建物からボレアース騎士団の制服を纏った騎士が現れる。途切れることなく現れテコを噴水ごと囲む。その数は百人以上いるだろう。
「ここに来ることがわかっていて隠れていたんだろ?」
騎士たちは剣を抜いて今にも襲いかかりそうな勢いだがテコの魔力に気圧されて前に進めないでいる。
「傭兵って奴らはまだいるのか?」
誰にでもなく問いかけるから答える者はいない。
「答えないなら失せろ。死ぬ覚悟がある奴だけ来いよ。今の俺は手加減できそうにない」
魔力の壁を解除すると騎士たちは一斉に襲いかかってくる。
【始まりにも終わりにも変わる光】
波紋のように広がる光に触れると騎士たちはその場に倒れて意識を失う。そして街の半分以上に広がった光は無機物だけを全て灰に変えて消滅させた。
「弔いが先だ。お前たちも……傭兵団も絶対に許さない」
一瞬で灰になった街に人々は呆然と立ちすくんでいる。それでも街を捨てて出て行く人の流れは止まらない。むしろ加速して行くようだ。
「……」
こんなことで気持ちが晴れるわけがないと深いため息を吐くと騎士団本部へ転移した。




