ルゥ・アインザムⅡ
「大丈夫だ、心配するな」
「心配するなって言われても無理! ねぇ今どこにいるの⁉︎」
昔からセレナの勢いには手を焼いている。いや、勝てた試しがない。大抵の場合、押し負けてセレナの言うとおりにする他ない。それはそれで満更でもなかったりするのだが、明確に違うという時は苦労する。この場合は正直に事実を並べていけば後はセレナ自身が論理的に判断してくれる。
「今は王国の北東部……セリアンヌって街にいる。クーデターがあったオストシュトラから東に山をいくつか超えたところだな。北東部は昔から獣人の居住地域が多くあって、その流れで共存共栄が続く歴史がある」
話し始めたルゥの声に耳を澄ませる。普段と違うところがないか注意深く探ろうとしている。
「東部へ逃げた獣人たちは神聖国に亡命しようとして追い返されたらしく、彼らは南北に分かれて逃げてきている。南は……イルヴィアたちが制圧に行くだろうと予想して俺たちは北部を中心に活動を始めたんだ」
肩で息をしているような感じがしたのは気のせいだろうか。そう思えるぐらいに今のルゥは普段どおりに話をしている。
「……先輩の言うとおりヴィア先輩がなんとかしてくれているわ。エウロス騎士団がなくなっちゃたから暴動を抑えるためでもあるけど」
「エウロスが?」
「知らなかったの? エウロス騎士団も混乱に乗じて王都へ侵攻しようとしてシエルとヴィア先輩が阻止したの。で、そのまま神聖国へ亡命。まだ分からないけどエウロス騎士団は随分前から教会と繋がっていたのかもって。王国でのテロも教会の主導かもしれないって」
舌打ちが聞こえシェルティオの表情も険しく感じる。
「獣人排斥の一員は教会にある。身分制度を確立させたのは教会だからな」
「それ、あたしも最近知ったわ。こうなることがわかっていたから帝国は早々に身分制をなくした。勿論、帝室に権力を集めるためでもあったのだけれど」
ルゥも目の前の人たちを助けながら歴史に目を向けて根本的な解決を模索していたのかもしれないとセレナは思う。
ルゥが入団したボレアース騎士団は獣人の採用が全くないことで有名だった。努力を重ねて入団したが僅か一年でクーデターが勃発。危機を察して情報をゼピュロス騎士団へリーク、国が二つに分断され突如始まった獣人狩りに騎士団を離れざるをえない状況になる。
困難な状況にもめげずに立ち向かっていたのだと思うとセレナは賞賛の声を漏らす。
「先輩、すごいね。やっぱ尊敬する」
「……」
無意識に発した言葉にセレナは照れてしまい顔が熱くなっていくのがわかる。
「何だ、告白か? 雰囲気が大事じゃなかったのか?」
思わぬカウンターをくらってしまいセレナの顔は益々真っ赤になって火を吹きそうになっていく。
「ち、違う! 今のは……、今のは普段から思っていること。すごいと思っているのは昔からで……あ、あたしは他のみんなの事もすごいって思っているから! ……一生懸命なのは……か、格好良いって、思っているから…………。それを口にしただけ! 悪い⁈」
何故逆ギレしているのか自分でも分からなくなってしまいこれ以上口を開くと深みにはまりそうで手で口を押さえて言葉を抑え込む。
シェルティオの向こう側からは笑い声と共に謝罪する言葉が聞こえてくる。セレナは口を押さえたままでいる。
「俺もセレナの事をすごいと思っている。他のみんなもそうだ。ボレアースでできた仲間もすごい奴らが揃っているんだぜ」
クーデター前の騎士団での任務については何度か話を聞いていた。獣人部隊のリーダーを任されて彼らに訓練を行っている事も。
「前に聞いた部隊のメンバーね。騎士学校のあたし達みたいにマナやエーテルの使い方を教えるて言っていたけれど、どうなったの?」
いつも通りに話すルゥに気のせいだったのかと思う反面、無理をしているのではないかとも思う。それでもそんな状態ならこんな普段と変わらないような話はしないだろうとも思う。
「まずタリタって犬系獣人の奴がいてな、寡黙で剣術にストイックな感じがソージに似ている。そういえばソージたちも元気にしているのか? ソージの事だから毎日ちゃんと稽古しているんだろうな」
「あたしも暫くは顔を見ていないけれどみんな元気そうよ。新しい事を始めて生き生きしてるってシエルが教えてくれたわ」
「そうか……アイツらも技を覚え始めると嬉しそうにしてたからな。ムシダやアルラは戦闘系じゃないが俺たちになくてはならない力だと言ったら泣いちまって困った」
「ああ、先輩のオロオロしてる姿が目に浮かぶ」
「そこまで狼狽えてねぇよ! それにアルボレ、アウストっていう脳筋コンビが案外こういう時に気の利いた事言ってくれてな……基本的に優しい奴らだし、バカだけど人を見下したり自分を卑下したりしない。アイツらの言葉は信じられる」
セレナは仲間の事を嬉しそうに話すルゥに居場所ができてよかったと思う反面、少し嫉妬に似た感情も覚える。始めて会った時は文字通りの一匹狼だったのに今では周りにたくさんの人が居る。
剣呑な態度にどこか寂しさを漂わせていたあの頃が少し懐かしいと思いながらルゥの話の続きに耳を傾ける。
「アルカってヤツも初めは反発っていうかあまりこちらを信用してくれていないみたいで中々うまくいかなかったんだけど、向上心は人一倍で負けず嫌いだからな。アイツは自分の気持ちを抑えてでも夢に向かえる」
「夢って?」
セレナはいつの間にか飲み物がなくなっていることに気がつきシェルティオを肩に乗せて話を聞きながらお茶を淹れる。
「アイツは故郷に帰ったら一族の長になるのが目標だったんだ。その為には強くなる必要がある。一族郎党全てを守れるぐらいにならないといけないんだって。タリタとも良いライバル関係になってお互いに高めあっていた」
「先輩とグーテスみたい」
ルゥにとっては思いがけない言葉で驚く。
「ふたりで特訓していたのバレてないと思ってた? 抜け駆けされないようにあたしもシエルとフィリアと特訓してたんだから」
「ちぇ……バレてたのか。それ、グーテスは知っているのか?」
セレナはたった今からグーテスだけが知らないことになったと笑う。このまま暫く秘密にしておいても良いかもというと『今悪い顔をしているだろう』とルゥも笑っていた。
「とんでもない事をしでかすのもいる。タニアとラリスっていう猫獣人の姉妹なんだが……。タニアはわかりやすく突拍子もない事をするが大抵はチームの危機を救ったりと本人だけで計算された行動をする。妹のラリスはそんな姉を諌めたり無茶をしないようにしてくれているんだが……」
何となく話の流れで察する。仲間の事で悩みがあるというのはリーダーらしくてルゥの性に合っているとセレナは思う。
「ラリスの方が手のつけられない……こういうの天然っていうのか? 無自覚にトラブルを引き起こすから実は姉のタリアの方が妹を監視している状態で……これもタニアの策だろうか」
プロトプードのリーダーはセレナということになっている。
だがセレナは自分ではなく本当はルゥが適任だと思っていた。年上というだけではなく周りへの気配りや統率力、状況判断など資質は十分だ。
ただルゥはボレアース騎士団への入団を強く希望している事を知っていたし。いつか離れることが分かっているのであれば余計な気を使わせず、自分自身のためにもと思いリーダーを続けている。勝手に帝国に留学していることについては無責任だと自覚しているから余計にリーダー向きではないと思っている。
「問題児ばかりだけどタイヨウていう頼れるサブリーダーが俺を支えてくれるから何とかなっている。チームの戦略なんかも任せているから俺は戦闘に専念できるしな。プロトルードでそれぞれの役割をこなす事を覚えたのが、俺の中では大きい」
役割の分担や一度任せた事に自分も責任を捨てずにいられるところがリーダー向きなのだと思う。
——誰かの上に立つなら、ルゥ先輩みたいに。……あたしにもできるのかしら?
「お前のおかげだな、セレナ」
「え?」
言葉の意味がわからず聞き返してしまう。
「おい、聞いてないのか? お前の仲間を信頼し背中を預ける姿勢を見習ったからだと言っているんだ」
「いや、あたしは、いっぱいいっぱいで……みんなが凄いから任せているだけで……」
「学校が襲撃された時も他チームにも指示を出して乗り切れていたし、騎士団にシエルを助けに行った時もお前の指示があったから辿り着けた。何よりもお前の良いところは、自分の思いを素直に伝えられるところだ」
「それって、良い事なのかしら?」
「強さも弱さも伝えられる。嘘どころか飾ることもない。真っ直な言葉だから信じられるし、そんなお前だからついていきたいと思える。セレナは良いリーダーになれる。俺が保証する」
「はは……先輩の保証にどこまでの信用があるのかしらねぇ」
照れ隠しの冗談に『確かに』とルゥも笑っている。
嬉しくて自然と目尻を拭っていた。




